夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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三なる魔

 

 

展望デッキに出ると、風が来た。

 

太平洋だ。地平線まで続く水面が、午後の光を受けて細かく光っている。遠くに貨物船のシルエットが一つ見える。動いているのかどうか、この距離ではわからない。

 

しばらくそこに立っていた。

懐かしいという感覚を自分が持つとは思っていなかったが、確かにそう感じる。この水の色だ。ハワイの海岸から眺めた時と、光の入り方が似ていた。

 

あの頃のことを思い出す。

緑谷と二人でゴミを拾っていたあの頃はやっぱり楽しかったと思う。まぁ正確には最初だけそうで、途中からは人を集めて、自分は裏側で動いていたけれど。それがお互いの役割だったし、そちらの方が効率的だった。それは今も変わらないと思う。

 

それでも最初の数日は砂浜にいて汗だくになりながらゴミと格闘したものだ。

どんぶらこと大量のゴミが波に運ばれてくる。プラスチックのボトル、漁網の切れ端、読めない言語で書かれた包装紙。どこの国から来たのかわからないものが、時間をかけてここに積み重なっていた。世界中の無頓着がここに集まっている場所だ。

 

全面的な解決には程遠いけれど、緑谷と主にオールマイトのおかげで抑制の動きを作ることはできたのだ。

先進国を中心に、海洋プラスチックの流出を減らす取り組みが広がっていた。遅すぎるし、不十分だったが、方向としては正しかった。数字は少しずつ改善していたしかなり大したものだったと思う。

 

けれど今はそんな余裕がどこにもない。

工場が戦時生産に切り替わって、環境規制が後回しになる。輸送ルートが変わって、流出の経路が増えた。国が国を疑い始めると、共同で取り組んでいたことが最初に止まる。海洋ゴミの国際協定は、大戦が始まって半年で実質的に機能を失っていた。船は沈められ、川にはなんでも流してしまう。生存のためになりふり構わなくなったときの人類のなんと力強くて、汚いものか。

 

あの砂浜は今どうなっているのだろう。

元ボクシングチャンピオンのスミスさんの家は無事だろうか。メアリーちゃんが泣き始めた時の困った顔を、なぜか鮮明に覚えていた。

 

視線を水面に戻す。

光っていた。表面だけが光っていて、その下に何があるかはわからない。綺麗に見えるが、綺麗ではないのだろう。それは昔も今も変わらない。

 

街の方を見ると、最近撮影された海洋動物の映像が流れていた。

海洋監視のドローンが捉えた映像らしく、座標が添付されている。展望デッキからほんの数十キロ先、今まさにこの海域の映像だった。

 

大きな鯨である。

しかし、動きが重かった。普通の動き方ではない。身体に何かが絡まっているのが映像でもわかる。漁網か、ロープか。巻きついたそれが水の抵抗になって、動こうとするたびに絡まりが増す。そういう動き方だ。

 

引っ張れば引っ張るほど、網は食い込んでいく。他の色々なゴミが引っかかり、海藻を巻き込んで。そして枷は大きくなるが、力は弱まっていく。

 

それでも動くのをやめない。ただ動き続けて、少しずつ沈んでいく。

 

しばらく目が離せなかった。

離せないまま、色々な人のことを考えていた。それこそ、自分を含めて。

オールマイトも、自分も、UAIそのものすら。何かに絡まっているのではないかという感覚がある。自分が積み上げてきたものの重さで身動きが取れなくなっているのではないか。引っ張れば引っ張るほど食い込んでいく何かを、それでも振り払えずにいる気がした。

 

映像の中で鯨はまだ動き続けていた。

 

 

『スターアンドストライプが、またテロの鎮圧に向けて出撃したそうです。オールマイトとのイベントはキャンセルとなりました』

 

姉弟子と言っていい存在。力だけならすでにオールマイトを超えている世界最強の人物は、それこそ過労でぶっ倒れそうになっている。

休みがてら世界の治安を良くするためのイベントをと思ったが、どうにかならないものか。これに対してやり直しを使おうかどうか決めなくては。

 

