接木というのは、二つの植物を無理やり一つにする技術だ。
無理やり、と言っても力任せに縛るわけではない。むしろ逆で、できるだけ丁寧に、慎重に、傷を合わせる。
たとえば、強い根を持つ木があるとする。病気に強く、乾いた土地でも生き延びる、頑丈な台木。その幹を途中で切り落とし、まだ若く柔らかな切り口を露わにする。そこへ、別の木から切り取った枝を差し込む。甘い実をつけるが弱い品種の枝だ。その場所で自力では長くは生きられないが、味だけは格別な植物を接ぐ。
それぞれを切る必要がある。切り口と切り口を、ぴたりと重ねる。
重要なのは表面ではなく、その内側にある薄い層だ。形成層と呼ばれる、生きた細胞の帯。そこが正確に触れ合わなければ、二つは決して一つにならない。ただ枯れて終わるだけだ。だから傷は大きくつける必要がある。刃物で斜めに、滑らかに切る。隙間ができないように。空気が入り込まないように。
合わせたあとは、しっかりと固定する。麻ひもや専用のテープで巻き、乾燥を防ぐために癒合剤を塗る。外から見れば、ただ包帯を巻いた木だ。外科手術のようなことをして包帯が巻かれた植物の内側では、切断されたはずの組織が互いを探り合っている。
やがて、細胞が増殖を始める。
片方の根から吸い上げられた水が、もう片方の枝へと流れ込む。栄養が通い、傷口が埋まり、境界が曖昧になっていく。最初は別のものだった二つの植物が、次第に血を分けたような関係になる。
もはや切り離せない。同体の存在になっていく。
春になれば、その枝は芽吹き、いずれは甘い実をつける。だがその実は、強い根の上に成っている。土の力と、枝の性質が混ざり合った結果だ。地上に見えるのは一本の木でも、その内側には二つの出自がある。
接木とは、拒絶を越えて、他者の力を借りて共生することだ。切り離されたはずのものを、もう一度生かし、苦手を補い合うための技術である。
などという説明に騙されそうになったことが昔あった。
何が共生。何が協力だ。結局を実をつけることができたのは一種だけ。下につけられた方は何のためにそれを支えているというのか。果実を得たい人類と、それに媚びることが上手かった果実種によるその他の支配じゃないか。
偽善という病はなぜこんなにも蔓延っていて、誰も治療をしようとしないのだろうか。
物事には常に主従という関係が生まれる。人同士でもそうだ。動物でも当たり前にある。平等などという幻想は現実には存在していない。
自分の個性で破壊と再生が可能であると知り、そして両方を使うことで『融合』まで可能だと気づいた時に自分はあの欺瞞を、理想主義の病人が語った夢を俺だけは実現することができるのだと気づいた。
俺が支配し、内側で従うものたちは平等と言えるじゃないか。それはまさに『接木の君主』という王じゃないか。
そうだ。何も肉体的に融合をする必要はない。自分が作った構造で、枠組みで、俺が支配をしてあげた方が平等へと近づくという皮肉に思わず笑みが浮かんだ。何よりも達成した目的と絶対に相反すると思っていた平和がそこにあるのだから笑わずにはいられなかった。
俺は恩のあるこの死穢八斎會を再び偉大なものにする。決して潰させはしない。恩人であり親である親父を一時的に壊してでもそれは達成しなきゃいけない。
その過程で俺が支配をしてやれば、病人どもがやりたいといっていた平和が生まれるなんて面白すぎるじゃないか。個性に酔った馬鹿どもをその元凶から解放してやるというのは意義のある活動だ。
だから、組長の孫娘だって協力すべきだ。協力しないのなら工夫が要る。
