夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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三本目の三本目

この戦いで最も恐ろしく、そして吐き気を感じるほどに緊張をした一瞬はどこか。

 

それは間違いなく、この瞬間である。

 

最初の『目覚め』の瞬間に全てがかかっている。一体どこから。一体どこまでをやり直すことができるのか。

 

それだけが怖い。何よりも怖い。

 

 

そして、目が醒めるとそこは。

 

 

 

 

 

今まさに飛び散り、床へとばら撒かれるガラス片。

強行突破した三人が転がりながら制動し、どうにか着地した瞬間であって。

 

破られた窓枠が別の悪夢によって上書きされた瞬間だった。

 

 

ああ。そうだ。これできっと何人かの死が決まってしまった。

雄英高校の職員室が破壊されて何人も安否不明とのこと。つまりはミッドナイトも死んでいる可能性がある。

 

大切な人を傷つけたことは数えることもできないほど多いが、真に失った回数はそれほど多くない。

 

その重さに体が反応しようとするが、そこで止まるようなことはしない。

 

「取引だ」

 

短く宣言し、ドクターの注意を引いてやる。

 

「悪夢を解いて、メルゴーの乳母を下がらせろ。お前の欲しいものを提供してやる用意がある」

 

「ほうほうほう!!それは興味深いがしかし、君は譲歩などする必要はないのではないのかな。それを発言すると言うことは。つまりされたくないのでは?そう思わせるのが狙いなのかもしれない。情報が非対称の対戦の場合、相手の言葉を一つも聞かないことが唯一の賢い戦略である。何か反論はあるかね?」

 

狂っているくせに嫌になる程理知的で、論理的に論破されて思わず笑ってしまった。

やはり彼は科学者なのだろう。自分のわがままを通すのに正直でそれを社会が認めていないだけであって、破綻しているわけではない。

 

骸の軍勢が霧の中から立ち上がり。闇の中から刃が降ろされ、そして狂人どもが光を放つ。

 

そこから無数の戦いを始めることになった。

 

こうなれば自分の精神状態は一気に安定していく。目覚めるごとに研ぎ澄まされていく。

先鋭化させて、研いで研いで。そして敵の喉を抉るまで振り回すだけだ。

 

それままるで、坂の上から無数のボールを箱ごと放ってホールインワンを目指すかのような作業である。自分はこれに習熟しているからある程度無駄はなくなっているが、全く近い方法で目的達成をしようとする存在は身近にいる。

 

それは汎用的なAIである。オールフォーワンによって核兵器と同じように世界中の先端テクノロジーが失われていったが、核融合と並びこれもその一つだ。 

 

自分はまるでAIみたいに坂を転がり、当たりを引くまで改善し続け。そして無限に試行するならそれは絶対に達成されるのだ。

 

それが最初から絶対不可能な命題でない限りは。必ずそうなるのが原理である。

 

 

これまでにやっていた無数の戦いと同じだ。

受け流すことができることはすでに初回でわかっていたし、緑谷だけでなく轟すらメルゴーの乳母には干渉ができる。

 

こいつらを殺し尽くすための方策を雪崩のように試し続ける。それが目的に到達するまで、角度を速度を変えて試し続けるだけなのだ。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

袋小路まで追いついたその先で、作業のように戦闘を終わらせた。南極の聖女の首を投げ捨て、夢の端にあった奈落へと落としておく。

 

飯田を囮にすることでパターン化したメルゴーへの対応は緑谷に任せており、その行動は最適化されている。

 

明確な指示のもと躍動するヒーローたちの勇姿は何度見ても心踊るが、その高揚すら忘れる頃に当たりを引いた。

自分がメルゴーを殺そうとするのが良くなかったらしい。緑谷出久という存在は最も困難な状況に、誰かを守りながら戦う時に発揮される。

 

ドクターを即座に凍らせる轟と、聖女を何もせずに殺す自分のコンボが上手くハマれば、あとは上位者をどうにか死人を出さずに倒すだけだ。

 

自分が緑谷に合流するまでの時間をいかに最小化するか。それが最も重要だった。

 

「ああ!素晴らしい!やはりこうなるか。それはそうじゃ。必ずこうなることはわかっておった!しかし、聞きたい。一体これはどれほどの積み重ねの結果だというのか!」

 