先日のスターアンドストライプとの通話を思い出す。

アメリカの現状を聞くためにこちらから繋いだのだが、繋いだ瞬間に彼女の顔を見て、聞く前から大体わかった。

 

「今月は内戦を一件止めた。寸前で止まったのが二件。合計三件、全部今月だ」

 

一件ではなく、三件。逆になんでまだアメリカという国が一つになっているのかわからないほどの世紀末である。

 

「さすがですね。でも止められたのはあなただからでしょう」

 

「ナイトアイにも感謝を伝えておいて。情報がなければ今頃火の海だったから。どちらも武装した集団が州の境界で衝突しかけていた。どちらも個性絡みだ。片方は個性強化を受けた民兵組織で、もう片方は逆に個性を持たない人間たちの集まりで、要するに互いに互いを恐れて先に動こうとした。そういう話……ああ、家族にも最近会えていなくねえ」

 

眉間を揉んで、一瞬だけ母の顔をしたが今そこにいるのは世界最強のヒーローだった。

 

「正直に言う。アメリカは今、内側から崩れかけている。個性を持つ人間と持たない人間の分断、連邦政府への不信、州ごとに別々の判断をし始めている軍の一部。どれか一つなら対処できる。三つが同時に動いているのが問題だ。ヒーローが解決できる問題と、できない問題がある。拳で止められるものは止められる。でも人間の恐怖と不信感は、拳で殴っても消えない」

 

 

世界中で同時多発的にオールフォーワンの目撃情報。どうにも偽装が上手くなっているらしい。いきなり現れては人を攫い、個性を奪い、誰かを殺して去っていく。世界に君臨する自称魔王はやめて、神出鬼没の死神代行にでも転職したらしい。

 

トガちゃんの個性をはじめとして、『変装』や『変身』といった個性はそこまで珍しいものではない。それを使われると非常に困る。世界に同時にオールフォーワンが現れて、そして同時に消えていくような芸当をやられてしまうのだった。

 

複数の個性を持っていることも本人の証明にはならない。

さらに防衛や救助にも人手が必要なように動くため厄介だった。出血を覚悟して同時に叩く作戦を何度か行ったが、そこで殺せたのは複数の個性を与えられたオールフォーワンを名乗るヴィランのみ。一向に本体は掴めていなかった。

 

けれど、今回は異なるのではないか。もちろん影武者を送ることはできるが、それではオールマイトには到底及ばない。確実に負けるだろう。

影武者を含めた総力戦を行うことが最も勝率が高いと、相手側の視点で計算させてもそう出ている。

 

「オールフォーワン。ああ、呼び方ね。全一君だったっけ。あいつが動く時には必ず世界で同時多発的にテロが行われる。それがUAIの対応力を上回る方法だと気づいたんだ。ナイトアイが知っていても、その場に絶対的なヒーローがいないのならどうにでもなるとね。狩人とオールマイトと私だけでは、世界を守ることはできやしない。他のヒーローでは彼に負けて個性を奪われてしまう可能性が高い。エンデヴァーはよくやってるよ」

 

オールフォーワンが関わる事件には並大抵の戦力を送ることはできない、それはまさに相手に塩を送ることと同義になってしまうから。

エンデヴァーはそういった現場に送り出しても、しっかりと仕事できるほどの戦力になっている。キャプテンセレブリティとスカイクロウラーのコンビもそうだ。

 

「わかっていると思うけど、私は国内にかかりきり。他所まで行ける余裕はないから、マスターをよろしく」

 

「ええ。わかっています。あ、それと家にチョコを送っておきましたから食べてくださいね。バレンタインですよもうすぐ」

 

「日本は全く……なんでも食べるイベントにしてしまうのはどうかと思うけど、でもすごく美味しいらしいからね。ありがたく息子たちといただくことにするよ。ありがとう」

 

米国の現状を考えれば彼女には一切の余裕がないことはわかる。無理して他国へと呼び出してしまえば米国民を敵に回すことにすらなり得る。それは近くのカナダであっても到底実現できない状況だった。

 

