『報告12:死柄木弔を確保。ヴェスパー部隊はUAIへと引き上げます』
『報告54:南米各地での死者は40万人ほど……』
『報告89:UAIを襲撃するヴィランは全て撃退済みです。軍の介入は……』
『報告112:一部戦闘地域において通信が途絶しました。引き続き……』
目覚めてから受け取った報告はいくつもある。そして目覚めるたびに、全てを聞く必要はないためそれぞれの報告には数字が振られどこから先を知らないかをこちらからまず伝えるのだった。
こうすれば、たった数分の試行を3回しただけでも相当な情報を処理できる。
また、目が覚めた。
『瞬間的な入眠を確認、起床刺激を起動済みです。淡輝様ご無事でしょうか?』
「レポートは120以降から。爆豪勝己の精神状態を安定させる方法を模索中、サポートしろ」
120以降の情報を聞きながら移動を開始する。
ヒーロー二人を引かせて、そして俺が向かう必要がある。二度目の挑戦は緑谷を伴って向かったが、それは大きすぎる間違いだった。
彼を見た瞬間に辛うじて保っていた理性は消えた。
相手が誰なのかも認識が混濁してオールマイト。デク。と叫んで話にならなかったのだ。
爆発的に加速してその銃口を向けて撃ってくるという最悪の状況を引いた。なぜなら爆破して加速する彼の下には多くの子どもたちがいる。彼らを守っていたはずなのに、加速のための爆破でその多くが死んでしまう。
爆炎は一瞬。だが、その一瞬がすべてを変えた。
空気が膨張し、衝撃波が円状に広がる。爆発の中心、その直下にいた子どもたちは、叫ぶ暇もなかった。軽い身体は紙のように持ち上げられ、瓦礫と同じ軌道を描いて宙を舞う。衝撃で内臓が裂け、骨が折れ、柔らかい肉が石に叩きつけられる。
誰かを守ろうとしていた誰かに向けて伸ばしたその小さな手は、途中で力を失い、指先だけが不自然に曲がったまま地面に落ちている。
瓦礫の下半分に埋もれている上半身は無事に見えるが、下は潰れている。制服の布が赤く染まり、染みはゆっくりと広がっていく。口元がわずかに動き、何かを言おうとして、しかし声にならないまま止まった。
まだ息がある子もいた。だが呼吸は浅く、ひゅうひゅうと漏れる音が頼りなく続くだけだ。肺が潰れているのか、血が喉を塞いでいるのか、咳き込むたびに泡立った赤が唇からこぼれる。
先ほどまで自分たちを必死で守ってきた爆発がなぜこちらに向いたのか混乱しているのだろう。混乱と失意の中で死んでいく。
そんな殺戮を見た緑谷は彼を止めるべく力を振るっていく。結果は良くないものだった。これは絶対に認めてはいけない。
緑谷出久を、今の彼と引き合わせてはいけない。
普段ならその後、この状況がどうなるのか限界まで見極めた上でやり直しを行うのだが、あの『モルヒネ』がどこかにいるかもしれない。つまりは、いつ眠らされるのかわかったものではない。
声だけで眠らされるというのが厄介だ。音をシャットアウトするようにACに対策をしておいたが、そうした瞬間に自分の脳裏にはいくつもの睡眠系の『個性』についての知識が溢れかえってその穴を指摘する。
あのヴィランがなんなのか。どんな個性が働いているのかはわからない。しかし恐らくは自分の悪夢のような最悪を、夢が深くなるほどに身に纏うということができる個性と予測する。
いや、奴の意思に反してそれが行われているらしくそうなってしまうのだろう。
唯一の好材料としては、彼が一度人に戻り。再び怪物となったとしても暫くは呆然としているということだった。黒霧が回収するようで、それはすぐに動き出さない。
ここまで確信すると、この3回だけでも以前とは比較にならないほどの速度で悪化している現状にも納得できる。すでに3回目にしてアメンドーズの腕が生えている道化の獣は、ワープしてどこにでも来れる能力があるから余計なことは何一つできない。
『黒霧の発生を確認。決断をしてください』
「徴を発動」
ACによる内部の人間の殺害。それがこの『ハンター』にあって決して他のACにはない特別な機能である。あのヴェスパーとかいう傭兵部隊には四肢ごとパージする機能を追加した変人もいたらしいが、流石に自殺機能はない。
