夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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芽吹き

広大な空に、白い軌跡が何本も刻まれていく。

 

成層圏に近い乾いた空気を切り裂きながら、戦闘機の編隊は一直線に進み続けていた。その線は本来ならば揺らぐことのない幾何学的な美しさを保つはずだったが、やがてそこから逸脱する軌道が現れる。

 

制御を失った機体が、唐突に重力へ引きずり落とされるように軌跡を歪め、黒い噴煙を引きずりながら空から脱落していく。いくつかは爆散し、いくつかは沈黙したまま地平線の向こうへ消えた。

 

「最後まで、奮戦なさい。目的は達成します」

 

「最後まで戦うなんて当たり前だろう。何を言ってる?」

 

「あなたはいつも……!っいいですか!第3隊情報主任として必ず送り届けなさい!!これほどの損害は、どれだけの利益を得ればいいか。計算をするのも億劫だ!」

 

様々な感情が渦巻いているのだろう。新入りに当たり散らすような通信はそれでも、状況に当てはめるならばまだ穏当かもしれない。彼らはまさに全滅の瀬戸際にあった。

 

「わかりましたよ。第二隊長閣下。仕事はしますって、そうカッカしないで。あ、これ別にギャグとかじゃないんで……。戦いってのはいいじゃないですか」

 

その通信は、そこで途切れた。

 

言葉通りの決死の奮戦。機体性能も、装備も、訓練も、あらゆる点で上回っていたはずの戦力は、圧倒的なスペック差を覆すには至らない。それでも彼らは、目標を捕まえきれなかったという一点において、勝利を手にしていた。

 

「おいおい。驚いたな。どんな優秀な個性を持っているのかと思って捕まえてみれば、君もあれらの仲間なのか?」

 

増えた腕の先に握られているのは、もはや原型を留めない金属の塊だった。数時間にわたって交戦していた敵機の成れの果てである。異常な軌道で翻弄し続けた機体と、はるか遠距離から執拗に狙撃を重ねてきた機体。その二つに興味を引かれ、途中から目的を変え、それでも確実に捕らえたという事実がそこにあった。

 

「まぁ、UAIに核が管理されるのであれば最悪にはならないだろうし許容範囲ではある。どうせあそこはすでに核開発能力はあったはずだからね。あとでゆっくりやっていい。だから君たちと話をすることにしたんだ。ただ殺すには惜しい、極限まで使い込まれた個性というのはそれ自体の希少価値よりもずっと高い。その点、四番機の君は素晴らしい。『感覚拡張』をここまで使いこなしているのは人類で君だけだっただろう」

 

深く、長いため息が落とされた。それは疲労ではなく、評価に値するものを見極めたあとの呼吸だった。

 

「それに比べて君は、一体なんなんだ?無個性じゃあないか。あれだけの戦闘をこなしながら、ただ頑張っていただけというのは説明がつかない。今まで何度かそういう相手と戦ってきたこともあるが、僕が勝てたのは初めてだよ。君は本当にただの無個性でここまでやれたらしい。それが一番のイレギュラーかもしれないな」

 

「はは。あの魔王に褒められるとはな。あの弔って若者も結構センスがある。戦ってみたかった。……でもそんなことはどうでもいいんだ。」

 

掴まれていたACの右腕がパージされる。だがそれは、ただ外装を脱ぎ捨てただけにすぎない。服の上から万力のように握り潰されている状況で、拘束が解けるはずもない。

 

「まだいけるだろ。『ロックスミス』ここからだ」

 

次の瞬間、生身の腕ごと装甲パーツが弾け飛んだ。

常識ではあり得ない機構である。内部に収められた腕ごと、装備を切り離すなど、設計段階で想定されるはずがない。何をどう考えれば、そんな自壊に近い選択肢を組み込むのか。

 

スピードだけを追求する際に、四肢を失ってでも離脱や加速ができるというイカれた設計がそこにはあった。

 

だがそれほどの犠牲を払っても、そこに生まれたのは一瞬の自由しかない。そのあまりに高価で短い時間。行われたのは、武装の投擲だった。

 

