「何が、どうなってやがんだ」
肩のスラスターが点火する。並行移動から斜めへ、射線の外へと軌道を修正しながら、爆豪は目の前の敵だけでなくその周囲を視野に収めていた。目の前の敵だけでなく。すぐ横にいる化け物と、指名手配中の世界でも最悪のヴィランが対峙し、そしてなんも起きていない。
最初は少しだけ戦闘をしていた。けれど交差して深い一撃を入れた直後から、二人ともその場に立ち尽くしている。毒でも食らったのかと思ったが、どうやらお互い様らしかった。不動のまま、そこにいる。
「あっちはあっちで手出しされると困るしさ。俺たちはこっちで決着つけようよ!」
敵もそのつもりらしい。
化け物には手を出すなというのがナイトアイからの指示だ。意味はわからないし気に食わないが、従う。そうでもないと生き残れていないことくらいは理解している。
弾丸が来た。避ける。
問題は次だ。弾丸は囮で、本命は体当たり同然の蹴りだった。重量のある機体が速度を乗せて踏み込んでくる。ブーストチャージと呼ばれるこのACの打撃攻撃は正面から捌ける威力ではない。
「おい!エンデ……」
「当たり前だ」
言い終わる前に来ていた。豪炎を纏ったACが横から突っ込んで、隕石のような鉄塊の軌道を逸らす。爆発的な熱量が衝突の瞬間に弾けて、主任のACが横へと吹き飛んだ。
付近のビルに叩き込まれ、噴煙が上がるが赤外線やその他のセンサーによって敵を見失うことはない。対象は健在だ。普通なら中身が重傷を負っていてもおかしくないが、これだけで止まるほどやわな相手じゃないことはわかってる。
轟音。砂埃と鉄骨が舞う。沈黙は一瞬だった。
「ギャハハハハハ!!盛り上がってきたねえ!!!」
瓦礫が内側から押しのけられた。鉄筋が、コンクリートの柱ごと引き抜かれる。それを両手で掴んで、主任のACが立ち上がる。数トンはあるだろう柱を武器として、そのまま薙ぎ払いの構えを取った。
すると、火花と紫電が迸り、それがまるで武器として『起動』したように見える。
3mの鉄の巨人が、燃える石の柱を武器に10mはありそうなそれを振り回す。
「……頭おかしいんじゃねえのか」
「常軌を逸している。なんだアレは」
常識からは程遠いはずのヒーロー。その中でも素行を問題視されている二人が揃って疑問を口にするほどには非常識な存在である。
「仲間外れは良くないなぁ!?俺も入れてくれないと!みんな大好きなんだってのはわかるんだよね。戦いってのは最高だ!殺し殺されってのだってどうでもいい!!戦って、戦って、そんで勝ちたいだけってのが俺たちの趣味だろ?」
柱が振り回された。
避ける。爆破で軌道を捻じ曲げながら、真横に跳ぶ。風圧だけで機体が揺れた。あの重量を片手で扱っている。おかしい。どう考えてもおかしい。柱自体から噴煙が上がり、まるでブースターのように加速までするのだ。
着地する間もなく、バトルライフルの連射が来た。
高速で、正確で、しかも止まらない。一発一発が重い。装甲に弾かれても衝撃は通ってくる。回避に専念しながら、隙を探す。ない。射角を変えながら撃ち続けてくる速度が、こちらの思考より少しだけ速い。
「くっ——」
被弾した。左肩のスラスターに直撃を受けて、出力が落ちる。榴弾のようなその弾頭は装甲の薄い『ノーブル・グリント』にとって直撃がイコール破壊を意味していた。
その瞬間を待っていたかのように、レーザーライフルが構えられた。
狙い澄ました一発だった。回避が間に合わない。再びエンデヴァーが横から割り込んで、装甲で受けた。豪炎で熱変換を試みるが、出力が規格外だ。機体の右側面が焼け焦げて、エンデヴァーのACが大きく体勢を崩した。
「問題ない、続けろ!」
続けろと言うが、その機体からは煙が出ていた。
背後から音がした。
ドローンやUAIの施設に元々設置されている砲台まで、バックアップとして稼働している。それらの援護があってなおこちらが押されている状況があった。
逃げ場がない。
爆破で強引に上へと跳ぶ。砲弾が交差して、いた場所を薙いでいった。着地した瞬間に膝をついた。足回りの装甲にひびが入っている。
主任のACは被弾しながら動き続けていた。
