夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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眠りが起こす獣

 

眠りに落ちるまでの刹那。それは死ぬ寸前に似ている。

加速する思考の中で自身の失敗を静かに悟った。

 

 

『おやすみなさい』

 

 

 

母のこの声。優しさが込められた響きにいつも救われて、縋っていて。

 

そして何より恐ろしかったということを自分で認めることができていなかった。

 

世界を決めてしまうその瞬間にはいつもこの言葉を聞いていたから。この感覚はもはや癖みたいなものだろう。普通ならばこんな精神状態で眠れないことはわかるが、俺はとっくに普通ではない。

 

だんだんと『モルヒネ』が悪化していることは気づいていた。厄介になり続けていたがこちらも対応し続けることで試行を繰り返すことができていたし、だからこそエリちゃんを助けられたのだと思う。

 

それでも感覚が麻痺していたのは否定できない。

 

もっと頑張ればいい。相手が凶悪になろうともいくらでも試せばいい。そう思っていたのは事実だったから。アメンドーズとあの眼球の化け物以上の脅威など想像もできなくて、だからこの致命的なミスを見逃した。

 

自分が本当に怖かったのは、あんな化け物でもなんでもない。

 

強制的にもたらされる安寧。『眠り』ことが真の恐怖の対象だった。母と叔母が連想されてきっと意識的には認めることはできなかったのだろう。

 

この失敗は果たして取り返しがつくのだろうか。ACにつけていた保険の覚醒装置が作動するだろうがそれでも。ここに起点が固定されてしまうかもしれない。

 

 

混乱と恐怖も、泥濘のような睡眠の中に落ちていくと忘れていく。

狩峰淡輝はこの個性に目覚めてから初めて、致命的な攻撃を喰らい眠りにつく。

 

あらゆる可能性を置いていく。世界が収束してまた始まる。無数の可能性は一点に絞られて、そこからまた爆発的に広がっていくのだ。

 

まるで宇宙の始まりのようだなと。最後に考えたのはこんな何でもない考えだった。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-

 

 

 

目が覚めた。

 

『瞬間的な入眠を確認、起床刺激を起動済みです。淡輝様ご無事でしょうか?』

 

「何秒寝てた?」

 

『およそ3秒です。直接注入したアンフェタミン系覚醒剤が作用するまでの時間で、脳波からレム睡眠とノンレム睡眠の波長を検出しました。地点の更新の恐れがあります』

 

何より重要な情報を拾いつつ起き上がる。黒いモヤの中に引いていくヴィランたち。すでに死柄木弔の姿はなかった。

そこは変わらずの地下空間であったが、眠る前と後では大きすぎる変化があった。

 

先ほどまで狂気を振り撒いていた道化の獣が、影も形もなく消えているということだ。

そこには呆然と立ち尽くすピエロが一人だけ。まるで悪夢でも見ていたかのように。そしてたった今起きることができたかのような表情でそこにいた。

 

 

「お前が……やはりお前だったのか」

 

 

そこにはかつてぶつけられた狂気はなく。やっと探し物を見つけたという感慨と歓喜が滲んでいる。

 

状況はまだ終わらない。

 

 

最初に鳴ったのは、どこかにあったのだろう小さな鐘だと思う。

こちらを見ていた先導者の一人であろう薬物中毒者。それを反射的に撃ち抜いた。

 

銃声に掻き消えるはずの控えめな金属音。鐘の音が消えていない。

 

耳元で鳴らせば澄んでいるはずの音が、地下の空気を通った瞬間にわずかに歪む。壁に反射し床を伝い、天井の闇へと吸い込まれていく。

 

その残響はなぜか消えない。

 

余韻が消えるどころか、奥へ奥へと潜っていく。石の隙間を縫い、見えない空洞を巡り、どこか遠い場所で何かに触れたような気配がある。

 

一拍、遅れて音が返ってきた。

 

共鳴したのは懐に収納していた小さな鐘だった。

同じ音のはずなのに、わずかに低く、わずかに重い。小さな鐘の音が、別の鐘に触れたかのように共鳴している。音が増幅しているのではない。増えているのだ。どんどん数が増えている。

 

さらに増えていく。今度ははっきりとわかる。地下全体が応答している。壁の奥、床の下、天井の闇の向こう。見えない無数の空間が、一斉に震え始める。

 

先導者は今まさに死のうとしているが、何かを話しているようだった。指向性のマイクがそのうわ言のような言葉を拾う。

 

「黄昏の始まり。狩りの朝。ここだ。この場所だ。夢がここから始まった……。同胞たちよ今こそ始めよう」

 

