人間は極端な年齢になっていくと、性別の見分けが難しい。
目の前の存在は、両極端をなぜか矛盾しつつも体現していてそれぞれの判別は困難だった。
性別などはないのかもしれない。自分の経験から照らして、投影しているだけなのかも。
骨格は人に近い。近い、というだけで人ではない。胸の膨らみはなく腰のくびれもなく、顎の線も骨盤の張り方も雌雄の判断材料にならない。四肢が異常に長く、腕が膝の下まで届いていた。皮膚は濡れて光を吸い、肋骨の形が浮いている。
どう見ても老人にしか見えない、骸のような赤子はしかし。右手で武器と繋がっている方が男に見える。左手の方が女っぽさをどこかから感じる。マリアは性別の判定不可を早々に出していたので本当にこれは主観なのだが、判別のためにも男児と女児で認識させてもらう。
先に出てきた右手側が男。という風に識別コードを付与する。
「そっちの兄妹はどっちが先か議論をしなくて済むのは羨ましいね。ウチはしょっちゅう喧嘩してたよ」
一人で寝ることができないという理由から姉の座は奪われたため、その争いには終止符が打たれたが何事もなければいまだにお互い見下していただろう。
ヨロヨロ、とこちらへと歩み寄ってくる双子。
唐突に跳ねた。爆発するかのような踏み込み。そして急激な加速を伴い、武器の届く間合いまで女児が踊りかかる。
それに合わせて完璧な形でパイルを置く。不可避の位置へと絶対の一撃を残し、相手が自ら喰らいにくる形だ。というかパイルはこうでもしないと当たらない。
『ゴースの遺児』という上位者についてはひいばあちゃんから聞いていた。
攻撃の種類も教えてもらっていたし、可能な限りで戦い方の再現までしてくれて。特に最初の行動パターンについては念入りに組み立てられるようにと何度もシミュレーションを繰り返していたから。
マリアの起動シークエンスを指示する頃には、無意識に体が動いていた。修練で入っている動作だ。左の胸部、肋骨の第三と第四の間。狙いはそこ。人間なら心臓がある。人間ではないが、人に準じる構造を持っていて内臓攻撃が有効でない上位者は存在しないらしい。血が出るならば殺せるとは至言である。血液は赤い必要もない。
いや、人に準じるとはおかしな言葉だ。彼らに準じて我々がこんな構造を持つのかもしれない。
完璧なタイミングで入った衝撃と爆発が視界を埋めるが、それは視覚と聴覚を潰す程度のノイズである。各種センサーは敵の動きを全て把握し続けていた。
止まれるはずのないところで敵は止まり、加速した男児が突っ込んできて直撃だけは辛うじて避ける。訓練によって研ぎ澄まされた感覚がなければここで死んでいただろう。しかし、大ぶりの腕による一撃で削られ右肩が砕かれる衝撃程度に抑えることができていた。
「なんだよそれ」
物体というのは基本的に飛んだらそのまま落ちてくる。稀に加速する奴もいるが、それでもいきなりこうはならない。
飛んできた女児は、突如として張り詰めた臍の緒に引っ張られ空中で急制動。男児へと引っ張られ、より加速した男児が突っ込んできた。警戒していた左手の大振りが、タイミングをずらされてさらに加速した右の大振りとなって襲ってきたのだ。
よく初見で死ななかったなおい。
『あの繋がりは見た目以上に自由に収縮するようです。まだ余裕はありましたが、あそこまで縮むのは想定できませんでした』
そんな悠長な分析と反省を決して許してはくれない。
刃のようなものが付いている胎盤が上から来た。
軌道は読めていた。読めていたのに十分な回避が間に合わない。後退の一歩が砂に埋まる。力が思ったよりも入らない、ここも故障していたらしい。波打ち際に近い砂は表面だけ固くて中が柔らかい。足首まで沈んだ瞬間、胎盤が砂浜を叩いた。
ブースターを噴かし、無理な機動で体を移動させたから直撃ではなかった。
着弾の衝撃が地面を走って足の裏から膝を抜けた。体幹が崩れる。砂が波のように跳ねて視界がぶれた。
その一瞬を、男児が見ていた。
詰めてくる。臍の緒が左へ引く分、右方向には逆に加速がかかるらしく不規則な加速をしながら突っ込んできた。