「ああ、でもやっぱり。あのワープは使ってないと思う。あの黒いモヤが確認されたのは南米のあの時が最後。今は別の方法を使っているみたいだけど、前ほどは使い勝手が良くなさそう。これは前向きな材料と言えるだろうね」

 

そう。黒霧と呼ばれる全一君の反則の一つ。あのワープの個性がこの半年は使われていない。

消えたのだ。UAIに所属していた傭兵は、死柄木弔とヴィラン連合の人員を伴い消えてしまった。

 

もしかして死柄木弔と核が奪われた時に、黒霧とやらもやられたのだろうか。だとしたら、本当に申し訳ないが助かった。

 

核の攻撃範囲にいた可能性もある、オールフォーワン側にとっても痛手の出来事だったということだろうきっと。

 

 

「全く、この戦いに終わりはあるのか、ナイトアイに聞いておいて」

 

「それなら答えられますよ。彼ならこう言います。きっと平和は実現できる、だから今やれることをやれってね」

 

実際のところ、ゲリラ戦に回った時の全一君の徹底ぶりには打ち手が少なかったため、分倍河原の一件は渡りに船であった。

希望は持てる。悪いことばかりが起こるわけじゃない。

 

 

「じゃあね。ブラザー。デクとノーベルにもよろしく」

 

最後に期待の後輩たちへのエールを受け取り、彼女との通話は終わったのだった。

 

この太平洋でオールフォーワンと出会うとき、一体何が起こるだろうか。

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

 

 

その研究所の地下を見たならば、思ったよりも普通という感想が出てくるかもしれない。

 

廊下が白くて、照明が均一で、床が磨かれている。薬品の匂いが微かにあるが、病院に近い種類の匂いだ。配管が天井を走っていて、空調の音が低く続いている。悪意を感じさせるものが何もない。むしろその普通さが、ここが何をしている場所かを隠している。

 

「さて、ふざけた誘いだが。分倍河原の個性は無視できない。というより、ぜひ欲しいね」

 

呼吸器を通した声はくぐもって、輪郭が少し滲む。自分の声が自分の耳に届く前に機械を通る感覚には慣れたが、慣れたからといって好きになったわけではない。

 

「南米のあの混乱からすでに半年かけて準備は万端。こちらも試したいものが目白押しじゃ!あのUAIをついに潰せるとあれば引く理由もあるまい!」

 

ドクターが嬉しそうに声を上げた。

白衣の背中が丸まって、それが興奮で前のめりになっている。実験台の前に立って、手元の資料をぱらぱらとめくりながら、まるで子供のように足踏みをしていた。彼が本気で嬉しい時の癖だ。長い付き合いだからわかる。計算をしているのではなく、純粋に楽しんでいる。科学者というのはどこまでいってもそういう生き物だ。そう。彼らは無邪気ゆえに世界を滅ぼすのだろう。

 

「そうだねドクター。この半年はそれなりに楽しかったよ。昔を思い出すじゃないか」

 

「先の大戦を終わらせてからずっと。この時夢見てきた。『個性因子の複製』そして『クローン製造』何より重要なのはやはり……」

 

「ああ、その通り。記憶の再現こそ重要だ。個性因子には記憶や人格があるとずっと感じていたけれど、それを科学的に捉えることができるようになったのは君の才能だ。やはり個性以外の能力というのもまた凄まじい。僕という個の極みであっても敵わない。オッペンハイマーや君の方が歴史には傷をつけることができただろうね」

 

「記憶の継承だけでも厄介だったが、問題は同期じゃった。こればかりは因子の複製ではどうしようもない。上書きの技術は未完成。けれどそこは置いておき、完璧な複製にのみ注力すればこんなものよ」

 

ドクターが振り返った。目が光っていた。嬉しい時と、説明したい時と、その両方が重なった時の目だ。

 

「記憶というのは、突き詰めると『自己の連続性』の問題となる!昨日の自分と今日の自分が同じ人間であると感じられるのは、なぜか。脳の物理的な構造が同じだからではない。ニューロンは日々変化する。細胞も入れ替わる。それでも人は自分を同じ自分だと感じる。その連続性を支えているのは記憶以外にない!!」

 

資料を置いて、両手を広げた。

 

