夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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打ち上がり、迷い込む

ひとしきり泣いた。

 

誰か庇護者の腕の中で泣くというのはいつぶりかもわからない。あまりに長く、多く戦ってきたから。その分だけ盛大に溢れたんだと思う。そういうことにしてほしい。

 

「す、すみませんでした」

 

恥ずかしさと申し訳なさを感じる程度に我に返るとそこには、仕立ての良い服の無惨な有様が広がっている。先ほどまでは貴族風なカッコ可愛い洋服だったが、今はビチャビチャのぐちゃぐちゃ。よだれ掛けみてえだ。

 

「孫は可愛いというけど、その理屈ならひ孫なんて何しても許されるでしょう。私は孫も見れなかったし嬉しいわ。全然気にしないで」

 

頷いてそして頭をどうにかいつもに戻していく。

 

「さて、それじゃあ色々話しましょう。もう大丈夫ね?」

 

「はい。じゃあ聞きますけど。このやり直しは、ループは無限なんですか。違うんですよね?あなたはもう亡くなってる。寿命でもループするかもって一時期は怯えてましたけど、そういうものじゃない?」

 

「無限かどうかは、無限に試したことはないからわからないけれど。そうね。あなたのループを知らないから比較できないけど、私も気の遠くなるほどの年月やり直し続けたから。たぶん、私の方が回数は多いんじゃないかな。その力に目覚めて何年くらい?」

 

「6年行かないくらい、ですかね。体感だと、ちょっとわからないかも。100年は余裕で超えてるんじゃないかな」

 

経過した現実の時間はこれであるが、その中で何周しているかは数えられていない。

 

「私は多分、体感300年は超えてるけど、限界はなさそうだったかな」

 

「っ!?さんびゃく……?」

 

数字が頭の中で転がって、うまく収まらなかった。上には上が、というか下いた。

 

「流石に全部説明している暇はないから端折るけど、大きくは二つあってね。まずはただの主婦がこんな感じの昔の悪夢に巻き込まれて血塗れ狂気サバイバルを強制されたのよ。説明なし、助けなし、まともな人ほぼなし!使者ちゃんたちに気づかなくてしばらくヤーナムを素手で走り回って、殺され続けたんだから」

 

「さっきみたいな、ガトリングとかそういう奴ら相手にですよね。あと、アメンドーズとかも?」

 

「上位者も狩人も、あらかたね。それまで全然ゲームとかやらない人生だったから、ゲームでいうレベル的な概念に気づけなくてね。人形ちゃんはただの話し相手としてずっとおしゃべりしてくれていたけど、後から聞いたら不思議だったんだって。でもそういう狩人もたまにいたらしいから、尊重してくれていたんだってね!はぁ。あの時は流石にため攻撃が出かけたわ」

 

素手でヤーナムを走り回るところを想像して、少し遠い目になった。

気になることは多いが、聞かなきゃ行けないことがある。大事なのはこれだ。

 

「どうやって、悪夢から抜けたんですか?それに、そのあとはもうループはしなくなった?なんていうか、その……」

 

「いつ終わるのかって?」

 

「そう。そうです。それが知りたい。終わりがあるんですか?」

 

喉の奥が少し固くなった。この問いを声に出すのに、どれだけかかったか。

 

「正確にはわからない。終わらない悪夢を数十回と繰り返し続けて、それで私は限界が来ていた。目覚めれば回復するから問題ないように見えたけど、大事なところが流石に欠けていったのね。長く起きていると、自分を保てなくなってしまう。だから、ゲールマンの助言に従って、ある上位者に対価を渡したのよ。それで介錯して貰って現実で目覚めることができたから、多分見逃してもらえたのね」

 

「一体何に、何を渡してそんなことになったんです?」

 

「月から来る上位者。それほど戦いに強くはないけれど、それでもアレは上位者の中でも特別。狩人にとってはね。きっとあれに囚われて悪夢が始まるの。アレは、いや上位者たちはみんな赤子を欲しがっている。赤子を求めてずっと悪夢を繰り返してるのだろうけれど、私はついにそれを渡せなかった。だから、できる限りの血の遺志を捧げて、約束をして逃げたのよ」

 

血の遺志と約束。その中身が知りたいと目を向ければ、頷いて続けてくれた。

 

