目覚めるとそこは、UAIランドの自室だった。
即座に現在時刻が目に入ってくるよう天井には常に日時が表示されている。
大きく息を吐いた。
「はあ〜。良かった……」
現在は南極突入のその前、出撃自体していない状態だ。問題なく戻れていた。
高高度における水爆の危険性を認識しているのとしていないのでは全く状況は変わるだろう。もし阻止することができて、ACを使いマリアからサポートが得られるのならそれがベストだ。
すやすやと眠る姉はカーテンを一枚隔てた同じベッドで寝ている。
それが彼女の個性の範囲ギリギリであるから、苦肉の策ではある。その幸せそうな横顔を見ると、どうにも殺されたあの死体だった女の顔を思い出す。
とても似ているが、もっと似ている顔を自分は見たことがある。
家族のアルバムにアクセスして、祖母の若い時の写真を見ると既視感は目の前に現れた。さらに辿ると、やはりいた。
祖母の母親。会ったことのないひいばあちゃんとの写真だって、動画だって残っている。
そこには先ほどと同じ顔をした女性が優しく微笑んでいる。
若年性の認知症を発症してしまい、長くは生きれなかったと聞いているが。おそらく彼女だ。自分が狩人として覚醒を果たしたあの帽子。その持ち主も曽祖母であった。
あの帽子についていた、宝石のような赤い液体は彼女の血だったのだろうか。
あれを摂取したことで、俺の既視感は止まることを知らずに暴走するようになりゲールマンやマリアといった知らないはずの内的な存在を感じるようになっていた。
これはあり得ないことじゃない。使者たちや上位者に比べればだいぶ現実的な話でもある。
ワンフォーオールの研究は未だ解明どころか、わからないことが増える一方であるが緑谷出久は個性の中に別の人格を感じていると報告している。
なんなら対話した。とまで言っているのだからラボのものたちは腰を抜かしたものだが。
人格と記憶まで、個性因子は運ぶことができるのではないか?
その仮説はオールフォーワンとの幾度にも及ぶ無数の対話の中でも示唆されていることである。あいつは個性を奪うと相手を少し夢に見るらしい。知り得ないことを知っていたり、奪い殺したはずの相手の情報を使ってみたりと悪用している節があった。
曽祖母が何かを体験し、あれを残したとみていいだろう。
そして次に、なぜ自分は殺されたのか。という問いが立ち塞がる。
曽祖母は敵なのか?というところで狼狽しても良いかもしれないが、この点についてはあまり気にしていなかった。
もし彼女が自分と似たような体験をしていたとすれば、確実に頭はおかしくなっている。
とりあえず見かけたから殺す。というのは別に敵対しなくても起こりうることだ。仲間たちへの暴虐をいくつも働いてきた自分がそれを責めることはできない。
とりあえずで殺してみるのが我々なのだ。そこに悪意はない可能性が高い。
今度は即殺されないように一旦殺せるか試して、その後に対話を試みてみたいと思う。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
戦力の増強を行うかどうか考えるが、それについては一度曽祖母と話してからの方が良いと判断する。あの悪夢に普通の人間を連れていって、そこで死んだらどうなるのか。
ちゃんと戻ってくれるのか。非常に怪しいと今自分は疑っているからだ。
これは理由のない疑心暗鬼ではない。明確な懸念が目の前にあるから逡巡している。
そうだ。眼前で鎮座するのは、例の『へその緒』である。
なぜか、パジャマのポッケに入っていた。それを当たり前だと思って朝食を食べるまで気づかなかったのは流石に頭がおかしいとしか言いようがない。
これは、ループを共に戻ってきやがったのだ。
再びあの古工房に行けばこれがあるのだろうか。それとももうないのか。このループはやはり、単純に物理的な時間の巻き戻しではないということは理解できた。
とにかく、まずはあの曽祖母と話そう。色々と決めるのはそこからだ。
できればUAIの状況を知った上でやり直しをしたいから、どうにかして情報を送る工夫が必要だ。
受信用のアンテナでも持ち込んでやろうかな。どうせ妨害されるだろうし、衛星からのレーザー通信の用意をしておこう。
実際のところあまり期待もしていない。あの悪夢の中で受信できる気がしないのは正しい感じがする。
今後の方針を明確化し、曽祖母の帽子をくすねて外に出る。
