ミャンマーで起きた出来事は過ぎてみればほんの二日の出来事だった。
そして世界的にはテロリストの惨殺も、首相官邸への襲撃とそれらをオールマイトが打ち砕いたことよりも、何より救った命の数が報道されている。
UAIランドと空母群から大量の移送ドローンが送り込まれ、地上や河川を経由して数万人規模の傷病者たちを一時的に受け入れることができた。
世界中の災害などに即応し、命を救う最後の砦として全世界にその存在を示すため報道の傾向もコントロールした結果そうなった。
それでも英雄的な活躍と、女性の姿でのスタンディングは注目を集めてしまったが想定内というものだろう。
表向きにはオールマイトが宮殿へと押しかけたテロリストを倒したというのがことの顛末として語られる。一部ニュースでは狩人がまた数十人を殺害したと報道し、ミャンマー首相は今回の事件によって負った傷を理由に退陣し、後継争いが予想されるという見出しになっていた。
一般のニュースはここまでだが、真のジャーナリストや裏社会の情報網にはもう一段深い情報が広がっていた。
オールフォーワンと共謀したミャンマーの女王気取りがオールマイトに打倒され、その後保身に走るも狩人に襲われほぼ全てを奪われて行方不明。
これが裏で起きていたことだと広まっている。
これは事実であるが本当の全てではなかった。誰もが触れられない歴史が、このミャンマーでは幾度となく繰り返されておりそれを認識できているのは狩人たる狩峰淡輝ただ一人である。
40人規模の武装した個性持ちの戦闘員を一人残らず殺し尽くすのにかなり回数をかけていた。
宮殿で首相を追い詰める前、この国のNo1ヒーローと戦ったがなかなかに手強かった。
誰もが三日ほどしか滞在していないこのミャンマーを自分だけは軽く100倍は過ごしている。
夜の仕事はテロリストの惨殺だけではない。それを利用して色々と確かめることが主な仕事だった。
そうだな。古いコミックからの引用でこれを『裏ハンター試験』とでも呼ぼうか。裏でハンターがやってた試験だからそう言える。
試験を受けるのは当然ながら受験生だ。筆記と実技の点数はすでにAIがあらかた判定しており、足切りはできている。
およそ180人程度の合格者候補が出てきた。世界中から有望なものを集めただけあって合格率が高い。
彼らをまずは、40名のテロリストに襲わせる。
それこそ多種多様な方法と状況で試した。そこでわかるのは彼らが本当の土壇場、鉄火場、修羅場においてどんな行動ができるのかだ。
そんな中ヒーローとしての素質を示した80名を最終選考として、一人ずつ特別なシチュエーションに叩き込む。
具体的な説明は避けるが、そこでは命の選択を迫られる。実際に目の前で行われるトロッコ問題みたいなものだ。目の前で実際に命が失われるその時に、彼らは何をして何を言うのか。それが一番重要だった。
動けば自分の責任で人が死に。動かなければさらに悲惨な死の光景が広がる。
子供だからと動けるものがヒーローなのか?なぜ成人男性では救おうと思わないのか?
そんな彼らの命の重さを浮き彫りにし、そして苦痛や恐怖に屈すのかどうかを見るのが最後の実技試験だった。
彼らは選択を迫られ、そして選ばされる。
人を目の前で失う。手足を失う。友人を失う。家族を人質に取られた映像を見せられる。
彼らがそのときにどうするのか。俺だけが知っている。
そんな状況を散々に見守った後、テロリストたちは無用になったので全部を事前に殺した。緑谷にぶつけることも何度かしてみたが、彼にはまだ早いということがわかったのでこれを収穫とする。
ちなみにだが、これらの状況で最も活躍したのは緑谷と爆豪だった。
そう。爆豪である。あいつはヒーロー失格だと思っていたが緑谷が関わらないところではとにかく優秀であったのだ。特に戦闘が絡む救助においてはプロ顔負けでもあった。
何より、どれだけ苦痛を与えられても決して折れず打開を狙い続ける精神的な強靭さは流石に驚かされた。ただの当て馬として入学させようと思ったが、それは彼を見誤っていたらしい。
けれど、彼らにはそんな凄惨な出来事を経験させられた記憶も事実もない。だから爆豪はその分の加点はできない。悪いけどあの散々な結果で入学してもらうことになる。
