決して諦めていないが、どうにも状況は不利である。それくらいは認めてもいい。
事実を事実と認めても、現実は悪化したりはしない。
衝撃から立ち直る前に追撃が行われ、それをどうにか避けるが広がる電撃は避けることができない。
避けた先に電撃が散った。意味のわからない放電現象だ。着弾点から放射状に走って、撒いておいた避雷針が全部反応している。数値上は正常に機能している。電流を逃がしている。
それでも足が止まった。
左脚のアクチュエータが応答しない。右腕の出力が三割に落ちている。ブースターが起動しない。
「くっそ」
舌打ちと独り言が出るが、それは対策を忘れていたからじゃない。対策はしていたのにそれが機能しないからムカついただけだ。
避雷針だけじゃない。外装全体にファラデーケージ構造を組み込んで、内部の電子系は全て光ファイバーで中継していた。電気を通さない経路だけで制御信号を回していたはずだ。導電部には絶縁コーティングを三重にかけていた。雷を使った攻撃が来ることはひいばあちゃんから聞いていたから、準備に一番時間をかけた部分だった。
それが全部、意味をなしていない。
『説明できません』
珍しい弱音(30秒ぶり2回目)が来た。
『電流の経路が検出できていません。どこから内部に入ったのか、対策のどこを抜けたのか、データが取れていない。現象だけが起きています』
つまり物理で説明できないということだ。上位者だから、で済ませるのは嫌いだが今はそれしかない。こいつの攻撃は電気っぽい雰囲気の別の何かである。
残り八本で、これだ。
左脚のモジュールを切った。
切り離した瞬間、左半身から重さが消えた。消えた、というより引き剥がした。脚部モジュールは防御にも推進にも使っていた部位だった。バシャンという着水音に罪悪感が少しだけつのる。海洋投棄はあまりしたくないことだから、仕方ない。
重心が左に傾く。そのままだと転ぶ。右脚に全部乗せて、体幹で左への傾きを殺した。
ほとんど機能しない右腕の補助系も切った。
出力は戻らない。三割のまま動く腕になった。でも応答は戻る。言ったことを聞く腕になったからそれで十分だ。
『左脚部モジュール、右腕補助系、ブースター、喪失確認。残存戦力で継続します』
片脚で立った。
思ったより動けた。重さが消えた分だけ右脚の負担が減っている。左脚がない分、重心移動の計算が単純になった。ひいばあちゃんとの無限に思える特訓でACは破壊されることは数多くあった。これくらいは大したダメージではない。
まぁ、当然ながらベストではないが。
男児が間合いを詰めてきた。
さっきと歩幅が違う。こちらが片脚だと見ている。距離の取り方を変えてきた。雷を纏った胎盤を低く構えて、横に薙ぐ軌道で来ようとしている。片脚なら横への移動が遅い。正しい判断だった。
厄介なことに、賢いじゃないか。
踏み込んだ。
横への移動が遅いなら前に入る。薙ぎの軌道の内側に潜り込めば当たらない。片脚でも前への踏み込みは死んでいない。むしろ余計な重さが消えた分、一歩が速くなっていた。
胎盤が横に来た。その下をくぐって懐に入った。
距離がゼロになった。この距離なら胎盤は使えない。爪が来る。来ることが分かっていれば対処できる。右腕で受けて流した。出力が三割でも受け流しには十分だ。
けれど付近を通過するだけで感電し、こちらの動きは損なわれる。
ノコギリ鉈をどうにか返して、ダメージの回復を見込む。
片脚で踏ん張りながら刃を叩き込む。体勢が不安定な分、威力が落ちる。それでも当たった。
攻撃したと思った瞬間に視界が消える。
白くなって、黒くなった。光が先で、熱が次で、音が最後だった。完全な無音になった瞬間、体だけ残る。
ああ、このままじゃ死ぬな。
そう感じて即座に生命線である鎧を脱いだ。
ロック機構を全部解除して内側から蹴るように離れる。ACが開いた隙間に体を滑らせ、ACは自ら自分と距離をとっていく。
ゴロゴロと砂浜に転がった。砂が口に入った。