ヒーロー『デク』の渾身の一撃は、擬似的にオールマイトの全力すら超える出力がある。……こともある。両方とも安定しないがそれでも超える時があるのは凄まじい。

 

緑谷の体から光が溢れた。

制御していたものが外れる瞬間というのは見ていれば分かる。段階的に出力を上げていくのではなく、内側から弾けるようにそれは来る。全身の輪郭が緑の閃光に包まれて、石畳に亀裂が入った。

 

足元から放射状に、踏み込む前から地面が割れていく。それだけでは足りないと、黒鞭が腕のように四方を掴んで加速するための足場をどこにでも作っている。

 

彼が飛んで、霧が吹き飛んだ。

閃光の圧力だけで霧が散って、部屋の輪郭がはっきり見えた。石造りのアーチ、傀儡の残骸、血の染みが広がった石畳。それら全部が緑の光に照らされて、影が消えた。

 

踏み込む一歩で床が砕けた。石畳が粉になって飛散して、その反動で緑谷の体が加速する。彼の決め技の多くは飛蹴りだ。両足を揃えて、全体重と全出力を一点に集中させる形で乳母に向かっていく。

 

限界まで引き絞った体を、インパクトの瞬間に思いっきり伸ばして威力を高める。

 

『発勁』『変則』全てを使った全力だ。

 

オールマイトの全力。あれと同じ質の速さだった。いや、超えている時すらある。安定しない出力が偶然に噛み合った瞬間であるかもしれないが。限界を超えることもある。

 

乳母が六本の刃を構えるが、間に合わない。予想だにしない人を超える一撃に、対等に対抗しようとしている時点でほとんど負けたようなものだろう。

 

緑谷の両足が乳母の胴体に刺さった。衝撃が石造りの壁まで伝わって、壁が割れた。割れた先に別の空間があった。通路でも部屋でもない、ありえないはずの霧の向こうの暗い空洞へと夢が壊れて抜けていく。

 

全てを投げ打つような、飛び蹴りがメルゴーの乳母へと刺さり。構造を破壊してその奥へと消えていった。

 

反動で戻ってくる緑谷はもう足腰が立たなくなっているが、それも仕方ないだろう。

 

自分はその致命的な一撃を見届けて、彼が間に合わない速度でそれをする。

ひいばあちゃんが言うには、血の遺志が流れ込むまでなら間に合うとのこと。

 

「Hunted Nightmare……」

 

ミコラーシュの口調でそういったドクターをよそに、自分で自分を撃ち殺し。より良い勝利を達するために再度やり直す。

 

今の周回では、壁に囚われていた人々は見殺しだった。緑谷が気づく前に自分が全員殺すことで全力を出せるようにしただけだ。それで敵を倒せるのか知りたかったら、そうしただけ。

 

勝てることはわかったので、あとは勝ち方の問題だ。

 

 

 

人が配置されていない場所の把握、変動する部屋のパターン。

そして完璧なタイミングで緑谷と敵を誘導する流れを構築するために、すでにクリアしたところから見直さなくてはいけなくなった。

 

それでも、そんな労力など問題ではない。たった一つ。美しい現実を続けてヒーローを勝たせることだけが重要だから。

 

 

 

そうして、その時はやってくる。

当然だ。諦めなければそれは起こる。

 

 

 

消えるメルゴーの乳母。そして拘束したドクター。

人質は誰一人殺されず、仲間たちも全員が無事。怪我はあるが回復可能な範囲である。

 

 

ついに完勝だ。やってやった。

 

「Hunted Nightmare……」

 

その夢の終わり、悪夢を狩ったその後へと進むのは久々に恐怖を感じてしまう。今まで考えずに済んでいたUAIの被害について向き合うことになるからだ。

 

夢が歪んで、現実が形を取り戻す。赤子の鳴き声は止み、自分の手にはもう一つの『三本目のへその緒』が握られている。

 

これで三本目のそれを手にしながら、現実の応接室へと帰還する。

目覚めた感覚があり、きっとここが起点になったのだろうという確信が生まれ。そして焦り始めていく。

 

「すぐ戻ろう。多分そう多くはない」

 

