夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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WHO

 

 

死柄木弔と他数名がワープで消え、事件はようやく収束を見せる。

ヴィラン連盟の構成員はその大部分が逮捕または殺害された。あまりに局所的な勝利と言えるかも怪しい結果だが、世界は全く関係がないようだった。

 

かなり迷い、そして各所に相談をしたのだがやはり現状で一度寝てしまうべきだというのが結論となる。そうして、初めての夜がやってきた。

 

世界にずっと燻り続けていた火種。この半年間で赤い月によって熱せられたそれは、どうやら油のようなものだったらしい。

 

十分な発火点に達したのだろう。世界中で人々の獣としての側面が炎のように暴れ出しているようだった。

 

移動式の人工島であるUAIランドは世界で最も安全な場所として機能しつづけている。

南米ですでに体験し、この半年を赤い月の影響との戦いに費やしていたのは無駄ではないのだ。

 

それにどうやら、人がおかしくなることを予防するのにある程度効果があるのは、ヒーローの存在であることもわかっている。

 

平和の象徴はすでに戦えないが、それでも彼がいるこの場所は最も平和に近い。

 

ナイトアイという次世代の英雄が守っているというのも安寧には寄与しているだろう。

 

世界の全てと対照的に、この場所はあまりにも静かだった。

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

慌ただしいスタジオのライトが白く照らす中、キャスターは手元の原稿から目を上げた。耳に入るイヤピースから、ディレクターの声が飛び込んでくる。生放送だ。

 

「続いては緊急のニュースをお伝えします。全世界で月が赤く見えるという報告が同時多発的に寄せられました。現地からレポートです。状況を教えてください!」

 

画面が切り替わる。夜明け前の薄暗い路上に、マイクを持ったレポーターが映った。背後では規制線が張られており、防護服を着た作業員が慌ただしく動いている。

 

「はい。私は今、都内の救急指定病院前に来ています。昨夜から搬送が続いており、病院側はすでに受け入れ限界に近いと話しています」

 

レポーターは一瞬、背後を気にするように振り返った。

 

「本日未明より世界中で月が赤く見えるという報告が上がっています。ただ、天文当局はこれを否定しています。各国の観測データでは月は通常の白色で、異常は検知されていません」

 

「肉眼とカメラで見え方が違うというのは本当ですか」

 

「はい。私自身も昨夜確認しました。スマートフォンで撮影すると通常の色なんですが、肉眼では確かに赤く見えた。この感覚を訴えている人が世界中に数億人いると思われます。原因は現時点で全くわかっていません」

 

スタジオのキャスターが手元のモニターに目を落とした。数字が更新され続けている。

 

「今回の件でこの半年の赤い月による事件の見直しを求める声も上がっているということですが」

 

「そうなんです。これまで、赤い月が見えると訴える人々は精神症状の一つとして医療機関に送られてきた経緯があります。この半年間の凶行事件では、加害者が事前にその訴えをしていたケースが非常に多く確認されています」

 

レポーターの声が、わずかに落ちた。

 

「続いて、現在報告されている症状についてお伝えします。WHOはこれを獣の病と呼び注意勧告を出しています。症状の詳細は」

 

「はい。段階があります。最初は攻撃衝動です。本人に自覚がないまま家族や周囲への暴力として現れる。次の段階で眼球に変質が始まります」

 

レポーターは一拍置いた。

 

「目が、溶けるんです。それでも動き続けるという報告があります。最終段階では体毛の異常増殖、骨格の変形、牙の形成が確認されています。この段階になると意思疎通は完全に不可能です。個性に限らず攻撃的な異形タイプになるといえば、わかりやすいかもしれません。ああ、最悪だ」

 

「重症化のスピードはどのくらいですか」

 

「っ早い例では数時間です。まだ詳細は分からず、WHOの発表を待つ形で政府はコメントを出していません。自宅から出ないようにというのが行政からの指示になっていますが、はっきり言ってWHOの勧告の繰り返し、意味がないですね。何をやってるんだか」

 