それだけ言って絶命する。感情を伺うことはできないが、恐怖も何も感じさせない声だった。

 

空間全体を揺らす鐘の音がどこから鳴っているのかわからない。

この場所に満ちている音。低音が底を支え、高音が天井を打ち、空洞全体が巨大な振動体へと変わっていくような錯覚に襲われる。

 

そんな状況の変化にヒーローもヴィラン問わず立ち尽くしているが、そのどちらでもない狩峰淡輝は動けるのだった。

 

「撤退する。これは至上命令だ。二人はその少女をUAIに届けろ」

 

『ヴィランたちの撤退先にはすでに追撃部隊を世界各地に配置しています。うち一箇所はオールフォーワンから逃げ切った部隊が近く彼ら使い包囲を完成しています』

 

世界ヴィラン連合たちは撤退するが、そのワープ先は限られている。大半は軍が押さえており、そしていくつかの飛地の場所には傭兵たちを派遣してどうにかした。

 

どうしても手が足りなくてすでに酷使していたAC部隊を使うことは少しだけ悩んだが、彼らが最も近くすでに重要な運搬物を運んでいるため都合も良い。待ち伏せからの奇襲には大した労力も使わないはずである。

 

イサドラとの交渉の前に、その手配は済んでいる。核弾頭を運んだ部隊の指揮官から強い要請があり少しだけ話した。

 

『我が部隊は多くの損失を被りました。さらに追加の依頼など……。補填はしてもらいます。『カンパニー』を軽く扱えば後悔することになりますよ』

 

『言い値でいい。よくやってくれた』

 

『なかなかいいじゃない!第二隊長閣下ぁ。ボーナスって出ますかね?』

 

『ご覧の通り、隊員も過度のストレスでおかしくなっています。物理的精神的な総合的な請求を行いますのでそのつもりで』

 

喧嘩に巻き込まれそうになったからすぐに切ったが、彼らは有能だ。

彼らも多くの犠牲を払っている。やり直しはもうできない。

 

 

ナイトアイのように有無を言わさずに撤退指示を出すと。ミリオは即座に反応し、緑谷も遅れて応答する。

 

「サー!イエス!サー!」

 

「至上命令……。わ、わかりました!」

 

いつまたあの眠りを誘う声が聞こえてくるかわからない。あの声は母さんの声に聞こえたが、本人ではないはずだ。というかノンレムとレム睡眠の両方を3秒未満で済ませるなど普通ではない。

 

そしてそれらは今はどうでもいい。彼らを無事に逃がさなくてはいけないこれは確定だ。

 

そして次の行動を決めなくてはいけない。

 

モルヒネを殺すというのはこれまでも試したが失敗している。ならば捕縛か?

いやこの状況ではすべきじゃない。今まさに手遅れになっている何かがあるとして、それをモルヒネと戦うことで確定してしまうこともありうる。

 

 

何よりも、後で対処しようと後回しにしていたことがある。

 

 

黒いモヤの中に消えていくモルヒネを含むヴィランたち。

地面に吸い込まれるように消えたルミリオンとエリちゃんを抱えたまま、生身であるが凄まじい速度で離脱を始めたデクが駆ける。

 

そのどれとも違う方向へと『狩人』は動いた。どんな対応をすることが正解なのかわからないまま、できる限りの速度でそこへと向かう。

 

 

撤退の至上命令を意図的に無視しているヒーローがいる場所へ。

自分なりの方法で人を救い続けている爆豪勝己の元へと飛んでいく。

 

どうする?どうすればいい?

 

辿り着くまでの数分を思考に使い、AIにアイデアを出させてもどれもが役に立つようには思えない。自分が再現するナイトアイは黙っている。これが偽物の限界だった。きっと本物ならば何かを言ってくれたのだろう。

 

早く着かなくてはいけないのに。今たどり着いても何をしていいのかわからない。

殺す以外に能がない狩人にとって、人を救うというのはあまりに困難で不可能なことなのだ。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

狩峰淡輝は知っていた。

 

俺はこの惨状を認識していた。

当然ながら対処するつもりではあったのだが、それは『オーバーホール』と『巻き戻し』を確保する状況を整えてから。そう思って放置していたのだ。

 

手を抜いていたわけでは当然ない。けれど予期せぬタイミングでのループの終わり。その代償は目の前の少年が背負っているのだった。

 

その光景はあまりに壮絶で、そして彼を深く知る者にとっては信じられない光景である。

彼のことを表面的に知っていればあるいは納得もしたかもしれない。

 

けれど流石の自分でもわかる。爆豪勝己という人間がここまでするという意味はあまりに重かった。

 

