「さてオールマイト。いつもと違う様子だけれど、良く来てくれたわねぇ。私はテロリストに脅されているわぁ。助けてくれるかしら?」
「 HA HA HA!もちろん助けるとも。けれど、私にはわかるんだよね。本当に助けを求めている人の目ってやつがさ」
状況としては笑顔のヒーローがそこにいるだけ。
彼は決して人を無駄に傷付けず、そして敵であっても殺さない。平和ボケの塊のような存在だと女王は以前から笑っていた。にも関わらず、その目を直接見ると怖気が駆け抜けた。
ああ、こいつは狂っているんだな。
この状況を組み立てたこの国の最高権力者は確信する。どうやらこれは次元が違うらしい。派遣されてきたあれを使えば武力で制圧できるのでは。なーんて想像はそれこそ平和ボケである。
「私が見るに、今この場所で本当に助けを求めているのは一人だけ。君だ。君を助ける番が来た。ずっと待たせてしまい、すまないね」
そう言って指を指す先は、テロリストでも政府の用心でも、UAIの人間でもない。会場の隅っこで小さく膝を抱えていた見窄らしい女だった。
声をかけられ指を向けられ、彼女は怯えるように肩を抱く。
女王から思わず舌打ちが出た。ミッドナイトと真は気づく。あれが彼女が見せた初めての本心。素の反応なのだと。オールマイトはなぜか、相手の急所を一発で見抜いたらしい。
「オールマイト!きっと罠よ!わかっていると思うけど気をつけて!」
罠であっても関係ない。目の前で人を傷つけるものがいるならば彼は絶対にそれを打ち破り人を助ける。それこそが最高のヒーローなのだ。
平和の象徴が躍動する。
性別が変わっても一切輝きの変わらぬ金髪が2本の触覚のように揺れ、それが左右へと振れるたびに銃で武装した敵たちが吹き飛んでいく。
みんなその姿を目で追えない。敵が吹き飛び壁に埋まって、その後にオールマイトが敵を殴ったことに気づくのだ。
まるでコミックみたいな吹き飛び方で、人間が飛び、壁を突き抜けて転がっていくがそれでも彼らは全員死んでいない。後遺症なども残らない不思議すぎる殴打だった。
「ああ、言い忘れていたわぁ。とんでもないものが来ているから気をつけてねぇ。さぁ助けて、オールマイト〜」
その発言で注意を引いたその時に、それは来た。
あまりに露骨なタイミングで行われた奇襲にもオールマイトは反応するも、体も調子がいつもと違うのだろうその動きは精細さを欠いている。
腕を上げてガードしようとするが、腕の太さが本来と違う。無かったはずの隙間を縫って敵の拳が顔面に到達する。
衝撃だけで窓ガラスが内側から爆ぜるように外へと飛び散る。
オールマイトは倒れも動きもしないが、それでもダメージはしっかりともらってしまった。
「いいパンチじゃあないか!お返しだっ!」
全身が黒いその人影は、よく見れば脳が露出していた。身長は本来のオールマイトに届くかと思うくらい。2mはあるだろうか。体の厚さもオールマイトクラスであった。
つまり、女性化している現状、あのオールマイトが体格負けをしている。
しかし、一歩も引かずに殴り合う。
「嘘でしょ?」
ミッドナイトは絶句する。それはオールマイトへの賞賛ではない。
だって、平和の象徴と殴り合えているというのが異常なのだ。オールマイトが拳の応酬をしているなんて状況は初めて見た。
普通に考えればそうだった。何もおかしいことはない。
片腕はなく義手であり今はサイズ違いでフィットしていない。年齢的に全盛期でもなく、これまで救ってきたものの対価として体に刻まれた多くの傷は、彼を確実に蝕んでいる。そして今日はさらに性別の変更という異常が重なっている。単純な殴り合いにおいて、女性化が効いているのだろう。
この会場で唯一性別がわからないのが黒い怪人だけだ。女性には見えず、本来のオールマイトのような力を振るっている。
「まぁ、十分でしょ。テイン。やりなさい」
オールマイトがいる場所で本来あり得ないはずの停滞と拮抗。それを狙っていたのだろう。