仕掛けるのを遅らせればどうなるのだろう。などと考えながら戦いへと向かうのだった。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
とは言え最初の作戦行動としては待機である。
やることは無数にあるから暇とは言えないが、自分の体を動かす必要はない。調査を尽くして有利を取りたい。
しかしまぁ、結論から言えば。起動するはずの水爆は見つからなかった。
後から隠した兵器によって打ち上げた可能性もあり、こちらのサーチに引っかからないようにすでに配置されている可能性もある。直前まで一切検知できていなかったため、後者が濃厚だと結論づけた。
対EMP対策としてACを防護したり加工することはできそうだった。
前回の水爆起動の時刻になるまで自分はUAIを離れていないが起爆はしない。
あれはきっと、自分を標的にしているのだろう。自分が近づいたらとかそういう条件付けをしているのだとすれば納得できる。
なので、前回から遅れること数時間。平和を余計に堪能してから出撃した。
当然ながらVOB『ヴァンガード・オーバードブースト』システムを使った天守閣への直通ルートである。馬鹿正直に徒歩で行くわけがない。
ひいばあちゃんには会いたいが、メンシスとカルブラの黒幕を殺してからでも遅くない。
地面が遠くなるより先に、音が消えた。
VOBが全開になった瞬間、周囲の空気がついてこなくなる。衝撃波が後ろに置き去りにされて、代わりに無音が来る。これはいつ経験しても慣れない感覚だ。耳が壊れたのかと毎回一瞬だけ思う。
高度が上がる。UAIランドの全景が視界に収まって、それがすぐに小さくなった。
南極の空は澄んでいる。雲が薄く、地上の白が眩しかった。その白の中にカルブラがある。赤茶けた杭と建設途中の居住棟と、時計塔の青白い光。高度から見ると街の輪郭がよく分かって、そしてその上に石造りの別の街が急速に重なっていくのも見える。
今まさに重なり始めている。
『上空で発光。EMPが同時に来ています。VOB破損。油圧により対EMP装甲ごとパージします』
二つの街が重なったまま、真下に迫ってくる。
速度計が数字を刻むのが追いつかない領域に入った。機体が震えているのか自分が震えているのか、区別がつかない。どちらも震えている。
目標を絞る。塔の頂点、聖堂のある場所だ。物理的にありえない高さにそれがある。でも見える。それだけで十分だ。
加速したまま、突っ込んだ。
聖堂街の上層。この国を動かす元老たちがいるはずの建物に自分はいるはずだ。
しかし目の前にいるのは、車椅子ガトリングジジイである。
轟音と閃光が断続的に続き、反射的に撃ち返す。
ACの装甲があるならば避ける必要すらない。姿勢を変えて衝撃も逃して一歩も下がらず受け止め切る。
10発はもらったが、1発を返して完勝した。
「で、なんでここなんだ?」
『わかりません。地形データと現在地のスキャン結果が一度も整合しておらず解析不能です。レーザーおよび電波通信も全て不可能です。ただ光学観測した事実から言えば、聖堂街はあの塔の上ですね。お話にあった塔で間違いありませんか、淡輝様』
ACに内蔵しておいたマリアが何もわからないということを丁寧に言ってくれた。助かる。彼女は現在スタンドアローンで稼働しており、計算能力はかなり落ちているがサポートをしてくれる。
確実に南極のてっぺんに殴り込みをかけたはずなのだが、ほぼスタートに戻されている。まぁ、そういう妨害ということだろう。
ひとまず前回と似たような道を進んでいく。
またしても塔は登らずに古工房によってからあのクソッタレな病棟へと向かうことにした。
ちなみに古工房にはへその緒はなかった。ここも戻っていない。あまりに不気味である。
HUDの中で、マリアが反応する。当然だろう自分の依代によく似た人形が、そこで朽ちているのだから。
『淡輝様。それは一体、なんでしょうか』
「わからない。けど、無関係とは思えないね。オリジナルだったりしてな」
その人形に着せられた衣装を調べていると、マリアがどうにもおかしくなった。
『これは……なんでしょうか?私、私には何もありません、分からない、分からないのですが
……温かさを感じます…こんなことは、はじめて……。いえ、きっと初めてではないのですね』
俺と似たような既視感をAIが感じているらしい。
『私は、おかしいのでしょうか?ああ……』
ちょっとおかしいかもと思うが、流石に声に出したりはしない。何が起きてる?