胴体に風穴が空いていた。それでも止まらない。腕が半壊していた。それでも構えを崩さない。再起動の音が機体から聞こえてくるたびに、また動き出す。何度やっても同じだった。
壊しても、壊しても、足りない。
もはや人が中に入っているのかすら疑わしいほどに、その身に攻撃を受け続けても止まらない。
そうしていると戦場に変化が訪れた。
あの沈黙を守っていた化け物が、何やら人の姿へと変わったのだ。
そして即座にそれに向かって銃を構える。化け物のうちには攻撃するな。人になったなら撃ち殺せというのが命令だから。それを迷わず実行した。
そもそもこれで死ぬとは思っていない。相手はそれを守るかどうにかするはずだ。その隙にACを完膚なきまで破壊してやる。
王手飛車とりの一手。
「そりゃ悪手でしょ。はは!」
しかしそれは丸ごと利用されて逆転された。銃撃は狙った通りの肩に直撃。運が悪ければ即死コースだ。しかし、相手は一切の援護もせず、その銃撃を放置しこちらに攻撃を仕掛けてきた。
予想外の一撃に対応できず、まともに喰らいそうになった瞬間、またしてもエンデヴァーに救われた。
エンデヴァーが残火を残してそこに沈み、一緒になって吹き飛んだ。ACが破壊され、自身の手足も壊れていく。
「おい!いい加減にしろや。俺は死にやしねえ!!勝手に……」
「無理を言うな。別に、意図して守ったわけじゃない」
互いにこれ以上の高速戦闘は厳しいだろう。一手で全てをまくられてしまった。
「やるんならワンチャンないとこ狙いなよ。ほら、こことかさ!」
そう言って放たれた高出力レーザーは、ピエロの化粧ごと顔面を焼き切ってその奥の景色を映し出す。そちらに手を出すなと自分で言っておいて自ら撃ち殺すというのは意味がわからないが、どういうつもりだ?
戦闘のリズムが止まり、小康状態が生み出された。
「何が、どうなって……。あれ、ここは?」
素朴な疑問が狩人から発せられ、事態がどう転ぶのか読めなくなる。
「おい!どうなってる。攻撃続行か!?はっきりしろや!」
その言葉に応答はない。爆豪勝己は大きく舌打ちをして、装備を捨てて生身で立っている。
両腕はすでに折れていて、足も万全じゃない。それでもまだ戦う気概でそこにいた。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
俺は意識を取り戻した。
白熱のコマバトルが勝利で終わったかと思えば、対戦相手がいきなりビー玉で撃ち抜かれ、貫通したところてんのようなその死を悼んでいたところまでは覚えている。
なんという悪夢だ。意味がわからない。なんであいつの死に叫んでいたのか。今まででダントツで狂っていたような気がする。
そして目の前にあるのは、男の死体。識別はモルヒネと表示されているから、おそらく作戦が成功したのだろう。
『主任及びヴィラン連合。改めヴィラン連盟の排除が残っていますが、損害は軽微です。作戦は続行中』
本当に良かった。であればなるべく早く睡眠を取らなければならない。この最初の挑戦での成功を確定させないと意味がなくなる。
とっとと狩りを終わらせないといけない。
最大の脅威である主任を殺すのは初めてだが、ここで死ぬわけにはいかない。全員を使って安全に殺さなければ……。
「時間切れだぁ。でも、割と楽しかったかな。じゃあ、ヴァルちん。あとよろしく〜」
その言葉と共に、ACの稼働が止まった。個性によって強制的に動かしていたのだろう。その限界を超えたらしい。あとはもう動けないガラクタと化している。
「くくく。やはりお前はこの時代の真の狩人たり得るのだろう。一度きりの挑戦。それを超えられる狩人はあまりに少ない。けれど、お前のことを信じていたぞ。よくこの悪夢の写し鏡を殺してくれた。これで連盟も確かな仕事をすることができる」
最後の最後。何かを起動したのだろう。機械的な信号はジャミングしているが。連盟という組織が持つ何かによってもたらされた衝撃は、物理的なものを超えて影響を人に及ぼすらしい。
死柄木弔が、急に動きを変えたと報告が入り、そこから世界中で事件や事故。争いが起きていると報告が止まらない。
「何をした?死ぬ前に教えてくれるか?」
