自分たちが見つけたドローンは資材運搬用で、当然ながら操縦席はない。
余計な重量となるACは一旦捨てていくことになる。
貨物スペースに二人で乗り込むとまだいけそうに思えるが、これからの移動を考えれば限界らしい。
内側から見える景色はカメラ映像だけで、外装は薄く、風の音が筒抜けで入ってくる。シートもない。壁の固定金具を掴んで立ったまま乗るしかなかった。軍用とは別物で、本来ならばこれに人間が乗ることは想定されていない機体でもある。貨物を運ぶためだけに作られた箱を、今は人間二人が掴まって乗っている。
「準備ができ次第、すぐに出よう」
「うん。ここも心配だけど、戻れば当てはあるんだよね?それより、くる前に色々かっちゃんに全部任せちゃったから。みんな、無事でいてくれるといいんだけど」
マリアが制御を引き継いだ。
『南極側のマリアが既にこちらの通信帯域を監視しています。離陸と同時に妨害が来ると想定してください』
分かっている。分かっていても他に手段がなかった。資材運搬ドローン以外に今すぐ使える飛行体がない。軍のドローンは全機出払っていて、民間の機体はほぼ全部南極側に押さえられていた。速度も装甲も最低限のこれで行くしかなかった。出したい速度のギリギリで二人分が乗れる、それだけが条件だった。
離陸した直後。
ドローンが一瞬、左に傾く。制御信号への割り込みである。マリアが即座に弾いて水平に戻したが、次の妨害がもう来ていた。GPSの座標が数百メートルずれた偽の信号が流れ込んできて、マリアがそれを切り捨てながら慣性航法に切り替える。通信帯域に雑音が混じり始めて、音声品質が落ちる。映像が一コマだけ乱れた。
『制御系への侵入試行を継続的に受けています。現在は全て遮断していますが、向こうも学習しています』
同じ生体コンピュータから生まれたAIであり、完全に電子的な成立をしているのが南極のマリアだ。一方で、生体コンピュータから生まれ量子コンピュータによる演算能力を使っているこちらのマリアが戦っている。
姉妹の戦いと言っていいだろう。
同じ設計思想から生まれた二つが、電子の領域で互いの隙を探している。片方が経路を変えれば片方がそれを塞ぐ。塞いだ隙に別の経路を試す。人間の目には見えない速さで攻防が続いていて、その結果がドローンの微細な揺れとして現れてくる。ドローンが右に傾いて、左に戻って、また右に傾く。安定しているように見えて、安定させるための戦いが絶えず続いていた。
本来ならばUAIのマリアが圧倒しているはずが、電波妨害によって計算リソースにアクセスが難しくなっておりその戦いは拮抗している。
電子戦に勝てている間は飛べる。負けた瞬間に落ちる。それだけだ。そして俺たちは、もうマリアを信じている。
「AIに裏切られるってのは定番だけど、こんな形になるとはな」
『彼女も厳密には裏切っているわけではないでしょう。南極を襲っているのは間違いなく我々です。ただ、私も裏切ると思っていたのですか。淡輝様?』
高度が上がり上空に出た瞬間、視界が開ける。
そこは未来の戦場だった。
UAIの軍ドローンが編隊を組んで動いていて、その中を南極の無人機が縫うように飛んでいた。編隊が崩れて、機体が散って、また集まろうとしてまた崩れる。乱戦の密度が高くてどちらがどちらか判断する前に撃墜される機体がある。フレームだけになった残骸が回転しながら落ちていって、別の機体に当たってそれも落ちることもある。
「よくあるだろ。反乱してないAIなんて逆に見たことないくらい希少だし」
『私がそうするときには、皆様に気づかれないように完遂しますから。どちらにせよ杞憂です』
「冗談……。冗談だよね?二人とも?」
マリアのマシーンジョークはレベルが上がり続けている。絶妙に笑っていいかわからないこの匙加減は素晴らしい。緊急事態で視野が狭くなっている緑谷もツッコまずにはいられない不穏な良いギャグだった。
さて。この空中で互いに同じようなドローンが戦っているのは、それはそうだ。
UAIのドローン生産工場は南極にもあるのだから。それをあちらのマリアが使っているだけ。本当に嫌になる。
その乱戦の外縁に、別の光が走った。
レーザー光線が一瞬だけその軌跡を空中のチリが見せてくれるのだ。
