夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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極みへと向かうものたち その3

 

空は高く、風がなかった。

誰かのお墓。だけど文字は一つも書いていないその前に座って、隣を見た。車椅子のオールマイトは、思ったより小さかった。いつもそう思う。あの頃の大きさを知っているから、余計にそう感じてしまう。

 

包みを広げると、先生が少し目を丸くした。

 

「おいおい。自分で作ったのかい。今時の高校生はすごいな」

 

「はい。最近、覚えまして。狩峰くんの、影響ですけど」

 

おにぎりだった。梅と昆布と、もう一つはツナマヨにした。形は我ながらちゃんとしていると思う。味噌汁の水筒も持ってきた。紙コップに注いで、渡した。

 

「どうぞ」

 

「……いただこう」

 

墓石に供えるわけでもなく、二人で並んで食べるのはどこかピクニックみたいだった。場所が場所でなければ、もっとのんきな絵に見えただろう。

風はなく、鳥の声がどこか遠くにあった。

 

「一人でやろうとしていたね」

 

責めていなかった。ただそう言われて、自分も素直にそう思う。

 

「……はい」

 

「このところ対応すべき敵が多すぎて、そうもいかなかったようだが。今やヴィランなんて言葉には意味がない。守るべき市民たちが獣になってしまう状況は、あまりに過酷だ」

 

「でも、でもそれ以上にみんなが強くて。頼もしくて。気づいたら一人になれなかったです。もっと僕にはできることがあったはずなのに」

 

「いいや」

 

オールマイトが笑った。昔の笑い方とは違う。部屋に飾ってあるポスターの笑いとも違う。でも、本物だと思った。

 

「わかるよ。その気持ちはね。逆もそうだろう。私と君は、よく似ている」

 

何も言えなかった。否定もできなかった。

 

「オールマイト。僕はどうすれば……。どうすれば人を助けられますか?」

 

続きが出てこなかった。

 

「戦う力はまだ足りない。広い視野も、戦略も。オールフォーワンはいなくなった。でも赤い月は止まらない。何をすればいいのか、何も見えないんです」

 

味噌汁から湯気が上がっていた。誰かの墓の前で、こんな話をしている。その人が聞こえていたら何と言うだろう。呆れるだろうか。それとも笑うだろうか。オールマイトならきっと知っている。

 

かつて似た問いを投げかけた時、優しく否定をされたっけ。

けれど、今はどうやら違うらしかった。

 

「象徴となることだ」

 

「象徴……」

 

「私はね、誰もがヒーローになれると気づかされた。この世界を生きてきて、最後の最後に分かったことだよ。それは君たちが気づかせてくれたことさ」

 

平和の象徴が、遠くを見た。

 

「万人にとってのヒーローである必要はない。私は世界で一番多くの人に認められたヒーローかもしれない。けれど、それだけだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「爆豪少年を慕う子どもたちを見たかい。彼らにとってはノーベルがヒーローなのさ。彼がいるから大丈夫だと、赤い月だってへっちゃらだと。あの子たちはそう思っている。心の支えというのはそういうものだ」

 

聞きながら、かっちゃんの顔が浮かんだ。彼がそんな風に変わったのには気づいていた、なんとなくわかっていた。わかっていたけど、先生の口から聞くと少し違う重さがあった。

 

「私は一人で全てを救おうとしすぎていた。それが支えになった部分も確かにある。救えた人たちも確かにいる。それでも!」

 

自分の握り拳を見て。そして開く。静かな手だった。

 

「今は、このザマだよ」

 

笑い飛ばすような言い方だった。でも目は笑っていなかった。おにぎりを持ったまま、しばらく動けなかった。話が落ち着いてから、もう一つの包みを取り出した。

 

「一人では世界を救えない。私はそれはもう頑張ったが、できたのはきっとモグラ叩きのようなことさ。悪の親玉だってずっとそのまま。唯一の希望は君たちのような次世代へとバトンを繋げられたこと。これは謙遜じゃあないぜ。私の誇るべき成果なのさ!」

 

HAHAHA!と豪快に笑い、自らの生き様。その証として頭をワシワシと撫でられた。

 

少し涙ぐんでしまう。そうだ。もうバトンは渡された。オールマイトの番は終わったんだ。

誰よりもその事実を認めたくなくて、考えないようにしていたかもしれない。

 

僕が彼を継ぐなんて、そんなことできるもんか?