銃火器を放り投げ、意表を突く。相手の視線がそれに引かれた刹那、本命のブレードに手を伸ばし、切り掛かる。

 

「君はやはりおかしい。勝てないのに、そんな顔をしている。気持ちが悪いなぁ」

 

投げられた刃を、光のような動きでかわしながら、ただ殺す。

 

その時、投げ捨てられた銃器を拾い上げたのは、拘束されていた四番機だった。足で器用にそれを掴み、自らの感覚を極限まで拡張する。個性を奪われているはずの身体で、それでも残された感覚だけを頼りに、最後の射撃を放つ。

 

 

 

「外しは、しない」

 

 

 

「いいや。残念。ハズレだ」

 

 

 

残像の個性による回避。銃弾は、ホログラムのような残痕をすり抜けていく。

 

返す刀と、光による砲撃。それぞれに叩き込みようやく無力化する。そこに達成感はない。

 

ただ、わずかな驚きだけが胸の奥に残った。斬撃と銃撃がほぼ同時に行われ、そのどちらもが狙っていたのは、生命維持を担う機器だったからだ。

 

「最後まで王手飛車どりを続けるとは。理解できないな。なぜ生きようとしないのか。勝てないのに戦うのか。そんなものが楽しいなんて」

 

『勝つのが楽しいんじゃない。戦うのが楽しいんだよ』

『私は目的達成のために戦っているだけ。支配も勝利も興味はないわね』

 

かつての世界大戦を生き延びた友人たちの、理解不能だった言葉が脳裏をよぎる。生命維持装置はすでに多数が破壊されている。このままでは、飽和攻撃を受けて死ぬ可能性が高い。

 

ここらが潮時だった。

 

「さて、南米はどう着地するだろうね」

 

余裕をもってそう呟いた魔王の予想は、この後、大きく外れることになる。

他でもない、自身の悪癖によって見逃した不穏な要素が、世界を大きく乱すことになるとは、この時点ではまだ知らなかった。

 

誰にも確たる未来などというものは知ることはできないのだ。

何が世界で芽吹き、そして成長しているのかなど。誰も知らない。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

 

 

触れることができるならいくらでも支配することができる。壊すことも治すことも。そして取り込むことだって。

 

こちらの手を避けるという動きを相手に強制できるのなら、それは支配と同義だろう。

 

しかし、この悪夢のような相手は。どこまでも煩わしくて、うるさくて。目障り耳障りというのは感情的な話ではなかった。

 

オーバーホールにとってルミリオンというヒーローは鬼門であったのだ。

 

なぜか体をすり抜けてくるこのヒーローは。自分の体がから生えてきて、そして光を遮断してくる。

 

「わあ、ちょっと顔近いよ。そんな距離感は流石にやめといた方がいい。勘違いされちゃうよー!」

 

透過しているのなら透明になるはずだろうに。なぜか光は反射しているらしい。それで視界をずっと潰され続けている。顔面の付近から体を生やせば、その分だけ視界が埋まる。

 

ほとんど何も見えない中で、戦うことを強いられていた。

 

「ところでこの装備すごくないかな!?僕由来の生体パーツで簡単な機械まで作れちゃうんだよ。ほら、光るし。拡声器だって使えるのさヤッホー!!!!!!」

 

そしてなぜか声すら出せる時もある。耳元で巨大な音を発し、ひたすらに五感を潰してくる。視覚と聴覚を失えば、ほとんどの感覚を閉ざされたことと同義である。

 

他に接続した動物の眼球を使おうとしたこともあったが、その視覚情報はあまりに人と違う。クマはまだ使えそうだったが。

 

内側から生えてきた指が眼球に差し込まれてすぐに使えなくなる。まさにイタチごっこである。

 

「ワニワニパニックならぬ、ヒーロー叩き!君には絶対負けないよ!!」

 

そんな中で、どんどんと殴る威力の上がり続けるヒーローと。

そして崩壊の速度と範囲を広げ続けるヴィランの対応をさせられていた。

 

まだクマによるタフネスと、ザリガニによる連続射撃。そして竜の息吹による範囲攻撃によって持ち堪えることはできている。

 

持久力で言えばこちらの方が優勢だ。

 

