夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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殻を破る音

狩峰淡輝は、死柄木弔という人物について誰よりも知っている。

これは驕りでもなく事実である。

 

彼の生まれ育ちや、記憶が欠けていることも幾度も巡った時間の中で知ることになったし。彼を育てたオールフォーワンとの邂逅によってそのバックボーンは概ね解明されていた。

 

DNA鑑定によってその出自すら判明しており、それがわかったのは最近ということでもない。

オールマイトがお師匠と呼ぶワンフォーオールの七代目。その孫に当たるのが、志村転狐という人物だった。

 

彼を捕らえずにヴィランの元へ所属させ続けたことにはオールマイトと口論にもなったが、それにだって理由がある。彼はオールフォーワンの試作品。自らを増殖する一つの候補であった。その楔を解明せず、未熟なまま詰ませてしまえばそこでお払い箱になってしまう。

 

ヴィランの中において、存在価値を示し続けさせることが彼を生存させる道だった。

 

その中で彼も成長するか、なんらかの方法でオールフォーワンに対抗できるようになればというのが希望であるという説明は理に適っている。だからこそ、この状態を維持できていた。

 

この説明自体嘘ではないが、正直に言えば優先度は全く高くなかった。彼もまたオールフォーワンとその戦いにまつわる犠牲者であり、そして加害者でもある。すでに彼は殺しすぎていた。だからと言って助けないということはないが、それよりはまだもっとコストをかけるべき子供はまだいるという話である。

 

つまりは、緑谷出久にとって救えるか救えないかという因縁の対象として維持するというのが最適であると思っていたのだ。いつでも殺せるし、個性の脅威度は低い。そもそもあれは記憶の抑圧と成長の仕方。そして何より、体に合っていない植え付けられた個性である。

 

この五年間。彼がここまで生き残ったのは、ひとえにこちらの思惑と合致したからだ。

それより前は、オールフォーワンの目的に沿っていたからである。理不尽なほど巨大な力に振り回されるのが彼という人生でもある。

 

とはいえ別に同情などしていなかった。

大きな力に抗えないのは世界中の人がそうであるし、彼がこの世界で取り立てて辛い状況にあったわけではない。もちろん過酷さや辛さというものを比べることに意味はないが、多くの人間が示すであろう反応から逸脱した存在ではなかったというだけだ。

 

 

オールフォーワンとの戦いが一段落した直後の朝に彼の襲撃が来た時、警戒しろという方が無理な話だった。その襲撃のタイミング自体は自分が最も無防備と言っていいタイミングであったが、その場所があまりにも急所とは真逆の場所だったから。

 

そこは最高セキュリティの機密区画。その中でも外敵の侵入を防ぐ最新技術の粋を集めた場所である。雄英バリアと呼ばれる幾重にも建てられた壁と防護網は、世界で最も堅牢であると断言できる。

 

けれどここには何もない。成人男性一人が暮らせそうな最低限の生活空間があるだけだ。急所どころか、血の一滴も流れはしない。

 

特に何もおいていないところを重点的に守ろうとしておく。意図的にナイトアイが隠れていそうな場所をあえて作ったうちの一つ。物理的な制約を飛び越えるような個性に対して用意していた罠である。

 

 

そんなこの世で最も堅固な壁が、内側から崩れ形が失われていく。

黒い外殻は押し広げられるでもなく、静かに剥がれ落ちた。継ぎ目も、綻びもなかったはずの構造体が、波に晒された砂のように崩壊していく。

 

そこから現れた影は、特別な動作もなく歩み出る。どこか、殻を割る動きに似ていたかもしれない。出てくるのがおぼつかない、まだ世界を知らない雛であることもそうだ。

 

振り返った視線が、先ほどまでいた空間をなぞっている。最低限の生活設備だけが置かれた無機質な部屋。ナイトアイがいたのだろうと想像できるそこは意図的に空白にされた空間だった。

 

その姿を見ても焦りはない。すでに壊されてしまうことは確定してしまっているが、壊されたり入られて困るものは全部無事だったから。けれど一つだけ、違和感があった。

 

ああ、多分これだ。

自分の知っている死柄木弔という人間であるならば、もうちょっと破壊が派手になっていてもおかしくない。どこか調子でも悪いのだろうか。半年も潜伏して、機密の場所すら探り当ててそれが徒労に終わったストレスを彼が耐え切れるイメージがなかったが。何か心境の変化でもあったのだろうか。

 

南米の一件で、死柄木の個性は成長しているようだった。触れた場所だけでなく、そこから多少は連鎖して崩壊を引き起こしているような映像が残っていたが、今回の破壊は随分理性的に見える。

 

かつてのそれなら、もっと散らかっていたはずだ。無差別に、衝動のままに、周囲ごと削り取るはずの破壊を想定してブロックの隔離や分離の機構すらあったのだがそれは発動していない。

 

侵入経路とタイミング。

そして、この破壊の質と様子。

 

どれもが既知の範囲に収まっているのに、微妙に噛み合わない。

 

まぁいい。今のところは死柄木弔はそこへと忽然と現れ、そして何も得られず個性に任せて内側から破壊しただけだ。

 

「この半年で成長したみんなのお手並み拝見かな」

 

ヒーロー科が対応する事案として指示を出し、いくつかの行動を承認するのだった。

同室の姉がこちらの動きと呟きに反応する。

 