ACが目の前に立っている。自分がいなくなった鎧が、それでもマリアが制御して立っている。
動いた。自分とは違う軌道で、胎盤の振りを読んで右腕を差し込んだ。
横から見ることで、ついさっき何が起きたか理解する。一発入って男児がよろけたが、帯電している電気が爆発的に反応しACの方が吹き飛んだのだ。
ああ、そうか。電気を纏っている時には攻撃はしてはいけないらしい。
男児がACの肩を掴んで引き倒した。砂浜に沈む鈍い音。金属が潰れる音が波打ち際に晒されている。
彼らはそれを思いっきり踏む。
胸部装甲に全体重が乗る。凹む。金属が圧縮される音が砂浜に響いて、波の音に混ざった。
きっと自分が殺されたら、こうなるのだろうという前例としてその執拗な破壊を見守っている。
時間を無駄にすることはできないから、痺れて震える手で輸血液を注入する。
もう一度踏んづける。
同じ場所。さっきより深く沈んで、継ぎ目が開く音がした。中から何かが弾け飛んで砂浜に散る。小さな部品が波間に消えた。
また踏む。外装が剥がれた。内側が出てくる。配線と骨格だけになった部分を踏むと音が変わった。フレームが露出して、それでも踏む。破片が砂浜に少しずつ広がっていく。
防御と攻撃の両方をこなす、盾であり矛であるACを失い戦力は大きく失われている。それでもまだ、この身があるならいくらでも試せることはある
「ひいばあちゃんの初期スタイルだなこれが」
執拗に鎧を破壊するそれはきっと、こちらの弱さを知っているのだろう。脅威はあの金属の塊であって、この脆弱な肉塊ではないと。それは正しい。同時に間違っている。
発光し帯電する男児へと触れればそれだけで死ぬだろう。それなら女児の方を殴ればいい。
おばあちゃん秘蔵の『青い秘薬』を飲み干すと、自分という存在が希薄になる。
先ほどから無視されていたが、戦闘中に後ろにひっそりと近づけるほどのステルス性能を得ることができる。
とはいえ一歩動くとその効果は消える。
だから一歩を踏み出すごとにヤバげな麻酔薬をゴクゴク飲んだ。もう一歩。そうすれば届く。
女児の背後をとって両手を祈るように掲げ、そして思いっきり振り下ろす。言葉にすると最低すぎる文章になりそうだが、あっちの方が体格もいいから許して欲しい。
無警戒の背後からのため攻撃が炸裂し、体勢が崩れる。
本能的に前へとステップし、その内蔵へと手をかける。皮膚を超えて内部へと到達し、命の根幹に指が届く感覚がある。これで、こいつは殺せると確信し。
雷に打たれたような衝撃を受けて、俺は死んだ。
死ぬ直前に見たのは帯電する女児の方の姿であり、光を失った男児の姿も見ることができた。
そうして俺は無惨に死んで、目覚めていく。
非常に、好調と言っていい。最高の幕開けだっただろう。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
当然ながら、目覚めるとUAIである。
となると、準備できるから整えた上でひいばあちゃんへと相談に来た。
「個人的には結構エモい感じでお別れしたので、話しかけるの恥ずかしいんですけど聞いてもらっていいですか?」
「あらあら。そこまで仕上がっていても勝てない相手だったの?どれくらい挑戦したのかしら」
「まだ1回目です。第二形態と嫌な仕掛けまで見てから死ねました」
「素晴らしいわね。じゃあ聞かせて。どんな敵で、どんな風に殺すの?」
この先輩狩人は話が早くて本当に助かる。笑顔で応えつつ、お願いの品を持ってきた。
「ちょっと、これを使って欲しくて。まず使えそうですか?」
「私の技量はちょっとしたものだから、安心して。どんな武器でも扱ってみせるわ」
俺はなんと、練習用に作った武器を持参している。それくらいやってもいいだろう。
それは三節棍と呼ばれる武器の一種であり、やけに歪な形状をしている。まずは三重振り子になっている武器に少しでも慣れなくてはいけない。完璧な予想はできないだろうが慣れているだけで全然違うと思うから。
そして、戦い、殺し合い、最後には死ぬ。いつものと何も変わらない日常だ。