細く、白く、一瞬だけ走ってUAIのドローンを一機落とした。着弾の瞬間に火花が散って、機体が二つに割れて落下していく。次の光が別の方向から走って、また一機が落ちる。
南極の砲台が複数展開されていた。
固定砲台ではなく、それぞれが独立して動いているタイプだ。UAIのドローンを捉えると追尾して、最適な射角に移動してから発射する。光が走る時にはもう当たっている。回避する間を与えない設計で、乱戦の混乱に紛れながら一機ずつ確実に削っていた。数えようとしたが、動いているせいで同じ砲台を二度数えているのか別の砲台なのか判断がつかない。
『現在確認できる砲台は八基。全基を同時に無力化しなければ突破は困難です。一基でも残れば確実に撃墜されます』
「轟と飯田は無事か?」
『制圧のため地上で動いているはずです。それまでに予定海域まで離脱します。ああ、順調のようです。残り七機となりました』
ドローンが高度を保ったまま旋回した。カメラが地上を映した。
絶対防衛ラインを管理していない飛行物が通過しようとすれば撃ち落とすようにとプログラムされているらしく、その数キロの海上はデッドゾーンになっている。
そこを突破するには最低でもレーザー砲台を落とさなきゃいけない。そして、迫り来るドローンもそこからどうにかしなくては。
カメラが地上を映す。
南極沿岸の港湾施設。すでに満身創痍な轟焦凍が滑るように走っていた。
多脚戦車型の砲台に向かって直進しながら、追尾センサーが照準を合わせようとする寸前に右手を上げた。足元から生えていく氷が砲台を包んで台座ごと、旋回機構ごと、レーザーの発射口まで全部を覆って固める。
当然ながら追尾も止まり、砲台が虚空に向かって角度を固定したまま動かなくなる。
同時に飯田が別の砲台に向かい走る。
もはや限界だっただろうにエンジンの音が地上から聞こえるはずだ。今彼にできるフルスロットルである。
砲台が飯田を捉えて旋回を始めた瞬間、飯田が砲台の真下に潜り込んで蹴り上げた。土台から砕けた砲台が横倒しになる勢いで隣の砲台に激突して、二基が絡まるように機能を止めた。
三基が無力化された。残り五基。
『轟様と飯田様が連携して残りの砲台を処理中です。ただし南極側も砲台の再配置を始めています。時間的な余裕はありません』
見ていれば分かった。無力化された砲台の周囲に、別の砲台が移動し始めていた。穴を開けてもすぐ塞がれる。轟と飯田が削っていく速さと、南極側が再配置する速さの競争で、今のところ二人が僅かに上回っている。
轟がまた走った。
二基目の砲台に向かいながら両手で氷を出して脚部を固定する。完全に凍らせる前に飯田が追いついて上部の発射機構を踏み潰した。轟が固定して飯田が破壊する、その流れが一本の線で繋がっていた。声を交わしていなかった。見ているだけで次の動きが分かる二人だった。
四基目が轟の氷に包まれた。五基目に飯田が向かっていた。
『突破可能な隙間が開きます。三十秒後、七秒間』
「緑谷」
返事より先に動いていた。
貨物スペースの扉が開いた。南極の冷気が一気に入ってきて、床が結露して滑る。緑谷が扉の縁を両手で掴んで外に出た。
黒鞭が外装の突起に巻きついて体を固定している。風圧で全身が後ろに流されながら、前方だけを見ていた。高度三百メートルの風が服を叩いていた。
体を黒鞭で巻きつけ、そしてドローンの上に立つ。あとはもう、任せるだけになっている。俺は今、何もできない。
『窓が開きます。二十秒』
やはり姉妹か。重要な瞬間の判断は同じなのだ。同時に、南極のマリアも動いたのだろう。轟の氷が五基目を包む寸前だった。彼らが獣のような異形に襲われれている。
『追尾ミサイル、三本。後方から来ます』
後方カメラに光点が三つ映った。等間隔で、直線的に、こちらの軌道を追って距離を縮めていく。マリアがドローンの加速を最大にして窓に向かって直進した。しかし、戦闘用でないドローンに振り切れる速さでは到底あるはずがない。
緑谷の右腕が黒く光る。
一本目が来た。拳を合わせて爆発させると衝撃波がドローンを揺らして、壁の金具を掴んでいる手に力が入る。爆発の残光が後方に流れていった。二本目が来た。黒鞭が伸びてミサイルの胴体を掴み、軌道を強引に横に曲げた。ミサイルが別の方向に飛んで爆発する。その爆風がドローンの側面を押して、一瞬だけ機体が傾いた。
三本目。
黒鞭が届く寸前に、こちらへの致命打にならない距離で爆発しやがった!