 

けれどこのヒーローの最も嫌な影響とは、まさにコアである壊理に対してのものである。

 

「エリちゃん!UAIには美味しいものがいっぱいさ。一緒にカフェ巡りとかどうかな?きっとペットたちも一緒に行けるよ。ペット可の場所しかないからね!」

 

この戦闘の最中、なぜそこまで平常通りに話しかけることができるのか。はっきり言っておかしかった。

 

「ほら、オールマイトがまた勝ったって!こっちに向かっているよ。だから、前を見るんだ。一緒に戦おう。大好きなペットたちのために、一緒にやろう!」

 

顔がついに上を向き、そして希望に見開かれていく。

 

「さぁ!言ってみよう。今こいつは余裕がないから、何をしたって大丈夫。追い詰められているのは彼なんだ!きみに頼って個性の疲労をなかったことにしている。さっきから戦うことしかできていない!」

 

 

「エリちゃん!君の気持ちを聞かせてほしい!!」

 

「僕も!君がずっと耐えて頑張っていたのを知っているよ!君はすごい。本当に、ヒーローよりもヒーローだ!だからもう一歩だけ、一言だけでいいから聞かせて欲しい」

 

 

たすけてと。そう言うつもりだった。

 

しかし、衝動的に口をついたのは。別の言葉。

 

 

「さわらないで」

 

そして堰を切ったように溢れ出す

 

「もうさわらないで!!!あっちいって!」

 

「いや!!だいきらい!きらいきらいきらいきらい!」

 

そうして角が伸びていく。光が止まらない。『巻き戻し』の個性が暴走し始めた。

 

「ぐっっ……!いいのかエリ!犬猫を今すぐに……」

 

そういう脅しの言葉は物理的にミリオが大声でかき消し潰す。アンパンマン体操を大音量で歌って脅しの言葉を聞き取りづらくしているという犯罪史上例をみない解決の光景である。

 

「やめろ……。やめろォ!!俺から離れるな!組から抜けるな!!許可していない!!」

 

「俺の歌と踊りを聴けー!!!んで、デクくん!!決めてくれ!」

 

バカみたいだと、誰かが笑うかもしれない。それでも、人を救うとはこんな方法もあるのだと声を大にして伝えたい。いやこれこそが救うということなんだ。

 

傷だらけの身体で、血と煤にまみれながら、緑谷出久は満面の笑みを浮かべていた。肩は外れかけ、脚は痙攣し、呼吸は浅い。それでも、固まりかけていた筋肉を無理やりほぐすように首を回し、指を握り直し、地面を踏みしめる。恐怖も痛みも、まだそこにある。

 

だが、それ以上に確かなものが胸の奥に灯っていた。

 

届く。まだ終わっていない。

怪物が腕の津波を再び持ち上げる。熊の巨体が踏み込むたび、地下が震える。竜の顎が開き、炎が滲む。だが緑谷はもう、半歩も退かない。

 

「セントルイス・スマッシュ!」

 

爆ぜる踏み込み。地面が陥没し、緑谷の身体が弾丸のように跳ね上がる。跳び上段蹴りが弧を描き、融合体の側頭部を刈り取るように薙ぎ払った。衝撃が歪な頭部を横へ弾き飛ばし、巨体が大地へ叩きつけられる。熊の四肢がもつれ、無数の腕が床を掴み損ねる。

 

着地と同時に、脚に激痛が走る。骨が悲鳴を上げる。それでも止まらない。

胸の奥で、黒い稲妻のように力が駆け巡る。

 

『OFA』擬似100%。

 

筋肉が軋み、血管が浮き上がり、皮膚の下でエネルギーが暴れる。制御しきれない力を、どうにか拳へと押し込む。視界が研ぎ澄まされる。

 

怪物の中心、壊理のいる核、その周囲を覆う歪な肉と骨の層。そこへ叩き込む。

 

「ワイオミング・スマッシュ!!!!!」

 

渾身の縦拳が振り下ろされる。

空気が裂け、音が遅れてついてくる。拳が触れた瞬間、融合体の上半身が凹み、圧縮された衝撃が内部へと貫通する。地面が波打ち、地下空間の壁が同時にひび割れる。赤い光が揺らぎ、怪物の巨体が浮き上がるようにして吹き飛んだ。

