夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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極みへと向かうものたち その1

 

南極へと向かうUAIランドはまるで、一種の台風の目のようだった。

 

世界を変えるような事件はいつもこの方舟がたどり着いた先で起きている。しかし、その中心は驚くほどの無風であり死者もいない。

人が獣へと変わり続けるこの悪夢のような世界において特異点と言えるだろう。

 

けれど彼らは確実に次の戦いへ、災厄へと向かっている。それは逃げずに戦い続けた全員が覚悟をしていることだった。

 

南極への難民の避難という題目はその通りでもあるが、決戦を挑むかのような軍部の緊張は隠せるものではない。戦いの前兆というのは、言葉ではなく行動でわかるものなのだ。

 

ヒーローであるならば尚更だ。鉄火場。修羅場。決戦の瞬間というものをどこかで勘付いてしまう。

 

彼らは完璧ではない。それぞれに傷を抱えて、そしてそれでも前向いて。自分だけではなく、周囲の人々を助けようとしている者たちだ。

 

彼らの私的な対話を盗み聞きしているのは悪いとは思っている。

けれど、大事な戦いへと投入する戦力たちの状況は詳細に把握しておきたい。最低な行いを正当化はしないが、決してやめもしない。彼らにとっての奮起の材料や、精神的な支えというものを知っていることで突破できる壁が今まで無数にあったのだから。

 

 

だから今日も、みんなのプライバシーを侵害して見守っている。

予知を使って相手を丸裸以上にしていたナイトアイの気持ちはこんなものではなかったのだろうと想像しながら、熱さと冷たさのギャップが最も激しい親子を見ていた。

 

風が穏やかに吹き抜ける広場の中心で、噴水が規則正しく水を吐き続けていた。

飛沫が光を受けてちらちらと輝き、石畳を濡らす前に消える。

 

ベンチに腰掛ける者、立ったまま話し込む者、遠くを眺めたまま動かない者。

それぞれが思い思いの時間を過ごしているようで、しかし誰一人として完全に緊張を解いてはいない。

 

「焦凍ぉぉぉ!!」

 

その燃え上がるような魂の叫びと抱擁を、さっと最小限の身のこなしで避けるのは轟だ。

まるで10回やり直したあとの自分のような無駄のない動き、トップヒーローの捕縛すら避ける洗練された恐ろしく速い身のこなしは、オレでなきゃ見逃しちゃう技巧である。

 

「無事でよかった。アメリカは今、とんでもないって聞いた」

 

クールに去った息子は、いつも通りに語りかけている。タックルを避けたのに普通に会話できるってすごいぜ。

 

「ぐうぅ。ああ、その通りだ。元から治安が良いとは言えなかったが、それでも軍とヒーローによって抑えられていたが、今では毎晩テロや殺人が起き続けている。州の独立運動も冗談抜きに動いていて、スターアンドストライプが飛び回ってもモグラ叩きのような状態だな」

 

「でも、やっぱすげえな。スターアンドストライプは……。」

 

「……ふん!まぁ、認めざるを得まい。アレはまさしくオールマイトを継ぐにふさわしい、つまりは我々の越えるべき新たな壁として認めて良いほどの力を持っている。以前はそこまでではなかったが、それでも今の彼女は抜きん出ている。とはいえそれでも、度重なる独断専行によるペナルティは重い」

 

その通り、敵の大戦力がいるのならスターをぶつけるのが最適解だ。だから二度もそうしたが、一度目で正規の政治的な影響力は使い切り、二度目で個人的なわがままを通させてしまった。

 

彼女は一言で世界を終わらせることができる存在だ。その個性を奪われるかもしれない場所に晒すなど、正気の沙汰ではないという意見は、どう考えても反論できない。

 

彼女は今、一時的なヒーロー免許の停止処分を受けており、軍属としての奉仕活動ということでアメリカ中の治安維持に駆けずり回っているだろう。議会の支配下に戦力は全て収まっているというアピールを終えるまでは決して彼女は動けない。

 

次にやれば本当に家族が不利益を被ってもおかしくない。彼女に頼るのはここまでだ。

 