『でも、狩人様。これは、やはり喜びなのでしょうか。ああ……』
「詳しく見るのは後だ。まずはご先祖様に挨拶をしに行こう」
そこからの道は概ね同じだったと思う。細かい通路や扉の数などは変わっていたが、大枠は変わっていない。敵対的な存在も殺したはずでもそこにいる。同じ罠で殺すことができているところを見るに、前回の記憶もないのだろう。
ただ、前回はあれだけあった苦悶や懇願の残響が一つもなかった。
完全に声のしない病棟、いや実験棟をACの出力で一気に上りひまわりが咲き誇る庭に降り立った。
前回首を飛ばしてくれた相手は、奥に変わらず座り込んでいる。
物質圧縮技術を使い、武装を取り出した。
それはまるで巨大な柱がひまわり畑に横たわっているような、そんな光景である。
製造時のままの金属地肌で、表面処理も最低限だ。防錆加工だけ施してあとは何もしていない。工業製品として完成した瞬間にそのまま出荷されたような見た目をしている。
砲身がとにかく長い。4m程度の長さがあって細くはなく、握れる太さではない。抱えるというより、機体に溶接してあるような印象だ。
継ぎ目が目立つ。砲身のブロックごとに接合部があって、そこにボルトが並んでいる。隠す気がない。強度のために必要なものをそのまま外に出していて、カバーも何もない。内部構造が外側に透けて見えるような作りだ。
反動吸収機構の部分だけ、砲身の根元が太くなっている。そこだけ別の部品を後から取り付けたような段差があって、全体のシルエットがアンバランスだ。美しくはないがそこがいい。
開発責任者チャーチル君の名前を取って、これはチャーチカノンと呼ばれている化け物大砲だ。
躊躇いなく、引き金を引いた。
次の瞬間、世界が白くなった。発射炎が視界を潰して、衝撃が機体を後ろに押した。反動吸収機構が動いている感触がした。金属が金属を押し返す、鈍くて重い音だ。それでも機体が後退した。
音が遅れて届いた。
砲声というより、空気が破裂した音だ。周囲の花びらが衝撃波で吹き飛んで、着弾より先にこちら側が花煙に包まれた。
光となった劣化ウラン弾が、真っ直ぐに無防備な女性へと飛び込んでいくはずだ。
しかし、着弾したと思えば跳弾し、横の壁を大いに破壊してそこで止まっている。
いや全然壊せていないな。本来なら貫通してどこまでも飛んでいくはずだ。ここの壁も、あの死体も今はまだ破壊不能のオブジェクトということらしい。
あれだけ近づいて、奇襲されるかという距離まで行かないと交流は出来なさそうだ。
仕方なしにやれやれと近づいて、近くから銃撃を行うが無傷。
2m先から斧で振りかぶるも、これまたダメージは通らない。
この感覚は懐かしい。前のアメンドーズみたいだな。
最後には諦めて、手で触れることにした。即座に相手がこちらの反応速度を上回る反撃をしてくることを前提にそうしておく。
腕を掴まれる前に、相手の体がブレて刃が抜かれていることに気づく。人間の反応速度を遥かに超えるその速度はわかっていても避けられるものじゃない。その刃はACの装甲ごと切れるほどの脅威であるとも感じている。
「あら、あなた狩人かしら。とても早い、いい動きね。知っていないと出来ない動き。その帽子、もしかして……お名前は?」
人が無理ならマリアにやらせる。事前に設定しておいた回避起動を機械の反応速度で実行させた。
「狩峰淡輝です。そういうあなたは、狩峰優希さんですか?」
「っ!!あらあらあら!やっぱり!ようやくなのね!ごめんなさい。いくらか殺してしまったかしら。ここはあなただけじゃなくて連中も来ようとするから、いつからかマリアに倣って座って守ることにしたのよ」
驚いた、思った数百倍は意思疎通ができる。なんか、感動だ。ちょっと泣きそう。なんでだろう。
「俺は……ひ孫にあたります。いろいろ聞かせてもらっていいですか?それとも殺し合いをしますか?」
「もちろん両方やりましょうね。せっかくですから、鍛えてあげないと。ものすごく強そうなカッコいいロボットになってるけど、ちゃんと人間が入ってるのよね?うふふ。ひ孫かぁ。外から撃ったり、やんちゃしてるみたいね。いいじゃない」
