二度目は一度目の戦いよりも静かだった。
これは被害の規模の話だ。死者は出なかったのは大きい。緑谷と爆豪が重傷者に加わったが最小限に抑えられた。一度目の記録を元に人選と配置を変えて、対死柄木という前提で動いた結果がそれだった。しかし、軍人とUAIの設備には大きな損傷が残り死ななかったがこれでは襲撃成功という報道になってしまうだろう。
その上、またしても逃げられた。黒霧のワープというものが防げないのは仕方がないが釈然としない。
『分析が出ました。視線及びセンサーが広範囲に展開。彼ら、いえ。主任は何かを探していたようです。それを見つけてはいない様子でしたが』
何か目的があったのだろうと後から思う。侵入して、何かを確認して、そして出ていく計画だろうか。けれどそれにしては、ギリギリまで戦闘をする意味もわからない。最終的に主任は致命傷を負って死んでいる。
『南米での接触から今回まで、死柄木弔の崩壊の射程が拡張されています。接触なしで連鎖崩壊を引き起こせる範囲が、前回の記録比で約1.3倍。精度も上がっています。衝動的な使い方から、意図的な使い方に移行している可能性がありますが、大きな想定外とは言えない程度です』
その他の検討を進めつつ、あまり時間をおかずに注射器を太ももに差した。何が起きるかわからないため、可能な限り短時間でループをしておくことに決めている。
完敗でもなければ、完勝でもない。
この違和感は一体なんだろうか。進んでいるようで今までのように前に進むことができていない感覚がある。
10回やっても主任と死柄木弔以外はおらず、黒霧のワープ発生も追い詰められてからしか行われない。その戦闘能力はかなりのもので、完封するには自分が出たほうが良いだろう。他の条件がないのか、自分で色々と確かめてみる段階に来ているということだ。
そして11回目の朝。それは起きた。
「いつまでやり直すつもりだ?」
死柄木弔が壁を崩してこう呟いたのだ。
それは固定されているはずの、ループの最初の一言である。
また世界が歪んだような感覚になる。アメンドーズを最初に見た時。モルヒネの変化を初めて見た時。あのダンジョンでの体験を思い出す。
ループが単純に通用しない状況がまた訪れているということがわかり、全身が総毛立つ。
だが、これまでそういう事象はあった。だからこそ対策も考えてはいる。上手くいくかなどわからないが、それでも考えてはきている。
上位者方面の影響だけは勘弁してくれ。モルヒネや他の個性が関わっていてくれるなら人智の及ぶ範囲である。そう願いながら、狩人として出撃をすることに決めた。
ACを高速で装備しながら、奴らへの包囲網を構築。飛ぶように移動しながら、敵の元へと最短を進む。
狩りの時間を始めよう。
けれど、到着まで数分程度はかかってしまう。だから通信で探りを入れてみることにした。死柄木の場所へと通話を繋げて対話を試みる。
『お前たちの探し物はそこにはないぞ。ああ、質問への返答は。もしやり直しなんてことができるなら、いくらでもやるというのが返答だ』
「おいおい。返事くれるのか。ていうかさ。やり直しとか本当にできるなら、もっと世界を平和にしてくれよ。ヒーローなんだろ?世界中で人が死にまくってるぞ。俺はそうだな。家庭の事情も全部なんとかしてくれれば、平和に大学生でもやれてたかもしれない。助けてくれよ。ヒーロー?」
意外そうな声色は、こちらが返事をするとは思っていなかったのだろうか。
しかし手痛い指摘だ。できるならやってると反論したくなる。けれど向こうも、こちらの能力がここまで反則であると同時に万能でないとも知らない。俺の力の予想がついているわけがない。そして、それほどの力をもってしても、世界平和には程遠いということもまた知らないらしい。
『私はなすべきことをやれる範囲でするまでだ。お前たちのようなテロリストの排除もその一つ。後進の育成もその一つというだけ。主任に早く会わせてくれ。彼には核攻撃についても話がある』
すると、聞いていたかのようにゲートが開いて現れた。3mほどの重装甲AC。通称『ハングドマン』を纏った裏切り者が、これまでで最も早いタイミングで登場する。
「あいつならまだ……」
「仲間外れは良くないなぁ。俺も入れてくれないと。狩人と戦うのが俺の一番の楽しみなんだからさ」
「早いな。もういいのか?」
「連盟のみんなに任せてるからさ。心配ご無用ってこと!」
『連盟……?ヴィラン連合は改名したのか?』
「知らないんだ!いや、それとも知らないフリってやつ?それより、プレゼントが色々あるから会ってやろうよ。どうせいつかやることになるんだしさ!」
『ほう、プレゼントか。私へのプレゼントは事務所に送ってもらうことになっている。全世界から爆発物と毒物が送られてくるからな。テロの見本市として対策部すら組んでいるぞ』