だから、親父だって協力すべきだ。協力しないのなら邪魔はさせない。
だからだからだから。そうやって南米までやってきた。
ここは個性排斥がこの世界で最も進んだ地域であり、身内から個性持ちがいまだに生まれ続けているという、彼らにとっては呪いのような状態である。
この薬、個性消失薬はそんな彼らに対して。病人としての自覚のある彼らに対して希望となる。
WHOが偉そうに何もできなかった彼らに、日本の小さな暴力団が救いの手を差し伸べるなんて痛快じゃないか。この薬にはあのオールフォーワンすら一目置いている。世界を変えることができるんだこれは。
だから南米の汚い地下で二ヶ月以上も耐えることすらどうにか我慢していた。小汚い病人どものうわ言を聞かされ続けてもどうにか営業スマイルを保てていたというのに。やっぱり病人には正常な判断はできないらしい。
地下に突貫してくるヒーローと、そして好機とばかりに襲ってきた死柄木とかいう何もできない自称ヴィランが暴れ出す。性能的にまずこちらの負けはないため時間稼ぎをしていたが、なぜだかどんどん個性が強く、厄介になっている。
必殺の一撃が砕かれ、無敵の核であるエリを動揺させられている。
「こんなの、もう……」
「壊理。今なら左を向けるだろう。よく見ろ。そして選べ。どうすれば助けられるのかちゃんと選ぶんだ。壊理は賢いもんな?」
肉体の中に埋まっているこの少女は頭は悪くない。だからこそ、この数年大事にさせていたペットたちの意味だって理解している。それでも日々支えてくれて慰めてくれる動物たちを世話をして、愛情を注いでしまうのは避けられない。
膨れ上がった体躯はオールマイトなども超えている。胸部は2m以上もあり、両肩から歪な腕がいく本も生えていた。
そして右胸の部分には壊理を埋め込んで、そして左胸に可愛がっていた犬と猫の顔を露出させた。
「お前。そんなことを、よくも……」
「キッショいなぁお前!動物まで取り込んでんのかよ!?潔癖症ってキャラはもうやめたのか?」
義憤に燃えるヒーローと。嘲笑をやめないヴィランに。世界の治療者を自覚する自分は動揺しない。所詮病人どもの妄言だから。
「はは。お前らにはこの素晴らしさが理解できないんだろうな。期待もしてないが、やっぱり哀れだよ。人と異なる生き物同士を接合していかに生かすか。普通ならお互いの血と肉が拒否しあって共倒れ。しかし、うまく接ぐには中継する必要がある。そのブレイクスルーは常人なら決してできないこれだよ」
おかしいと。心のどこかで思っていたかもしれない。でも気づけない。赤い光がまるでスポットライトのように、これまでずっと地下で光を避けていた俺たちの。死穢八斎會にとっての光となっているようで。あまりに気分が良かった。
「犬と人間を混ぜるには、その接続点が必要だ。この世界にはすでにいるだろう?犬と人が混ざった病人が。だから犬の個性を持った奴を取り込んでやればこの通り。人と異なる種であっても体内で殺し合わずに共存できる。共栄なんだよこれがぁ!!!」
喉を裂くような笑い声が、赤い光に満ちた地下を震わせる。
「若ぁあ!!」
組員たちが、担架のように人間を抱えたまま駆け寄ってくる。意識のない者、恐怖で固まった者、抵抗しようとして押さえつけられている者。誰もが素材として扱われている。
「させるか!」
即座にACをまとったヒーローが踏み込む。装甲が唸り、加速機構が火を噴く。だがその瞬間、横合いから歪んだ気配が流れ込む。組員の一人が個性を発動した。
『酩酊』視界が揺れ、足元が不確かになる。平衡感覚が狂い、身体が自分のものでなくなる。ACは一歩、二歩とたたらを踏み、攻撃の軌道がわずかに逸れる。