 

それでも、中心の少女には衝撃を伝えない。

 

黒鞭でできるだけ保護をする、すでに緩んでいた融合。けれど最後の一線だけは緩めていいなかった。右腕だけはいまだに繋がれてしまっている。

 

これは死んでも離さないのだろう。

 

だから緑谷出久は。いや、ヒーロー『デク』は決断をした。この南米に来てからずっと。自分ではすぐにできなかった判断を。

 

仲間たちを、UAIのみんなを。これまでに見た再生医療と個性医療の飛躍的な進化という人類の研鑽を信じるからこそ、それをする。

仕込まれていた麻酔。それを仕込んでいたACから取り出して、そして右肩へと突き刺した。

 

痛みはあるはずだった。そうだ。何かをするのに、全ての苦痛を取り去ることなど誰にだってできるはずがなかった。

 

全部は救えない。自分にその力がないから。でも失ってもいい。それを取り返すために足掻くようなヒーローだっていいじゃないか。今までもずっとそうしてきた。

 

ACに組み込まれていた手刀の機能にはレーザーによる切断機能も存在している。それを起動し、彼女の右手首を切り飛ばす。

 

 

「やめ、やめろおおおおおおおお!!!!」

 

 

グイと引っ張り、融合から彼女を分離した。

 

 

彼女の保護へと動くヒーローたちの動きは淀みがない。守るようにして立ち塞がり、オーバーホールから距離を取った。

 

その巨体は維持するのに、多大な労力が必要だったのだろう。ザリガニが剥がれ落ち、クマから人が吐き出された。

 

バラバラになってその場に転がる組員たちに意識はない。辛うじて、腕を伸ばして抵抗をしようとする治崎の背後に。静かに立っているものがいる。

 

それが優しく滑らかに、4本の指で頭を掴んだ。

 

「なぁ。今、どんな気分なんだ?」

 

そして自由な腕で、相手の右腕を掴んで崩す。崩壊は肘まで一瞬で起きて。そしてそれ以降は進まない。

 

「なぁにが次の支配者になるだ。散々見下してくれたよなぁ。ヤクザ風情が」

 

「殺すのか?」

 

「いーや。お前が最も嫌がることを考えた。それは死ぬなんてことじゃあない。だからさ……」

 

ニタリと笑い、顔面についている最後の手の隙間から笑みを覗かせる。

 

 

「動くな!!」

 

「お前らが動くなよ。こっちは今大事なことを話してるんだ」

 

周辺から、黒いモヤが生まれ。そしてヴィラン連合たちが顔を出す。それぞれが個性を発動し、エリに向かって攻撃を始めた。

 

ミリオは即座にそちらへと対応を始め、そしてデクは防御に専念することになる。

ヴィラン連合たちは空いているものが死穢八斎會の組員から荷物や隠していたものを奪い始めている。

 

「これでいい。どここまで話したっけか。ああ、そうだった。だから……」

 

 

「お前を助けてやるよ」

 

「は?」

 

「見ろよ。脳無も複数いる。相手は防戦一方。俺らが今から味方すれば全部がひっくり返る。仲良くしてお互いに共通の敵を倒すってのはさっきやったが効率いいよな。存分に味わっただろ?お前の個性は使えるってのもこっちは知ってる」

 

「何が狙いだ……お前らが俺に協力なんて」

 

 

「靴を舐めろよ」

 

 

沈黙が、その場を支配する。言葉の意味がわからない。いや、脳が理解しようとしない静寂が訪れる。

 

「ほら、散々汚しておいてやったからさ。綺麗にしてくれ。そしたら協力してやるよ。お前の組は潰れない。先生の元で仲良くやれるさ。ヒーローを殺しているうちは仲間になれる気がするんだ。今すぐに決断しろよ。さもなきゃ死穢八斎會は終わりだ」

 

10、9とカウントを楽しそうに始める弔は、心の底からの笑顔。そして治崎廻はこの世の全ての苦悩を一身に受けたような苦しみの中で悩んでいる。

 

