ここは、名もなき傭兵達の戦場。
イランから撤退し、そしてUAIの支配圏として最も身近なミャンマーへと逃れた傭兵たちを待っていたのは新たな戦場だった。
ミャンマー国境付近の密林は、昼でも薄暗い。背の高い樹木が何層にも葉を重ね、太陽光は緑色に濾過されて地面へ落ちる。腐葉土の匂いと、湿った土、遠くで鳴く鳥と、名も知らぬ虫の羽音が絶え間なく続く。自然の音があまりに濃く、逆に人の気配が不自然に浮き上がる。
その中に、息を殺して潜む影がある。
傭兵たちは分散して配置されていた。
倒木の裏、浅く掘られた陣地、樹上。全員が無線を封じ、視線と手信号で連携している。迷彩服は現地仕様に近い濃緑と褐色、顔には泥と塗料で光の反射を消している。
依頼を受けて仕事をこなし、そして報酬をもらう。どんな仕事も同じだろうが彼らの仕事は特に危険なものが多い。
UAIに関わる依頼は支払いが非常に良いと評判ではあった。絶対に関わってはいけないとされていた裏社会の元締めと対立するような依頼であったから多くの傭兵たちが受けることはできなかったが、UAIが力を示すたびにその軍門に下る傭兵は増えている。
北朝鮮での紛争の以前から関わっているものたちは高待遇を用意され、勝ち馬に乗ってきたものたちにはそれなりに危険な仕事をまずはこなしてもらうのだ。
この発行されて実施までが異様なまでに短い緊急任務『ワープ先での待ち伏せ』の依頼もそのようなものの一部であった。
地点はすでに決まっているため、その最寄りで動かせる戦力にお呼びがかかっている。
民間軍事会社『カンパニー』のNO.2であったスネイルは声を荒げて文句をつけたが、交渉内容は全て飲み込まれてしまい。リスクとリターンが釣り合ってしまったためその作戦へと参加させられていた。
最後に決断したのは自分とはいえ、つい先ほどまで数千キロ以上を飛行しながら世界最強の生き物から逃げていたのだ。多くの戦力を失い、文句の一つも出るというのは自然であった。
「我々は、ここまでのリスクを負う必要はなかった!にも関わらず面白そうと言って死んでいく。戦闘狂いの異常者たちめ!スパイかと思えば最後まで協力した四番機も含めて、いい加減に理解ができません!この任務が終わった時にはそれなりの地位を得て私が意思決定を行います。私こそが『
「うへ〜。第二隊長閣下はご機嫌だぁ。配置しとくんで、通信ミュートにしときますね〜」
「貴様もだ主任!極限の戦いの直後とはいえ、その態度は看過し難い。採用時とは全く異なる不躾な態度は目に余ります。社会人として良い年の大人として相応の礼儀というものを……すでにミュートにしているのか貴様ァ!?」
すでに残っているACは4機ほど。うち問題なく動くのはスネイルのものだけ。しかし主任のACは動かないほどの損傷を受けた上で、彼の個性によって動き続けている。
「ふん。『再起動』でしたか。よくもまぁ動くものですね。有用な個性ではある、腕も悪くはなかった。その身の振り方を考えなさい」
有能というのもあるが何より、オールフォーワンの一撃を自らが盾となって受けたとあっては、軽薄な態度を取られたとしても本能的に信頼を寄せてしまう部分があった。戦場での命の預け合いというのはそれほどに大きい。
『予測時間まであと60秒。出現する人物で生存が必要なのは最初に出てくる二人のみ。死柄木弔および荼毘の確保の後に、他は排除してください』
UAIのAI。その指示は心底気に入らない。
異常なまでに細かく作戦内容を指示してくることがあり、それがその通りに進行するなど気色がわるい場面がこれまで何度となくあった。
しかし、実権を握った後にはその予測を大いに活用させてもらうとしよう。そうだ。これはUAIのブレインであり全てを掌握している『サー・ナイトアイ』へ近寄るための方策なのだ。
黒いモヤが発生し、そして人間がそこを渡ってくる。
すでに死柄木弔は四肢に重傷を抱えており、その個性は危険だが戦闘能力は喪失しているとのこと。
ブリーフィング通りのことが目の前に展開され、あまりにあっけなく仕事は終わる。
全員を捕縛するならまだしも、全方位で待ち伏せて2名を除いて射殺するだけだ。脳無と呼ばれる怪人が暴れたため多少の被害は出ていても、それは現地で雇った使い捨ての傭兵たち。