主任は無駄口を好むタイプである。だからユーモアで返してみるのだが、今回はあまり語りたくないらしい。大型の砲台が腕と一体になったかのような武装が構えられる。
臆することなく目の前へと着地した。
怖がる必要などどこにもない。ここは自分の庭だ。丁寧に作り上げた狩場である。
UAIの中枢防衛エリア。設計に執拗に口出しを続けている本人が言うのだから間違いない。外から侵入するのが至難なだけでなく、内側に入り込んだ後も生き残れる保証がない。そういう場所として作った。
砲塔が起動。天井と壁に埋め込まれた砲座が、侵入者の座標を共有しながら追跡している。一基では大したことがないが、連動すれば逃げ場がなくなる。死角を作らない配置だ。どの方向に動いても、必ずいくつかの照準が重なるように計算してある。
レーザーはいつでも照射できる。
赤い線が空間を格子状に区切っていた。触れれば切断ではなく焼灼だ。即死ではないが、動きを封じるには十分な出力がある。レーザーの間隔は人体が通り抜けられる幅ではない。跳躍しても、匍匐しても、どこかに触れる。若いヒーローたちの経験にはならないが、死柄木弔を殺すだけであればこれを使えばそれで終わる。
上空ではドローンが展開していた。
六機が互いの死角を補うように配置されて、静止している。各機に搭載されているのは記録用のカメラと、制圧用の装備だ。逃走経路を塞ぎながら、同時に全方位からの映像を本部へ送り続けている。
この状況に侵入して、そして曲がりなりにも脱出できる可能性があるワープは凄まじいが、それでも無傷では帰さない。
「まるでテーマパークに来たみたいだぜ~!!テンション上がるなァ~!」
自身を害するはずの脅威をずらりと見渡して本心からそれを言っているようだった。こいつも狂っているのだろう。
戦闘へのリズムというものは存在する。互いの戦意が高まり、他の選択肢が潰れていき。そして最後に残るのが暴力のみというその一瞬が始まりなのだ。
「貴様らを排除する」
その緊張が最も張り詰めたその時に、全く違う色を纏った声がした。それは間違いなく主任の声ではあるのだが、
「いや、待て。夢にまで見た邂逅だ。少しは時間をいただこうじゃあないか。やはりお前は、優秀な狩人だ」
ふらりと、雰囲気が変わる。そこにいるものがまるで別の存在になったかのようだった。何かの個性だろうか?
「俺の名はヴァルトール。連盟の長だ。人の淀みを根絶するため、日夜活動をしている。主任というのは俺の協力者でもある。そこの死柄木弔もな。やつの目的には戦いが必須。どうあろうとこのあと戦いが起きるだろうが、私は別だ」
大仰なお辞儀をして、まるで演説のような語りが始まった。
「お前も狩人なら、気持ちは同じだろう?穢れた獣、頭のイカれた医療者、イカれた頭を檻で囲う狂人ども・これだけ時代を跨いでも。何も変わらない。いいや、悪化していると言っていい。気色悪いナメクジが見当たらないのはまだマシだが、みんなうんざりじゃあないか。だからこそ、殺しつくす。連盟の狩人が、お前に協力するだろうどうだ?お前も、我ら連盟の仲間にならないか?」
ぶっちゃけ意味がわからない。聞くだけタダなら聞いてしまおう。
「可能な限りを教えてくれるのなら検討しよう。頭を檻で覆う狂人と言ったな。メンシスとは一体なんだ?あれは何を狙いにしている組織なんだ?」
「はっ!今のメンシス学派は組織などというものではない。すでに智慧は失われ、元から不完全であったメンシスの悪夢は狩り荒らされているだろう。狂人どもに残っているのはその残滓。まぁ俺も人のことは言えないが。血に刻まれた意志が。時間も空間も超越して残っている。それぞれの夜を全うするために」
「こんな時にポエムは遠慮してくれ。血の意志とはなんだ?メンシスも何か血液によって過去の何かに影響を受けている集団という解釈をするぞ。」
「淀みの根源たる人類はメンシスも含めて殺し尽くす。その点において協力する余地はあると思うがね。いかがだろうか?」
頭おかしい勧誘だが、どうでもいい。一旦口車に乗って見て損はない。
「ああ、構わない。協力といこう。だから情報を全部くれ」
「強かな狩人だ。しかし、口約束に意味はない。お前に限ってはこの場で何をもらっても何一つ意味が残らない。だから、誓約をしてもらう。脳裏に刻むカレル文字は、いくらやり直そうが消えはしないぞ?」
伸ばされた手には、嫌な既視感があった。
騙し討ちでそれをすることができないのは、誓約にルールがあるからなのだろう。そうだ。こいつらはループを超える何かを持っていると仮定すべきだ。
「……断る。お前たちの世界もまた平和かもしれないが。血が流れすぎていて、人が死にすぎている。人間の数が1以下になれば争いが起きないというのは、最も笑えないジョークだからな」
