夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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訪れた平和

 

早朝の襲撃からオールフォーワンからの追撃がないと判断できる夜まで警戒し続けて、そして夜まで何も起きなかった。そこから起きている限界まで引き延ばしたとしてもそれは変わらず、何度か確認をしてこの勝利を受け入れることにした。

 

『四ツ橋力也との会談が始まります。通信をお繋ぎしておきますね』

 

レストランは静かだった。

最上階のその高級な空間は天井が高くて、照明が控えめにされていた。テーブルクロスが白くて、キャンドルが何本か立っていた。窓が大きくて、ハワイの夜景が広がっていた。灯りが少ない。避難区域だからだ。本来なら煌めいているはずの街が、今夜は暗い。その暗さの中に、点々と残った灯りが見えた。

 

テーブルが一つ。椅子が一つ。

そこに男が座っている。

 

前髪が頭頂部から後ろへ後退していた。柿色の髪がトサカのように立って、鷲鼻が鋭角に尖っている。顎のラインが強くて、全体として角張った印象がある。

 

サポート企業『デトネラット社』代表取締役社長 四ツ橋力也がそこにいた。

 

「しかしあまりに呆気ない。戦いが起きたことすら私は気づいていなかったし、もう一人いましたと言われてもね。私が後から確認できたのは、オールマイトがひたすらにヴィランを殴り続ける様子だけ。あれがオールフォーワンだったと言われてもにわかには信じ難いものがある」

 

笑顔のまま、指でテーブルを叩いていた。トントン、トントン。リズムが一定で、止まらない。

ただ、笑顔というのは表情の話だ。眉間に縦皺が入っていた。薄いが、ある。口角は上がっているのに、目が笑っていない。目の周りの筋肉が、笑顔を作るために動いていた。作っている、という動き方だ。自然に出た笑顔ではない。

 

トントン、トントントン。間隔が詰まっていく。本人は気づいていないのかもしれない。あるいは気づいていて、止める気がないのか。額に手が伸びて、自分の前髪が後退しているあたりを指先で軽く触れた。一瞬だけ笑顔が薄くなって、すぐに戻った。

 

簡単に言えばキレているらしい。そんな嫌すぎる相手にに相対するのは、オールマイトが動けない時のUAIの顔としてお馴染み。ミッドナイト先生だ。睡おばさんには悪いが、今回も苦労をしてもらうことになる。

 

「世界が注目するほどの激戦。その中での勝者にこそ解放の思想を託したいと思っていたのだが、これでは宣伝効果が薄いと言わざるを得ない。簡単な話が、敵が弱すぎだ。これではお話にならない」

 

口調はもはやクレーマーである。インテリヤクザみたいな脅し方と言ってもいいかもしれない。

 

「四ツ橋さん。こちらとしてはあなたの交渉条件を満たしただけです。他に条件があったのなら事前に言っていただかないと対応しかねます。約束を反故にするおつもりで?だとしたら外交官ではなくヒーローとして対応できるから楽なんだけどね」

 

ミッドナイトの声に温度がなかった。笑顔のまま言っていたが、笑顔の質が変わっている戦闘体制というのは誰でもわかるだろう。

 

四ツ橋が手を上げた。

 

「いいや。そんなことはしないとも」

 

彼は笑顔のまま。目は笑っていなかったが、声は穏やかだった。

 

「ここまで化けの皮が剥がれたあとでも一応私はビジネスマンだ。約束は守る。それにUAIの方向性は解放軍としては歓迎できる内容だ。通してほしい法案や広めてほしい技術についてのお願いくらいはさせてもらうが、『二倍』は引き渡そう」

 

一拍置いた。指がテーブルを叩くのをやめた。

 

「けれど、けれどね」

声が少し変わった。穏やかさの下に何かが混じってきた。

 

「今までの、数十年の抑圧はなんだったんだと思うほど呆気ない幕引きには、理解をしてほしいものだよ。あのオールフォーワンだぞ?我々が長年決起を見送ってきたのは、あの男の機嫌を損ねればそれで終わりだと。そうデストロに強く言われていたからだ。そんな脅威があそこまで無力を晒すなどとはね」

 

ため息がディナーテーブルを横断する。長い長い、ため息だった。胸の底から出てくるような種類の、それこそ数十年の重さが乗っている。

 

