夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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淀みを潰すもの

「やめろ転狐!!!」

 

幸せな、裕福な方の家だったと思う。

でもそこにあったのは、小さな小さな。憎しみの積み重ね。

 

庭付きの一軒家で犬がいた。名前はモンちゃん。茶色くて、しっぽをよく振っていた。近づくと寄ってくるし、それが嬉しかった。お父さんとお母さんと、華ちゃんと、おじいちゃんおばあちゃん。ご飯を食べて、眠って、朝になったらまた同じ場所にいる。それが当たり前だと思っていた。疑いもしなかった。

 

それと秘密もある。僕はヒーローが好きだった。

みんなと同じように好きだった。強くて、笑顔で、誰かを助ける。そういうものに憧れていた。でもうちには一つだけルールがあった。それは『ヒーローの話をしないこと』なんでこうなのかずっとわからなかった。みんな好きだと言っているのに、僕だけ叱られる理由がわからない。

 

何かのたびに叱られた。憧れのヒーローの話をするたびに叱られた。理由は教えてもらえず、怒鳴られて、庭に連れていかれる。謝るまで家に入れてもらえなかったりもした。謝り方がわからないまま、暗くなるまで外にいた。体が痒かった。掻いているとお母さんが来て、薬を塗ってくれたっけ。

 

お母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、誰も理由を話してくれない。ただ困った顔をしていた。誰も助けてくれなかった。愛してくれて無かったわけじゃないと思う。助けてくれようとはしていたかもしれない。でも結果は同じだ。

 

子供だけのある日、華ちゃんは父の書斎に入って、引き出しの奥から写真を出してきた。おばあちゃんだと、ヒーローだったと言った。これ内緒だよと言ったし、応援してるって言ってくれたんだ。

 

写真の中に、笑っている女の人がいた。強そうで、優しそうな。

自分のおばあちゃんがヒーローだった。それを知った時に何かが動いた。自分が間違っていなかったような気がした。憧れていいんだという気がした。ずっと否定されてきたことを、誰かが肯定してくれているような気がした。たったそれだけでよかった。ただそれだけでよかったのに。

 

 

その日のうちにお父さんが来た。

今まで見たことのない顔。どこか遠いところから怒鳴り声が聞こえているような気がして、いつもより怖かった。華ちゃんも怖かったんだろう。だから、あんな嘘までついて、僕のせいにして。怖くなると何も言えなかったけどそれはきっと僕だけじゃない。お母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも黙っていた。また黙っていた。また誰も助けてくれなかった。

人はすぐに黙ってしまう。そうするものなんだって、きっと僕にも伝わったんだ。だって家族だもん。

 

 

お父さんの建てた家が、僕を優しく否定する。

どこかでずっとそう思っていた。誰かを嫌いになりたくなかった。家族が嫌いだと思いたくなかった。でも本当だったろうか。お父さんも、お父さんに逆らえないお母さんも、おじいちゃんおばあちゃんも、華ちゃんも、この家も全部。全部が嫌いだった。好きなところもあったけど、嫌いだと気づきたくなかっただけで、最初からそうだったんだ。

 

日が暮れて夜になるまで外に出されて家に入れない。

モンちゃんを抱えて庭の隅で泣いている。体が痒くて、誰もいなくて、泣くしかなかった。声を出して泣いていたのか、声が出なかったのかも覚えていない。ただ泣いていた。そこで口から出た。

 

みんな、嫌いだ。

ずっと言えなかった言葉が出た瞬間に、手がおかしくなった感じがして。

 

モンちゃんが崩れた。

最初は何が起きているのかわからなかった。ヴィランに狙われていると思った。逃げようとした。でも走りながら触れたものが次々と崩れていくのがわかって、どうしたらいいかわからなくて。

 

華ちゃんに来てくれてありがとうって言おうと思って。それで触ったら崩れた。

お母さんが最後まで心配してくれてた。嬉しかった。それで、触ったら崩れた。

 

殺すつもりはなかったと思う。

 

僕だ。僕がやっている。そうわかった瞬間に、お父さんと目があう。

そうして体は動いていた。考える前に、衝動に身を任せて跳ねていた。

 

 

 

「死ね!!!!!」

 

 

 

声が出て、自分から殺すつもりで触れた。お父さんが信じられない顔して崩れていく。

 

なんだこれ。こんなに爽やかで、嬉しくて。心の底から湧き上がる楽しい気持ちが悪いことなんてことあるか?