だってこれは俺の夢の話だから。夢で何をしようが他人には関係ない。
そう割り切っているが、狩人になりきっている時以外には精神的に不安定になることもある。
ともあれどれだけ精神がズタズタになろうが、一度起きれば精神状態はベストな状態に戻るのだ。
これが個性『目覚め』の力である。悪辣で偉大すぎる。
狩峰淡輝は、死ぬことで世界を夢にすることができる。そして目覚めれば、精神は戻り記憶だけが続いていく。
夢の中では何をしても、翌朝目覚めれば関係ないのだ。じゃあ、やれるだけをするべきだろう。
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ミャンマーを離れ日本へ向かって進みだす。また移動に三日ほどかかるがそれは異常なほど早いが、それでも壮絶な体験をした若者たちにとってはあまりに長い復習の時間になっているようだった。
往路と比べるとあまりに違いがありすぎた。誰もが口を開かない。ゲームで遊ぶものなど、狩峰君とトガさんくらいである。壊れている俺らしかまともな様子でないというのはこれいかにと彼らは笑っていたが、ちょっと何を言っているのかわからない。
そんな光景を緑谷出久は真剣な面持ちで横目に見ていた。
雄英高校の在校生もショックを受けたものたちが多くいるだろうに、ミリオ先輩を筆頭に上級生は積極的に傷を負っていそうな子に話しかけたりケアをしているようだった。
何か僕にも、できることはないだろうか。体も元に戻ったし余裕はある。
無力さを噛み締めるばかりだが、それで諦めることもまたできない。そうやってできることを模索していると、全員のデバイスに連絡が入った。
女性化は徐々に解け始めており、明後日には全員が男性に戻るだろうという告知だ。みんなからほっとしたため息が聞こえる。自分もそうだ。女性の体は全く慣れない。シャワーすら罪悪感で死ぬかと思った。
安堵の声の中に一つだけ悲鳴が聞こえて、続いてものが壊れる音がした。
そちらを見れば、一人の女子が頭を抱えて叫んでいる。尋常ではない様子で、言葉にならない絶叫を声の限り上げていた。
その周囲には光る何かが飛んでいて、それが彼女の個性だとわかった。いや、きっと彼は男性なのだろう。明らかに精神的な異常をきっかけにした個性の暴走である。
その人と、目が合った。
涙で濡れたその目線が語っている。お願い助けて。と言っている。
それを見た瞬間に、気づけばワンフォーオールを使っていた。フルカウルと念じることも、何%と意識することもなく当たり前にそれを使って一瞬で彼の隣へと接近する。
沈静化させる方法は持っていない。だから、今自分にできることはこれだ。周囲を飛び回り、そして壁にぶつかって弾ける光球を思い切りぶん殴る。
衝撃が放たれ、そして光球が消滅する。自分の腕は、大丈夫だ。むしろ自分の力で壊れる寸前だった。もっと出力を落とした方が良さそうだ。
彼が不本意な被害を周囲に広げぬように、その個性を落とし続ける!
複数生み出されている光球を殴り破裂させていく。それを10回は繰り返しただろうか、ヒーロー科の先輩が駆けつけてくれた。
「ナイスガッツだ!受験生!あとは任せてくれよ。いまだ!環!」
彼の目の前に、この前喧嘩を仲裁してくれたミリオ先輩が床から出てきた。
それに視線を奪われた時、後ろから蛇が噛みついた。
「命の危険はない麻痺毒だ。これで一旦は落ち着くだろうが……。やめてくれ。こっちを見るな、緊張するだろ。ヘビで女子を噛むなんてこれセクハラだろうか……。緊急とはいえAEDで訴えられた人だっている……。ああ、きっと俺はヒーロー失格だ……」
「いえ、あのこの人は男なので、多分大丈夫だと思いますよ!ありがとうございます」
すごくかっこよかったのに、その後のブツブツいうネガティブなところが全然ヒーローらしくない先輩だった。いやオールマイトのようなヒーローではないというだけなのだけれど……
「でも、よかった。誰も怪我していないし、もう大丈夫だよ。安心して」
彼はだんだんと麻痺が効いているのだろう。朦朧とし始めていて口を開いても言葉は出ない。
それでもその目は何かを語っていた。自分にはわからない何かの苦しみをその目だけで語っているが、瞼が落ちてきてそれ以上話すことはできなくなってしまった。
自分は彼を救えたのか?