逃げと遠距離攻撃に特化したオールフォーワンとかいう最悪の存在を一手で潰せるのはスターだけだったから、それについては後悔など全くないが。切り札を切らされた感覚はある。

 

「それよりも焦凍、教えてくれ。燈矢は、いたんだな?」

 

「燈矢兄は、ちょっとやつれてた感じがしたけど。死柄木と一緒に出てきて、そんでまた消えてった。炎は俺が全部受けたから、この前の襲撃で燈矢兄が傷つけた人はいない。いなかったと、思う」

 

「……ありがとう。すまない……。まだ、黒霧の本体が見つかっていない。あれがいる限り、確保は難しい。どう捕まえても、転送されてしまう」

 

そうだ。目下の脅威として目立つのは、南極にいるというメンシスである。

けれど、死柄木弔とヴィラン連盟はまた消えた。彼らはあのワープがある限り神出鬼没である。アレが最悪のタイミングで介入してくれば、大いに場を乱すだろう。

 

なぜなら、死柄木弔にはループの才能があると言っていた。

 

当然嘘の可能性はあるが、それでもループ同士で戦うような不毛な戦いは絶対に避けたい。

ヴァルトールという男の意味深な、それでも熱意のこもった言葉を信じるとすればメンシスも彼らにとっては敵らしい。そこをこちらが倒せば、きっとこちらを殺しに現れるのだろう。

 

そうなれば、不毛で精神的な戦いになろうとも負ける気はない。

ループの経験値は明らかにこちらが上、精神的な負荷は目覚めればリセットというは有利だ。何が起こるかはわからないが、逃げるつもりもない。

 

おそらくいるのであろう、南極に巣食うメンシス。そしてそれを隠していたWHO。

本当に排除できたとは思えないオールフォーワン。

いつ襲ってくるかわからない死柄木弔。

 

そして、確実にあるとなぜか予感している上位者との邂逅。

 

これから向き合うべき脅威は多い。それでもきっと彼らとなら乗り切れる気がした。

 

「母さんに、お見舞い行ってきた。話したよ。久々に、話せた。オリンピック見てくれたって」

 

「焦凍……」

 

「これから行こう。姉さんも、夏兄もいる。お前がこの半年、ろくに休まずずっと戦ってきたって知ってる。だから、会ってもいいかもって思ってくれた」

 

言葉を失うエンデヴァー。いや、轟炎司は唐突な展開についていけないようだった。

 

「勘違いすんなよ。許すって話じゃない。まだスタートラインに立ってねえんだ俺らは。そうじゃなくて、家族が揃ってから全部が始まるんだと思う。だから、燈矢兄を取り戻すために俺たちがバラバラじゃ、土台無理だ」

 

ここまで聞いて、ああ。もう彼らは大丈夫なのだと。そう確信が持てた。

 

入学の時に、誰彼構わず噛みついて、正義を押し通そうとしていた彼はどこにもいない。

熱しやすく冷めやすい、いつ割れるかわからないナイフのような危うい鋭利さは、しなやかな刃として叩き直されていた。

 

轟家については後で報告を聞いておこう。他にも重要な話し合いは行われている。

 

 

 

部屋の隅に置かれたポットから立ち上る湯気が、静かに空気に溶けていく。お茶の香りが鼻腔をくすぐった。苦みと甘みが混じった、落ち着いた匂いだ。

 

窓から差し込む光の中で、大人たちが互いの顔を見てそこにいた。それぞれに個性の出る座り方である。相澤は億劫そうに、最も移動しやすい位置でどうすれば早く終わるかを考えている。ミッドナイトは足を組み、上司であり人ですらないはずの校長にも等しくセクシーポーズを自然と決めている。

 

レディナガンは相澤の後ろを陣取って、座っていない。校長の再三の要求を跳ね除け、自分は立ったままでいると突き通したのは、彼女が教師ではないという関係性もあっただろう。

 

誰も最初の一言を口にせず、この部屋の主が切り出すのを待っている。

 

「みんなお疲れだね。どう謙遜しても粗茶とは言えない、この究極の一杯を飲むといいさ!疲労がポンっと!消えるように無くなるのさ!」

 

「その表現……やめた方がいいかもですね」

 