「血の遺志っていうのは、何ていうのかな。確かなのは生き物が持っていて、そして死ぬと体から抜け出るもの。魂とかそいうのが近いんだと思う。殺すとね。それが私の中に入ってくるのよ。それを使うと人形ちゃんが力に変えてくれたり、使者たちが道具をくれたりね。狩人が使える通貨みたいなものかしら。きっと、あれも血の遺志を欲する月の魔物のために、ゲールマンが作った仕組みなのでしょうね」

 

「生き物を殺した魂が通貨。消費してレベルアップですか。もしかして、強い敵とか狩人は量が多かったり?」

 

レベルアップのために無差別な虐殺をしたりしたんだろうか。やったんだろうな。自分なら絶対にやる。

 

「ええ、そうね。相手もきっと血の遺志を殺して集めていたのでしょう。でも狩人でないとそれを認識できない。ましてや狩人の夢がないと、活用もできないからあまり意味がないかもね」

 

「約束の方は?」

 

間があった。彼女の指先が、膝の上でわずかに動いた。

 

「なんと言えばいいのか。でもそうね。今更濁しても意味はない」

 

深く息を吐いて、向き合った。

 

「ごめんなさい。私のせいよ。あなたが囚われたのは私のせい。私が『何でもあげる。私にはできないから、何でもあげるから見逃して』と懇願したら解放されたの。自分の子孫を捧げるという意味じゃなかったけど、きっとこれのせいで私の血に呪いがかけられたんだと思う。きっと、そう……」

 

「私が弱いせいで、本当にごめんなさい」

 

自分のこの永遠にも思える苦しみは自分のせいだと謝られた。これは一切予想できなかった。

これを自分に課した存在がいるのなら絶対に殺してやろうと思っていたが、心は凪いでいる。だってそうだろう。この苦しみから逃れるためなら、何だって犠牲に捧げたいと言ってしまう。

 

そうなるのは当たり前だ。もし、ヒーローがいなければ自分だってそうしていたと確信できる。

 

「いや、この力を恨むことはしないって決めてて。なんていうかな。もちろん呪いだと思うけど、でも代償に対してできることが大きすぎて文句をつける気にならないっていうか……。まぁいい人達と出会えたし、そこまで気負う必要はないですよ」

 

「それはどうかしら。あなた、兄弟は?」

 

「双子の姉がいます。割とあなたに目元が似てる」

 

「そのお姉さんが同じ目に遭うと考えたらどう思う?同じように許せるのかしら」

 

ミシリと音がして驚いてそこを見ると、自分が武器を握った音だった。渾身の力でそれを握って相手を殺そうと体が動くが、そんな勝手なことはさせない。それをしてしまえば、顔向けができなくなる。

 

俺は大変な目にあったが不幸だなんて認めない。

 

「すごく強い意志。それにその目は、どうしてそこまで真っ直ぐなのかしら。本当に、良い人たちに巡り会えたようね。殺意を止められるほど、後悔がないほどに……。それはとても、とても羨ましいわ」

 

殺意が灯り、目線が交差する。愛情と殺意が入り混じったこの交換は、何事もなく対話に続いた。

 

「お互い、血の気が多いみたいね。話を続けましょうか」

 

そうだ。殺し合いならいつでもできる。話せるなら話した方がいい。この物騒な瞬間にも、どこか強い親近感を感じるのだった。

 

いやまぁ。近親だもんな。こんなもんだろうか。

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

パンと手を打って、切り替える。

 

「せっかくだしおばあちゃんらしいことをしようかな。それもひいおばあちゃんですからね。たっぷりと昔話をしてあげましょう」

 

「我が家は茨城県にお墓があるでしょう。あのあたりに家があったの。なんて事のない漁村の一角。村長をしていたこともあるらしいから、割と広めに土地があると思うけど、今もあるかしらね」

 

「海面上昇で侵食されちゃって、今は避難地域になってます。確か、ばあちゃんの代でそうなったはず」

 

すうっと目が細められた。きっと自分も誰かを殺す前にこんな目をしているのだろう。

 

「それはおかしいわね。あの頃から一気に上がるなんて考えられない。誰かがその一帯を、そんな風にして人を遠ざけたのかもしれないわね。本当に酷いことよ。歴史ある土地を奪うなんて」

 

