「結構長いこと語っていたし、戦いながら話しましょうか。動きながらの方が説明しやすいものもあるから」
二人して並んで座っていたが、腕を引っ張ってもらい立ち上がる。
「でも、殺し殺されして、会話を最初からするの、ちょっと……嫌だな……」
自分のセリフとは思えない。けれど、できれば今目の前にいるこの人とは最後まで語り合いたかった。勝つにしろ負けるにしろ、やり直したらもう同じ反応を返すことはできない。彼女との関係性はここにあるのが今は全てなのだから。
「あらあら。可愛くていいわね。じゃあ、ちょっと見せるだけにするわね。全部話してからやりましょうか。ほら、これ見て」
そうだ。意識していなかったが、彼女は俺を立ち上がらせた。AC装備をフルで纏っている自分をだ。
「すごい力でしょう。これでも本気じゃないの。俊敏性とか生命力とかその辺りももう人の範疇じゃないわ。これが血の遺志を力に変えるということ。夢の中であれば、私は超人的な性能で戦える。けれど、現実世界に戻ってからは関係なかったけどね。おかげで第三次大戦の時には本当に苦労したんだから」
「じゃあ、その夢から覚めてもまだループは続いてたってこと?」
「そう。多分だけど、私があそこまで無茶してなかったら人類が滅んでいたと思うから、そこまではさせたかったんだと思う。むしろそのために私を夢に引き摺り込んだと言われた方が納得できるかな。月の魔物は可能性のあるもの全てで試すんだと思う。全部勝手な予想だけどね」
「核戦争をどうにかして、オールフォーワンを焚き付けてしばらくしたら。使者たちが見えなくなったの。怖かったわ本当に、だって死ねばまた戻ってしまうかもしれない。それだけじゃなく戻れるかもしれないという誘惑は強かった。お世話になった人が事故にあった時、愛する人が傷ついた時、何度もやり直そうとして踏みとどまったわ。そして、ちゃんと死ぬことができた」
……それはおかしい。
なぜなら、彼女はここにいる。ここでずっと待っていたと言っていなかったか?
「最後の最後、あまり長生きはできなかったけど。それでも病気で死んじゃう寸前。きっと解放されるんだって感じたの。成仏って感じね。自分の中の血の遺志を感じて、それで……そこで思い出したのよ。忘れてたって」
「夢の中に、あの子のへその緒を置いてきちゃったの。そして、私のせいでいつか訪れるはずのあなたのような子孫の誰かのことを思い出した」
強い強い後悔と、なぜそんなことをしてしまったのかという悔恨を隠しもしない声色でそう言った。
「バカよねえ。あのまま考えずに死んでいたら、きっと私は逃げ出せた。地獄から上がることができていたんだと思う。けれど、血の遺志を束ねて夢を見れますようにと願ったの。人より多くの血の遺志を持っていたからかもしれない。詳しくはわからないけれど、そのせいでここにずっといるってわけ」
それをバカな行いなどと、自分は口が裂けても言えない。救ってもらったばかりだこちらは。
「そういう人を今の時代は、ヒーローって呼ぶんです」
「私がヒーロー?ちょっとやめてよね。流石に申し訳ないわ」
「ヒーローってのは他称ですから。勝手に呼ばれるものですよ」
沈黙があり、彼女はどうにかその呼び方を、嫌々ながら受け入れたようだった。
「覚えている中でも相当上位にくる精神攻撃だわこれは」
「その『むず痒さ』わかりますよ。すごく。ものすごく」
「ああ!そうだった。痒いで思い出したわ。ものすごくむず痒い感覚がするんだけど、もしかしてポッケに何か変なものを入れてない?ずっと嫌な感じがするのよね」
取り出したのは、例の『へその緒』だ。しかし、これが嫌いとは意外だった。彼女は大切にしているような言い草だった気がしたが。
「それは偽物ね。メンシスの罠よ。別のものが混ざってる。それほど握りたくならないでしょう?奴らはよくわかってる。狩人に何かを盛りたいなら、そこら辺に捨てておけばいいって熟知しているのね。恐ろしいわ!」
怖すぎだ。でもこんなものでもそのうち握っていたかもしれない。別にそこまで嫌な感じはしていなかったから。
