夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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Vday

 

ハワイという名前に似合わず、そこはとても静かだった。

 

空が高い。雲が白くて、風に形を変えながら山の稜線に沿って流れていく。

マウナケアの頂上付近だけ雲が薄くて、岩肌の色が遠くからでも見えていた。熱帯の山というのは下から上まで緑が続くのかと思っていたが、高度が上がるにつれて植生が変わっていく。麓のハイビスカスとプルメリアが、中腹ではシダと低木に変わって、頂上近くでは何もない岩だけになる。

 

ここの風は湿気を含んでいるが、重くはない。南国の空気だ。ヤシの木が傾いて、葉が音を立てた。のどかだった。家族を一旦ここにおろして休暇でも過ごしてもらいたいほど、穏やかな自然がある。

 

おじいちゃんとおばあちゃんのラジオ体操も、ここでやったら気持ちよさそうだ。

山があって、空があって、その下に街が続いている。ワイキキのビル群が遠くに見えて、その向こうに海が光っていた。

 

ただ、港を見るとやはり船が少ない。

普段どれだけあるかは知らないが、少ないのはわかる。停泊しているものがいくつかあるが、動いているものがない。観光船も、フェリーも、出ていない。沖合に軍の艦艇が数隻見えた。それだけだ。

 

ハワイは現在、全域が避難区域に指定されている。

リ・デストロとの交渉の場として選ばれたこの場所は、民間人を置いておける状況ではなかった。陸海空での衝突が予測される以上、周辺の島民を巻き込むわけにはいかない。米軍が主導して避難を進めていたが、島の規模と住民の数に対して輸送力が足りていなかった。

 

UAIはその部分もサポートした。UAIの本体はまさに狙われるだろうから、多くの人は希望をしなかったが北朝鮮での防御力を見て信頼して乗り込みたいという住民も多い。

 

本土へと避難を希望する人々を助けるため輸送の個性を持つ人員、医療チーム、物資の管理と配分。軍が動かせない部分を埋める形で動いた。空母群が先行し避難が完了するまでの数日間、島の各所に支援拠点を置いて住民を誘導し続けた。

 

その結果として、今は島に静寂が訪れている。

残っているのは軍の関係者と、UAIの人員と、今回の交渉に関わる人間だけだ。街から人の声が消えると、風の音と波の音だけが残る。ここまで静かなハワイというのは、本来ありえない光景だろう。活火山の本格的な噴火を想定した訓練ということでゴリ押ししたが、人々は何かが起きると感じ取っているはずだ。

 

山の中腹を、ネネという鳥が一羽横切った。

ハワイ固有の鳥で、絶滅危惧種だったはずだ。人間が全員いなくなった街を、気にする様子もなく飛んでいく。

 

人間がいなくなった方が、生きやすいものもいる。

多様性を、個性を認めよう。解放しようと叫びながら地球の生物多様性を偏らせ続ける我らが人類はいつか誰かに邪魔だと言われてしまう気がした。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-

 

ところで自分をはじめとして、一部の学生はハワイへと上陸をした。これは必要なことでもある。

四つ橋が予約していたリゾートホテルの予約は彼を除いてキャンセルとなっており、職員たちも避難させねばならない。

 

非常に割の良いバイトとして、雄英高校ヒーローか生徒にはホテルでの従業員のバイト求人が出されていた。この戦いに関わりたいと思うものは志願して、少しでも前に自分を置けるという形である。

 

学生をすでに激戦が予想される戦場へと送り出すのは基本的にやってはいけない。防衛戦ならまだしも、決戦の舞台へと学徒動員するようではUAIは終わりであると世界から判断されるだろう。

 

エントランスでホテルへのチェックインを済ませて、クラスメイトが来るまで一人で考え事をしていた。

すると、足元で声がした。

 

「やあ。ずいぶん難しい顔をしているね。この見事な毛並みを眺めて気分を上げるのさ!」

 

下を見ると、立派なネズミがいた。

優雅な白い毛並みで、小さなコップを持っていた。コーヒーだ。湯気が出ている。香り豊かな本物のコーヒーを、自分専用の小さなコップで持ちながら歩いている。このホテルの厨房を使ったのだろうか。

 

「カフェイン、ネズミが摂って大丈夫でしたっけ」

 

「良い質問だね」

 

そう言いながら香りをググッと吸い込んで、恍惚の表情を浮かべる根津校長。

 

「カフェインはネズミにとっては基本的に毒だよ。体重に対しての致死量が人間より低い。代謝の問題もある。一般的なネズミなら少量でも心拍数が跳ね上がって、最悪の場合は死に至るのが普通さ!」

 

とネズミが言いつつコーヒーをまた一口飲んだ。これは体を張ったギャグだろうか?笑っていいか絶妙なところだぜ。

 

少し間を置いて会話は再開される。

 

「でも僕は特別だね。色々な物質にある程度抵抗がある。家庭の事情ってやつさ。詳しくは聞かないでほしいけどね。僕が死ぬ時に回顧録を出版するからそこでチェックしてほしいのさ」

 

コーヒーをもう一口飲んだ。満足そうな顔をしていた。

 