爪が装甲の継ぎ目に入る直前、衝撃吸収から受け流しのモードへと切り替える。
浅くない。内側まで来て肋骨に届いた爪はそのまま体を裂こうとしている。本来ならそれを阻むはずの鎧は、それを避けるようにして強固にというより柔軟に変形させている。
なぜなら、今守るべきは装甲の方であり肉体はどうにでも回復させることができるのだから。
皮を守り、肉を斬らせて、骨を断つ。
こちらに予想外の重傷を負わせたから、敵は深く踏み込んでいる。その分こちらの攻撃も当たるというものだ。ノコギリ鉈を短くして、敵を切り裂き傷口へと返り血を注いでいく。
リゲインという狩人たちの回復方法だと知ったが、これは常軌を逸している。故に馴染むのだ。
さらに今は、もう一つの回復方法を先祖より預かっている。
『これが輸血液。当たり前になっていると数千万と在庫があって空気みたいになるけど、現実に戻った時にそのありがたみを知ったのよ。ずっとそこにあってくれたのに、気づけなかった。これこそが導きの輸血液よ。感謝してブッ刺しなさい』
大型の注射器を太ももの装甲を開けてそこへと注入する。すると、体がみるみる治っていく。
傷ついて失うのは体ではない。ACの方がもはや貴重だ。
互いに初見の攻撃を交わし合い、そして傷つけ合う。狩人の戦いとは、傷つけ傷つき。血を交換するものになると言われたが、まさにそれを実感している。
全ての攻撃がこちらの命を一度で奪う威力がある。それを勘を頼りにどうにか避けて、致命だけは避けて反撃を繰り返す。
集中力が高まりすぎて、一時間は経ったかと思った時にちょうど1分ほどが経過した。
互いに傷つけ合い、そして一定の距離を取る。
その際にいくつかグレネードを射出して、相手にだけ一方的に対応を迫っておいた。
その隙にまたしても輸血液を刺して体を元に戻しておく。
温かさが太ももから腹へ、胸へと来た。肋骨の痛みが引いていく。皮膚が内側から押されるような感触で裂傷が閉じる。三本目だった。
残りは十七本。
ひいばあちゃんは二十本を渡す時にこれが渡せる限界なのだと言っていた。おそらく夢が終われば輸血液もなくなるとも。修練でも最後の手合わせでも、全部出してくれた人だった出し惜しみはないと信じることができる。
使いきれば終わりだ。それまでに打開のための条件を揃えないといけない。
残り十二本。その時は来た。
相手の動きを全て見て、繰り返す。繰り返す。
二体の動きを見続けた。
女児が踏み込む時、足の運び方に癖がある。右足が先に出て、それから体重が乗る。その順序が少しだけ長い。男児がついてくる時は臍の緒の張力を確認してから動く。引っ張られるか引っ張るかを一瞬だけ測っている。
互いに張力を使っている時にははっきり言って予測ができない。
ひいばあちゃんは言った。パリィは最初一発でいい。たった一つの行動を見極めてそこに全力で合わせるのだと。その瞬間を見逃すな、一撃だけで決めるのだと熱弁していた。
「私は昔、パリィが苦手でね。銃で相手のパンチを迎撃して体制を崩すなんて考えつかないじゃない。それを無しに何度も敵を倒し続けてたけど、ある日逆にそれをやられてね。そこからは楽なんてものじゃなかったわ。狩りとは致命のタイミングを得ることと覚えておきなさい」
念入りにシミュレーションを組み立てた。あの人が教えてくれた動きの中に、応用できるものがある。初手のパターンは全部頭に入っているが相手が変わりすぎているからそのままは使えない。
だけれど、全てが変わったわけでもない。似た行動はどうしても生まれる。相手も互いを引き合う戦い方はまだ慣れないところが多いらしく多用はできていない。
女児が踏み込んだ。
右足が先に出た。来る。胎盤が上がった瞬間に銃を向けた。照準は感覚だ。体に入っている。タイミングは頭で計算するものじゃない。撃った。
銃声が鳴って、女児が傾き膝をつく。男児も近いため、この距離ならば引っ張るのではなく自ら襲ってくるだろうと想定した。
「ビンゴだ」
最善を走ってくれてありがとう。肩のデバイスから男児の目へ向けた高出力レーザーが打ち出される。小型バッテリーごと消費する連射が効かない秘密兵器だ。