「そうか。ならば戦いとなるな。人とはいつもこうなってしまう。血を分けた兄弟ですら殺し合う。人類とは度し難いものだ」
天を仰いで、何か思う様子のヴァルトールはどこまでも自分で完結していた。
「俺はそうは思わん。戦いこそが、人類の可能性なのかもしれん」
主任が空を見る視線をこちらに戻し、戦いへの熱を再び灯した。その声はふざけた調子が一切なく、どこまでも純粋なものだった。
「あ、これ最後にプレゼントね。狩人が持っておいた方が、メンシスには嫌がらせ、狩人的にも得だし。きっとナイトアイは嫌がるだろうってさ。ヴァルちんが意味不明に語ってたよ。確かに渡したから、もうやろうか!」
投げてよこすのは、汚いずた袋である。まるで切り落とした頭部でも入れていたのではないかと疑うほどに黒く汚れていて、汚らしい。
ガサゴソと取り出せば中には二つのものが入っていた。
一つは、人の頭蓋である。脳天から割れていて、そしてそこから光が溢れ出している。どうにもその光には、こちらを惹きつける何かがあった。
『おい。未知のものがあればすぐに分析を走らせろ。この光なんだ?』
マリアに問うが、どこかで想定していた言葉が返ってくる。
『光はなく、検知できません。こちらが確認しているのは。人の頭蓋のみです』
つまり、あらゆるセンサーで現実を網羅するAIにはこの光どころか。もう一つのこの気色の悪い物体すら認識されていないらしい。
頭蓋ともう一つのそれをよく観察する。
まず色は黒に近いが、完全な単色ではない。光の当たり方で、茶色や灰色が混ざって見える。焼けたような色にも見える。まるで見たことない色だった。
全体は細長いものが絡まっている形状。一本ではなく、複数がまとまっているように見える。途中で折れたり、潰れたりしている箇所がある。輪を描くように曲がっている部分が多い。蝸牛というか、貝のような螺旋に近いかもしれない。
細かい凹凸があり、ところどころに穴が空いている。気泡の跡のようにも見えるし、内部が抜けたようにも見える。質感は硬そうだが、部分によっては柔らかさも残っていそうに見える。
乾燥して縮んだもの、あるいは一度柔らかかったものが変形して固まったような印象。
そうだ。昔見せてもらったことがある。けれど記憶のそれとこれはあまりにも違っていて。なぜ連想をしたのかもわからない。
「へその緒……?」
「それ三本目だってさ!一本しかないのに、意味わかんないよね!」
もっと情報を得ようと会話を続けたかったが、いい加減に我慢の限界だったのだろう。記録のどれよりも真剣で遊びの無い声が返された。
「こいよ。ここまで。お前にその資格があるなら」
巨大な砲が向けられ、そして銃と鉈で構えを返す。
ヒーローたちも到着するところだ。ヒーロー科も含めて、機動力に優れた数人が現着した。
デクやノーベル。メインの戦力がスターの代わりにアメリカで活躍している現状、学生の比率が多くなっているが問題ない。
朝日に染まっている空に、再び黒い穴が空いて。乱入者が追加された。
下からは、まるで日食のように見えている。
世界ヴィラン連合を名乗るヴィランたち。彼れが死柄木弔を守るため、それぞれが個性を使いながら降り注ぐ。
最後に、それも落ちてきた。
上半身らしき部分には人の形に近い骨格がどうにか残っている。腕を左右に広げているが、その長さも太さも揃っていない。関節の位置も曖昧で、どこで曲がっているのか判別しづらい。
その下が異様だ。胴体というより、塊と言った方がいいだろう。
複数の肉体が押し込まれ、圧縮され、無理やり一つにまとめられている。頭部らしきものがいくつも埋まっている。顔の形を残しているものもあれば、潰れて輪郭だけになっているものもある。
皮膚の色は均一ではない。
緑がかっている部分、黒ずんでいる部分、まだ血の色が残っている箇所もある。乾いた質感と、ぬめりを感じさせる部分が混在している。そこから、無数の管が垂れている。
それが落下して、そして立ち上がった。
あれは果たして足なのか?いや、脚という構造は成立していないように見える。
複数の四肢や肉塊が絡まり合い、そのまま接地している。どこが支点なのか分からないまま、それでも全体を支えている。
動きは遅い。
一つの生き物として動いているようには見えない。上半身がわずかに揺れると、それに遅れて下の塊が引きずられる。内部の別の部分が別のタイミングで反応する。
生物の継ぎ合わせという点では、先日のオーバーホールのような印象に似ているだろうか。
冒涜的な下半身。そして人を真似したような上半身。そしてその頂点にあるのは……。
ピエロの顔だった。
「戻せ……。俺を戻せええええええええええ!!!!!!」
再誕を願う道化が咆哮し、血に塗れることが決まっている戦いが始まった。