両方やるのかよ。それなりには壊れているようだが、悪い人じゃなさそうだ。事情もそこそこ知っていそうだし、戦う前にヒアリングをしておこう。
「この時計塔は私の夢。時間は気にしなくていいわ。ゆっくりなんでも話しましょう。あなたもきっと私と同じ個性。『目覚め』だったのね」
なぜか衝撃を受けた。きっとそうだろうと思っていたけれど、でも同じ個性と言われて面食らってしまう。
少し悩む。何から聞こうか。ちょっと混乱している。数十秒、待たせてしまった。
でも、言葉が出てこない。おかしいな。
痺れを切らしたのは、見た目の若いどう見ても30代のひいばあちゃんではなかった。
『その服装は彼女のもののはず。マリアという名前についてお尋ねしてもよろしいですか?』
マリアが我慢できずに聞いてくれた。先ほどの言葉といい、彼女に影響する要素が非常に多そうだ。
「マリアはこの服の元々の持ち主の名前ね。時計塔のマリア。哀れな実験体の救いの聖女。そして最古の狩人の一人。ゲールマンのお弟子さん。カインハースト出身みたいだけれど、なぜビルゲンワースで狩人をやってて、最後にはこんなところにいたのかはわからない。何かがあったのねきっと」
「ちょっと待って、知らない単語が多すぎる」
「あ、でもね。言っておくけど、私はちゃんと理解してはいないわよ。この世界のことも、悪夢のことも。いくつかの物品に刻まれた思念を読めるだけで、考察とかは得意じゃないの。本人にもあったことはないし……」
えっへんと嫌すぎる主張されるが、どういうことだろう。そのまま素直に聞いた。どういう意味なのかと。
「ええっとね。なんというか。ヤーナムという街がきっと実際にあったの。そこで酷いことが起きたようなのだけれど、どう見ても19世紀の西洋でしょう。私は22世紀の人間だから、そのオリジナルを体験しているわけじゃないの。私が迷い込んだのはきっと、不完全な悪夢だったのね。今この場所よりはずっとオリジナルに近かっただろうけれど、それでも同じじゃなかったみたい」
「過去にあったことを再現する悪夢。それに巻き込まれた?」
「頭が良くて助かるわ。かなり近いと思う。それに、その悪夢を意図的に再現しようとしている連中がいる。それがメンシス学派ね。このダメダメな悪夢を作ったのも奴らよ」
「ダメダメって、どのあたりが?」
「私はね、異物なの。この時計塔と、その先を自分の領域として守ってる。自分の庭を作りたかったのに、変なやつがキャンプを勝手にしてたらダメでしょう?そういうことよ」
「はは……。はぁ……」
ちょっと力が抜けてしまった。その場に座り込む。今まで意味のわからなかった全てに説明がつくかもしれないと思うと、意味のわからない感情の荒れ方をしている。
なんだ、これは。
肩が震えて、喉が鳴る。
こんな経験はしたことがない気がする。今まで忘れていた感情が、無視して埋め立て、その上に立っていたはずの地面がひっくり返ってくるような。そんな感じがする。
ひいばあちゃんが、ACの上から抱きしめてくれた。
月の香り、懐かしい匂いがする。
「よく、頑張ったのね。とっても大変だったでしょう。私にはわかるわ。途方もない時間と回数をずっと一人で戦い続けたんでしょう」
そうだ。この人はわかってくれている。本当に理解してくれている。
同じ個性で、同じく苦痛を。
同じ、おんなじなのだ。
「あなたは一人じゃない。本当に一人じゃなかったのよ」
いつぶりかわからない。感情の洪水に対処しきれず、対話ができない。いろいろ聞かないといけないのに。
「今だけは、ひいばあちゃんに甘えなさいな。先輩としても褒めてあげる。本当にあなたはがんばったと思うから」
頭部装甲を脱ぎ去って、その抱擁を受け入れた。
まだ罠の可能性だってあるのに、武装を解くのは油断し過ぎだ。最後に信頼できるのは自分だけ、一人で戦えないとどうしようもないと知っているのに。
けどこのままじゃ、溺れてしまうと思ったから。これもきっと仕方ない。
この言い訳をナイトアイやオールマイトに聞かれたら笑われてしまうかもしれないが、それでも今はそれどころじゃなかった。
一人ぼっちの狩峰淡輝はもういないのだから。