ミャンマーに来てから、どうにもスッキリしないことが多すぎる。緑谷出久は考え込んでいた。
僕は一体、誰を救えたんだろう。本当に助けられたのか?
この気持ちは一体なんだ。わからない。全然かけらも見当もつかない。
何冊も書いていたヒーロー分析のノートにもこんなことは書いていなかった。あんまりにも憧れて、そのかっこよさに心酔していた自分の視点では、ヒーローが人を救うことに苦悩しているんて想像できるわけがない。
オールマイト伝いに狩人の襲撃が合ったことも知ることができた。40名のテロリストを皆殺しにして、その後宮殿まで襲撃。首相を誘拐しこの国の上位ヒーローを軒並み殺して逃げ出したとのことだった。
なんでハンターは殺すのだろう。誰が何のためにやっているのだろう。それをUAIが支援しているのはなぜなんだ?
彼の装備は世界でも有数に金がかかるとちょっと調べればすぐにわかる。
あれを個人で運用するのは不可能だ。だから協力者には国かそのくらいの規模の何かが必要だった。
あれはきっとUAIランドの支援を受けている。巧妙に隠しているが、きっとそうだとこの10ヶ月の経験からわかってしまった。
友人の狩峰淡輝が、あれと関わっていることも何となく察してしまう。だって彼はACの開発にも携わっていたはずだ。ハンターの犯行時刻に一緒にいたことも何度かあるが、アリバイ作りという風にも捉えることはできる。だってハンターは顔を見せない。中身が誰かなんてわからないのだ。
ヒーローとは何か?
筆記試験での問いをまだ悩み続けている。きっと回答は出ないだろうが、今は考えるのをやめたくない。
いつも通りにブツブツと言葉を吐き出しながら思考を進めていく。逃げることだけはしたくない。しちゃいけないと、なぜか確信しているから。
人を殺すのは良くないことだ。敵であっても捕えるのがヒーローのすべきことである。
このUAIランドは囚人の収容も機能の一つとして内外へと宣伝しているだけあって非常に堅固なシステムであると聞いている。せっかくこんな設備と技術があるのに、殺して解決というのは……。
なんというか、言葉にするのが難しいけれど、納得できない。許せないんだ。
悩むのをやめて、医務室へと足を向ける。彼を救うために自然とそちらに向かっていた。
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狩峰淡輝は収容された犯罪者たちのリストを眺め、そして興味を失った。
彼らの大部分は、この収容施設に満足しているようだった。
日本が誇る対"個性"最高警備特殊拘置所『タルタロス』。かの施設はそれはもう厳重な警備と警護によって凶悪犯を収容している。
本土から5km離れた沖に建てられ、高い壁と海に囲まれ厳重な警戒体制を敷いており、入り口まで来れる道は橋一本のみ。
脳波やバイタルサイン等から収監者による個性発動が感知され次第、部屋に取り付けてある機関銃にて処分すら行うという、犯罪者が行き着く最後の場所だった。
まぁそれもUAIランドが稼働するまではの話だが。
個性ごとに対策の変わる拘束施設なんて馬鹿げている。あまりにコストを食い過ぎだ。
だからUAIは他の国に提案する。危険な個性持ちの犯罪者をUAIランドが回収し、その管理を一括に担うというのがUAIの世界に果たすべき機能の一つとして語らせている。
これは願ってもない機能だった。
特殊な個性を収容するには莫大なコストがかかる。それらの維持にも税金が使われており、それらはかなりの額で、それも年々個性の強力化によって増え続けているのはどの国でも立派に社会問題となっていた。
先進国を自称するところほど死刑にはせずに拘束するため悪循環に陥っている。
だからUAIは世界をめぐり医療を届け、そして犯罪者を世界から隔離する。ミャンマーにおいても危険な個性を持った重犯罪者をまとめて預かっており、その負担はこれから大きく減るだろう。
さて、世界中から危険人物を集めまくって大丈夫なのか?という至極真っ当な問いがある。
答えは単純。全然大丈夫じゃないです。
今日だけで二件も脱獄があった。一週間で7件である。毎日じゃねーか。せめて週休二日は欲しいところだ。
ちなみにだが、比較としてタルタロスを出したが、その実タルタロスほどの警備強度は全くない。だって同じようにコストをかけたら意味ないもん。というか必要ない。外からの侵入には凄まじい備えをしてあるが、内側からの脱獄にはかなり脆弱な作りになっている。