そのわずかな隙で、流れは決まった。
「ああ!俺が、俺こそが死穢八斎會だ!お前ら全員、俺に従え!!」
狂気に満ちた宣言。
呼応するように、組員たちが突っ込んでいく。躊躇はない。振り返らない。抱えていた人間ごと、オーバーホールの身体へと飛び込む。肉が肉に触れた瞬間、分解が走り、次の瞬間には再構築が始まる。
悲鳴が途中で途切れる。
百鬼夜行のようだった。人でも獣でもない異形が、列をなして主へと吸い込まれていく。種の境界が溶け、区別がなくなっていく。
その体が爆発的に膨張した。骨格が軋み、肉が盛り上がる。再構築が連鎖し、質量が増していく。
やがて下半身が大きく変形した。赤く分厚い毛皮に覆われた巨体。それは熊である。爪は石を削り、鼻息一つで砂塵が舞う。その背に、ケンタウロスのように異形の上半身が接続される。人の胴体を基盤に、幾重にも重なった筋肉と異種の骨格が絡み合う。
「病人風情が。身の程を知れ!」
腕からさらに腕が生える。細いもの、太いもの、獣のようなもの、人のそれに近いもの。無数の手がうごめき、握り、裂き、掴む。
生まれたのは大斧だ。
だがそれは鍛造された武器ではない。人間を圧縮し、骨と肉を固めて形成された塊だった。筋肉が柄となり、背骨が芯となり、表面にはかつて顔だったものの痕跡が歪んでいる。その様式は、かつてオールマイトが戦った脳無の装備と酷似している。生きたまま圧縮し、個性を利用する。オールフォーワンとの交流がもたらした技術であり、歪んだ継承がここにもあった。
「親父い!!見ててくれよォ!」
左腕はトカゲのように肥大化していた。肘から先が巨大な顎へと変わり、鋭い歯列が並ぶ。その口から炎が吐き出される。赤い光と混ざり、まるで竜が暴れているかのように周囲を焼く。
それだけでは終わらない。背中が裂け、そこからいくつものザリガニが突き出す。巨大な鋏を持ち、甲殻を軋ませるその口からは高圧の水流が放たれる。圧縮された水が岩を穿ち、瓦礫を粉砕し、地下の壁を削る。
それは熊に乗った異形。腕の竜を暴れさせ、無数のザリガニを背負い、人間の斧を握る。もはや一つの生物とはとても呼ばないその姿はしかし、暴力的な気配だけは間違いがない。
怪物が、地下に登る月を背に暴れ始めた。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
最初に叩きつけられたのは水だった。背中のザリガニが一斉に口を開き、圧縮された水流が横薙ぎに走る。岩盤を抉るその奔流を、緑谷は黒鞭を天井へ撃ち込んで辛うじて引き上げ、弔は床に手をつき崩壊を波のように走らせて軌道を逸らす。だが逸らしただけだ。
壁が砕け、跳ね返った破片が弾丸のように二人の身体を打つ。緑谷の肩装甲が強かに打たれ、弔の頬が裂けた。
間髪入れず、竜の顎が炎を吐く。赤い地下にさらに赤が重なり、熱が肺を焼く。緑谷は装甲を信じて前に出るが、空中で無数の腕が待ち構えている。掴むためと殴るための腕が無数にある。視界の端で拳が増殖する。全部は避けきれない。
いくつかの殴打に対応しきれず、後ろに吹き飛ばされていた。
衝撃が腹に入る。内臓が一瞬浮く。息が出ない。黒鞭が自動的に伸び、身体を引き戻すが、その反動で肩関節が軋んだ。着地と同時に膝が笑う。折れたかと思うほどの痛み。それでも立つ。
死柄木弔は笑っていない。無言で床を踏み砕き、そして崩壊を這わせる。だが融合体の下半身、熊の爪が岩盤ごと削り取って崩壊の波を寸断する。届かない。触れれば終わるはずの力が、距離と質量に阻まれる。