「はい。これが本物の『三本目のへその緒』よ。使わなくてもいいけど、使うなら大事に使ってね」
「あの、これ二本目なんですが。何かに使えるんですか?」
「さぁ?私も二本目までしか潰したことないから、三本目って言うくらいだし三つ目にはきっと何かが起こるとは思ってるわ。それが正しい悪夢の終わらせ方なのかも」
でもねと困ったような表情で笑う。その顔は寂しそうだった。
「嫌な情報を追加することになるんだけれど、どうにもそれを使わせようとしてくる感じがしてたのよね。瞳を得ることができるらしいけど、どうなるかはわからない。みんな瞳って言っても違うもののことを指してるのよ。……ハッピーエンドは期待しない方が良いかも」
「いえ、自分は絶対ハッピーエンドにするって決めてるので、がんばりますよ。ちなみに一本目の三本目はヴァルトールって人からもらったんですけど……」
すごくわかりづらくなっている。へその緒と呼んだ方が良さげだな。
「ええ?連盟の!?あの人がこの時代に、しかも何で現実にいるのよ。どこかに血が混ざってたのかしら?」
ヴァルトールについても聞いておかねば。だが、その前に違和感を辿ろう。
「ていうか、これ。それだけ繰り返して、後悔するような約束までして潰さなかったのは何でですか?真っ先に試してみそうなものですけど」
これは看過できない。何か見落としていることが、隠されていることがあるのではと警戒してしまう。今更敵対することはないと思うが、不可解なロジックは放置できない。これを取り込ませようとしているのはこの人もではないのか?
「ええ……その通り。これはね。やり直しが効かないの。潰したら潰したまま、消えてしまう。どうなったか確認してやっぱりなしとはできない」
「私はただ、あの子の唯一のこの証がなくなってしまうのが嫌だっただけ。これを私だけが見えていて、そのまま消えるなら誰が本当にあったかなんて言えないでしょう。私にはそれが我慢ならなかった。ただ、それだけで数百年を無駄に繰り返し続けたのよ」
そこに宿る感情をわかるとは、到底言えない。言えるわけがない。
あまりに孤独に戦い続けた母親の姿である。それは想像を絶していた。子供を産んで失っても、孤独に戦い続けても。そのどちらでも足りない。
両方を体験しないとわからないそれは、自分にわかるはずもなかった。
「でもね。だからこそ、これはあなたに託すわ。私以外の誰かにずっと見せたかった。渡したかった。否定でもいいから、存在を認めて欲しかった。その偽物はもらっておくから、こちらを持っていきなさいな。この悪夢からあの子を出すにはこれしかないと思っているの」
迷いもせずに手渡し、そして受け取る。覚悟を持ってそれを握りつぶした。赤々とした青が体に流れ込んでいく。
それを見た母親は慈しむような寂しそうな。そんな顔をしていた。その目に何かが光る。
「あら、びっくり。まだ、泣けるのね」
静かな粒が、一滴だけつうっと流れ。消えていく。
誰にも見られなかった弔いの再演は、今度こそ誰かに見守られているのだった。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
ヴァルトールやその他気になることをある程度は聞けたが、どうにも要領得ない話が多い。
本当に狂人だらけで、会話にならない連中が多かったらしい。考察も苦手らしく、よくわからないことが多すぎた。
「そういえば、オールフォーワンが見つからないんです。状況から言ってこちらに迫るタイミングだと思ったのに。2人殺しただけで終わりというのは腑に落ちないというか」
二人殺したって誰のこと?という顔をしていた。確かに補足がなければ意味不明な発言かもしれない。
「オールフォーワンが分身して強くなったので、二人とも殺しました。前にも一人殺してるんですけど。これだけで終わりとは思えなくて、だいたい生き残ったやつには生育不良の障害があったはずで、今回の二人にはなかった」
「あらまぁ。あの人も頑張ったわね。どうやって隠れていないと確かめたの?変装の線は?」
「全員殺して確かめました。一人残らず死んだことを確認できた。だから人には偽装していない。他に物とかに隠れられる個性とか、心当たりはありませんか?」
