UAIの全体を見る時はいつも中央の制御等。その上にある展望デッキで集まっていた。
狩峰くんと何度ピクニックしたか覚えていないし、オールマイトとも秘密のトレーニングはこの場所だった。
この島で一番高い場所を足場にしてさらに空へと跳躍する。
高度を上げるたびに広がっていく。黒鞭で頂点のアンテナを掴み、また上に行く。
街の至る所から煙が上がっていた。
十か所以上から同時に煙が出ていて、それが風に流されて視界を邪魔している。火事も多く、炎が見えた。市街の一角が燃えていて、その炎が建物の影を赤く照らしている。
都市の自動消化システムとドローンがあるはずなのに、燃え続けているということはつまり、継続的に火をつけている誰かがいるということだ。
足を回して力を溜める。『発勁』によって衝撃を蓄積しなくては。
あちこちで人が動いていた。すでに避難所には人を集めていない。できるだけ各家庭に籠ってもらう避難計画になっており、一箇所に人を集めるようなことはしていない。
みんなが点のように見える。この高さから見ると全員が小さくて、走っているのか逃げているのか判断がつかなかった。でも動き方が分かった。群れて動いている人と、それとは別の方向に向かって動いている何かがいる。
さらに足を振り回し、限界まで衝撃を溜めた。
彼らは四足で移動しており、人々の逃げる速度よりよほど速い。ついさっきまで守るべき人たちが変貌した獣だ。
赤い月の光の下で、人の形をしていないものが動いていた。四足で走るものもあれば、二足で立ったまま動かないものもいる。彼らを今すぐに助けたい。それでもそこに向かうことは許されない。
馴染みの校舎が見える。
職員室の壁が崩れていて、校庭に霧が出ていた。霧の中で何かが動いているが、それが何かは判別できない。仲間たちがいるはずだからきっと大丈夫。
そう思うと、限界を超えて力を溜められそうな気がして。訓練の時よりもう一歩踏み込む。
体から光が漏れ出るほどにエネルギーが蓄積している。いつでも爆発しそうで、かっちゃんみたいだと笑えてきた。
港の方では爆発があった。
光が走って、遅れて音が周囲の空気をビリビリと割れていく。UAIの防衛ラインでまだ戦いが続いているのだ。軍のドローンが飛んでいて、その何機かが落ちていくのが見えた。ミコラーシュという怪人はこのまま静観するようには見えないが大丈夫だろうか。南極の人々を思うと胸が張り裂けそうになる。
『浮遊』の個性で滞空し、目的の場所まで来れば目当ての人物が現れる。
黒い霧が裂けた。
空中に縦の亀裂が走って、その向こうから手が出てくる。
時間も座標もピッタリ。その出現に全力の中の全力を、
肉を打つ感覚が足の裏から貫いて、全身を伸ばすようにして蹴りを放つ。
その一撃は、憧れのヒーローのように天候すら変えるほどの威力だった。
その蹴りを受けた存在は砕かれ、彼方へと飛んで星となる。
それは人であれば致命傷であり、これを緑谷出久が意識して放つことができたというのは大きな意味がある。けれど彼を知っている者たちは緑谷出久が殺意を人に向けることができたのだと解釈はしないだろう。
人形の何が吹き飛んで、そのうち海に叩きつけられるだろう。
「おいおいヒーロー。そんないきなり蹴っちゃダメだろ。死んだらどうする?」
すでに人がいないはずの黒い裂け目から、ゆっくりとした声がかかる。
「うん。本当なら誰でも蹴るべきだけど。僕はきっとそれができない。君じゃないと、どこかでわかっていたんだと思う。君とは話したかったから」
「後からならどうとでも言える。脳無しは人じゃないってか?それって問題発言だろ。炎上しろよ」
ヘラヘラと笑いながらそう言う彼は、以前と何かが違う気がした。
「なぁ。緑谷出久。そういや南米でも何度もやりあったけど、ゆっくり話す時間はなかったよな?」
「うん。君のことは聞いてるから、僕も話したかった。この個性のことも、話さなきゃいけないと思ってて」
死柄木弔、本名は志村転弧という。彼のことは詳細に情報をもらっていた。