酩酊感は続いており、これまで死戦で培っていた戦闘勘が鈍らされていた。振り下ろされた大斧が地面を割り、爆ぜた石片が弔の脇腹を抉る。血が一気に滲む。肋が一本、嫌な音を立てた。
「クソゲーだなおい」
自身へのダメージを受け入れて前へ出る。触れにいくための踏み込み。融合体の胴体が不自然に捻れる。何本もの腕が盾となって弔を弾き飛ばす。しかし触れた。
ボロボロと崩れていく腕は確かに効いているが、それでも途中で自切してすぐに再生をしていく。
緑谷は無理やり加速する。黒鞭を三本、五本と同時展開し、怪物の腕を絡め取り、足場にする。拳を叩き込む。肉が裂け、腕が数本吹き飛ぶ。だが吹き飛んだ先から、再構築が始まる。
本人の再生と壊理の巻き戻しが、失われた部位を過去へ引き戻すように縫い合わせる。殴った手応えはあるのに、決定打にならない。先ほどまで希望と絶望に揺れていた感情は状況をみて、無のように凪いでしまっている。
それが緑谷にとっては最も許せないことだった。
「エリちゃん!!大丈夫!絶対に、負けないから!!僕が……っ!」
必死に叫ぶも次の瞬間には地面に叩きつけられた大斧が光る。衝撃波が円環状に広がる。至近距離。逃げ場はない。
緑谷は腕で顔を庇い、弔は片腕で地面を掴み身体を低くする。衝撃が通り抜け、背後の岩壁が崩落する。緑谷の耳鳴りが止まらない。鼓膜が裂けたかと思うほどの痛み。視界が白む。
弔が血に濡れた手を持ち上げる。指先が震える。踏み込み、跳躍、怪物の脇腹へと手を伸ばす。だが途中で水流が横から撃たれ、それをどうにか避けるが余波を喰らって身体ごと壁へ。肺から空気が押し出される。視界が暗くなる。立ち上がるのに数秒かかる。その数秒が、致命的に長い。
緑谷は無意識に弔を庇うように前へ出る。脚はまだ動くが。筋繊維が悲鳴を上げている。再生が追いついていないのだった。拳を振り抜くたびに骨が軋み、皮膚の下で血が広がる。だが止まれば終わるとわかっている。
防戦一方だ。
攻撃は通る。だが通った先から再生する。触れれば死ぬという前提で動くために、二人は常に半歩遅れるのが当たり前になっていた。避けるために、別の一撃を受ける。守るために、骨を差し出す。致命傷にならぬ角度で、致命一歩手前を受け続ける。
このままでは負ける。
このままなら勝てる。
敵味方の認識が一致したその時に、オーバーホールの視界が埋まった。
それはケツであった。
『金ピカの、桃が生ってるよ!!!』
それもなぜか黄金に輝く尻撃が。治崎の顔面へと叩き込まれている。
しかしダメージはない。彼の体は物理的に干渉できず、そのケツはただ目障りに光るだけなのだ。
「ミリオ先輩!?」
その態勢はあまりに無駄の多い姿勢。普通であればそうなのだが、今は最適な角度になっていた。
視界のジャックはついでである。本来の届けなくてはいけない表情を彼女に届けるためだから。
「大丈夫!俺が、俺たちが君のヒーローになる!」
その太陽のような笑顔を、ずっと泣きながら視界を閉ざしていた少女へと届けるために。ここに来たのだから。
「へい!緑谷くん!ナイスファイトだけど、笑顔がなくなってるぜ。どんな時でも笑わなきゃ。そうしないと安心できないだろう?生体電気で発光するUAI最新のお尻ギミックでもみて笑うんだ!」
「ふざけるなっっ!なんだこれは、どけこの……!?っっ?」
「お触りは禁止だよ。その嘘だらけの胸筋から彼女を放せ。俺は絶対に、お前には負けない」
百万の人々を救うため。触れ得ざるヒーローがケツからやってきた。
フロム要素の流れ着く先、瓦礫の王となった治崎廻にご期待ください