「ああ、なんだっけ。そう、そうだわ。茨城の海岸にはね。色々なものが流れつくという伝承があるの。古いものでは『金色姫伝説』とか。まずはこっちから簡単に話しましょうか」

 

 

「昔々あるところに、ていうか天竺という国に。金色姫という美しい姫がおりました。天竺、というのはね、当時の異国を指す言葉。仏の国と言われているけど、多分インドじゃあないわね。ふふ、そして美しさが彼女にとっては不幸を運んでくるのです。お母さんが亡くなって、継母が来たんだけれど、物語に出てくる継母っていうのは大体ひどいじゃない。その人も例に漏れなかった。姫が憎くてたまらなくて、何度も何度も殺そうとするの」

 

「獣のいる山に捨てたり、無人島に流したり。でも姫はそのたびに助けられて戻ってくる。それで継母は業を煮やして、とうとう宮殿の庭に生き埋めにしてしまったの。ところが埋めた場所から金の光が差してきてね、王様が掘り返して姫を見つけてしまう。そんな奇跡もあったらしいわ」

 

「さすがにこれ以上は置いておけないと思ったのね、お父様が。それで桑の木で丸木舟を作って、姫を乗せて海に流したの。どこかの慈悲深い人に助けられるようにと願いながら」

 

「ええ……?」

 

「あら、ツッコミどころが似てるわね。普通に考えれば継母を殺して仕舞えばいいのだけれど、それは置いておきましょうね」

 

よく映画とかでもなんでそうする?と突っ込みたくなる性分だ。ひいばあちゃんも同じらしい。

 

「その舟が流れ着いたのが、常陸国の豊浦の浜。今の茨城県の海岸よ。権大夫という漁師の夫婦が見つけてね、我が子のように面倒を見たんだけれど……姫は長い旅の疲れで、ほどなく亡くなってしまうの」

 

 

「でも話はここからよ。棺を開けたら姫の姿はなくて、小さな白い虫がいるだけだった。夫婦が桑の葉を与えたら喜んで食べてね。育って、糸を吐いて、繭を作った。それが蚕よ。日本に養蚕が伝わった始まりだ、という話」

 

「筑波山の仙人がその繭から糸を取り出す方法を教えてくれてね、それで美しい常陸絹ができた。つくば市の蚕影山神社、日立の蚕養神社、神栖の蚕霊神社、この三社が全部その縁の地だとされているの。広く根付いた伝説でしょう」

 

これは一般的な伝承だ。その神社の一つには墓参りついでに行ったこともある。

正面を向いたまま、少しだけ眉を動かした。

 

「茨城に何かUFOとかUMA的なのが流れ着いたって話があるってのはなんとなく聞いたことあった気がしたけど、それのことですか?」

 

「いいえ、多分ちがう」

 

彼女は首を緩やかに横に振った。白い指先がドレスの裾の上で静かに重なる。

 

「それはもうひとつの方。こっちは江戸時代の話。『うつろ舟奇談』というのよ」

 

一拍置いて、語り始める。声の温度が少し下がった。昔話を語る声ではなく、記録を読み上げるような、そういう静けさだった。

 

「享和三年、一八〇三年のことね。常陸国の海岸に、円盤のような奇妙な乗り物が漂着したの。中から出てきたのは見たこともない服を着た若い女で、言葉は通じない。舟の中には読めない文字が書いてある。箱を抱えていて、それを誰にも触らせようとしなかったとか」

 

淡輝は黙って聞いていた。

 

「馬琴が書き留めたり、柳田国男が取り上げたりして、記録はいくつか残っているんだけれど、漂着した場所については長いこと特定されていなかったの。ところが後になって見つかった資料に『常陸原舎り濱』という地名が出てきてね。それが今の神栖市の波崎舎利浜だとわかったの」

 

「似てる。なんか嫌な感じが……」

 

淡輝が言った。確認ではなく、整理するような口調で。

彼女は小さく微笑んだ。それは嬉しいというより、正確に受け取られたことへの、静かな満足のような表情だった。

 

「そう。神栖ね。蚕霊神社があるところよ。うつろ舟の女の服装が、その神社の蚕霊尊の衣に似ているって指摘する研究者もいるの。金色姫と、うつろ舟の女と、同じ海岸に繋がっている」

 