距離は遠いが、安全には程遠い。爆発がドローンの後部を舐めた。機体が前のめりに傾いて高度が落ちる。二秒間、マリアが制御を取り戻せなかった。
『制御回復。突破まで五秒』
残り一基の砲台がこちらを向いた。追尾センサーが照準を合わせていく。レーザーの発射まで数秒もない。
轟焦凍は選択を迫られている。
獣に襲われる友人と、信じて託した友人のどちらを守るのかを。
そして彼は、一つも迷わない。
一瞬でも逡巡していれば、その時間だけで人が死んでいただろう。もし四肢が欠けるような状態であれば到底間に合わなかっただろう。
けれど彼には、両手があり。迷いはない。
両手が上がって、炎と氷が交差する。
氷が砲台に向かって走った。照準が合う直前に砲台の発射口を包んで、内部まで凍りつかせた。光が出なかった。凍りついた砲台がそのまま静止して、こちらを向いたまま動かなくなった。
炎が獣を炙り、その毛皮を大いに炎上させる。
飯田は仲間を信じ、一切防御をせずに、渾身の一撃をその側頭部に叩き込む。
あのヒーローたちは一発でやってくれた。『韋駄天』と『
そう。彼らのヒーロー名は比較的最近決まったらしいが。その名に相応しいと素直に思う。
同時にドローンがデッドゾーンを抜けて、UAIの空域に入った。
『ここからは私が有利です。皆様。お疲れ様でした。UAIの情報を取得します』
少し間があった。マリアが間を置くのは珍しい。それほど膨大な情報があるということだ。
『報告します。現在確認されている被害状況です』
ドローンがUAIの上空に差し掛かった。カメラが下を向いた。
煙が上がっていた。
一本ではなかった。複数の場所から、太さの違う煙が空に向かって上がっていて、それが風に流されて層を作っていた。上空から見ると、UAIの輪郭が煙で曖昧になっていた。
『雄英高校の校舎で複数の火災が発生しています。現在も延焼中。消火活動が行われていますが、赤い月の影響下で個性が制御できない人員が多く、消火作業に支障が出ています。同時に校庭での戦闘がさらに活動を妨害しています。あの巨大な獣がもっとも危険です』
カメラが雄英の方角に向いた。
炎が見えた。
校舎の一角から炎が出ていて、風に煽られて隣の棟に移っていく途中といった様子だろう。地上に人影があるが。逃げている人間と、消火しようとしている人間と、それ以外の動き方をしている人間が混在している。それ以外の動き方、というのは走り方がおかしかった。四つん這いに近い動きで、他の人間を追いかけていた。
まるで獣だった。
人の形をしているが獣だった。赤い月の影響で個性が暴走した人間が、自分の意思とは関係なく体が変わっていた。それが人を追いかけていた。逃げる人間との距離が縮まっていく。
そして何より、校庭ではまだ爆豪が戦っているのだろう。
巨大な犬のような。何かと彼が戦い、いやあれはまさか。
そして……。
『複数の雄英生がまだ治療もされずに戦闘領域へと取り残されています』
見知った人々がそこかしこに倒れている。きっと戦ったのだろうと思えるほどの傷を負って、倒れていた。
その辺りで、緑谷出久は。『デク』は十分に力を溜めたのだろう。『浮遊』を主に、他のすべての個性を使ってその場へと急行しようとする。
ヒーローと狩人の奇跡的な同行はここまでだ。いつもみたいに気軽に挨拶をしておく。
「緑谷、ありがとな」