街の子供達を一箇所に集めたのだろう。広場の中央にバリケードのような瓦礫が組まれ、その中心に子供たちがいる。

 

その瓦礫の上に唯一人。全体を見渡せる場所に彼はいた。全力で動き続けていたのだろう。両手に握った銃を無造作にぶら下げているが、それは全方位に即座に動くことのできるようにという最適な姿だ。

 

両手と両足。腰から肩にかけてはACが覆っているが、胴体と頭部は生身のままだ。赤く染まった体からその激闘を表すかのように湯気を上げている。

 

「体がよ。燃えるみてえにあちいんだ」

 

呆然と呟く。目はこちらを向いていない。

 

「テメエも、どうせ、そうなるんじゃねえのか?」

 

一瞬だけ銃口が上がり、こちらを捉えた。ACの装甲があれば即死ではないが彼の弾幕は脅威である。

 

しかし、その腕はすぐに力を失った。

 

「いいや。俺だ。俺がすぐにきっと……だからさ……。あとは頼んだ。ナイトアイ……」

 

この光景を目視するのは初めてだった。だからなんて言っていいのかわからない。それに記憶ではもっと長い間彼は生きているはずで。まだ元気に子供を守っているはずで……。

 

「爆豪勝己!今すぐに銃を……」

 

代わりに目が合う。そこには溶けたように闘争を求める右目と、必死で抗う左目がある。

 

「母さん。ごめん……」

 

速やかに左手が動いて、自らのこめかみを撃ち抜いた。

 

 

子供たちの狂乱と叫び声が響いている。色々な言語でノーベルとかノーブルとか。いろんな風に呼ばれていた。この短い間でどれだけ声をかけてどれだけ支えていたのかがそれだけで伝わった。

 

そして、その周囲に目を向ければ自殺の原因は明らかだった。

 

 

広場を囲む形で、大人たちが倒れている。

まるで円を描くように、瓦礫と血と肉片が散らばり死体が群がり重なっていた。

 

革のジャケットに刺青、粗野な装備。どう見ても裏社会の人間だとわかる者がいる。

指には金の指輪、腰には高級な拳銃。撃ち合いの痕跡は明らかだ。だがその死に様は、逃走中でも混戦でもない。前を向いたまま、子供たちのいる中心へ背を向けることなく倒れている。

 

一方で、シャツ姿の男や、エプロンのままの女、上半身が裸の若者もいる。明らかに市民だ。手には包丁、鉄パイプ、工具。ある者は銃を握りしめている。

 

どちらの顔にも共通しているのは、歪んだ表情だ。怒りか、恐怖か、狂気か。赤い月に焼かれた目は、最後まで焦点を失っていたことを想像させる。

 

広場の各所には、まとめて爆破された痕跡がある。黒焦げになった死体が数体、互いに絡まり合うように吹き飛ばされている。地面は抉れ、アスファルトは溶け、飛んだ欠片が壁や人々に突き刺さっている。接近を許さないための一手だろう。

 

爆豪の『爆破』という個性が制限なしに振るわれればこうなる。人体など簡単に壊すことができるのだ。

 

 

何が起きたのかはシンプルだ。爆豪は子供のために襲いくる大人を殺すことにした。

 

暴力から子供達を守るため、彼は緑谷出久にはできない選択をやりきったのだ。保護された子供たちの中には腕を折られている年長の子供もいた。今はぐったりとしているがここまで周囲の子供に抑えられていたのだろう。

 

きっと折ったのは爆豪だ。脅威を可能な限り排除し、そして守るという仕事をどうにかしようと奮闘した形跡がそこら中に残っている。

 

 

最後には狂気に飲み込まれるその前に、どうにか自分で自分を狩り取った。人のままに死んで行ったのだ。

 

 

ここでようやく理解した。

欠け替えのないヒーローが死んでしまったという事実が腹に落ちる。

 

 

だから俺は同じように銃口を自分へと向けて撃つ。躊躇いはない。

今更、自分にそんな資格はない。絶対にここだけは救わなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

『瞬間的な入眠を確認、起床刺激を起動済みです。淡輝様ご無事でしょうか?』

 

「やってやる」

 

ピエロから少し獣のような毛が生えているのが見える。

やはりここかという落胆とそれ以上の安堵が襲いくる。しかし感傷は一瞬で捨てた。

 

 

 

諦めない。絶対に救ってみせる。

 

なぜなら俺は最高のヒーローを救うために、戦い始めたのだから。

 




どこもかしこも、獣ばかりだ
貴様も、どうせそうなるのだろう?
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