救って見せると指差された痩せた女が、いつの間にかルイン首相の横にいた。
首相が慣れた手つきで彼女に触れると、次の瞬間。その痩せた女は消えて、そこにいたのは痩せた男だった。
すると、世界が丸ごと変わったかのようなそんな衝撃が会場を駆け抜ける。
電撃のような何かが自分を貫いたとでも表現をしようか。それほどの何かがそこにいた。
痩せた、見窄らしい男からこの場にいる誰もが目を離せない。
彼を見ることだけが自分たちのすべきことであり、彼の声を聞けるならなんだってやろう。それが当たり前で、そして当然のルールだった。
「あっはは!目にも止まらぬその速さ。どうしようかと思っていたけど、贈り物はしっかり仕事を果たしたわ。テインの『魅了』は異性を釘つけにして離さない。オールマイト。あなたであっても例外じゃない。あら、でも私を睨むことができているわね。本当にすごいじゃない初めて見たわ」
「それなら……どうして?君は彼女の言いなりに……」
彼は助けを求めていた。そして彼の個性が今言った通りなら、彼がこの場で全員を支配できることになる。なぜ不当に支配をする女王の命令を聞くのだとオールマイトは当然の疑問を投げかける。
「私たち
弟の個性は『魅了』。異性を従わせることができるが、大きな弊害もまたあった。同時に同性に服従することになるというものだ。現在は男にしているため、男の言うことには従ってしまうのだ。
それを打ち消すため、この国首都圏と邪魔者たちもみんな女性にしてやったのだ。
「それは、洗脳だろうに!」
「我が家の
「黙って。オールマイト」
その目は恐怖と憎悪に暗く光り、何より失望しているようだった。
オールマイトは心の底からそれを悔やむ。助けると言ったのにこの体たらく。いや彼に失望されるなんて、死んだ方がマシなのでは?いや何を考えている八木俊典。お前は人を救うんじゃないのか。こんな『魅了』なんかに……!
実際のところ本気を出せば抵抗はできそうだった。自分を縛り押さえつける鎖を引きちぎり、圧しかかってくるものを跳ね除ければ動ける。
ただしそれをするほどに、使用した彼にも負担がいくらしい。すでに鼻から血が出ている。無理にやれば深刻なダメージが残るかもしれない。その上で自分に残っている個性は無尽蔵ではない。使うほどに弱まっていくのだから、どこで使うべきなのかをよく考えなくてはいけないのだ。
強制力を持ったその言葉と姿に、あのオールマイトが膝をつく。この個性のルールは絶対だった。
「これでUAIランドの全権を意のままにできるわね。そろそろ出てきたら?これで詰みなんだから隠れている意味もないでしょう?」
「勝利宣言に能力の説明。それは負けのフラグというやつだ。アニメやコミックは見ないのか?」
侍従の一人だと思っていた一人が、やけに対等に語りだす。
「早くUAIの中枢へ言って権限を委譲させるんだ。そこで初めて安心できるというものだぞ」
そうは言いつつも、ここからの逆転はないと踏んでいるのかその表情は柔らかであった。
オールマイトと拮抗できるほどの暴力と、オールマイト自身を操れる上に、半径300km以内にこの『魅了』に抗える男は一人もいない。
流石に勝利を疑う方が難しかったのだが……
「質問をよろしいでしょうか?」
だれも語れないはずの場所で、何かが質問を投げかけた。
「お前は、誰だ?いや、一体お前はなんだ?」
「私はUAIランドの中枢AI。Modular Autonomous Response & Intelligence Architecture
略称M.A.R.I.A.の端末ヒューマノイドです。群体適応型人工知能『
「おいおい。まるで人間じゃないか、やはりすごいなあそこの技術は」
「では質問をよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないとも。脳無。質問を終えたらこいつをぶっ壊せ。ああ、いや。オールマイトにやらせるか?くくっ」