カンパニーは無傷でこの任務も乗り切った。
『目標を確保。これより帰投します』
『お疲れ様でした。報酬は色をつけてお出しします。今後のご活躍を祈っております』
実際のところ報酬を釣り上げようと思っていたが。それすら読んでいるのか、続く提示された報酬に黙るしかなかった。相手にとって重要性の高いと思われるヴィランの身柄と、何より失われたはずの核弾頭を運んでいるという点で交渉できると踏んでいたラインのギリギリが提示される。
つまりはナイトアイが未来を見て交渉を済ませたということだ。この結果は動かない。
『まぁよいでしょう。南米の件が片付き次第合流します』
『指定した地点まで移動し、潜水艦をお使いください。それではまた』
全てが順調とはいえない。長年連れ添った最高戦力を失い、組織は再編が必要である。
けれど自分は生き残り任務は達成している。『カンパニー』は大きくなる。UAIにおける特権も得られるだろう。
撤収までは早かった。そして主任と護送チームを送り出し、後方で警戒をしつつ移動を行う。ここからは大型ヘリに登場し、一息つけると思った矢先。また心底、神経を逆撫でにする報告が入った。
『レーダーに不審な船舶を確認。この地域で海賊行為を行なっているヴィランの可能性があります』
これはUAIのAIからの報告ではない。無防備な移動中、通信はすでに閉じられている。そのため確定的な情報でないが、しかしこちらには未来を見える男がついている。大したことは起き得ない。
「私が処理します。主任。あなたたちは先に行きなさい」
ACで出撃し、洋上の目標へと接近する。いくつか強力な個性持ちがいるらしいが、それでも敵ではない。ヘリを落とせそうな個性はいなかったため、無駄足だったということだろう。
そうしていると。前方の護送ヘリが止まっている姿が見えた。
『何をしているのです!予定通り先に行けといったでしょう!』
なぜここまでイレギュラーが立て続けに起きるのか。AC起動中にはないはずだが、イラつくと普段かけているメガネの位置を直す癖が出る。
やはり私以外は役に立たない。もっと統制をしなければ。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
先行している大型ヘリ内部。死柄木弔は痛む傷を自覚しながら、その光景をただ見守っていた。
機体が乱気流を切り裂くたび、床のリベットが軋み、吊り下げられた装備がわずかに揺れる。赤色灯に照らされたカーゴスペースには、弾薬ケースと予備パーツ、補給用のエネルギーパックが規則正しく固定されているが、その整然とした光景とは裏腹に空気は張り詰めている。
『何をしているのです!予定通り先に行けといったでしょう!』
「あの、スネイル閣下がご立腹ですよ。主任。動かなくては責任問題に……」
「あはは。大丈夫大丈夫。それでも結果さえ出せば閣下もわかってくれるんだなこれが」
大型のスナイパーライフルを担ぎ出す主任と呼ばれたAC。その装甲はすでにボロボロであるが、問題なく動いている。
「何を?敵の増援ですか!?」
「ま、そうね。みたいなもん。だぁから大丈夫だって!みんなは座ってていいからさ!」
何か起きているらしいがどうでもいい。きっと先生が助けてくれる。
『説明をしなさい主任!何が起きたのです?』
『仲間はずれは良くないなぁ。俺も入れてくれないと』
閃光が迸り、そして大型のスナイパーライフルが腕と一体になる。空いている腕で、サブマシンガンを打ちながら機内を薙げば。全員が目を丸くしてそれを受けた。
殺されたと思ったが、生きている。
「何してんだ?お前は」
呆然としているのは荼毘も同じである。
生きているのは捕縛したヴィラン2名と突如として裏切った主任のみ。この蛮行をまだ洋上の見方は知らないときた。
『主任!?応答しろこの役立たずが!』
『いやいや、ちょっとお手伝いをね?』
ライフルが発火する。
発射の瞬間、機内の空気が押し潰されたように震えた。反動制御ユニットが唸り、砲身の周囲で圧縮された空気が爆ぜる。撃ち出された弾体は視認できない。ただ、一直線に伸びる熱の尾と、数拍遅れて届く衝撃波だけが、その軌道を証明していた。