彼のやるせ無い感情を理解できるのは俺だけだった。なぜなら、オールフォーワンの脅威を知っているのは俺だけだから。いや、戦った本人たちも分かっているだろう。あの敵はこれまでで一番強かったかもしれない。

 

どんなダメージを喰らっても一瞬で再生し、決して衰えない。そして全盛期のオールマイトのような身体能力は様々な個性を補助として活用し、無敵の矛と盾として機能していた。

 

オールマイトがその火を即座に諦めて、人を救うために全力を出し切る。それを相手がまだ油断している時から続けるのが唯一の倒す術だった。結構な回数を自分があらゆる兵装を使って殺しにかかったが、一度も殺せなかった。この絶望的な差こそがかつてデストロという男が感じた脅威なのだろう。

 

その感覚は正しいと言わざるを得ない。あの個性の化け物は単体でオールマイトを殺し得た。それが完全にシンクロして遠距離にもいたのだ。今まさに文句を言っているこいつごとハワイを灰燼に変えたのだって10や20などでは済まない。

 

なぜか全一君を擁護するような気持ちになっているが、ここ最近はあいつと触れ合いすぎたのだろう。最も多くの回数を関わった男と言ってもいい。

 

手がテーブルの上のスプーンを取り、握った。

手の色が変わっている。黒ずんでいった。指先から手のひらへ、皮膚が変色していく。個性だとわかった。ストレスが形になって出ていた。

 

グシャリ、という音がした。

スプーンが潰れた。握力ではなく、変色した手がスプーンを変質させている。ちぎれた断面が歪んでいた。

 

そうして、潰れたスプーンをテーブルにそっと置いた。

その手つきは優しく、色は戻っている。それと一緒に、肩の位置が少し下がった。眉間の縦皺が薄くなった。笑顔が、少しだけ自然になった。

 

張り詰めていたものが、スプーンと一緒に切れたらしい。

 

「失礼」

潰れたスプーンを端に寄せて、また窓の外を見た。

 

「やはり時代は変わったということか。……それでは新時代を築くために、どんなことがお互いに協力できるのか。すり合わせをしようか?」

 

深くため息をついてから、降りかかったストレスを乗り切る社会人。そう言えば聞こえはいいが多くの人間はもっとその怒りを隠すものだ。彼も今まではそうしていたらしいが、今は違うようだった。

 

「あなたのその態度。ストレスを武器として用いるあなたがそれを溜めない姿を見せることが、敵対していないという証明と受け取ります。ただし、交渉のしすぎは気をつけてください。ご存知の通りUAIは今、余裕がありません。だからこそこちらも手段を選ばないこともある。私たちはあなたを全力で守りますが、それでもオールマイトが戦えない今、万全じゃない。どうかご協力を願います。何よりあなたの安全のために」

 

「ふん。狩人か。あんな殺人鬼を仄めかして、それがヒーローのやることかね。けれどまぁ。今世界にいるヴィランの中で最も恐ろしいのはあれだろう。こちらも身の程を弁えるとしようか。彼に試してもらいたいサポートアイテムもある」

 

ここからは特に問題はない。出過ぎた提案をしてくるから、夜に枕元に立って脅せばそれで態度は軟化する。ホテルの一区画は崩壊するが、日本有数のサポートアイテム企業と異能解放軍が丸ごと手に入るのなら安い出費だ。彼の心の折り方はすでに知っているから問題ない。

 

狩人は眠りにつく前に、最後の狩りを行いに動く。

 

ストレスを溜め込んでいるのが自分だけだと思うなよと。愛用のノコギリ鉈を握り締め、血の教育を施しに夜を行く。

 

 

このあとめちゃくちゃ拷問した。

 

 

そして長すぎたこの戦いに区切りをつけるために、何より恐ろしい睡眠へと意を決して向かっていく。

ああ、どんな夢が次は来るのか。いつも俺は怖がっている。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

新しい朝が来た。これは希望の朝だろうか?

