夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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奇襲への奇襲

500mほど下には海がある。

光を受けて細かく揺れている水面が、この高さからは平らに見えた。水平線が遠く、空との境界が曖昧になっている。風が薄い。この高度では音がほとんど届かない。空を歩くこの個性は使い勝手が良い。

 

五キロ先の山で何かが起きているのは見えていた。

粉塵が上がって、岩が崩れて、光が弾けていた。激戦だ。これだけの規模の戦闘が起きていて、ここまで音が届かないのは距離のためだ。静かな戦場を、遠くから見ている。

 

『望遠』で待ちに待ったその瞬間を見届けた。

オールマイトが振りかぶっていた。両手を組んで、全力を一点に集約しようとしている。これだ。この瞬間だ。獲物を狙う時が最も隙の大きくなる瞬間であるように、攻撃に全霊を振り絞る姿というのは脅威だが、同時に最も脆い。

 

死ぬまでの一瞬さえあれば個性は奪える。

まだあいつの中にワンフォーオールがあれば、の話だが。

 

手が変形し大砲のような形になっていた。込めたのは『暴発』だ。光線として放てば、光速で到達する。五キロの距離など関係ない。オールマイトの全力が炸裂するその瞬間に合わせて撃ち込む。

 

地形も天候も変えるふざけたその力を、自らの破滅の引き金とする個性の組み合わせだ。我ながら傑作だと思う。

 

 

「「本当にバカだな。お前は」」

『望遠』で確認した狙いに、『同調』で向こうの本体とも合わせる。声が重なった瞬間、照準は完成していた。

 

 

撃ち出した。

その瞬間、光線が消える。

 

画面が突然切れたような消え方だった。放たれたはずのものが、途中で存在しなくなった。吸収でも反射でもない。そこにあったものが、ただなくなった。

 

黒い円がそこにあった。

円というより、欠けている、という方が正確だ。空に穴が開いていた。風景が切り取られたように、そこだけ何もない。青空も、雲も、光も、全部消えている。ブラックホールのような黒が、直径数メートルの範囲で空を塗りつぶしていた。その縁が揺れていた。境界が定まっていないように、輪郭が微かに動いている。

 

「なんだ?これは、いったい誰の個性で……?」

 

黒霧は恐らく南米の一件で死んでいる。あのワープゲートが見た目として最も近いが、黒霧のそれとは質が違うと一目でわかる。

雄英高校には『ブラックホール』の個性を持つヒーロー。13号が在籍している。しかしあの個性はここまでの規模では使えないはずだ。射程も、規模も、今見えているものとは合わない。

 

別の何か、知らない個性だ。いいね。欲しくなってくる。

 

「奇襲っていうのはね」

 

声がした。

暗闇の中から声がする。200mはあるだろう距離を無視して、相手の大きな声量とこちらの鋭敏な聴覚ならば倍の距離があっても聞こえていただろう。そして、この声は知っている。

 

全身の血が沸騰する。それは最も避けていて、そして最も欲しかった個性の一つだったから。

 

「相手の想定になければないだけ効果がある。ナイトアイに対して奇襲をするっていうのは無理があるってもんさ」

 

黒い円の上から、それを起こした声の主が姿を現す。

先ほど狙撃した男のようなそれは上背があって、肩幅がある。鍛えられた体格がヒーロースーツの上からでもわかる大柄の女。

 

スーツは青と白で、星条旗を連想させる配色だ。翻るマントが風に流れていた。

 

「まだそんなこともわからないのか。見た目通りのガキなのかね」

 

「キャスリーン!ベイトォォォォ!!!」

 

 

再びの全力。両腕を突き出して、異なる光が相手を襲う。光速での攻撃は必中のはずだが、すでに相手は黒い円の影へと身を隠していた。

 

同時に、自身の内側でいくつもの個性を発動し、爆発的な反応を引き起こす。

『ガス』を中心に、『酸素』『水素』などの可燃性の気体を発生させ、それらを『堅牢』『筒』で包み込み着火する。

『翼』と『揚力』で細かいところは調整すればいい。

 

大きな翼をはためかせ、さらに足からはミサイルのような加速度を得て、音速を遥かに超えて即座に離脱を試みる。

このアメリカのヒーローは国内のテロにかかりきりになっているはず。その姿は現在西海岸で確認されているはずだった。でもあれがここにいる。

 

だが、好機だ。『新秩序』さえ手に入れば、あとは消化試合である。『二倍』を得るまでもない。もちろん両方ともいただくが。

 

すでにあの女のデータは揃っている。そもそもアレをあのように育成したのは米軍だ。そのアメリカは100年ほど前からこの僕が支配していたのだから、自分の娘のようなものである。個性の力は驚異的だが、その運用は兵器の域を出ていない。彼女はそのように作られた。

 

「育ての親に向かって、口の聞き方に気をつけろよ!オールマイト以下の身体能力で追いつけるのか?」

 

ここまで早く動けない。自身の強化には限界があり、オールマイトには及ばず。火力も通常兵器を使うことで補っている有り様だ。

専用の爆撃機部隊すら随行しておらず、こちらを殺し切る火力はないと判断できた。

 

「今一歩のキャスリーン。女性というのを気にしているんだろう。何より君自身が、その弱さを知ってしまっている。家族はどうした?子供は無事かな?君の大切な存在を僕が放置するとでも?」