洋上で待機していたACの胸部に、光が咲く。
金属が内側から膨張し、装甲がめくれ上がる。推進機関の噴射が一瞬乱れ、姿勢が崩れる。数秒前まで海上で安定していた機体が、傾き、沈み始める。白波がその下で割れ、青の中へと引き込まれていく。
『貴様何を!?気でも狂ったか?クソッ!メインブースターが!!沈んでいく……』
通信は途中で途切れた。
海面に叩きつけられた機体は、激しく水柱を上げる。塩水が高く舞い、機体は半身を沈めたまま、ゆっくりと傾く。火花が水面で瞬き、やがてすべてが海に呑まれていった。泡だけが、名残のように浮かぶ。
「あれはお前の仲間じゃないのか」
「俺はね。人間が好きなんだ。割とね。戦ってる人間にはいつも可能性を感じてた。だけどもう片方の俺はそれだけじゃあ我慢できないらしい。綺麗好きらしくてさ!だから踏み潰さなきゃならないんだ」
「死柄木弔。お前には結構期待してるんだ。その目が良い!全部を壊そうっているその目がとてもいい!見たところ優秀な…狩人になれるポテンシャルがある!そうさ!!こんな機会はそうそう無い。それに夢も一段落ついたなんてさ。まるで運命みたいじゃない?そう思うだろう!?」
一方的に話すだけ。バケツ頭のような頭部装甲はその表情を見せてはこない。はっきり言って狂人の妄想の類にしか聞こえない。
「いやいや失礼。主任とは、意気投合してな。波長が合うというやつさ。俺の方から改めて自己紹介をしようじゃあないか」
深々と腰を折って、男は今度こそ名乗った。
「俺はヴァルトール、連盟の長だ。連盟とは、狩りの夜に轟く汚物すべてを、根絶やしにするための協約さ。お前も気持ちは同じだろう?」
「穢れた獣、気色悪いナメクジ、頭のイカれた英雄、賢しらに振る舞う機械人形たち。みんなうんざりじゃあないか。だからこそ、殺しつくす。連盟の狩人が、お前に協力するだろうどうだ?お前も、我ら連盟の仲間にならないか?」
沈黙が広がる。そりゃそうだろう。だって、意味がわからなすぎる。
「口だけではなんとでも言える。その態度は正しい。だからこそ、澱みを根絶やしにする姿を見せようと思ってね。この時代にあったやり方で、いや。これは前時代的なのか。まぁ、そこらは主任に任せるとしようか」
主任。いやヴァルトールと名乗った男が、常に背負って離さなかった何かしらの荷物がその手にある。
「俺の個性の正式な呼び方は『起動』それは、全てを一時的に『起動』することができる。機械ならやりやすいけど、機械だけじゃあない。コンクリの柱だって武器にできちゃうんだなこれが」
「おい。そのマーク。なんだそれ。それって」
「お前は良い。けれど、もう親離れをするべきさ。オールフォーワンも最後にはお前を食い物にする。だから、共に全てを壊そう。誰のためでもない。お前が好き勝手に。この世界を真っ黒に変えてやれ」
ヘリからエネルギーが吸い上げられ、そしてACを通して無理やりに起動させられた核弾頭が起動する。それは本来ならばあらゆる厳正な手順を踏まねばならないもののはずなのに。それは光を放って脈動していた。
「あははははははあああ!!!!!!愛してるんだぁ!!君たちをぉ〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
この日。かつて回避された核攻撃という悪夢が、突如として世界へと叩き込まれた。
核爆発はインドの大都市へと命中し、あまりに多くの人命が一瞬にして消え去った。
そして世界は、その火に当てられ。まるで再び火がつくのを待っていたかのように燃え始める。
やり直しの、世界の隙をついたこの奇襲は、誰にも止めることはできない。
世界大戦が始まった。
国家としての戦争ではない。
世界へとばら撒かれた狂気の種は、個性という暴力によって芽吹き。そして光を浴びて花開く。
史上初めて、個の性をぶつけ合う闘争が始まった。
唐突すぎるこの戦いはあまりに不自然であるはずだった。けれど人々は気づけない。
この日から、うっすらと赤い月の光が世界を照らすことになることに疑問を抱くものはあまりにも少なかった。
火をつけろ、燃え残った全てに
ということで長かった南米編も完。
まだまだ解決していないことや謎も多いですが、一旦区切りです。
次回は3/15にて!