それ以上言葉はいらなかった。飯田が壁を支えに頷いて、轟が右手だけで立ち上がろうとしていた。緑谷が戻ってきた時には既に動き始めていた。

 

霧はもう消えている。乳母が消えてから、部屋の侵食も少しずつ引いていた。石畳がカルブラの白い床に戻っていく途中で、両方が混在したまま固まっている箇所もある。どちらでもない床を踏みながら扉を探した。

 

外に出ると、人がいた。

 

庁舎の前の広場に大勢が空を向いて立っていて、叫んでいる人間も、座り込んでいる人間も、空を指さしたまま動けない人間もいた。

 

上を見た。

 

赤い月がまだそこにある。

 

けれど色が薄くなっていた。最初に見た時の濃い赤ではなく、端の方から白く滲んで輪郭が曖昧になり始めている。でもまだ消えていない。薄くなりながら、朧げになっている。

 

霧の向こうに赤い滲みが残って、南極の暗い空の中で主張し続けている。

 

緑谷はすでに周囲の人を助けようかと悩んでいるようだったが、それでも少し待てと制している。

UAIの問題を解決し、本腰を入れて救援をした方がよっぽど救えるのは間違いない。

 

そんなこととは関係なしに動こうとするのが彼なのだが、飯田の怪我を支える彼は友達をそこに置き去りにすることはできないらしい。

 

けれど後一つか二つ、悲鳴が聞こえて仕舞えばそれまでだ。彼は走り出すだろう。

飛行機か何かを拝借するために移動するその前に、ふらりと、幼児を抱いた女性が近づきこういった。

 

その言葉が、緑谷出久の足を止める。

 

「何度でも言おうじゃあないか!悪夢は巡り。そして終わらぬものだろう?」

 

若い女性の声なのに、そこに宿る狂気には見覚えがありすぎる。

そしてどこかでミコラーシュの叫び声が、まるで野犬のような遠吠えが響いて現実を侵食していた。

 

「教えてくれ!三本目は得られたか?何本目だ!?一体それはどこにある?我らはなんと言っていた?」

 

彼らはすでに増えている。

その上で、記憶を条件付けで消すことすらできてしまっている。

 

これを打開するためには一体どうすれば良いというのか。

 

ゲームであるならボスを倒せば終わりだろうに。彼らはすでに準備を整えていた。それは本人が言っていたけれど、こう突きつけられると呆然としてしまうのが自然な反応だろう。

 

「ああ、私を殺すのだろう。乳飲み子すら意に介さず、無慈悲な狩りをするのだろう。やりたまええよ。お願いやめて!この女と、それどころか子供にも狂気の種が植っていないとなぜわかる?殺さねば!全てを受け入れるか殺さねば!」

 

その衝撃から立ち直るのは、やはり狩人である自分であり。

まだその解決策をはっきりとではないが、少しでも可能性を感じている狩峰淡輝が動かなくては。

 

「いや。お前のことは無視だ」

 

「……へ?」

 

ぴたりと止まったミコラーシュ母は興味深そうにこちらを見ている。多少は予想外だっただろうか。

 

「全部、どうにかする。そのためにも一旦UAIに戻るぞ」

 

獣の病が広がる時点で、人類には致命的な傷ができている。

その潜伏は判別できず、誰が発症するのかもわからない。それらを救うにはどうするべきか。考えていないはずがない。

 

それどころか、ここまで荒廃した世界において。自分は平時とそこまで違いを感じない。

 

万人の闘争が毎夜繰り広げられていても、それは歴史上でもいくらでもあった出来事だ。

 

治崎は言った。『人類は病んでいる』と。それはあながち間違っちゃいない。

それを治療することこそが世界を平和にして、人類を救うということではないか。

 

自分はこの度が、UAIが動く前からそれをどうにかしようとしていたのだから。こんなことでは動じてはいけない。

 

それでも、あそこには何より重要な人がいて。やらなきゃいいけないことがある。

 

赤子を抱く狂気の目線に背を向けて、三人はヘリの発着場を目指して進む。

資材運搬用のドローンでもいい。何かしらを奪って、UAIまで戻らなくては。

 

 

世界を平和にするために。

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