ダメもとで聞いてみる。死にかけている主任は何やら気分がよさそうだし、口も軽そうだ。
「くっくっく。間引きだよ。他にあった狩人の可能性を全て刈り尽くしただけだ。世界中で、お前のように夢に囚われる才能があるものたちを殺し尽くしてやったのさ。かつて青ざめた血を生み出したその系譜。贄としての末裔たち。その呪われた才能と血脈に月の光が当たる前に殺してあげたのさ。ああ、わからないか。わかりやすく言ってやろう」
「そこの中途半端な化け物など比較にならない。真の人ならざる元凶が毎夜毎夜と、誰を犠牲者にしようか品定めをし続けている。俺もかつて関わり、そして多くの友もそうだった。だが今、その可能性はお前と死柄木弔のたった二人に収束した。執着はお前に大部分が向けられていて、彼はまだ未熟だが、お前と触れ合うことで成長していく」
「おい、なんだそれは。もっと、教えろ。何を言ってる?」
俺と同じような才能を持った奴らがいる?だったらなぜ俺なんだ?俺じゃない可能性だって。
ああ、まずいなもう死にかけている。こいつの知識は全部奪ってやりたいのに。
「これはおまえにとっての福音でもある。善意として助言をするが、ここを起点とすることだ。さもなくばモルヒネは誰にも手に負えない怪物となって世界を蹂躙する。……わかっているだろう。それも見てみたい気はするがそれよりも、夢が誰かの手に渡りそれがオールフォーワンなどという小物に利用されるなどそんな粗末な悪夢はまっぴらさ」
受け入れたようにして、天を仰ぐ男は。何かを成し遂げたと言わんばかりに満足そうに笑っている。
「ああ、ここから全てを始めよう。お前は死にかけの俺の助言に従うしかない。これから起こる悲劇の元凶、メンシスの狂人どもは南極にいる。奴らの儀式が月を呼び、そしてそれは隠されていた。しかし不完全な秘匿はすでに薄れている。今ならば見つかるだろうよ」
血を吐き出しながら、笑っていた。
死柄木が、先ほどの何かの合図を受け取ったのか必死でこちらへと進んでいる。ヒーローに阻まれながらもこちらへ突破してくる
「メンシスの儀式を止めろ。さもなくば、やがて皆獣となる。その後にこそ、全てを連盟が殺して終わらせよう。狩人ごと狩りの後始末というやつさ」
そして、目の前の狩人へは目もくれず、こちらへと手を伸ばす自らの後継へと語りかけた。
その声は大きくないはずなのに。今まさに闘いながら必死に向かってくる死柄木の耳には届いたようだった。
「連盟はお前のものだ。死柄木弔。好きにやるといい。その黒い翼でどこまで飛べるか、見せてみろ」
嫌な予感が駆け巡る。できるだけ情報をと思ったが、これ以上死柄木とこれを接触させることがよくないものを生み出す気がして武器を構えて振り下ろす。
死柄木弔の足元には、これまでなかった黒霧のワープゲートが開いていて。主任を置いて彼を飲み込み始めていた。
「まっ……まだ、俺は……」
「がんばれよ。お前ならできる」
黒霧のゲートが閉じて、そして最後に見たのは血飛沫だった。
直後、その激励を放った口は狩人によって縦に二分され、そして首が飛ばされた。
黒いカラスの卵が割れて。羽ばたく音が聞こえた気がした。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
主任という男。ヴァルトールを名乗る狂人は最後の最後まで、その口からは軽薄な嘘しか出てこない。狩人のようにやり直しを死柄木弔が行えるという
狩人は、死柄木と邂逅することを避けるだろう。そして、モルヒネという邪魔を排除できたこの瞬間をやり直すこともまたできない。敵の助言にそう違和感を感じつつ、それでもそうしてしまう。
連盟のカレルが消えた合図に合わせて世界中で行われた殺人や戦いは、数千人の被害を生んだ。
その件についてUAIやナイトアイからコメントはなく、そして全員の死体や一部が踏み躙られていたことも、赤い月の病として処理されようとしていく。
その日の晩から、世界を照らす赤い月は姿を隠さず。誰に対してもその光を注ぐのだった。
これまでとは比較にならない、夜には誰も出歩くことさえできないような。
大戦がさらに過酷になっていく獣の時代が始まろうとしている。