「それで、あなた。それはなに?」
「武器です。これで練習したいので扱えますか?」
「無理に決まってるでしょう!どこからどう見ても武器には見えないけど!?」
汎用ACを二体、中心の大鉈で繋いだ変則型のゴースの双児を模した特別仕様ACである。
マリアにはこの二体が動けるようなアルゴリズムを開発してもらっていたが、それは短時間で全てを網羅することはできない。
やはり能力のある人間にぶん投げるのがいまだに早いこともある。
「どんな武器でも扱えると言ってくれたので、ぜひお願いします」
「はぁ〜。恨むわよ。ひ孫に良い顔したかったどこかの私……」
ひいばあちゃんはちょっとお婆ちゃんらしく、最新の兵器であるACに四苦八苦しつつそれでも驚くほどの適性を見せてくれた。さすが先輩だ。
ゴースの動きを体に叩き込み、試したいことも練習する。本番一回だけよりも、こちらの方が色々試せてお得だった。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
あれから数度の挑戦をした上で、一つの結論が導かれた。
あの双児との戦いは長く続けるつもりもないため次で決めてしまいたい。
慣れ始めた洞窟を抜けると、誕生の瞬間に立ち会える。
生まれた二人はまた波打ち際に立って、月を見ていた。
二体が同じ角度で同じ方向を向いて、口の形が変わらないまま空を見上げている。二人を繋ぐ臍の緒がたるんで波に揺れる。さっきも見ていた。そういえば死ぬ前も見ていた。
輸血液は満タンだった。青い秘薬もある。三節棍の練習と、仮想ゴースとの戦闘経験は体に入っている。ひいばあちゃんが四苦八苦しながら付き合ってくれた時間が、今ここに全部乗っている。
次で決める。
男児が月から視線を外した。女児も同じタイミングで向く。臍の緒が張って二体の間に線が生まれた。
来る。
経験値というものは凄まじい。最初はあれだけ苦労した最初の形態も、今では輸血液を一つも使わず、一撃も浴びずに突破することができるのだから。用意したものを予定の場所へとばら撒いておく。
またしても女児が先に動き戦いが始まる。女児はどうせ下がるから、すれ違うようにして前に過剰に進んでおく。胎盤が空を切って、後から来た男児へと銃撃を浴びせておく。
これは改造弾である。『モギモギ』をベースにした特殊弾が圧縮加工を施され、着弾と同時にバスケボール程度のモギモギがくっついていく。これはなかなか取れない。後ほどの電撃を使えば焼き切られてしまうが、それまではこれで制圧することもできるだろう。
顔面と脇に着弾し、視界と動きがままならなくなった男児をよそに、女児へと追加で攻撃を加える。
懐に潜り込む。この距離なら胎盤は使えない。爪が来る前にノコギリ鉈を返して肋骨の下に入れると女児が傾き、ピンチをカバーするように臍の緒が張って男児が飛んでくる。
そこだ。
引っ張られる方向に先回りして待つ。模擬ACで叩き込んだ動きが出てくる。完璧な予測じゃなくていい、一歩だけ先にいれば十分だ。男児の軌道にノコギリ鉈を合わせるが、それも不自由な手の方で攻める。
二体が同時によろけた。
踏み込んで鉈を叩き込みながら男児へ向き直り銃を向ける。
女児が砂浜に膝をつく。男児が距離を取って臍の緒がたるんだ。戦い方を変えようとしている。
対応させない。このまま殺してやる。
銃撃による拘束は累積していく。その直撃を嫌がって、無理な回避を行うところ。
「残念でした」
その場所には最初に配置した地雷が撒いてある。彼らの足元が炸裂し、指向性の爆発によって体勢が崩れている。
致命攻撃を入れて、さぁ第二形態。やってみよう。
咆哮と雷轟が響き。勝負の瞬間が訪れた。
形態変化と同時にこちらも局所的なスモークを展開。姿を隠して対応を絞る。すると、当然ながら胎盤を伸ばしてそれで遠距離攻撃を選択してくるのだ。
ACが煙から飛び出して、上から女児を狙っていく。帯電していないところを抉るための動きを忠実になぞっていく。そこには魂が籠ったモーションが再現されていた。