それでもなぜか、一度も脱獄どころか、それの未遂さえ起こっていないと世界からは認知されている。実際に一度も起こっていないのだから嘘でも何でもないのだ。本当は週7であるけども。
単純に脱獄があることを知ってから自殺し、夢としてやり直し続けているだけである。
このUAIランドのシステムはこの不確かな自分の能力によってのみ維持されている。狂気の沙汰ではあるが、望む目的地がそもそも不可能とされていることなのだから、狂っていることをするのは仕方ないと割り切っている。自分の力が使えないならそもそも不可能であるのだから、それを前提にする必要もない。
結果として、脆弱なシステムなのに一切破られないというタルタロスよりも気色の悪い収容施設となっている。世界中の犯罪者たちが疑問に思っているだろう、なぜ脱獄しないのだろうと。自分ならすぐに出てこれるのにと思っていると思えば、少し笑えてくる。
異常なことが起きているのに世界はそれに気づかない。平和の象徴がいるならそんなこともあるのかもしれないと納得し、一部の賢いものたちも暗躍し続けるサーナイトアイに原因があるのだろうと想像して満足している。
実際にはもっと理屈がわからない悍ましい何かが根本にいるかもしれないと考えるものは皆無だった。
おや、どうやら個性を暴走させた人物がいるらしい。この受験生は……ああ、そういうことか。
そろそろ頃合いだし、そりゃキツいんだろうな。
共感はできないし、わかると言うつもりもない。だけど、彼を救うためにやれることをやろうじゃないか。
ヒーローでなくても人助けくらいはできるのだから。
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「あれ、緑谷じゃん。どうしてこっちに?」
「淡輝君こそ!何か怪我でもしたの?大丈夫?」
目的を緑谷が話すと理解できた。どうやらお互いに同じ人物へのお見舞いに来ていたようだった。
個性を暴走させた生徒。彼が安静にしている場所に着く。
ノックして病室に入ると、彼はどこからどう見ても女子としてそこにいた。
まぁ、こちらもまだ女であるのでこの部屋には女子しかいないことになる。見た目上は。
「誰?」
「い、いきなりごめんね。さっきの見かけて、それで気になっちゃってさ」
「あ、個性打ち落した人?ごめん。ありがとう。でも大丈夫だから、出ていってもらえる?」
取り繕った笑顔から感謝が形式上行われ、そして明確な拒絶が続いた。
「大丈夫そうには、見えないよ。君は、苦しんでるじゃないか!言えないこと?大人には、先生には相談できて……」
バン!という音とともに、彼の個性が光って床にぶつかった。
「出てけって言っただろ!関係ないだろお前は!うるさいんだよマジで。人に話せるかって?話したよ当たり前だろ!?それでもどうしようもないんだから、苦しんでるなんてわかったようにっ……」
激情を振り撒いて拒絶を強めるほどに、緑谷出久は決して引かない。むしろ近づいてくる。
それがヒーローとしての彼の本質であり、お節介というヒーローの本質でもあった。
それが彼にもわかったのだろう。引くつもりが一切ないと伝わった彼は戦略を変えた。
「じゃあ、助けろよ。無責任にそんな目で見るな。話せばいいのか?そうすれば助けてくれんのかよ!?」
「わからない。でも助けたいと思うんだ。話してくれればもしかして力になれるかも」
「体がさ、腐っていくみたいなんだ。気持ち悪くて違和感だけで死にそうになる。それが年々大きくなっていって、耐えらんないんだよ。頭がおかしくなったほうがマシだ」
「それは個性と関係があるのかな。それとも持病とかそういう?」
それは、一体なぜ?そう疑問を抱いたことが伝わったらしい、彼は自嘲気味に笑い核心を話した。
「でも耐えてたんだよ?これが当たり前だったからさ。体が心と離れていく苦しみが、自分をゆっくり殺していく感覚に慣れてたってのにさ!見ろよこの体!!」
女性化した自分の顔を掴み、そして胸を強く握る。
「これだ。これだったんだよ私の体は。本来こうだったんだ。こうなって初めてわかった。今までは何かの間違いで、自分じゃないものに無理やり入れられてただけなんだって。こうなって初めて、生きてるって感じがしたんだよ。いつぶりかもう覚えてない。幼稚園以来くらいにちゃんと生きれたって思った」