キャスターは画面を正面に向き直した。

「え〜。危険な状況かと思いますが、冷静にお願いします。また、当局からのお願いをお伝えします。夜間の外出は控えてください。月を直視しないでください。家族や知人に異常が見られた場合は専用回線へ連絡し、自身での対処は試みないでください」

 

一度、深く息を吸った。

 

「繰り返します。夜は外に出ないでください」

 

「ああ、くそ。っ失礼。今、また一人搬送されてきました」

 

とレポーターの声が入った。規制線の向こうで何かが動いている。

 

「子どもまで、なんて酷いんだ。あなたですか!?傷つけたのは!」

 

レポーターはマイクをまるで武器のように振り翳し、両手が血で汚れているその子の親であろう女性へと詰め寄った。

 

「どうしました?どうか冷静に!大丈夫ですか?」

 

「自分の子供を殺したんだな!お前がこの病気を、人をダメにしているんだろう!見ててくださいよ。今からこいつの対処法を……」

 

 

放送は怒号とともに途切れ、世界がまた一つパニックへと一歩進んだ。

 

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

雄英高校の一年。そのCクラスの教室に、多くの生徒が集まっていた。

世界が荒れ果てている時に、ヒーロー科では何が起こるのか。俺は、それを直視するのがだんだんと辛く無くなってきている。

 

「オイラたちって。今、どこに向かってんのさ!世界があんな風になってて、やっぱ日本に戻らないとダメだろ!こええよ!」

 

「南極だって。今の時期は白夜だから、月がめっちゃ見にくいらしい。影響も少ないらしいから、そこである程度の人を下ろして日本に行くんだってさ」

 

泣き叫ぶ峰田を見て、クラスメイトの多くは優しい表情をしてそして笑った。ただバカにした笑いではなく、温かい温度の笑いである。いやまぁ、峰田のことをバカにしていないと言えば嘘になる部分もありそうだが。

 

「おおい!なんでそんな冷静なんだよ!お前らおかしいって!」

 

「いや、むしろもう峰田の方が少数派だっての。なんで前の同じように正常な反応できてんのよ。逆にすごいわ。もうウチらは警報とか、事件のニュースとかではちょっとショック受けらんなくなってるから。あんたのそれはちょっと眩しいよ」

 

「実際問題入学してから色々あり過ぎて、しまいにゃ世界大戦だろ。麻痺るのも仕方ないよなぁ」

 

「結局、バレンタインデーだってやりきったしね!オールフォーワンも襲撃してたらしいし、ヴィラン連合も来たけど、夜には元通りってそういや普通じゃなくなってるかも〜」

 

透明な葉隠さんが明るく言う。そう。バレンタインデーは中止されなかった。爆豪が唯一重傷となったが、あの程度の怪我であれば日常茶飯事と言えてしまう。

 

「付き合った記念日が世界中での戒厳令とおんなじ日ってちょっと印象的すぎるかもだけど。頑張れよな黒色、小森。あたしは応援してるからさ!」

 

「が、がんばるのこ!」

 

「け、けひひ。自信無くなってきた……」

 

「お付き合いって頑張るものなのかしら……。でも、この状態では誰でも頑張らないといけませんね」

 

 

みんな、争いという日常に慣れている。

 

辛いこと、大変なことがあっても。人は笑い合えるしなかなか死なない。あっけなく死ぬことも多いが、それでもだ。

 

一度生まれたものは、そう簡単には死なない。そんなことを言ったのは誰だっただろうか。

クラスでは友達同士の会話が進み、変わってしまった日常がただ続いていくのだった。

 

 

彼らとは異なる目的で俺は南極に向かっている。

どこかに潜んでいるというメンシスを殺すためだ。儀式を止める。さもなくば全員が獣になってしまうらしいから。

 

止めた後に、連盟がこちらを殺しに来るらしいがあの口ぶりならそこまでは妨害をしてこないだろう。

 

問題は、メンシスがどこに隠れているかだ。

考え事をしていると、ふとクラスメイトの声が気になった。聞き馴染みのない単語。どこか懐かしい言葉に意識を戻す。

 