俺は、ACを脱いですでに一歩ずつ歩いている。
青い秘薬を飲むと自分という存在が薄くなっていく。一歩、もう一歩と男児の背後に回っても気づいていない。
ACと女児が戦い、そして罠とも知らない動きでその手が女児へと届く。
雷光が瞬時に移動し、ACが片腕だけ壊れて弾け飛ぶ。その光景を横目に、自分はパイルを静かに男児の背中に添えた。
パイルバンカーという武器には振りかぶりの動作は必要ない。相手が動いていないなら、外すわけもない。
それでも死んだ前回の反省を活かして、特別な右腕だけを覆ったAC装甲が光る。
起爆と同時に、その特殊機構が起動した。
ゴースの双児はどちらに攻撃をいつ加えても、必ず電撃が返されるという最悪のカウンター持ちだった。だから、致死の雷を受けるのは確定だ。これはACを着ていても関係ない必ず骨まで焦がされる。
食らうしかないけど、耐えられない。
じゃあ、食らっても良い状態にしてしまえばいいのだ。
この技術を一体誰が最初に必要だと言ったのだろう。そいつも相当な狂人だ。あのヴェスパーという傭兵部隊。カンパニー最強の実力者が要望した、パイロットの腕ごと切るというAC機構。
その自切機能だけを持ってきて、それが今自分の命を守った。
モギモギ。煙幕。『青い秘薬』ACによる分身。パイル。そして自切。
それらを積み上げた先に、ようやくだ。渾身の一撃が完璧に決まった。
硬質な金属がぶつかる音、爆発がそれを覆い隠して敵を吹き飛ばす。これは流石に耐えられない。
確実に殺した感覚がある。
だから、俺は即座にちぎった腕へと飛びついた。骨まで電撃にやられているが、それでもくっつけて肩と腕両方に輸血液をブッ刺した。
血液が脈動し、無理やり死んだはずの体を通ってそして繋げていく。あまりにグロテスクな光景だろう。真面目な医者には見せられない。
男児は残骸となっている。さて、女児の方はどう出るか。
ACは片腕だけを同じく自切して本体は無事。スペアパーツは持ち込み済みだから問題ない。
第三形態までいくような敵はいなかったというが、いつそうなっても驚きはしない。
女児はその場に立ち尽くし、そして紐を手繰って片割れのかけらを抱き寄せる。
そうして、その力を漲らせ。雷光が暴れ出して地面を焼いていく。
浜辺の砂が溶けて赤い轍を作っていくようだった。
その慟哭が止んだ時、新たな戦いを予感して血が沸るのを感じる。いいぞ。とことんやろう。やってやる。
銃を構え、武器を握り。一番自然体で待ち受ける。
そして、その時が。
こなかった。
女児はすでに死んでいて、骸はそこに重なっているだけ。
双児は同じ命を共有していた。片方が死ねば、残りも死ぬのだと。
きっと俺も同じだったんだろう。胎内でへその緒で繋がっている時。生まれる前にそうなれば、一緒に死んでいたんだろう。
彼らの死体が泡のような光になって溶けていく。この世界に存在した証拠は何も残らない。
激戦の予感を空振りにされて、何かとても嫌なものを見せられた感覚だけが残る。
いや、もう一つあった。
二つの母親の死体のところに、何か黒くて淡い、今にも消えそうな人影がゆらめいている。
それぞれがゆっくりと近づいて、ちょうど間で止まっている。
二人並んでいるように、寄り添ってただそこにいた。
魂というものがあるのなら、こんな形をしているのかもしれない。
常軌を逸している自覚をしつつ、狩人として自然な行動を選択した。
俺は当然、それを撃った。
弔砲としての気持ちを込めたことなど、彼らには関係ないだろうが。どうか、安らかに眠ってほしい。その影は、海と空の間へと吸い込まれるように消えていく。
彼らが消えると同じように、霧が晴れてきた。
悪夢の底は空にある。空の奥に現実の南極世界がうっすらと見え始める。
空に向かうなら、海へと潜らなきゃ。
誰にも説明できない感覚を頼りに、その先へと進んでいく。彼らと近くそれでも同じ道のりを俺も辿って潜っていった。