少し考える間があった。視線が横に逸れて、何かを辿るような目をしている。
「それではないけれど、一つ心当たりがあるわ。もし私の助言を聞いていればだけれど、参考書を渡してあげたの。だからそれを参考にするならこんなこともできるかなって」
語られる内容と参考先が、あまりに荒唐無稽だった。信じられない内容だったが、有り得ないとは言い切れない。あまりに予想外な出典とやり方に、返す言葉がすぐには出てこなかった。それじゃあ自分の殺戮では炙り出せないわけだ。もし正しかったとすれば、一体どうすればいいのか。
「簡単よ。いつまでもその状態でいるわけないし、きっと隠れた洞窟から出て来たくなるようなそんな合図を決めているんでしょう。そうね。彼にとっての今、最も厄介な敵は誰?」
それならはっきりしている。そして対策について話し合った。
確実とは言えないが、彼女の話の筋は通っていた。
さらには自分のやりたいことを話してみる。マリア以外に全部を話したのはこれが初めてだ。話しながら、自分でも整理できていなかった部分が言葉になっていくのがわかった。
「狂っていると言って切り捨ててもいいけど、それはしないでおこうかしら。でも人間には到底不可能ね。その理想は無謀と同義よ。あなたに破裂して死んでほしくはないの」
「ヒーローにならできるじゃないかと思ってます。諦めないですよ」
幾らかの問答があり、そして長い沈黙があった。そして、絞り出されたのは予想外の方法である。
「そこまで言うのなら、それなら最後のへその緒と、月の魔物を探しなさい。赤子を求めるアレは泣き声の先にきっといる」
声のトーンが変わっていた。助言ではなく、言い聞かせるような口調だった。
「どう考えても人間じゃあ無理だし、あなたがどれだけ強くても個性なしに精神力でアレに勝てるわけはない。それを達成したいなら何でも取り込んでみるしかないわね」
「どうなるんですか?」
「わからない。けれど、ヤーナムの悪夢で何かを成そうとしている人達はだいたい、人を超えようとしていたらしいの。その全員がへその緒やそれに近い物を求めているような動きをしていた。だからきっと、人じゃなくなることはできる」
少し間を置いてから、続けた。
「それでも、あなたがそこまでする必要はあるの?」
「ええ。ありますよ。絶対に果たしたい約束があるので」
固い決意を今度は向こうが察する番だった。そうさ。自分は決してこれを諦めたりしない。
「きっと私が捨てなかったことと同じ種類の想いなのでしょう。説得という無駄なことはやめておきましょうか」
頷いた。それ以上は言わなかった。
彼女は切り替えるように軽い口調で語りかける。
「でもよかったわ。あなたが男の子で。この月が出ているから、もし女の子だったら妊娠してたかもしれないわ。初産でアレはちょっとね」
返せる言葉が何もなかった。笑っていいのかもわからなかった。いや、笑えねえ。
家族のこと、大戦のこと、大変だったこと、幸せだったこと。色んなことを語ってついに終わりの時が来た。
「どうなっても。あなたが幸せでありますように」
祈りとともに、額というか前髪あたりに口付けをもらってしまった。不覚をとった。
抱擁の暖かさを感じ、そして殺意の高まりを感じる。ここから先は言葉は不要ということか。
「殺せるまで何度でも挑戦なさいな。狩人の戦い方を全て教えてあげる。私は強いわよ?」
「どれくらい強いんです?」
「わかりやすく言えばレベルカンストしてるくらいね。もう血の遺志でこれ以上強化できないくらいは頑張ったから。レベルでゴリ押ししたから現実に戻ってから苦労したけれど」
見たこともない武器を取り出した。片刃のレイピアと鍔もない刀のようなものが繋がった双刃剣のような特殊な武器だ。
「じゃあ、やりましょうか」
ガチャリと音がして、双刃が別れる。二刀流となって、その両手に握られている二つの殺意。最初はこれのどちらかに斬られたのだろう。
「ゲールマンから連なる、狩りを教えてあげる」
言葉以外の全てを伝えるために、血で血を洗う血族の闘争が始まった。