「しっかし、世界保健機構様様だよなぁ。南極は医療崩壊なんて起きないっしょ。UAIと同じくらいのキャパあるだろうし、まだまだいけるらしいし!」

 

「上鳴さん?世界保健機関って……。それは21世紀の頃の名称ではありませんか。よくテストに出てくるひっかけですわ。第三次大戦と超常黎明期を通してその役割は変わり、大きな影響力を持ったから正式名称も変わったというのはご存知でしょうに」

 

「あ、悪い悪い。暗記科目は苦手でさ。どっちがどっちかわからなくなっちゃって」

 

「現在進行形であれだけ関わりのある機関を暗記扱いってどうなのさ〜」

 

世界保健機関(World Health Organization )じゃなかったよな。世界医療機関(World Healing Organization)だ!いや当たり前っしょ!」

 

 

世界医療機関。

 

WHOの正式名称など、よく個性を使い過ぎてアホになる上鳴以外なら誰でも知っている。

しかし、その響きになぜか今は引っかかる。なんで、こんな気持ちになるのだろう。

 

「全くもう、同じWHOでも違うものですから、お気をつけくださいね。世界医療機関になってから、本当に色々やってますよね。名称変更のきっかけになった三大偉業だけでも、教科書一冊分はありますし」

 

「あ〜三大偉業ね。うん。あのほら、すごいやつ三つだ。あれすごいよなぁ」

 

「まず自律手術支援機構、通称オペロボットの実用化です。超常黎明期に合わせた大戦での傷病者の急増、それによって既存の外科医療が完全に機能不全を起こしたのはご存知でしょう。硬化皮膚、内臓転移、骨格異形。どれも従来の手術では対応できない。それを解決したのがオペロボットで、運用できるほどの設備があるなら標準的な外科処置が届くようになりました」

 

そうだ。人が人を治す時代は終わり、多くのロボットが人を治せるようになっている。UAIランドはまさにその先駆けとして世界へとそれを広げていた。WHOの全面協力を得てそれをしている。

 

「あれか。てかUAIランドはめっちゃ多いよな。日本でも病院に1台か2台だったのに、ここじゃ患者より多かったり」

 

「そりゃあそうですわ。UAIランドはWHOと提携を最も深く結んでいますから、世界中へと医療を届けるためにここで開発をして、テストまでをどこよりも早く済ませています。私たちの訓練中の怪我なども、そういったテストに使ってもらっていましたから」

 

「だ、だよな!うん。ほんと助かってるわ〜」

 

「……。次が万能輸血製剤です。超常黎明期以降、血液型の概念自体が崩壊しかけていましたから。個性によって血液組成が変異した人間が増えすぎて、輸血が命取りになるケースが続出しました。それを個性の有無、血液組成の差異を問わず誰にでも投与できる製剤として開発したのが世界医療機関の最大の功績とも言われています。戦場での死者数が劇的に減ったのはこれのおかげですわ。後年になって、濃縮したものを粉末状にして保存できるようにしたのはまさに革命的でした。おかげで献血も必要なくなりましたから」

 

「失血死がかなり減ったらしいよね。やっぱり保存って大事なんだなぁって」

 

また、引っかかった。輸血液は素晴らしい。世界を一変させたと言っていもいい。

半年も保つ、粉末状の血液製剤など夢のような産物だ。生理食塩水で薄めることでいつでも輸血液を確保できるのは革命的だった。

 

でも、そんな偉業をなんで俺は恐ろしいことのように感じるんだ?