これほどの威力であっても上位者相手には目を一時的に潰す程度の時間稼ぎにしかならない。
だが、それでいい。
その一瞬に全部を詰め込んだ。
踏み込んで間合いを潰した。装甲を纏ったの右手を槍のように構えて、隙だらけの相手の腹部へと突き立てる。肋骨の間、隙間を探りながら押し込んでいく。指先が内側に入った。
思いっきり、引いた。
そして引き抜く時、装甲は逆立ち、内側から棘が発生する。毒物や金属片が爆発とともに炸裂し、ヤーナムには存在しなかった悪辣な内臓攻撃が成功する。
同時にノコギリ鉈を短くして、倒れ込む女児へと追加で攻撃もちゃんとする。
傷口へと返り血を注ぎ込み軽微な傷も治しておいた。
片方はもう戦えないな。普通の生き物であれば死んでいるが、相手が普通ではないことは間違いない。
それでも流石に効いたのだろう。女児が崩れた。砂浜に膝をついて、胎盤が地面を叩いた。臍の緒が突っ張って、男児が前のめりに引っ張られる。
これ幸いと背後をとって、全力のタメ攻撃をお見舞いしようとしたが。その時、悪寒が何より早く迸る。しかし、攻撃はもう止められない。ダメージ覚悟で回復目当てに攻撃を加える。
双児が叫んだ。
口の形が変わらないまま高い声が出て、さっきまでの泣き声とは違った。感情の一つもわからない哭き声。直線的な音が砂浜に響いた。
それは落雷のような衝撃を伴い、ACの重量ごと自分を数メートル吹き飛ばす。
範囲攻撃。それは狩人が最も警戒し、そして自分にとっての鬼門である。
「どうやって戦ってたんですか?装甲もないのに、炎や衝撃、雷なんてのもあったんでしょう。物理的に避けれないものに対してどうしてました?」
「回避の一瞬、世界から自分を切り離すのよ。ほんの刹那だけ目覚めるイメージかしら。そうすると夢の出来事は自分に干渉できなくなる」
「……その、ちゃんと教えて欲しいんですけど。無敵フレームを持ってなかったらどうしてました?」
「ちょっと難しいかもしれないけど、シンプルね。勝てるまで繰り返すだけよ」
うちのひいばあちゃんは、インチキだった。
最後の最後まで、自分は無敵の回避を体得することができずあくまで面攻撃は耐えることでしかやり過ごすことはできない。
雷速での攻撃など避けられない。そのうち電撃を使うということは言われていたから避雷針機構は周囲に撒いていたのに、全く意味がない。
注射器を押し込みながら立った。太ももが穴だらけになっていそうだが、その傷も消えるから問題ない。打ったのは何本目か、残りは八本か。改めて、輸血液というのは凄すぎる。これがあるだけで死ぬ回数が劇的に減るだろう。
青い光を放ちながら、男児がゆっくりにじり寄ってくる。
体から雷が出ていた。皮膚の下を黄色い光が走って、砂浜に散るたびに砂を焦がした。さっきまでそんなものはなかったが、体にベールのような膜を纏ってもいる。全て女児への内臓攻撃が通った後からだ。
距離を取りながら確認した。ここまでの死闘は全てデータを集めるためでもある。
「マリア、回避モデルまだか?」
『……申し訳ありません』
珍しい。謝罪だけが来た。解析結果も代替案も何もなく謝罪だけというのはらしくない。まだ分析ができてないないなら、予測される時間や必要な情報を求めてくるだろうに。相当だぞこれは。
『予測不能と判断せざるを得ません』
「初めて聞いた、その言葉」
『通常、振り子運動は周期から次の位置を算出できます。二重振り子でも確率的な予測は可能です。しかし互いを繋ぐ臍の緒は二つ。三つの点を結ぶ三重振り子です。二体の相互作用が加わった運動方程式はカオス系になっています。わずかな初期条件の差が軌道を大きく変える。原理的に、長期的な予測ができません。その上であの臍の緒の伸縮も物理的には説明不能です』
「じゃあ、まぁ。あれか、頑張れってことか」
『はい。ご武運を』
男児の胎盤が上がった。雷を纏ったそれの軌道が読めない。
あとは唯一残っている最強の武器だけで戦うしかない。
「狩人にとって最も重要なものを、あなたはすでに持ってるわ。それはね」
「「諦めない心」」
よくわかっている。なんと言っても、自分はほとんどこれ一本でやってきたのだ。