 

痒みが消えた。あの瞬間だけ、痒みが完全に消えていた。何もなくなった庭に一人残って、痒みのない体で立っていた。消えた家族の残骸の中で、ただそこに立っていた。嬉しかったのか悲しかったのかわからない。その全部があって、ただ痒みが消えていたことだけを覚えている。

 

その感覚だけが今も残っている。あの時の俺は、自由だったから。

 

 

俺は、あの時にきっと生まれたんだと思う。

 

 

 

それからは街をさまよって、どうやって生きていたのかよく覚えていない。

ああ、一つだけ。先生と会う前に声をかけてくれた人がいたっけ。今思えば、一人だけじゃなかったかもしれない。

 

どれくらい街を歩いたか覚えていない。また痒くなって、また歩き始めた。裸足だったと思う。服が汚れていたはずだ、家族の血と塵に塗れて泥だらけだったろう。

 

みんなこっちを見て、遠ざかった。気味悪がって、誰も近づいてこなかった。

 

ヒーローが来るはずだった。

ヒーロー飽和社会なんだから街中にヒーローがいるはずで、パトロールをしているはずで、助けてくれるはずだった。でも来なかった。一人も来なかった。一人のおばさんが声をかけてきたけど、顔を見てすぐに逃げた。きっとヒーローが助けてくれると言い残して去っていった。

 

ついに、そのヒーローはやって来ない。

 

 

誰も助けてくれなかったとき、来てくれたのは、先生だ。

 

「辛かったね」

 

手を伸ばしてきた。あの時の先生の顔はよく覚えていない。ただ手だけを覚えている。こっちに向かって伸びてきた手を覚えている。

 

「ヒーロも誰も助けてくれなかったんだね」

 

好きにするんだ。自分の思うようにやっていい。大丈夫さ。自分らしさを大切にしていればきっと幸せになれる。

 

「もう大丈夫。僕がいる」

 

その言葉が体に染み込んだ。ずっとそれを待っていた気がした。誰かに肯定してもらうのをずっと待っていた。お父さんの家では肯定してもらえなかった。ヒーローも来なかった。先生だけが来た。先生だけが手を伸ばしてきたんだ。

家族の手を肌身離さず持っておくように言われた。理由はわからなかったけど、従った。先生の言うことはだいたい難しくてよくわからなかったけど、従っていれば何かあった時に治してもらえた。先生といる時は体の痒みがましだった。完全には消えなかったけど、ましだった。

 

体の痒みは壊すと少しだけ和らいだ。だから壊した。壊して、また痒くなって、また壊した。先生はそれを止めなかった。止めない先生が好きだった。怖くて強くて、それで何も否定しない先生が好きだった。

 

 

そんな先生が負けた?

意味がわからない。負けることができないと思ってた。

 

「死柄木!いますぐにここを出るんじゃ。後継として、オールフォーワンの意思を継ぐものは共に来い!」

 

ドクターが俺たちにそう言うと、反乱が始まった。

先生の不在を確信した時、今までの恩を忘れた奴らが我先にと逃げ出しやがったんだ。

 

先生のためじゃない。自分の中に湧き出た感情に従って、そいつらを順に殺して回った。

 

ペタペタと、昔みたいに裸足で走って。楽しかったなぁ。

 

「やあ、弔。君が残ってくれたと聞いたよ。素晴らしいね。君がそこまで想ってくれているとは思わなかったぜ。そして正直に言えば、あの子達を殺せるとも思っていなかった。君はどうやら、才能があるらしい」

 

どんな才能だろうか。

 

「生き残り、最後に勝つという才能さ。僕は結果を愛している。君という結果は素晴らしい。何より、衝動のままに行動したのがいいんだ。これからもそうしなさい」

 

だからそうした。

体に家族の手をつけていたのは、なんでだったか。忘れていたが、それをなくすと本当に忘れるところだったからだ。

 

あの最初の原体験を。今、俺は思い出した。

 

「君のお父さんは確かにひどいことをした。けれどね。彼もまた被害者なのさ。ワンフォーオールという力に巻き込まれた被害者なんだ。力を求めた君の祖母は、何もできずに戦いに明け暮れて死んでいった。家族のことすら放置して、勝てるわけもないのに戦って。最後には家族には何も残さないでさ。弟子に託していったんだよ」

 

そして、改めて俺の敵のことを思い出す。

 

「オールマイトさ!わかるだろう?彼が君たち家族を差し置いておばあちゃんと一緒にいて、そして平和を望んでいた僕を殺そうと動いていたんだ。そういう意味で僕も君の悲劇の一端を担っていると言っていい。だからこれは、贖罪でもあるだよ。ああ、でも大丈夫。僕を許さなくていい。僕は償いをしたいだけだから」