「私は女で生まれるべきだったんだ。なのに何かが間違った。それを治せたのに、せっかく生きてると思えたのに。これを奪われるなんて、ひっひどすぎる。最悪だ。こんなのって……」
この絶望を表現する言葉が見つからないようで、続きを発音することができていない。
そしてそれは緑谷出久も同じである。彼の想像を超えた苦しみとどうしようもない問題を前に、彼は言葉を見つけることができない。
「なぁ。助けてくれるんだろ。頼むよ。私をこのままの体でいさせてよ。なんだって差し出すよ。なんでもするから、普通に生きたいんだよ!私は!」
「期待させて裏切るほうが酷いだろ!なぁ!ヒーロー気取りかよ。オールマイトでも無理なもんは無理なんだ。なんでもできるみたいな顔して、人の傷をほじくってんじゃねえ!!」
感情の昂りと合わせて光球が生まれ、そして緑谷へと進んでいく。
目を見開いて、そして絶句する彼はそれを避けることができない。むしろ今は痛めつけてもらいたいとすら思っているんじゃないだろうか。
それを手に持っていた防弾仕様の鞄で撃ち落とす。流石にこれはやりすぎだから。緑谷がそこまで傷つけられるべき理由はない。
「苦しんでるなら人に何しても何言ってもいいってわけじゃないだろ。まぁ相当に正論だけど」
「お前、お前はなんなんだよ!何の用でここにいる!一緒に同情するフリでもしに来たのか?」
「個人的にはお前みたいに攻撃的なやつはどうでもいいんだけど、それでも恩人と師匠と友人の手前、やれることはやらなきゃって思ってさ。救いに来たんだよお前を」
「何、何言ってんだ?聞いてなかったのかよ!?これは後1日もしないで戻るんだから、そんなの無理に決まって……」
「そもそもこれがどうして起きたのか知らないだろ。必要なら考えたほうがいい。まぁ、傷心中のヒステリックなモード入ってる人にこれ以上説教すんのは無駄そうだしやめとくけどさ。冷静にならないと、何も解決しないんだぜ?お前らって実は同じだよ?」
感情に従い相手を助けようとするヒーロー。
感情に従い相手を拒否しようとする傷ついた者。
「一緒にすんな!!これは変えられない現実で……」
「その状態を永続させる方法がある」
「え……?」
「それにはいくつもの守秘義務契約と、そして担保も必要になるけど。でもやるよな?死にたくないんだろ?体が戻れば、死んだようなもんなんだろ?」
一体どうやって?その疑問につづけて答える。
「その変化は当然、個性が原因だ。その個性の保有者をUAIは非公式に確保している。そいつに協力をさせれば、永続で肉体を女性にしておくことはできる。だから人に暴言と暴力を吐くのはやめとけ。救うモチベーションが削られる」
酷い話だが、自分は彼らのように無条件で人を助けたいとあまり思えない。愛する家族や好きな人たち、仲の良い友人たちのためなら幾度も死ぬくらい安いが、嫌いなやつは普通に放置するくらいには一般人なのだ俺は。辛いんだろうがそれはわかってやれないし、それで緑谷に当たるこいつに正直あまり同情できていない。
自分をいじめてた幼馴染を助けるなんてことは、俺にはできないなぁ。
彼は、いや彼女は泣き崩れた。心からの感謝をただ繰り返しながら嗚咽して、泣く。
それはまるで産声のようであって、自分の誕生に自ら喜ぶという類稀な美しい光景でもあった。
病室を後にして、歩きながら緑谷へと語りかける。
「ああ、そうだよ。ミャンマーの元首相は狩人が確保してUAIに拘束してる。普通に拉致監禁ね。オールマイトも緑谷も反対するこの方法でしか助けられない人もいる。でも、二人みたいなヒーローが間違っているわけでもない。お前は、どうする?」
何か答えを渡すわけでもなく、語り合うわけでもなく。
ただ問いを投げて二人は別々に歩み出した。元から違ったその道は、今ははっきりとわかりやすい。
ヒーローに救えるものと救えないものがあるという事実。
それに向き合って、そしてそれを乗り越えてこそヒーローだと淡輝は信じているから、期待している。
本物のヒーローになってくれよ。緑谷出久。
それ以外のことなら、俺が全部やってやるから。
どこまでも傲慢な心中を誰にも話さず、しかし迷い揺れることもなく狩峰淡輝は歩き続ける。
世界平和という最終目標へと、決して止まらず歩き続けると決めたのだから。