俺の影響で21世紀の雑学を割と知っているミッドナイトが流石に微妙な顔をした。そりゃそうだ。ヒロポンはまずい。第二次大戦直後の混乱で流行った薬だが、覚醒剤が普通にエナドリくらいの勢いで売られていたというのは狂っている。

 

「たまにはブラックジョークさ!親父ギャグ以外飛んでこないと思ったら大間違い。ユーモアも常にプルスウルトラしなくてはね」

 

「笑いづらいですよ……」

 

「HAHAHA!そうさ!その通り、僕はね。はっきり言って人間の笑いというものは、正確にわかっていないんだ。わかったフリは得意だけれど、ここにいるみんなには話してもいいと思ってる。僕は、人ではない。それを忘れないで欲しいのさ」

 

「今更ですね。それにそのフリができているなら、実質的に人と変わらない。自ら人を辞めたり、フリすらできない人も多い中ではだいぶマシでしょう」

 

「君の合理性にはいつも助けられているね。そうさ。僕らは共感できないが、論理や合理は同じように語ることができる。異星人との対話はきっと数学になるというけれど、理屈さえあればそこは通じ合うことができる」

 

「説教なら、もう帰っていい?」

 

彼らは全員が忙しい。仕事を振っているのはこちらだから知っている。けれど校長の話をぶった斬ることができるのは稀有な存在である。レディナガンという反権力の化身は強かった。

 

「相澤くんを置いていくならそれもありさ!でも君は置いていかないだろう。これもまた、気持ちではなく論理からの帰結だね。僕はこうやって、世界的な人格者としての地位を築いてきた。君たちの感じている人格などないのに。行動だけでここまできたのさ!」

 

「それは違います!そんな風に言うことはないでしょう!あなたは立派な人だと知っていますよ。生徒も教師も!みんなそうです!」

 

ミッドナイトが珍しく熱くなっている。そう言う話でもないが、きっと言われれば悪い気はしないだろう。けれど、それもまた人の感覚だ。根津校長が何を感じているかなど、俺にはよくわからない。

 

「ありがとう。僕の生き様は無駄じゃない。君がそう言ってくれることで自信が持てそうさ!ところで本題だけれど、それこそ論理と合理の話になる。教師全員には言っておくけれど、君たちには特に伝えておこうかと思ってね」

 

「狩峰淡輝と言う存在、生徒でありながらナイトアイの右腕として動き、このUAIランド及び雄英高校の改革を進めるのに関わった異質な子供。彼についての注意なのさ!」

 

俺の話だった。何を噂されるのだろう。というか、これは俺へのメッセージと言っていいだろう。

すると、この部屋を監視している隠してある端末を校長がチラリと見て頷いた。

 

やはりこの人は、いや校長は頭がいい。

何を暴露されて言われるにしても、一度は見守ってみるべきだろう。ミッドナイトがそこにいるのは不安だが、親族だからと自分が巻き込まないようにしていた節はある。

 

特に、予知ならまだしも。やり直しなんてことを伝えるのはあまりに酷だ。

だけれどこれも、人としての感傷なのかもしれない。より合理的な生き物である校長の意見は知りたい。

 

「彼は僕らが思っているよりも多くを背負っている。ナイトアイは実はもういないのではないかと、思っていると聞いて驚くかな」

 

相澤が眠そうな目を見開き、ミッドナイトは立ち上がって質問を繰り返す。

ナガンも興味深そうに椅子へと腰掛けていた。

 

「ナイトアイ。彼のやり方は知っているのさ!そしてその個性についてもね。5年前、オールフォーワンが初めて敗北をしたあの戦いを経て、彼の個性が成長したという仮説もあったけれど、それにしては彼の予知は変わりすぎさ!」

 

「それは、どんな風にです?」

 

「長く、浅い予知だったのに。短く深い予知になっている。これは個性の成長ということでは説明がつかない、変質といった方が良いと思うのさ!何より、未来を変えているようにしか見えない。無視できるほどの小さな確率の事象が連続でおきすぎなのさ!これはナイトアイの個性じゃない。断言できるほど確実だね」

 

驚いた。ナイトアイの個性について最もよく知っている他人は、オールマイトだとばかり思っていた。しかし、校長は本人からの説明以上に、状況証拠からナイトアイの予知の性質を相当詳しく推理していたらしい。