 

聞き慣れない鳥の声がする。

どこかで一声鳴いて、それから静かになった。あ、また鳴いた。今度は別の方向からも聞こえてくる。人間がいなくなったハワイで、鳥だけが普通に朝を迎えていた。避難区域の指定も、一言言い間違えれば宇宙が崩壊していた昨日の戦闘も、決して子供には見せられない拷問も、鳥には関係ないらしい。

 

太陽に挨拶をすればいつも通りすぎて嫌になる。

水平線の雲の切れ目から、端が出てくる。直視できない光だ。波がオレンジに染まっていく。ヤシの木の影が長く伸びて、建物の壁が朝の色に変わっていった。人のいない街に光だけが満ちていく。

 

街並みは変わっていない。ハワイにおける被害はあまりに小さく、事前の警告が過剰であったとすら批判が出るほどだった。

 

人は危機に瀕している時には慎ましいものであるが、平時においては強かなものである。

彼らの要求通りに一般市民が多くいる場所でオールマイトが戦えばそれはもう酷い事になる。彼は助けるべき人を見れば奮起することもあったが、もう目の前にいても関係がないのだから危険は少ない方が良い。

 

いや、正直に言い換えよう。足手纏いはできるだけいない方が良いのだ。あとでどれだけ文句をつけられようが、文句を言えるという幸せを噛み締めさせてあげたい。

 

平和ボケクレームがつくくらいには完勝をしたということである。過去最強の状態で襲ってきたオールフォーワンのタッグは何もできずに撃退され、破壊されたのはハワイの山の地形のみ。

 

いくらかの植物は犠牲になったかもしれないが、血は流れていない。

 

史上最大の水爆以上の破壊力を発揮しておいて、魚一匹として死んでいないのだからスターはおかしい。エントロピーをいじるなど個性でできていい範囲を超えていると思う。

 

まぁ自分が時間を戻しているか、別世界を作っているとしたら人のことは全く言えないけれど、ナイトアイにも言われたがそれはない気がしている。

 

前日の夜の会合とその後の密会を思い出し、現実へと意識を戻した。

 

 

 

遥か遠い過去となっていたが、今日はバレンタインデーである。

みんなとショッピングモールに行ったことが懐かしい。そして昨日はついに買い物を無事に終わらせることができている。オールフォーワンを討伐しながら彼らの青春を続行させることができるなんて、完勝以外になんと表現すれば良いのだろう。

 

黒色君が小森さんからチョコを受け取るという結末は誰もがもう知っている。

 

けれど、その姿を自分は今まで確認できていなかった。昨日という一日を無事に突破できたことが、チョコを作って完成した時にようやく実感できた気がした。

 

学校が始まる前、早起きして集まり昨日仕込んだチョコを完成させるのだ。

 

「き、緊張するぅ!これ、美味しいよね?一応もう一個だけ味見して……」

 

「おいおい小森。それ以上食ったらあげるもんなくなるだろ。それに食べてもよくわかんないとかで意味ないし……。ていうか安心しろって!俺と、狩峰が太鼓判押してるんだ!もう大丈夫!」

 

オロオロの小森さんに、背中を押す砂藤というやりとりがどこか遠くに感じる。とても愛おしくて、これを守るためにやって良かったと考えることはできるが。どうしても溝を、絶大なまでの距離を感じてしまう。

 

これは一箇所でやり直しをし続けた時に起きることであり、今が初めてでも最悪でもない。

けれど、俺はもうこのバレンタインデーに一緒に彼らと笑顔を共有することはできない。それは間違いなかった。

 

告白の場所にはヒーロー科の生徒たちが培ったステルススキルを駆使して集結しているらしいが、自分は図書館にでも行っておこうかな。これから登校するというのに、放課後のボッチが確定していることは家族にはどうか隠しておきたい。

 

 

朝ごはんを食べようとしたその時に、警報がインカムへと届く。

 

 

『テロ活動を確認。UAIの区画にダメージが入っています。おそらく、『崩壊』の個性。死柄木弔と思われる攻撃です』

 

確かに驚きはした。けれどそれは無謀さにというか、なぜそんなことを今ここで?というものであってボロボロと崩壊するUAIの区画の被害などでは自分の心は動かない。どうやってというものじきにわかるだろう。

 

むしろ新しい出来事があるならなんでも嬉しいというのが、長いループを抜けた時の心境である。

何度かやり直しつつ、学生たちの経験値にしよう。これくらいの脅威ならありがたい。

 

そう思って死柄木弔を映像で確認すると、何か違和感があった。

 

「これ、死柄木弔か?」

 

『生体情報は一致しています。出現の方法は不明です。おそらく彼が『黒霧』を扱っているのかもしれません』

 

人の恋路を邪魔するバカを蹴る馬として、どうやら対応が必要らしい。

指導者を失った若いヴィランをどうやって活用しようかと考えながら、朝ごはんをあまり味わいもせずに食べるのだった。

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