「つまり!遺伝子を完璧に複製しても、脳の構造を完璧にコピーしても、記憶という連続性がなければそれは別の人間が生まれるだけじゃ。器は同じでも、中身が空の状態から始まる。あるいは、複製した時点の記憶のスナップショットを持つ別の意識体が生まれる。それはオリジナルではない。テセウスの船からは逃れられん。全ての板を取り替えた船は、同じ船か。記憶の同期なしには、複製とは別の誰かを作ることに過ぎん」

 

はぁはぁと一息ついた。

 

「ふう。しかも厄介なことに、その別の誰かは自分がオリジナルだと信じる。記憶も人格も持っている。だから争う。どちらも本物であり、どちらも偽物でもある。その矛盾が精神を蝕む。自分を増やせたという分倍河原君が陥ったのも近い狂気ではないのかと想像しておるね」

 

「はは。というか、僕を複製できたところで、それが完璧に意識を同期しないのなら意味がないどころか敵になる」

 

呼吸器の音が一定に続いていた。

 

「全部を自分のものにしたい人物が複数いるなら対立は必至だからね。コピーした自分との戦いが起きてしまう。個性による分身の場合は一定条件で消えるのが定石。それなら本体が残るだろうが、クローンではそういかない」

 

ドクターは、何度も深く頷いた。

 

「そこが未解決の核心じゃ。記憶の同期ではなく、意識の連続性そのものを転写する技術。それができれば、死はもはや絶対ではなくなる。肉体が滅んでも、別の器に自分が続く。不死とはそういうことじゃろう。これを指さして邪悪と呼ぶのはあまりに独善的であり、世間の科学者どもは薄っぺらな倫理観のその先を考えておらん。政治家であれば尚更よ!」

 

照明が白く、部屋が清潔で、空調の音が続いていた。

普通の実験施設だ。この会話が行われている場所としては、あまりにも普通だった。

 

 

「だからこそ、記憶を受け継いだクローンを作っていたはいいものの、何かあったときのバックアップとしてしか稼働していなかった。その縛りも五年前にオリジナルが殺されてからは状況が変わったということ」

 

ドクターはまだ興奮気味に続けている。

 

「そうだね。後での共食いなんて最も僕の趣味ではないけれど、それでもここまで自分の庭を荒らされて、家畜を勝手に殺されて穏やかではいられない。どれだけ対立が約束されていたとしても、致命的な外敵がいるうちは人は仲良くできるものだから」

 

声が、変わった。

呼吸器を通していない。遮るものが何もない、そのままの声だ。ほとんど同じだが、違う。張りがある。重さがある。呼吸器越しに聞いていた自分の声の輪郭が、ここに来てようやく本来の形を取り戻したような声だ。

 

それは僕の声だった。

 

「ああ、間違いない。ナイトアイとオールマイト。あの二人を殺すまでは確実に協力できるだろう」

 

確信に満ちた、迷いがない音が響く。呼吸器系に障害がない、万全の声である。

 

「本当にそう思う。二人さえいなくなれば、あとは時間の問題だ。焦ることなんてないんだ。世界は必ずこちらに転ぶ」

 

そして、三つ目の声が続いた。

瑞々しかった。幼さのようなものが滲んでいる。声の端に、まだ削られる前の何かが残っていた。自分がこんな声をしていた時期があったのかと、少し驚いた。

 

「半年でそれぞれ個性は集められただろう。まずは叩き潰そうじゃないか僕たちで。チームで動くのは100年ぶりかな」

 

その声が言った。楽しそうだった。純粋に楽しそうで、それが今の自分の声との違いをはっきりさせていた。

 

部屋の中に、同じ人間が三人いた。

全員が『オールフォーワン』を持っていて、その全てが『オールフォーワン』である。

 

「「「もう大丈夫。僕らがいる」」」

 

同じ衝動を持った、決して相容れないはずの三人は。それでも完璧に同じ調子で語っている。

 

「「「まぁ、最後に勝つのは僕だけれどね」」」

 

三人の魔王候補が嗤う。自分の勝ちをそれぞれ確信しながら。




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