 

にっこりと笑ってそう言ってくれた

 

 

ヒーロが持て囃されるこの世界も、ヒーローたちも。それに縋る連中も。

そうだ。オールマイトが悪いんだ。きっとそうに決まって……。

 

「本当にそう言えるのか?」

 

世界が一変した。

 

記憶の中の現実的な街中の風景が風とともに剥がれ落ちて、自分の中が剥き出しになる。

 

俺がいて。

後ろを見れば体を優しく掴んでくれる家族がいて、上には押さえつけてくるお父さんがいる。

その手はまだ、こちらには届かない。

 

その奥には、先生?さっきのは先生が言ったのか?

黒霧のような顔、定まっていない先生がそこにいる。

 

「ああそうだよ。僕さ。僕は、どこにでも……」

 

コン。という音で、別の存在が横に立つ。

右手に杖を持ちつつもそれに寄りかかってはいない。青い軍服にはマントがついていて、見慣れないはずだが違和感はない。しかし、頭にはバケツ型の鉄兜を被っている。これは違和感しかない。

 

「違う。これはただの殻だと言っただろう。ここには先生はいないよ、いわばこれは空の玉座さ。なるほど確かに記憶は、そこにあるだろう。けれどオールフォーワンという存在は、圧倒的な力ありきだ。個性が宿らぬただの抜け殻を俺はオールフォーワンとは呼ばない」

 

その兜が特徴的すぎた。バケツを逆さにしたような形の鉄兜で、 顔のほとんどを覆い隠していた。隙間から何も見えず、表情がわからない。それでも立ち方だけで、この男が何者かというのは伝わってくる。

 

語り口こそ紳士的ながら、言葉の端々に不穏な気配を滲ませる佇まいでそこにいる。

 

「なんだ、お前は。なぜここにいる。ここは僕と弔だけの……」

 

確かにそうだ。先生なら相手に聞くことなんてせずに、制圧して自分から話をさせている。これは先生じゃないらしい。

 

「お前が世界へと廃棄してきた残滓の一つさ。この体には個性因子があるが、器がなかった。使えもしない大きすぎるものを抱えて、ただ死ぬだけだったところを少し勧誘させてもらったに過ぎない」

 

「弔。これの話は聞かなくていい。こちらへおいで。こいつを一緒に取り込もうじゃないか。二人でこいつを取り込めば、全てを壊せる。因子こそないが僕には個性についての記憶と器がある。あれは因子を持っている。その力を最大に引き出して、すべて一緒に台無しにしてやろうぜ」

 

「死柄木弔。俺ととも来い。人に張り付く寄生虫。淀みを潰して回ろう。君の流儀に合わせて、踏み躙るだけなく、握り潰すというのもありだと思う。これはあまりに大きな譲歩だよ。君だけの特別扱いと言えるな……。ちょっとやり過ぎだろうか……」

 

二人が手を差し伸べてくる。

 

どうしよう。両方とも全く手に取る気が起きない。大体なんだこっちの勧誘は、手で存在しない虫を潰すことが本気でメリットになると思っている意味がわからない。

 

そこで気づいた。なぜか先生に向かって体が動いていることに。おかしい。一緒になんてなりたくないと思っているのに、体がそちらへとフラフラ進んでいる。それが正しい感じがしている。

 

手は動くが、足は先生の方に向かっている。

 

近づくにつれてその感覚が強くなって、気分が良くなっていく。最初に抱きしめてくれた暖かさが思い出されて、肯定してくれた嬉しさが反芻して。そして……。

 

バケツ頭が俺を笑っているように見えた。

 

ピシリと、何かにヒビが入る音がした。瞬間的に、動く腕で自分の足を『崩壊』させてそこに倒れ込む。

 

その様子に、動揺する家族と。困惑する先生と、そしてまだ笑っているバケツ頭がそこにいる。

 

「俺は、いらない。全部が、嫌いなんだよ」

 

家族は俺に優しく触れてくれる。だから手を伸ばして、その手を全部崩してあげた。

 

「オールマイトじゃない。今気づいた。俺の嫌いな、全部の目立つ一部ってだけだ。ワンフォーオールなんて、どうでもいい」

 

手を上げてお父さんの手に触れると、それは脆くも崩れ去っていく。

 

そうして、片足と腕だけで這いずって。先生の足元へとにじりよる。まるで虫のようなその歩みを、虫を唾棄する男は嬉しそうにこちらを見ていた。

 