 

「そして旧来の感染症の完全根絶です。第三次大戦中に生物兵器として改造されたウイルスが複数流出して、当時は人類滅亡すらあり得たとのことです。それを十七年かけてワクチン開発と根絶宣言まで持っていった。そしてそのワクチンは旧来の感染症の多くを解決することができたのです。この三つを成し遂げる中で、保健から医療へ、名称変更の議論が始まったわけです」

 

「今の世界はWHOの弛まぬ医療への努力によって支えられていると言っても過言ではありません。我々も世界中でその医療を届けるためにこれまで活動してきたのではないですか!それを上鳴さんは!もう!」

 

そうだ。そうなのだ。

UAIランドは一貫してWHOと連携をして、その開発された医療を世界中へと広めてきた。

 

見え始めた事実に対して、血液が引いていく感じがする。きっと自分は今、青ざめているのだろう。

 

マリアへと指示を出す。

 

『ソートしろ。UAIおよび、WHOの関与が大きい地域における赤い月の影響は?獣の病との相関を出せ』

 

吐きそうになりながら、その指示を出した。

 

『解析完了。報告します。対象地域をUAI関与度上位三十二カ国、WHO医療インフラ整備率八十パーセント以上の地域に絞り込み、赤い月の観測記録と獣の病の発症率を照合しました。サンプル数は十七万四千件です』

 

判断するには十分すぎるサンプルデータだ。これはもはや言い訳が立たない。

 

『結論から述べます。相関係数は0.78です。無視できません。赤い月の観測翌日から七十二時間以内における獣の病の新規発症率は、この半年の世界平均と比較して三から四倍に上昇しています。この数値はUAI関与度の低い地域では2倍以下に留まっており、UAIおよびWHOの医療インフラが高密度に整備された地域においてのみ、この上昇が顕著に現れています』

 

ああ、そうか。

0.78という数字が聞こえた時点で詳細を聞く必要がないとすぐにわかった。

 

相関係数というものは0であれば全く無関係。1に近づくほど『片方が上がればもう片方も上がる』という強い関係性があることを示す指標だ。

0.78というのは、社会科学や医学の分野ではとんでもなく強い相関と判定される水準である。一般的な目安として、0.7を超えた時点で偶然の一致とは言い難く無視は決してできない。例えばタバコと肺がんの相関は長年の研究で積み上げた数値でおよそ0.5〜0.6程度である。

 

これはそれを大きく超えている。

 

『次に万能輸血製剤との相関です。製剤の投与記録と獣の病発症例を突き合わせたところ、発症者の61パーセントに過去三年以内の製剤投与歴がありました。非投与群との発症率の差は統計的に有意です。誤差の範囲ではありません』

 

万能輸血液の使用は世界で一般化しすぎていて、そんな相関を見ようとする人間はこの半年でいなかったのかもしれない。この赤い月が本格的に出てくるまでは、ここまで顕著な偏りもなかったのだから仕方ない。

 

『補足します。オペロボットの使用記録との相関は低く、この点においては製剤投与が独立した変数として機能している可能性が高いと判断します。さらに懸念事項を追加すると。WHOの感染症根絶宣言が出された地域と、獣の病の高発症地域の分布が83パーセントの確率で一致しています。根絶宣言後に免疫プロトコルが撤廃された地域において、発症率が段階的に上昇している経緯も確認できます』

 

『輸血液もワクチンも、全て世界であらゆるテストと検証を経た信頼のできるものでした。異物の混入などは考えられませんが』

 

「誰にも見えないし、関われない。でも影響を及ぼしてくる謎。個性ですら説明がつかない超常現象に心当たりは?」

 

『直近の1年で54件ですね。全て淡輝様の周辺で観測されており、私はその副次的な影響しか今だに観測できていません』

 

無数という意味だったのだが、マジレスで数字を返されて笑ってしまった。そんなにあったのかよ。

 

ヴァルトールという人物が示唆したのは、メンシスが元凶であるということ。

それは南米の惨状からも頷ける。赤い月を地下に限定的に発生させ、そしてあの場所を放棄してから世界中で月によって狂わされた人が続出していた。

 

人類の攻撃性が底上げされたかのような地獄は、まだ入り口に過ぎなかったらしい。

 

赤い月が人を作り変えていたと思っていたが、そうでないとしたら?

ずっと俺たちが世界中へと広めていた医療こそが、病の根源だったとしたら?

 

墓穴を掘り続けたこの大きな方舟は。一体どこへ向かっているのか。

無性に、ナイトアイに聞いてみたいと思ってしまった。




みんな大好き!医療機関!
次回は17日に!
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