「君は普通の学生とは違う。僕はある程度しか聞かされていないが、ナイトアイの予知に深く関わっているとは知っている。当然、あの狩人との関係も。特別な存在というの点では、案外共感できるのかもしれないのさ」

 

「それは。……確かにそうかもしれません。今まであまり思いつきませんでしたけど」

 

俺は人類の中で孤立している。精神的にはそうではない。最高のヒーローたちと友達。そして恩師や家族によって孤独とは感じていないが、それでも現実問題として俺よりも長く人生を体験した人類はいないのではなかろうか。それこそ、100年以上を生きている全一君ですらタメ口では違和感があるレベルである。

 

一方で、彼はネズミに個性が発現した特異な存在だ。

全世界のネズミの中で、というよりは動物全ての中で唯一と言っていい。彼が動物愛護を訴えたり、マウスによる実験をやめてくれと要請さえすれば反論できるものはいなくなるだろう。

 

「学生たちの配置。彼らの処遇について、僕が反対したことを気にしているかい?」

 

「確かに一部の生徒は志願するだろうね。実際にプロヒーローよりも戦闘能力が高い生徒がいる。戦闘経験だってそうだ。BIG3や一年生たちは特に顕著と言える。あの子たちが経験してきたことを考えると、プロの看板を持っていないだけで実力は本物以上さ!」

 

ネズミがコーヒーを傾けた。コップが小さいのですぐに底が見えた。

 

「でもね。本来の問題は彼らの能力じゃない。責任をどこに置くかだ。志願した生徒が死んだ時、誰がその重さを受け取るのか。それを決めてから動かないといけない。それをUAIと雄英高校はずっとナイトアイとオールマイトの能力にその責任を押し付けてきた。世間はすでに忘れてしまったようだけど、これは僕ら大人が恥ずべきことなのさ」

 

エントランスの植物が、風で揺れた。

 

「前から気になってたんですけど、聞いてもいいですか?」

 

「何なりと聞くが良いのさ!みんなに向かって説教するのが校長という存在だからね」

 

「どうして、自分とは違う生き物にそこまで優しく振る舞えるんですか?生き物として違いますよね。あなたの個性は『ハイスペック』人間以上の知能になる個性だ。麦わらの海賊に出てくるトナカイとは違う。『人間化』していない以上根っこのところで共感しているとは思えない。ここまで人に寄り添えるのはなぜですか?」

 

少し驚いた様子でこちらを見つめるネズミの校長先生。彼はなんと答えるのだろう。

 

「うーん。ここまで踏み込んだ質問をされるのは久しぶりだね。このところ僕の振る舞いは人にとって完璧と言っていいはずだったのに。君はやはり人とは違う視点を持っているようだ。オールマイトが僕と仲良くしているのだから、僕に悪意がないことは信じてくれるかな?」

 

それはそうだ。オールマイトがいなくても、彼の実績を見ればそれは頷ける。ただ、あまりにも出来過ぎている気がして、その点については気になっていた。彼は完璧すぎる。人にとって不都合なことをしなさすぎである。

 

ちなみにだが彼を拷問してもその善性は変わらない。それは俺だけが知っている。

 

「人に対しての恨みを時折見せることもある。あれも本心の一つさ。昔は酷いことをされたから、でもそれは本人たちへの感情であって君たちに向けることはない。そして、そんな切り分けができているのが不自然だと君は言う。確かに、僕が人類へと復讐しようとしていて演技を続けている可能性も捨てきれないのさ。でもそうすると、僕だけじゃなく人は人とどうやって信頼を築くのだろうね」

 

「深遠な問いを投げたままでは教師のフリすらできなくなってしまうから、僕は答えを教えるよ!雄英高校では常にそれを示していたはずさ」

 

:校長が指で示す先には、教師に連れられたクラスメイトたちが向かってきていた

 

「行動だよ。他者について評価をするとき、相手の行動を見ればいい。最終的にその人物が何をしたのかだけが確かな証拠さ。種族の違う僕の表情筋からは何もわからないだろう。背中を見るんだ。僕の行動を見ておいて欲しいのさ」

 

彼は人間ではない。けれど尊敬できる大人だった。オールマイトとは違って、衝動からそうしているわけではないと言っていたが、それでも彼が選んでそうしているのだからそれを真実とするのがフェアだろう。

 

「俺も、行動して示します。口ではなんとでも言えますからね」

 

「若人のビッグマウスは大好きさ!世界最大のマウスだけにね!!!」

 

HA HA HA HA HA!!と盛り上がっていると同級生たちが合流し、先生たちも珍しそうに眺めている。

 

ミッドナイトが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「あらあら淡輝君と校長が相性いいとは知らなかったわ。今度の職員の飲み会に連れて行って、校長係にするってどう?」

 

「未成年を飲み会には連れていけないのさ!ミッドナイトは後で校長室に来るように!」

 

戦いを間近に控えていても、笑い絶やさないというのはヒーローたちが自然と徹底していることだった。それは、ナイトアイの名目で自分が彼らに刻み続けた言葉でもある。

 

 