 

当たり前の問いは、自分の中の小さく幼い部分が問いかけてくる。

オールマイトは最高で最強なのに、僕がそれを受け継げる?そんなことあるか?と。

 

自分の答えは決まっている。

 

「クッキーも焼いたんです。よかったら!」

 

「君はいつの間にそんな特技を」

 

「狩峰くんと砂藤くんが、料理するなら菓子も作れって。なんか怒られました」

 

「怒られて覚えたのか」

 

「えっと、熱意に押されたっていうか。あの二人は一緒にしてると変に盛り上がるので……なぜかそうなりました」

 

先生がクッキーを一枚取り、かじった。味わうだけの少し間。さすがに緊張を隠せない。もしや変な味などしないだろうか。

 

「うまい」

 

朗らかな笑顔が向けられてホッとする。

 

「本当ですか……よかった……」

 

「本当だとも。私はお世辞が下手でね。ヒーローとして笑顔は得意でジョークも飛ばすが、嘘はつかない」

 

「それは知ってます。はい、知ってました」

 

笑っていた。気づいたら笑っている。久しぶりに、何もない笑い方だったかもしれない。そこからはそれこそ、他愛もない話が続いていく。

 

「お、オールマイトって、実は好き嫌いはあるんですか。食べ物の」

 

「普段ならオフレコだが、生の海鮮が少し苦手だったよ。食べようと思えば食べれるし、言ったことはなかったがね」

 

「えっ、意外すぎる」

 

ヒーローノートにメモしたい衝動をどうにか抑える。

 

「ヒーローにも苦手なものくらいあるさ。君は?」

 

「僕は……レバーが少し。でも克服しようとしてて。鉄分が取れるって聞いたので。あとあと、狩峰くんが本当に美味いレバーを食べさせてやるって、二日後に来いなんて言われたんですよ。あれは美味しかったなぁ」

 

クッキーがまた一枚なくなった。日差しだけがそこにある。穏やか風が吹いていて、この瞬間はどこまでも平和だった。

 

「先生は昔、休みの日は何をしてたんですか」

 

「……いやぁ。あまり言いたくはないが、休みの日はなかったね。ずっとやりたいことをやっていた。ヒーロー活動は趣味というか、ライフワークだったからね」

 

「え、でもそれって。大丈夫なんですか?健康とか、労働基準法とか……」

 

「サー・ナイトアイにも同じことを言われたよ。狩峰少年にもそうさ。ああ、だからこれはお勧めしない。私の真似して欲しくない部分だな」

 

オールマイトが墓石を見た。怒っているような、笑っているような顔が浮かんだ気がした。

 

「ナイトアイさんのこと聞きたくて。どんな人でしたか。僕が知らない頃の」

 

「真面目で、うるさい男だったよ」

 

即答だった。

 

「HAHA!語弊があるかな。私にうるさくしてくれるのは彼くらいだった。感謝しているとも。彼は諦めずに私の行動の何から何まで口を出してきた。未来が見える上で正しいことをばかり言うから無視することもできない」

 

でもねと、言葉を続けてオールマイトが目を細めた。

 

「いてくれて、よかった。ああいう人間が傍にいなければ私はもっと早くどこかで折れていたと思うよ。正しいことを言い続けるのは、実は正しくあり続けるよりずっと難しいからね」

 

そうですね、と言おうとした。声が出なかった。うまく出てこなかった。

目が重かった。日差しが温かくて、お腹もいっぱいで、隣に先生がいた。とても安心して、そして眠くなっている。

 

「先生」

 

「なんだい」

 

「今日、来てよかったです。これからも、がんばれます」

 

それだけ言えた。あとは、わからない。気づいたら目を閉じていた。

抗い難い眠気に誘われ、うとうとと夢の世界へと歩んでいく。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

「寝顔は普通の高校生なんだけどね……」

 

日差しが温かかった。こういう時間も、悪くない。そう思いながら、オールマイトも静かに息をついた。

 

眠気を自覚して、それに驚く。

それはいつぶりだっただろうか。すでに覚えていない。眠るべき時に寝るようにしていたから、眠気というものは気合いで吹き飛ばし続けてきた人生だったから。眠気など無意識に飛ばしてきたものだから。

 

心から思えば、なんでもできた。やってきた。でも今は、それを遠ざける理由もない。

 

瞼がゆっくりと落ちていく。

 

それはオールマイト、いや。八木俊典という人間にとって、学生以来なかった安息だったかもしれない。

 