これは狩人にとって唯一確かな、始まりに戻る自殺装置であった。
送られてくるのがモルヒネとは限らない。しかしながら確認をしたら手遅れになる可能性がある。だからこの数分だけでまずは全力を尽くさねばならない。
前回は緑谷を連れてくることを諦めて、オールマイトに通信してもらったが。同じく悪化した。
ナイトアイという大して交流もないが、実力が確かなヒーローの前で彼は最も理性を保てるらしい。今の彼には精神的な地雷が多すぎる。だからこそ、俺にはやれることがあるかもしれない。
「体がよ。燃えるみてえにあちいんだ。テメエも、どうせ、そうなるんじゃねえのか?」
そして銃口が上がり、下がる。
「いいや。俺だ。俺がすぐにきっと……だからさ……。あとは頼んだ。ナイトア……」
「俺はナイトアイじゃない!!」
頭部を覆った装甲が開き、中の顔を見せて叫ぶ。ナイトアイになら全てを任せられると思って緊張の糸が切れてしまうのなら、ナイトアイがいない事実を見せつける。
「お前のクラスメイト。七光りの狩峰淡輝だ。虹色の成金に子どもたちを任せられるか?そんなことをお前は……」
ふっと。笑ったような気がした。彼は今まで俺の冗談で一回も笑ったことがなかったから、その顔がまるでありえないようなものに見えて違和感が凄まじい。
「お前ならいい。俺と違って、大丈夫そうだ。大変だったんだなお前も……」
絶句した。
爆豪勝己から示された理解とそして予想外の信頼に一瞬思考が真っ白に染まる。
そうしてまた、母への謝罪と放たれる弾丸が再演する。一拍遅れて正気のふりを取り戻した自分も射撃してそれを防ごうとしたが、彼は器用にそれを避ける。
最後に自分というヴィランを殺して、その瞬間だけはヒーローとして完成して逝ってしまう。
四度目。ついにモルヒネに発狂を誘う頭部が生えた。
嫌な確信が追いついてくる。ダメだ。きっと次には良くないことがまた起こる。
それでも諦めるつもりはない。ないが、一体どうすれば。これまではいかに緑谷とオールマイト。そして繰り返しと暴力に頼ってきたかということがわかる。この制約の中であまりに自分は無力だった。
「緑谷、オールマイト、俺もダメだ。他に方法はどうすればいいか。広く共有して案を出せ!」
自分に思いつかないのなら、誰にでも頼るしかない。
『ただいま情報を精査、共有中。』
そして少ししてマリアからの提案が行われる。
『———結論。爆豪勝己の回復は感情の修復ではなく、戦闘構造への再配置によって達成されます。守る対象として扱うのではなく、役割を与え、選択させ、戦力として機能させてください。それが最も成功率の高い対応であると計算されました』
それはどうにも、的を外しているような気がしてならない。だから否定して別のことを考えようと口に出す。
『「却下だ」』
声がハモった。それは自分であって自分でない。一番近くて遠い声。
『マリアにも、君にも無理だ。元より人ではないアレ。人の心などとうに忘れてしまった君にもできない。殺す以外では頼りないのが狩人というものさ。自らの領分を、勘違いしてはいけない』
ゲールマンの声がした。
自身の中に生まれた。いやなぜかあった別人格。それを自分の細胞から作った生体コンピュータに再現し、それを人間へと移植するという。壮大な冒涜の上で活動する奇跡のような、悪夢のような男の声だ。
『ACのリンクをよこしたまえよ。彼は私の生徒だ。学生同士で諍いを解決しようとすれば悪化するのは一般常識。ここは教師が助言をすべき場面だ』
「……オールマイトだって頼ったぞ」
『彼は言葉で語る存在ではない。その場に彼がいたならばきっとどうにかしただろう。しかし彼はいない。世界には彼がいない場所が多すぎる。だからこそ悲劇が止まらないのだと、そうは思わないかね?』
反論はない。一旦、コントロールを彼に渡す。自分が何かを思いつきでやるよりはきっと違う光景が見えると、そう思ったから。
「試行はもう多くできない。今回で決めたい」
『どうやら冗句の質が上がったらしい。吹き出しそうになってしまった。本気で言っているのかね?』
「冗談な訳があるか。これ以降は安定して挑戦できるかも怪しい」