「あなたが、女性化を広げる個性を持った方で間違いありませんか?」
「っ!?……脳無!こいつを今すぐ……」
確信へと至った次の瞬間。脳無と呼ばれた怪人だけが吹き飛んだ。
「……?」
見れば会場の誰も動いてはいない。誰も動かず、怪人だけが空へと打ち上がった。まるでロケットのような炎と煙をあげながら夜空へと飛んでいく。
そこに先ほどまであって、今はないものが一つだけあった。
オールマイトの右腕。その義手がない。
「ARMORED COREシステムのプロトタイプにして最新鋭の実験機『エルクレス』及びその右腕『オールライト』は私と同じく機械です。遠隔にて起動させていただきました。そしてその指も、私が動かしています」
アーマード計画はオールマイトのかつての相棒であるデヴィット・シールド博士の数年掛りの計画であり、彼の個性が弱体化したとしてもある程度戦えるように考えられていたものだった。
完成すればアーマード・オールマイトとしてある程度の力と機動を実現できる。
全身を
高機能な分、非常に高価でありこれを運用し続けることのできる組織は限られている。しかし当然ながらUAIはその最先端であり最高峰だ。
ただの人であってもヒーローになれる。そんな新たな力がこのACという兵器だった。
戦場となった室内を、サムズアップがカッ飛んでいく光景はなかなかにシュール。
弾丸のように飛んでくるのはオールマイトの親指だったもの。サムズアップしたようなそり具合のそれは、飛来して先ほど生身で助けると指差した人物へと突っ込んでいく。
「ずぁああ!?」
そのままの勢いで指はテインという男にぶつかって吹き飛ばした。
「嘘でしょ!?アーマードは全身を覆う設計だって聞いていたのに……」
オールマイトなら絶対にしない暴挙。洗脳され助けを求める人質が親指に跳ねとばされる光景に誰もが言葉を失う。
ゴロゴロと転がり、うめく彼は死んでいないがそれでも全身に傷を負っている。
ええ?まじか?という絵面がそこにはあった。明らかに病弱な洗脳されていた人物を吹き飛ばすなど、ヒーローにあるまじき行為だ。オールマイトはそんなことしない!どこからかファンボの声がする気がした。
そして静寂が消えて、ざわざわと人々の声が戻ってくると気づく。
『魅了』の効果が切れていた。
「脳無!戻ってこい!いいか、一歩でも動けば数十の疫病を感染させる!人質がいることには変わらないぞ、動くんじゃない!」
そんな言葉はあまりに遅すぎた。世界最強のヒーローを前にはあまりにも。
「負け惜しみに聞こえるかもしれないが、抵抗はできたよ。そんな必要もなかったけどね」
オールマイトの姿はかき消えて、そして英雄的殴打音が鳴り響くたびに周囲の兵隊が消えていく。ヒーローアクションというよりホラーじみたワンシーンになっている。
「クソが!話を聞けこの脳筋バカが!人を殴るのをやめろ!いいか、俺の個性は『感染』だ!俺を殴れば最高濃度で直に入り込む。これは経由感染したものとは訳が違うぞ」
実際よりもはるかに大きく見える女がいつの間にか目の前にいた。拳を振り上げて殴る寸前の姿勢を見せつける。その表情は笑顔だった。
「ああ、そうなんだろうね。でももう、あらかた罹ってるんだよ。病気じゃあ私は止まれないな」
恐怖など知らない。全てを照らす真っ直ぐな微笑みと共に拳を振るう。それを思い切り拳を上から下へと叩きつけた。
なぜ殴られなかったのかと九死に一生を得た方が疑問を持つが、それの理由も叩き潰されているのだった。
ちょうど壁を突き破り舞い戻ってきた脳無が、その剛腕に打ち落とされて階下へと叩き落とされている。あれを迎撃していたのだ。
三人は周囲の床と一緒に落ちていく。
下の階へと叩きつけられ大の字で床を凹ませている怪人へと、世界最強の女が降りていく。
個性『感染』の女もそこに吸い込まれるように落ちていく。