平和の象徴を目指してからというもの、無駄な時間など1秒もない。

休息だって必要だからとっていただけで、必要ないならずっと動き続けたかった。ワンフォーオールを体に宿してからは、そんな精神に追いついていなかった体が追いつき。それこそ超人的に働くことができたのである。

 

今はすべきことをしている。

これ以上自分だ筋トレをしようが、関節を痛めるだけ。エルクレスのバージョンアップはこの瞬間も行われていて今自分にできることは、次の世代のヒーローたちを育てることだ。

 

「緑谷少年……」

 

彼が私と出会ってからというもの、本当に激動の時間を過ごしていたと知っている。それこそ自分の学生時代を超えるような無茶だらけだ。一週間に何度も手足が壊れるほど訓練などできなかった。

 

そんな彼が、世界の危機に対して一歩も引かず渦中へと向かっている。

その間のほんの一瞬安息を感じてくれたなら、昼寝をしてしまうのもいいだろう。

 

「昼寝するだけだってのに、こんなことを……考えないとなんて……まったく……」

 

50年以上ぶりのうたた寝が始まった。

 

バトンは確かに。少年たちが受け取っているから、眠りにつくことができたのだった。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

そしてその眠りは、本来は数十分で終わるはずのもの。けれどそれは遥かに長く継続する。

 

「ごめんなさい。オールマイト。でも」

 

担架で運ばれる彼に謝るが、決して後悔はない。

 

「あなたには、生きていて欲しいんです」

 

『ああ、俺もそう思う。俺たちで彼を救うんだ』

 

狩峰くんの声が届く。これは一緒に考えたことだったから。

提案された時は動揺した。憧れのヒーローに睡眠薬を盛るなんて、そんなこと考えもしなかったから。神に逆らうような冒涜とすら感じたものだ。

 

けれど、落ち着いて話を聞けば理解できる。

 

狩峰くんはオールマイトには警戒されている。彼が今、護衛のヒーローを引き離して油断するのは僕との対話の時以外にあり得ないと断言されてしまい、こうなった。

 

狩峰くんと長く一緒にいれば行動原理を深いところまで知っているから、警戒をするのは当たり前だと思う。彼は目的のためならなんでもする。だから、そんなことは絶対にしないだろうという僕がしなければいけなかった。

 

精神的に油断をさせないと強力な薬剤すら気合いで跳ね除ける英雄を、どうにか眠らせるというのがミッションだった。

 

 

これから戦いがある。そして、オールマイトは人が傷ついているなら走り出してしまう。

 

彼が死んでしまえば、世界中で獣の病が悪化する。このUAIランドと雄英高校のヒーローたち。それをあのオールマイトがまとめているからこそ、世界中が心の拠り所にしてくれているのだ。

 

それを崩すわけにはいかないというのが、一般的な結論だ。

 

『そんなことより、オールマイトが死ぬなんて許せないだろ。彼だけは、幸せに過ごして欲しいと思ってる。それこそ助けられた人全員がそう思ってるだろうさ』

 

「うん。僕もそうだよ。オールマイトには生きていてほしい。生きて、見届けて欲しいんだ」

 

 

だからこそ、恩師であり憧れを裏切った。

彼はこれから、戦いが終わるまで眠りについてもらう。そうしないと一番大変なところへと行ってしまうから。それは誰より確信を持てている。

 

『将来はお前にも同じことをするようになるんだろうな。その時にはもっと工夫しないと』

 

「こ、怖いこと言わないでよ。できるだけ指示には従うから、大丈夫だよきっと!」

 

『無理だね。そんなんで止まれるなら今ここにはいないだろ。まぁ、任せろよ。お前が思いっきり走って、そんで休む時にも思いっきり羽を伸ばせる世界を作ってやるからさ』

 

「一緒に作るんだ。そうでしょ?約束したんだから。それだけは忘れないで」

 

『ああ、言い方が悪かった。本当に頼りにしてるって。俺たちで戦いを終わらせよう』

 

そうだ。彼もまたオールマイトとどこか似ている。あれだけ頭がいいのに自覚はできていないのが不思議だけれど、危うさが僕なんかよりもすごく似ている。

 

狩峰くんも絶対に助ける。

 

これはオールマイトとの約束だった。口にはしていない。言葉にすればきっと彼がどうにかして気づいてしまうから。

 

だからさっきも何度もそれを目と目で確認して、託された。

 

世界を平和にするという夢を叶えるために、どんな戦いからも逃げない。恩師を裏切ってでも戦い続けるんだ。

 

どこか大事な部分を失ってかのような、深い痛みを感じながら。それでも後悔はひとつもなかった。

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