『皮肉だよ今のは。君以外の全て、私たちにとってはそれがこの世界の常識なのだから。切羽詰まった緊急時に、当たり前のことを言うというユニークさに聞こえたのさ』
くつくつと笑うこいつは腹が立つが、それでも俺よりは弁が立つのも間違いない。すでに彼のところへと到着したから、あとは任せた。
かつて狩人だった助言者が、到着した。
「どうせ、そうなるんじゃねえのか?」
そして銃口が上がり、下がる。
『敵ともわからぬ相手に対して銃を下げるものじゃあない。何を学んでいたのかね?』
その反応は、今までとは異なるものだった。自分は一人称視点で自分の体が外側の装甲に動かされるままに動くしかない傍観者になっている。
『私がその子供たちを殺さぬ保証がどこにある?私からする血の香りには気づいていただろう。老若男女に差別をしない公平な人間であることも知っているはずだ。銃口を上げろ爆豪勝己』
その言葉に合わせて、本当に子供を殺す想像をしてみる。勘のいいヒーローたちはこれだけで背筋が泡立つものらしい。これができるから異常者なのだ俺は。しかし、役に立つならそれでいい。
下がった銃が、こちらに向けて構え直される。初めて、彼の緊張を保つことができた。
『本来なら脅威を排除し、彼らを安全圏まで移動させるのが君の仕事のはずだ。何をしている?何を考えているのか、話してみたまえ。いつものように助言をしてあげようじゃないか』
理性と殺戮の衝動が戦っている。戦いが終わったと思えばそれは切れてしまい自決につながる。緊張を保ったまま、相手のことを知ると言うのが戦略らしかった。自分にはできそうもない。
「俺は……オールマイトの強さに憧れた。底にいるはずのデクが。あの目で這い上がってくるデクが怖かった。緑谷出久を認めたくなかった。でもよ。がんばったんだ。言われた通りに考えて、考えて答えが出なくて。言われた通りにやってるだけじゃダメって気づいて。そんで、そんで……」
『君は愚かだったが、それでも改善しようとしていたね。若者らしく足掻く姿は見ていて心地が良いものだった。多くのことに気づいたのではないかな』
「俺はっっ!!俺がカス野郎だってことも認めた!!ヒーローなんて目指しちゃいけないそんなやつだってことをようやく認められたんだ。そしたらクラスのバカどもが余計に頼ってきやがった。意味がわからねえ……。俺はもうヒーローにはなれねえ!今はなおさらだ!!」
『君は自らをヒーロー足り得ないと自覚し、あの優勝から身を引いた。英雄としての自己犠牲と自らの弱さと向き合う姿勢が、むしろ英雄性を高めたのだよ。君は、あそこでようやくスタートラインのその手前に立てたのだ。そして、走り出してここで終わるのか?』
「殺した。俺は殺しちまった。そんでさ。それが悪いともあんまり思ってねえ。嫌なのは、もう絶対にオールマイトになれないってのが決まったからで。そんな俺が最低で、カスでクソすぎて……」
こちらに向けていない爆豪の片手が銃から離れる。それがぎり、と音を立てるように自らの髪へ食い込んだ。汗と煤、そして血で固まった金髪を、根元から掴み上げる。髪をかきむしる手が震えている。
「殺すたびに上手くなっていきやがる。相手を殺すつもりで思いっきりする爆発が気持ちいいって、そんな風に思うことがありやがった!!俺は天才だ!ずっとそう思ってたけど違う!俺のこれまでの成果は才能なんかじゃねえ。殺すのが俺の才能だった!!」
個性からして、彼が人を守るというのは不自然とも言える。トガちゃんが血を吸いたいように。彼は何かを壊すことが、彼なりの自然な姿なのだろう。
「殺すのが止まんなくなってきた。そんで、どうにかして誰かに渡すまではって……そう思ってて……。そのうちこいつらを襲い始める。そう言う感じがした。今もしてんだ!!」
きっと今、彼はオールマイトの言葉を思い出している。
「次は……俺だ。俺なんだよクソッタレ……。だから終わらせなきゃいけねえんだ」
そうして、銃口が自らのこめかみへと向かう。けれどその速度はこれまでよりずっと遅かった。
『私が君と話すにあたって。何か優しい言葉をかけるとでも思ったか?』