『元気とユーモアのない社会に、明るい未来はやってこない』

 

 

この言葉は、きっと正しい。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

 

ところで、明日はバレンタインデーである。

世間としてもUAIとしても雄英高校としてもバーディクトデー(評決の日)であることが最優先であるが、それはそれとして個人としては重要なのだ。

 

以降はもう女子たちからの受け売りでしかないが、恋愛関連の話題は二分されているらしい。

今は大変でそれどころじゃないから我慢派と、いつ死んでもおかしくないんだからGO派である。

 

ぶっちゃけ両方とも正しいと思う。というか極限状態においてここまで男女が緊密に近い距離感でいるのだそういう感情が芽生えない方が不自然ですらある。

 

とはいえ、学年全体を通してヒーロー科は誰が誰と付き合うといったことはなく緊張状態を維持し続けていた。だが、そこで一線を踏み越える。プルスウルトラした男が現れた。

 

その名は黒色支配君である。彼がなんと、ハワイ寄港の二日前に小森希乃子さんに告ったのだ。

 

その時ヒーロー科に戦慄走る。黄色の悲鳴が放つ衝撃波は地球を何周かしたとかしないとか。

女子たちは恋の嵐に備え始め、目前へと迫ったバレンタインを意識し始める。

 

そして男子たちはソワソワとしながらも、バレンタインの前に自分から仕掛けたという彼の漢気に感銘を受けているのだった。

 

唯一人を除いて。

 

「話が、違うっすよ……。オイラは、特別だって……」

 

「なんてやつだ……。まさに闇の化身……。これほどとは……っ!」

 

狂乱した峰田の襲撃を撃退したのは常闇君だ。彼は黒色君とよくチームアップしているから友人を守り切ったのだろう。Aクラストップの常闇君に峰田が善戦したのが意味不明であったが、闇そのものである悪は滅ぼされた。

 

こいつマジかという感想が止まない。彼は口だけではないと行動で示した。ファッション恨み言ではなかったのは彼の一貫性は大したものだが、周りはドン引きだ。

 

そして苦難を乗り越えたのなら、恋はさらに盛り上がるのである。

今日は小森さんが何かを買い物に行くらしくそれについていく女子たちで、お買い物枠の奪い合いが始まっていた。

 

そして動員されたのは、砂藤と俺の料理好き二枚看板である。小森さんは手作りで行くらしい。これを蔑ろには決してできない。

 

「あ、あーくんだ。やっほー」

 

お菓子の素材が売っている場所で物色をしていると、自分とほとんど同じ顔をしたやつがやってきた。

 

「そっちもバレンタイン?あ、砂藤くんだ!よかったら一緒に教えて〜」

 

この状況でも姉は姉だった。

砂藤が少し固まっていた。同じ顔が二つ並ぶのに慣れていないのか、状況に慣れていないのかはわからない。

 

それなりに恋愛を楽しんでいるらしい。二人目の彼氏ができたとか言っていた気がする。

もはや治療のためであるが、いまだに双子で同じ部屋で寝ていると判明すればドン引きは必至である。姉の人生のためにも自分の不眠症を治さねばならないが、それも決戦を終えてからだろう。

 

 

声をかけようとした時だった。

 

光が来た。

窓の外から、空が白くなった。一瞬だけそう見えて、次の瞬間に音と衝撃が同時に来た。

床が揺れ、天井が鳴る。ガラスが割れる音が連続して、棚が倒れた。何かが崩れる音が続いて、粉塵が広がった。

 

 

収まるまでの数秒が長い。

埃が晴れてくると、さっきまで女子たちがいた場所が瓦礫になっていた。棚が崩れて、天井の一部が落ちて、そこに誰かがいた赤い形跡だけが垂れて広がっている。

 

「おや。殺せた?意外だな。これは計画にないぞ。どうなってる?」

 

純粋に驚き、動揺している魔王の声がした。

瓦礫の向こうから、スーツを着た男が歩いてきた。急いでいない。瓦礫を踏みながら歩いている。

その顔に呼吸器などはなく、至って健康という姿に見える。

 

「オールマイトはどこかな。生徒を殺そうとすれば来るだろうと思ったけれど、来ていないのか。初めから予想が外れてしまったよ」

 

粉塵の中で声だけが澄んでいた。

砕けた姉のメガネが落ちているが。それを視界に入れないよう、銃を抜いて自らへと当てがう。

 

砂藤が絶叫し、個性をフルで使って襲いかかる。それを片手であしらって、そして疑問を浮かべたようだった。カロリーを消費させられた感覚があったのだろう。

 

「気になる個性に成長している。やはり面白いね。僕は遅刻はしない主義だから、前乗りで来てしまったよ。ほら、助けてオールマイトと言ってごらん」

 

「違う。俺がオールマイトを助けるんだ」

 

疑問を浮かべた表情を見て、そして自らを撃ち抜いた。

 

平穏は遠く、いまだ平和に生きることはできないらしい。戦い抜いたその先に、彼女たちが好きな人へと想いを伝えることができる世界を迎えるために。

 

 

 

また孤独なループが始まった。

 

 

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