 

「それを、狩峰がやっていると?ナイトアイよりも深い未来を見る個性。そんなことあり得ますか?あの個性は直接確認していますよ」

 

「そ、そうです!あの子の個性は『目覚め』だって。世界中から疑われてめちゃくちゃ調べたんですから!」

 

「すべての超常が、個性に由来しないといけないという理由はないのさ!僕がこうして話しているのも個性の当たり前に照らしてみると異常だと言える。動物になぜ人と同じ因子が発現し、それは一回も再現されていないのか。僕らすれば、不思議なことをすべて個性で片付けるという方が難しい。ここ最近は、個性で説明がつかない超常現象が多すぎるね。改めて、世界にはまだ多くの謎があるのだということを認めなきゃいけない」

 

「アメンドーズ。あの見えない化け物の話ですか」

 

「そうさ!上位者と言ったね。あのような存在に関わってしまう人というのがいるのかもしれない。僕もそうかもしれないし、他人事ではないのさ!それは呪いかもしれないし、向こうとしては愛しているだけかも。けれど、受けている人から見ればそこに違いなどないのさ」

 

「狩峰淡輝という人物が、上位者と関係していることは明らかで。そしてこれから向かうところにいるテロ組織。と言っても実態は違うだろうが、メンシスという不確かな存在は、それを解き明かす鍵になると思うんだ」

 

「ナイトアイでないのなら、狩峰淡輝が黒幕では?そこのあたりは警戒しなくても?」

 

レディナガンは当然の懸念を表明する。そうだ。こちらが明らかに無茶をしているのだからそうなるだろう。

 

「ふふ。それはまた能力だけを見すぎているね。黒幕がどうあれ、彼らが並ならぬ意思と労力を注いで世界を平和にしようとしているのは明白さ。それこそ、僕らが取れないような手段まで使って、結果としての平和を追求している。それはオールマイトにもできなかったことさ。彼は決して敵じゃないよ」

 

「校長先生が気をつけろって言い始めたんじゃ?」

 

「いいや、違うのさ。彼のことを注意して気にかけて欲しいというのが結論だよ。どれほどの力を持っていても、何ができるのだとしても。僕らの知らないことを知っているのだとしても。彼も子供さ。僕らが守り、教えなきゃいけない生徒なんだ。そんな彼に全部を任せるなんて校長の名折れなのさ!」

 

不安に揺らいでいたミッドナイトの目に炎が灯った。

 

「ええ!それはもう。もちろん!あの子に青春をさせるっていうのが私の今の夢なんですから!」

 

「人には限界がある。それもわかっているだろうが、あいつも無視する性質はありましたからね。注意してみておきますよ。まぁ、普段と何も変わらないですが」

 

「これから向かう場所だけじゃない。時代はどんどんと実力主義の原始的な世界へと向かっているのさ。その中で、大人が子供を守るという道徳を、どうにか守っていきたい。教育者として体現するのさ!かっこいい大人ってやつをね!」

 

えいえいおー!と最後は拳を突き上げる彼ら。イレイザーは参加していなかったが、士気は高まっているようだった。

 

なんというか、こんなふうにダメージを喰らうとは思ってなくてコメントに困る場面だった。

処理は後にして、次を見に行こう。

 

そう思った矢先に、その部屋にノックがされる。

入ってきたのは、百ちゃんだった。なぜだろう。

 

「失礼致します。先生方に相談があってお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「それは、オフレコにした方が良いかな?特に、聞かせたくない人がいるんじゃないかい?」

 

「ええ。実はある生徒についての相談でして、できれば内密に……」

 

「それなら安心するのさ!僕が独自に構築したこれを使えば!」

 

校長のウインクがこちらのカメラに向けられ、そして端末のボタンを彼が押した時そこで通信は途絶えた。

電波暗室化する技術も用意はしていたらしい。生徒のプライバシーは必要なら守るということだろう。

 

これを暴くかどうするか悩みつつ、本人に聞いてみればいいかと。一旦は置いておくことにした。

 

南極へと向かう旅の中、束の間の仲間たちをまだ見なくてはいけないから。





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