銃が止まる。流石に思っていたらしい。
『君の苦悩を私は真に理解することなどできない。我々は他人だ。その上で私は善人ではない。ヒーローなどとは最も遠い存在さ。だから君のやりたいことを想像はできるが理解して寄り添うことなどしない。ましてや君が今殺してほしいと願っていることなど、分かったとしてもそれをしてやる義理はない。そして……』
どこまでも鋭利な鎌のような言葉だった。そして、爆豪の土気色だった顔に少しだけ赤が入っていく。甘えようとしていたことが図星で、恥ずかしいらしい。
「じゃあ、じゃあ黙ってろや!!最後まで俺はやれる。ケリつけてやる!!」
乱暴に銃を自らへと向けるが、その引き金はまだ引かれない。完結していないのだ。続きを聞きたがってしまっている。
『素直で何より。そして、私が用意したのは人質さ。君のその姿は今、私が押し入ったUAI第四小学校のAクラスのみんなに見せている。これが私の策だ。自殺でもしてみろ。君が向き合い始めた多感な子どもたちがどうなると思う?』
空間に、音もなく光が広がる。
淡い青の粒子が空中に組み上がり、やがて一枚のホログラムへと形を成した。そこには近代的であるが普通の教室の風景が投影される。
蛍光灯の白い光、黒板の隅に残るチョークの粉、机の上に置かれた筆箱や教科書。あまりにやかましいはずの空間が、異様な静寂に包まれている。
教壇の位置から見下ろす構図。そこにゲイルはいるのだろう。座席に座って並ぶのは、小さな椅子に座る子どもたちだった。
誰一人として騒いでいない。
口元をぎゅっと結び、あるいは手で覆い、あるいは膝の上で拳を握りしめている。顔色は青白く、目だけがやけに大きく見える。泣き出しそうな子もいる。もう涙が頬を伝っている子もいる。それでも声を上げないで食いしばっていた。
画面の中央には、爆豪の姿が映し出されているのだろう。食い入るように見つめていた。
彼らは理解している。
目の前のヒーローが、誰かのために立っていることを。そして今、そのヒーローが壊れかけていることを。
「なんで……こいつらが……」
『君が忘れかけていた仕事を思い出させるためさ。任せた仕事を途中で放棄するのは許さない。ヒーロー失格だろうとやり遂げたまえよ。君が人であり続けたいのなら、そうあるべきだ』
このところ爆豪が平日の何日かと毎日の放課後にずっと通い続けている教室だった。
ここではいじめが行われており、それの対策をしてみろと教育実習という形でそこに関わっていた。まだまだ話を聞く段階であって、何かを成せたわけではないと聞いている。
『私からは以上だ。これ以上語るべきこともない。しかし、彼らは君に文句があるらしい。聞いてからでもその判断は遅くないだろうね』
そして手招きすると、子どもたちは叫びだす。
『バクゴーのばか!!!』
『いっつもうるせえのになんだよそれ!』
『っやめてよぉ。っ死なないでよぉ』
『今度サッカーするって言ったのに……嘘つくんか!?』
『かっちゃん先生だめぇ!また給食!いっしょにい!』
聞き取れたのはごく一部。言葉にすらならない文句と罵詈雑言が浴びせられている。
『ヒーローじゃなくても、僕らの先生でしょ!!』
それはまるで銃弾のような衝撃で彼を撃ち抜いたらしかった。力が抜けて座り込む。
そうしていると、足元の子どもたちも騒ぎ出しているのだった。
そりゃあそうだ。今までずっと頑張ってくれたヒーローが自分に向けて銃を向けてそして固まっているのだから。
いつの間にか瓦礫をよじ登って、そして爆豪へと何人もが組みついた。必死でその手を伸ばして、銃から彼を守るように群がっている。
「……くそが」
それだけをつぶやいてようやく終わった。
これまで当たったどんな困難より少ない試行で、たどり着いた不可能の先。
ヒーローになることを諦めた彼は。人殺しとなってしまった彼は。それでも生きることに決めたのだった。
彼にとって幸せだったかはわからない。俺は人を殺した負の影響を個性で誤魔化し続けているから。
でもやはり。人を生かすのは繋がりなのだ。
それが鎖のように意思や自由を縛ろうとも、それが正しくなかろうと。人は人によって生かされ続けるらしかった。