 

あとはアメリカの領域から撤退する素振りを見せつつ、引きながら撃ち続ければいい。

わざわざ呼び寄せた本土のメディアのヘリを撃てば、きっと守ろうとして個性を使う。『新秩序』が付与できるルールは同時に二つのみ。

 

自身への強化に常に一つを使っているから、別を発動すれば反撃は考えなくていい。

 

もう少し沖には姿を自在に変えられる個性を与えた人質がいる。今頃は彼女の息子に変装しているだろう。ああ、そうか。西海岸で確認されたあの女はきっと変装した偽物か。似たようなことを思いつくものだ。

 

黒い球の前に佇み、こちらをじっと見ているヒーロはこう口を動かした。

 

『熱は キャスリーン・ベイトを 押し出せる』

 

音を超える速度を得ていた自分に、その言葉は届かなかった。黒い球体が解放され、内側に閉じ込められていた膨大な熱量と光が、解放される。

 

その解除の仕方が妙だったのは、こちらを方向から解除されていたように見えること。同時に消えるのではなく彼女を中心に消えていく。つまりは、中身が一定方向へと噴出していた。

 

それらに背中を押され、驚異的な速度でこちらに追いついてくる。その目はまるで狂気に満ちていて、オールマイトと同じ光が宿っている。

どこまでいっても。邪魔をするのはオールマイトという存在だ。

 

 

殴打の衝撃は問題ない。

『超再生』がある。複数の再生系個性を合わせた結果、骨が砕けても筋肉が潰れても、一瞬でで戻る。攻撃そのものは致命にならない。

 

問題は触れられることだ。

『新秩序』は触れた対象へと作用する。どんなルールを与えられるかわかったものではない。触れさせてはいけない。それだけは絶対だ。相手がこちらの名称を知らない以上は直接作用するようなことは仕掛けられないが、着ている服、スーツなどにルールを付与される可能性はある。

 

光の障壁を展開した。

殴打が届く前に間に合わせる。反撃と防御を同時に成立させる構成だ。この距離ならそれで引き離せる。引き離してしまえば触れられない。触れられなければ時間を稼げる。時間さえあれば、いくらでも次の手がある。

 

 

『光は 纏える』

 

 

直後、迫り来るヒーローの全身が輝いた。

展開した障壁が飲まれた。用意した防御が纏われるという異常。弾丸として放った攻撃も、同じように纏われた。全部が彼女の一部になって、そのまま向かってくる。

 

 

触れられてしまう。良いスーツだったが、まぁこれは諦めるか……。

 

 

()()()()は 角運動量を 保存できない』

 

 

「あぁ?」

 

僕の、名前を?

 

そう言われた瞬間に、呂律すら回らなくなり、その代わりに世界が回転する。

体が錐揉み回転して、何も制御できない。体をどう動かしていいのかがわからない。一体何を!?何をした?

 

腕を動かせばいいと思い動かせば、無秩序な回転が速くなった。足を踏ん張ろうとした。足場がない。空中だ。踏ん張る先がない。それでも筋肉を動かした瞬間に、また速くなった。

 

何をしても、速くなる。どちらに動かしても同じ結果になる。制御の方向が消えた。

 

何をしていいのかがわからない。

視界が回っていた。空と海と山が交互に現れて、どこが上かわからなくなった。内耳が混乱して、吐き気が来たわけではない。あまりにも強烈な違和感がはるか昔に失ったはずの嘔吐感を思い出させているのだった。

 

「五年前から、私の強化プランが変わった。具体的に言えばね、大学へと通わせられたのさ。この年で、この筋肉で、この経歴で物理学科。本当に、世界の終わりかと思ったね。マスターに助けを求めても高度な勉強はちょっとって逃げられるし」

 

音は聞こえているが、応答ができない。口がうまく動かないから。

だが、全ては無駄だった。こいつがどれだけ本気で殴ろうがこちらの再生能力はそれを上回っている。死なないように全力で個性を集め続けてきたのだ。

 

レーザーを束ねようが、大陸間弾道ミサイルを束で叩きつけられようが、今の自分は死にはしない。

 

「そこでようやくわかったのさ。私の個性の使い方ってやつと、そのあり得なさをね」

 

 

『キャスリーン・ベイトは大気を掴める』

 

 

ちょうどその時、オールマイトが世界に向けて握り拳を掲げたことを彼ら二人は知る由もない。

けれどその弟子は、同じタイミングで世界を掌握するように。その手で掴み取った。

 

 

『前方半径250mの大気の縁はエントロピーが増大しない。』

 

 

 

世界が真っ暗に暗転した。

 

光があったという前提が消え失せて。目を開けているのか閉じているのかもわからなかった。開けようとした。動かそうとした筋肉がどこにあるのかわからなかった。

 

音もない。

音がないのではなく、音という現象が起きていなかった。自分の呼吸の音がない。心臓の音がない。それらが止まったのではなく、音として届く前に何かが変わっていた。

 

自分がどこにいるのかわからない。

 

 

全てを隔てる壁の向こう。落下しながら呟いた女性は最後にこう言っていた。

 

 

『前方250m、1立方メートルの素粒子は電荷が逆になる』

 

 

 

最後に、強烈な光が全てを飲み込む。それを知覚はできなかった。

 

 

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