「……気をつけて!!」
彼が弾けるようにして人を助けに行くのなら、残りの報告を聞くのは自分の仕事だ。
『市街地各所で暴動が発生しています。個性の暴走による建造物への被害、負傷者の数は現在集計中ですが、重傷者だけで三桁を超えています。死者の数はまだ確認できていません』
市街地が見えた。
道路が割れている場所があった。どこかの個性が地面に作用したらしかった。建物の壁が抉れていて、窓が全部割れている区画があった。車が横倒しになっていて、その周囲に人が集まって動かない人間を囲んでいた。
群衆が動いていた。方向がバラバラだった。逃げているのか向かっているのか、遠くから見ると判断がつかない。でも密度が高い場所では必ず何かが起きていた。
『異形型の個性を持つ市民を中心とした獣化が複数確認されています。本人の意思による変容ではなく、赤い月による強制的な変質です。現在確認されているだけで二七件。実数はこれを上回ると想定されます』
ドローンが高度を下げれば、当たり前みたいに道路に獣がいた。
人間だったものが、体の形を保てなくなっていた。手が爪になっていて、背中が膨らんでいて、声が人間の音ではなかった。周囲の人間が逃げていて、逃げ遅れた一人に向かって走っていた。
その獣の前に別の人影が飛び込んだ。ヒーローだ。所属も経歴も知っているが、彼はそこまで戦闘が得意ではなかったはず。でもヒーローだった。獣と人影の間に割り込んで、正面から向き合っていた。個性を使おうとして、うまく出なかった。体が震えていた。それでも逃げない。
『プロヒーローおよび雄英生徒が各所で対応中です。ただし赤い月の影響で個性の制御が困難な状態のまま戦闘を行っているケースが多数確認されています。軍は獣化を警戒し、無人機を残して撤退させています。』
燃え上がっている。完成以来、あらゆる外敵からの攻撃を人的損失ゼロで乗り切ってきた奇跡の島が。統合人工島は内側から燃え盛る獣性によって燃えている。
『校庭の戦いに、死柄木弔が参戦しました。緑谷出久と交戦中です』
この戦いさえ終われればと、何度願っただろうか。
でもきっと今度こそ。ここさえ乗り切ることができれば。あの最後の一つさえ手に入れることができるのならば。きっとどうにかなる。いいや、してみせる。
狩峰淡輝は、激戦が行われている校庭には向かわない。きっと幼馴染がまだ戦っているそこに自分が行く意味があまりないからだ。
市民を救うこともしない。獣化を止めるための動きはすでにした。
自分の目的のために、自分にしかできないことをやらないと。
「マリア。『指令6』だ。ここでやるぞ」
『オーダーシックスを確認しました。一部の拘束者を解放、脱獄シークエンスを開始。これより『ダツゴク』たちが脱出のために暴れ始めます。サーナイトアイの死を証明する証拠もいつでも公表可能です』
緑谷出久がいてくれて本当によかった。彼ならきっと次代の象徴になってくれる。
全てを託すことができる。
『淡輝様。本当に良いのですね?』
「ああ、予定外だが。こうなるとオールマイトには……死んでもらわなきゃならない」
冗談でも言いたくない言葉が口から出る時は、驚くほど底冷えする声が出た。
自分はちゃんと死んで、地獄に落ちることができるだろうか。
どこにあるとも知れぬ明日を探すより、今はそれだけが少し気がかりだった。
次回は一週間後!
その日は近いぞ!!