「何かあったの?」

 

「いや、別に。ちょっとナイトアイから連絡あっただけ。なんでもないよ。ヒーローたちがどうにかしてくれる」

 

それよりもオールフォーワンの影響の確認の方が重要だった。おそらくまだあいつは手札を残している。『二倍』を諦めるわけがないのだから。

 

優先度をつけて朝食へと向かいこのところただの補給としての機能しかなかったこの時間を、家族と過ごす朝ごはんとして味わった。

 

また新たな朝を迎えたことを。淡輝はこのようにして味覚で感じるのだった。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

一時間後、もたらされた報告は意外なものだった。

 

『イダテン、アシッドクイーンが死亡。デクが重傷を負って救急搬送されています。現在、ノーベルがACで追撃中ですが、補足しきれていません。軍の包囲も完成していますが、いかがしますか?』

 

初めの疑問は、どうやって?である。

 

彼らの戦闘力はかなりのものだ。緑谷が横にいてバックアップのノーベルすら睨みを効かせている状況であれば、死柄木弔に打てる手はないはず。

 

そして次の疑問は、なぜ?である。

 

『所属不明のACが逃走を幇助しています。おそらく消えたヴェスパー部隊の主任。裏切った傭兵でしょう。彼らが協力関係にあるのは意外ですが、この半年は共に活動していたのでしょう』

 

「なぜだ。どうして侵入の時に使った黒霧を使って逃げない?何をしてる?」

 

『目的は不明です。ノーベルが捕捉し、戦闘が始まりました。映像を切り替えます』

 

映像に映るのは、対照的な人形の機械が二体。片方は人体に無理やり機械をはめたような、歪な設計である。その分、速さは確保されているがあまりに心許ない走行だ。

 

一方で大きく重いだろうに重装甲のACは、的確な動きと無理やりな機動でその猛攻を防いでいた。ずんぐりとした体躯は3mほどの大きさで、装甲も分厚い。致死モードの銃弾を受けつつも、銃撃で応戦していた。

 

そうして、3分ほどの高速戦闘が行われる中、ヒーローの増援が到着し死柄木も攻撃を捌ききれなくなっている。

 

限界かと思ったその時に、黒いゲートが開き。足元の15mほどを覆う。

 

ノーベルがその瞬間に、最大の加速。自らを壊す寸前の加速度で向かうのはACではなく、死柄木弔の方だった。彼は反応しきれない。本能的に手を掲げているのは大したものだが、それを上回るのは爆豪の戦闘センスである。そして、彼はこの上なくキレている。

 

冷静に怒り狂った彼には、ただ置いているだけの手は脅威ではない。

渾身の溜め込んだ爆発によって、転送先ごと爆破する規模の攻撃を行なうつもりだろう。

 

そこへ、ACが捨て身で身代わりとなってその爆発を全部受けた。

 

 

光で世界が染まり、そして空気を歪ませる衝撃波と音が遅れて地面を揺らした。

おそらく殺したのだろう。よほど幸運であれば死柄木弔の方は重傷で済んでいるかもしれないが、壁になったACの方は中身が無事というのはあり得ない。

 

けれど、転送先がどうなっているのかはわからない。この事件は言ってしまえばこれだけだ。

 

ヒーロー科の生徒が二人死に、テロリストは安否不明。

 

悲劇によって当然起きる爆豪の怒りも、緑谷の叫びも。今更、聞く必要はない。

自分に必要なのは情報だ。ヒーローたちの戦闘の記録を見て、そして次回は死なないように人選と戦術を変えなくてはいけない。

 

『———結論としては不運にも噛み合ったということになります。死柄木弔の攻撃が、彼らの精神的な油断や想定を上回った点があった。そしてその運動性能や不意をつく動きにはかつて彼と戦ったものほど、先入観で不意をつかれる危険性が上がっています』

 

そこにはどうやら、明確な理由はなくただ不運だったという現実があるだけだった。

 

まぁ、こういうことはよくある。なんなら戦闘訓練でも結構人は死んでいるのだ。即死技を持つヴィランとの戦闘であればこんなことは不思議ではない。映画や漫画のように、モブの放った弾丸が当たらないというのは、この現実には適用されない。

 

命の危険に近づくのなら、一定の確率で人は死ぬ。

 

そこに壮大な教訓や、綿密な悪意の罠すら必要ない。圧倒的な魔王などいなくても人はバタバタ死ねるのだ。

 

太ももに差し込んだ注射器には致死の薬が入っている。投薬によって、やり直すのが最も穏やかで余裕がある時はそうしていた。再び朝を迎えるために、意識は微睡んでいく。

 

 

同じ朝が繰り返された。いつもある不安が一つ解消され、ホッとしながら光を浴びる。

 

即座に体を起こして、起きている事件へと目を落とす。

そこには、黒いボロボロのマントを纏った。見窄らしいとすら言えるヴィランが立っている。

 

ちょうど、黒い壁を崩壊させて出てくるそいつは、不気味に笑っていると今気づいた。

最も勝算の高い一度目の挑戦すら失敗したはずの笑顔。前回も笑っていたっけ?

 

狭い世界から羽ばたく寸前の鳥のように、その手を広げて歩み出す。

飛べるかも知らないだろうに、衝動に任せてそうしている彼は、どこか自由そうだった。

 

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