彼女は窓の方へ視線を向けた。外には何もない。ただその目が、遠い場所を見ている。

 

「どちらも異国から来た女が、あの浜に流れ着く話。偶然にしては出来すぎているでしょう。あの海岸には、何か引き寄せるものがあったのかもしれないわね」

 

しばらく沈黙があった。

淡輝はそれを破らなかった。彼女が次の言葉を選んでいるのがわかったから。

 

彼女はゆっくり言った。

 

「個性が世界に知られ始めた頃、うちの近くの浜辺に、白い何かが打ち上がったのよ」

 

視線が戻ってきた。今度は淡輝を真っ直ぐに見ていた。

 

「それは、異形型の個性を持った人間だろうと判断されて、人の死体として処分された。私が生まれる直前だったらしいから見ていなかったけど、おじいちゃんがいうにはね。どこか、女性に見えたんだって。いや、メスって言ってたから人には見えなかったんじゃないかな。そんな語り口だったと思う」

 

淡輝は何も言わなかった。

 

「そんな漂着の物語があってから私は生まれた。うちの家系では最初の個性持ちが私だったの。わざわざ東京まで行って診断してもらってね」

 

彼女は少し口元を緩めた。遠い記憶を手繰り寄せるような、そういう表情だった。

 

「『目覚め』だと箔がないから『覚醒』にしようなんて盛り上がってたっけ。家族みんなで騒いでね。おじいちゃんなんか、本当に嬉しそうだったわ」

 

「普通に育って、普通に結婚して、普通に子供まで産んで。平和に暮らしてたわ」

 

窓の外に視線を向けた。

 

「普通っていうのは何よりの贅沢品なんだって、今ならわかるけれどね。その時はそれが当たり前だった」

 

 

続く間は、きっと遠い過去を思い出そうとしているのだ。淡輝は黙って続きを待つ。

 

 

「七夕が好きだったの」

 

「夏になるとね、近所の子たちとみんなで浜に出て、笹に短冊を結んで流すの。あの頃はまだ海岸に降りられたから。砂が熱くて、でも夜風は涼しくて。子供たちが走り回って、大人は縁台を出して座って。そういう夜だったわ」

 

「その七夕の晩に、赤い月が出た」

 

声が、少し変わった。

 

「皆既月食だって、ニュースでしきりに言っていたから。みんなサングラスとか、ほら太陽を見るあれがあるじゃない。子供たちは大騒ぎよ。こわいこわいって言いながら、でも誰も家に入らなくて。みんなで首を上げて、あの月をずっと見ていた。私も見ていた。ざわざわするような、でも綺麗な。そういう赤い月だった」

 

彼女は手を膝の上で重ねた。

しばらく黙った。淡輝は何も言わない。

 

「私はね。実は一度、流産しているの」

 

感情を平らにならしたような、そういう言い方だった。

 

「誰も知らないはずの妊娠と出産よ。だって信じられる?一晩で全部が起きたんだから。皆既月食の晩に、お腹がやけに張るなと思って寝たら、突然陣痛が始まって。それで出産まで数時間よ。病院に行く暇もなかったんだから」

 

浜で赤い月を見ていた日と、同じ日。その夜だった。

 

「生まれた子は、人の形をしていなかった。それにわかったの、あの子は不完全だった。生まれるための、存在するために必要なものが欠けていたんだと思う」

 

彼女はそこで一度止まった。

 

「それでも直後は生きていたから、抱きしめたら、死んでしまった。それで、血だらけで愕然とする私と死んでいる子を見て家族がなんて言ったと思う?」

 

ああ、最悪だ。その光景を想像して答えがわかってしまっている。

 

「見えないんでしょう彼らには」

 

「そうよ。大正解。やっぱりあなたも苦労したのね。外科と産婦人科と精神科のある大病院に運ばれて検査三昧だったけど、私が妊娠をしてた証拠はどこにもなかった。胎盤もなかった。残ったのは奇妙なひもだけ。カラカラで固まった。石みたいな気持ち悪い、誰にも見えない私とあの子だけの『ひも』」

 

「錯乱した私に検査のために麻酔をかけて、それで眠ってね。夢を見たの」

 

「目覚めると、そこはヤーナムという街の診療所だったわ」

 

きっとここから、長い長い、本当に永遠かと思うほどの悪夢が始まったのだ。

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