「よかったじゃないか。組員が見てなくて。ああ、ほら。周囲の目線が気になるよな?ほら、目隠しまでしてやるよ」

 

周囲を覆う黒霧は、決断を純粋なものにしていく。逃げ道がなくなり、残ったのはどの信念を選ぶのかという問題だ。

 

「俺は、失敗するわけには……親父ぃ……」

 

 

 

何よりも重い沈黙の数秒。そしてここにも決断が起きる。

 

 

そうして向かった先には、靴がある。

 

地下に沈んだ南米の湿った空気と、連日の戦闘で削れ続けた足取りを支えてきたブーツ。革はひび割れ、縫い目は擦り切れ、底は何度も岩盤を蹴った痕で歪んでいる。そこに今は、潰れたザリガニの殻片と、引き裂かれた熊の毛皮と、血と泥が混ざり合った汚物がべったりとこびりついていた。生暖かい液体が乾ききらずに残り、鉄臭さと獣臭が混じった匂いが立ち上る。

 

 

 

その表面に、舌が触れる。

 

 

 

細く、震え、今にも引っ込めてしまいそうな舌だった。

本能は拒絶している。腐臭と血の味と、踏み潰された命の残滓が混ざったそれを、舐めたいはずがない。喉が勝手に収縮し、胃がひっくり返りそうになるのだろう。

 

えづく音が漏れ、目尻に涙が滲む。それでも、止めない。止められない。

 

理性が命じている。それをしなければならないと理解しているからだ。

 

舌は何度も表面をなぞる。汚れを掬うように、確かめるように。震えながら、かすかに動き続ける。吐き気に襲われ、顔を背けかけ自分に言い聞かせるように動き続けた。

 

誇りも、体裁も、すでにない。任侠などどこにも存在していない。ただ、やらなければならないという一点だけが、その身体を支えている。嫌悪と羞恥と恐怖を押し殺し、唇を汚しながら、それでも続ける。

 

狂ったような笑い声が地下に響く。過呼吸みたいに、不規則な呼吸をどうにか笑いの合間に行っているという笑い方。

 

 

「あっはぁ!ホントにみっともないな!これがヤクザかよ!すげえな!ここまでできるんだ!!」

 

 

そうして永遠に近い拷問のような清掃が続き、声がそれを中断した。

 

「死柄木。薬剤と血清は確保した。ドクターに届ければきっと複製はできるだろうと言っていた」

 

「じゃあ、いい加減に撤収するか」

 

すっと。残った左腕に触れて。それを壊す。信じられないほど自然に行われた破壊は、本人すらその意図がわからない。わからなくなってしまっていた。

 

「やめろよ。そんな必死で掴んだ藁が崩れるくらい。当たり前だろ?」

 

「お前……何で。どうして……?」

 

「俺はお前が嫌いだ。あの子供と一緒だよ。個性が嫌とか言いながら、個性に頼りまくってるのもな。さっきお前の個性が有用だって言っただろ?お前が生きてりゃ先生が個性を抜いてくれる。お前の命はそこまでだよ」

 

絶句して、そして目の前が真っ暗になっているのだろう。そういう時、人間は動けない。

 

「お前が費やしてきた努力はさぁ!全部壊れた!まだ無事なのも、俺のもんになっちゃったよ!」

 

そうして、くるりと翻り黒いモヤを目指すのだった。

 

「これからは、咥える指もなく。ただただ眺めて生きていけ。個性は大事に使ってやるから、一緒に頑張ろうな?」

 

 

悪が負けるのは正義とは限らない。

悪を飲み込み、新たな悪が生まれるのはこの南米の常識だった。

 

 

 

ふと誰かが気づいた。そういえば、赤い光がいつの間にか消えている。

 

ただ暗いその地下空間に血を纏った人影が歩み寄る。そう。悪はまた、別の悪にも警戒すべきである。それも摂理というものだ。

 

 

殺戮を何処かで一つ終えた狩人がそこにいた。

新たな悪の芽吹きを見守り続け、成長を黙認していた捕食者が。今度こそ刈り取るためにここに来た。

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