「感謝はしてる。でも、それと衝動(これ)は別だ」

 

その足を掴んで、崩壊を発動させる。

 

 

……崩れなかった。

 

 

「僕は悲しいぜ弔。ここまで僕をわかってくれていないなんて」

 

困惑は消え、そして笑っている。

 

「植え付けたものに保護をかけるなんて当たり前だろう。自我が抵抗するのは仕方ないが、君が僕を侵害するのは原理的にできないようになっている。僕らは同一なのさ、そして君は僕が作ったと言っていい!同質で、それでも僕が君を支配しているんだ。愛おしい弔。昔から何も変わっていないよ。安心してくれよ。僕がいる。ずっといる」

 

しかし、俺は気づいてた。多分だけど、ゲームをしていたからだ。

 

「ゲームもありがとな先生。色々できて、助かったよ」

 

自然と笑えた気がした。

それは今までで一番穏やかな表情だったかもしれない。顔のない先生が目を見開いて驚いているのがわかった。

 

「おい。バケツ。先生と混ざれ、そうすりゃ殺せるだろ」

 

「やはり、戦いこそが人類の可能性なのかもしれんな。良いだろう。俺ごと、全てを殺す覚悟ができたのだな。虫を鏖殺する連盟の狩人となると言ったな?」

 

「連盟でもなんでもいい。お前ごと殺してやる。だからとっとと俺と先生を別にしろ」

 

「…そうか。いや、それでこそ狩人だ。その身に刻みたまえ。これが連盟の、我らのカレル。これは誓約だ。連盟の長として死柄木弔。君の参加を祝福しよう」

 

先生とバケツが一体になっていく。定まっていなかった頭がバケツに変わって笑いそうになった。

 

「…いまや夜は汚物に満ち、塗れ、溢れかえっている。素晴らしいじゃあないか。存分に狩り、殺したまえよ。同志たち、連盟の狩人が協力するのだから。クックックッ…」

 

そこからは、力を取り戻した先生と心の中で殺し合いをし続けるだけだった。

何度も死んだ。けど、この世界は俺が心折れなければやり直せるらしい。何度でもやり直した。

 

一度触れることができれば勝ちだ。だから、無理かと思うほどの繰り返しをずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと続けて。

 

 

最後に触れた。

 

 

「死ねえええええええええ!!!!!」

 

 

あの時以来の産声を叫んで、俺は生まれる。

 

崩れていくバケツ頭の残骸が最後にこう言った。

 

「ああ、一点忠告しておこう。連盟のカレルを刻む者は、その誓いにより『虫』を見出す。それは、汚物の内に隠れ轟く、人の淀みの根源。…躊躇無く、踏み潰す事だ。我ら連盟の最終目標は、すべての虫を踏み潰し、人の淀みを根絶すること……。だからこそ、もはや虫などいないと分かるまで、狩りと殺しを続けるのだよ。それは、我らの血濡れの使命……きっと、誰にも理解されぬだろう。だからこそ、俺は同志たちを愛するのだ。努々、忘れないでくれ」

 

「笑えるね。全部なんて、無理だって思ってるんだろ。お前ら自身がさ」

 

「ではどうするね?新たな同志、死柄木弔よ」

 

「俺は……」

 

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

目が覚めると、そこは知らない天井だった。

 

「死柄木!死柄木弔!!目が、覚めたのか!?」

 

「……っ」

 

スピナーか。と言おうと思ったら声が出ない。相当の期間を寝ていたのかもしれない。体がおかしい。

 

水を飲んで、それで揃った仲間を見て。

精神世界で殺したはずのバケツ頭がそこにいるのをみてようやく不快感を思い出した。

 

「よく起きたな。同士。さて、それではそろそろ動く頃合いだろうか」

 

「ヴィラン連合もいつでも動ける!お前が起きれば協力して黒霧も使えるようにするとこいつは約束していたからな!」

 

一つ、思いついてそれから始めることにした。

 

「ヴィラン連盟。今からはそう呼ぶことにしよう。その方が、良さそうだ」

 

 

世界の淀みを全て握り潰すにはどうするか。人から次々に出てくるらしいその虫を根絶するなどできそうもないように思えるが、そうじゃない。

人を全部殺せばいい。それで達成できるじゃあないか。

 

これが、後に人類種の天敵と呼ばれるヴィランが生まれた瞬間だった。




次は一週間後に!
あなたの淀みはどこから?人には人のカレル文字!
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