「指摘された甘さも隙もその通り!けれど何年も前から若者に注意されまくっているのでね!道具に頼るべきかなんて悩んでいたが、大人としてそのままというわけにはいかないんだこれが!!」
気合いの叫びは相手の意見の肯定であり、そして全力の否定でもある。
それはもう知っていると言いたげに、不利な個性も人質への脅しも引っくるめて既知の脅威として吹き飛ばす。
ヒーローの本場。彼が若き頃に活動した第二の故郷。その首都を冠した一撃が、脳無に叩き込まれる。
その衝撃はその巨体が彼方まで吹き飛ぶほどの威力であったが、怪人の背には地面しかない。
全ての衝撃を受け止める大地と最強の拳に挟まれた脳無は、その身に宿した『衝撃吸収』の個性の限界を超えたダメージを受けて胸が潰れてしまっていた。
それでも息があるこれは、もはや人間ではないのだろう。生物兵器を破壊し、それでも殺さずにオールマイトは拳を掲げる。
彫像のような完璧な立ち姿。それは今まで写真や映像でいくつも見てきたものだ。
勝利のスタンディングによって残存戦力は心折れ、そして味方と助けるべきものたちは湧き立つ。
喝采の中、英雄はただ若人の心配をしていた。
少年少女たちは無事だろうか。
緑谷少年は、どうしているだろうか。
狩峰少年は、無理しているんだろうなぁ。
けれどこれで、ミッションは完了だ。
「はっ……やはりお前は筋肉バカだ。こちらを止めたとて現地の武装勢力は今頃学生たちを襲っている。お前の弱点はなオールマイト。どれだけ強くても、一人しかいないことだよ。この間抜けめ」
「ああ、君の言う通り、私の敗北さ。完敗だよ全くね。ホーリーシットだぜ本当に……」
違和感がある。なぜそこまで落ち着いている?事前のプロファイル通りなら無言で走り出すか叫ぶかするだろうという確信があったが。この反応はおかしい。
静かに諦観するような反応は変だ。一体なぜ……
すると、その疑問の答えが耳に飛び込んできた。降ってきたと言ってもいい。
先ほどのふざけた人形がそこにいて淡々と状況報告を始める。
「所属不明AC『Hunter』による襲撃を確認しました。オールマイト、残念ですがテロリストたちは全て『狩人』によって殺されてしまいました」
「は? なん……だと……?」
「ああ、そうだろうね。私が不甲斐ないばかりに……」
何が平和の象徴だと自嘲気味な笑みも浮かぶ。
オールマイトは心底悔しそうに、失った命についての責任を一身に感じて本心からそう言った。
これまであの
しかしそれは一度として成功しておらず、決して干渉できない内に事が終わるか、その蛮行はオールマイトがギリギリ許容できてしまう範囲に留まっている。
もう一歩踏み込めば彼の思惑など無視して止めにいくが、そこまでに至ったことはない。まるで限界をすでに知っているかのようなあまりに不自然な線引きと見極め。
きっとこれも彼の意図通りなのだろう。
それでも通信を開き、その意図を問いただす。
すると今回もまたどうにも否定できない理由と明確な目的。あまりに合理的な回答が用意されていた。これで救える人々のことを説かれるといつも負けてしまう。
ああ、だめだ。彼はもはや私以上に私の理念を現実にするために全力を出してくれている。
これまで幾度も行われたやりとりはまたも自分の負けだった。
通話を終えた後、誰にも届かぬ声が思わず口をつく。
「もう師匠を超えてるんじゃないのか。狩峰少年。だが、君もいつかは絶対に……救ってみせるぞ」
世界最強の平和の象徴が無力感を滲ませながら放つ独り言は、虚しく夜に溶けていく。
納得はしてないのは当たり前、その上で心配と責任感。無力感が声に滲む。
だがそれは対等な誰かに向ける声色であり、常の孤独な色は混ざっていないのだった。
『平和の象徴』に並び立つ『暴虐の化身』。英雄と狩人は、決して分かり合えぬまま交わらない。
歪ではあるが、それでも共に歩んでいるようだった。
アーマードオールマイトなんてお出しされたからにはやるしかないよなぁ!?