彼の祖母、志村菜奈こそオールマイトの師匠であり、ワンフォーオールを託した人物でもあるのだ。
この『浮遊』は彼女の個性であり、自分は何度か精神世界というか、夢の中で彼女と対話をしている。
彼にはオールフォーワンの後継としての種が蒔かれているらしく。殺害するべきだろうと他ならぬ彼の祖母からも懇願されていた。
死柄木弔を殺してほしいと。暗い表情で託されていた。それがきっと効率的でリスクが低く正しいのだろう。
「でも、話したいなら攻撃はやめて欲しいんだ」
なぜかそうすると知っていた。危機感知が叫ぶより先に体が動いて、空気を蹴って空中であっても足場を作り横に飛ぶ。こちらを握りしめようとする手が空を切った。
自分が予想できた理由。それはきっと、狩峰くんやトガさんと訓練をしていたからだと思う。
彼らはこちらがやって欲しくないことを的確に踏み抜いてくる。普通なら友情を疑うような真似も訓練だからといくらでもやった。
「今の避けれるってことは信じてないんだろ。はなから聞く気もないくせに。ヒーローはいつもそうだって、俺は知ってる」
本心の見えない軽口は一体何を目的にしているのだろう。彼の個性の情報が本当なら、UAIの重要施設に手だけを侵入させて全てを崩壊させることができるという。
自分には興味があるらしく。自分が出ていけば、時間が稼げるとのことだった。
「君がなんでまだ戦うのか教えて欲しい!オールフォーワンはもう負けた!彼に脅されたり、何かを強制されているのなら……」
どこから来るか分からない。黒霧のワープは出口の位置を選べる。上から、横から、真後ろから、どこにでも亀裂が走る。そのたびに手が出てくる。
また裂けた。
今度は下から。足元の空気が割れて五本指が突き上げてくる。危機感知が反応した瞬間に飛んでいた。着地する場所がない。黒鞭を伸ばして建物の外壁を掴んで体を振った。手が消える。
「俺が先生に騙されってるって?人聞きの悪いこと言うなよ。俺の恩人だぞ」
霧の向こうから声がした。
純白の髪が風に流れていた。黒いコートの上に赤いマントを羽織って、その全身に手が貼りついている。浮いているのではなく、黒霧のワープで体を出し入れしながら動いている。出てくるたびに場所が違う。
「君の中に、オールフォーワンが自分の分身を植え付けている可能性がある!このままじゃ君は消えてしまうかもしれないんだよ!」
霧が四方で同時に裂けた。
四つの亀裂から四本の手が出てくる。上、右、左、後ろ。危機感知が全部拾った。どれを優先するか明確に読み取っている。二つは脳無の手であり、致命傷には決してならない。
「知ってるよ。先生みたいなわがままな人が、誰かを無償で育てるなんてあり得ない。そんなことは先生の元で育てば誰だってわかる。そして俺は、別に先生に俺を譲るつもりなんてない。あんまり人のことを馬鹿にしてんなよ」
上に飛んで右の手を黒鞭で弾いて左の手の上を踏んで後ろに回転する。左手を脳無につけてやると。五指がついた瞬間、それは簡単に崩壊した。踏んだ時に少し触れられたらしく。左足の靴底が消えているが、一部をパージして対応する。
「俺はオールフォーワンの後継なんてものにはならない。俺がやりたいことはそれじゃないから。俺の目的ははっきりしてる。ただ、まだわからないことがあるから確かめにきた」
死柄木の声が上から来る。
霧の中に頭だけが出ていた。体の大半をワープの向こうに置いたまま、頭だけをこちら側に出して見ている。首をかいていた。
「そういうお前はどうなんだよ。なぁ。ヒーロー。世界中でみんなが殺し合いをしてるぞ。オールマイトのお膝元。ナイトアイの加護がある最後の聖域なんて呼ばれたここもこの様だ。こんなところで時間を潰してないで、誰かを助けに行ったほうがいいんじゃないか?」
「放っておいたら、このUAIを沈めるつもりだろ!?そんなの放っておけるわけない!なんでそんな風に笑ってるのか、教えてほしいんだ。君だった最初は、ヒーローに憧れてたんだろう!?」
ピシリ。と何かに亀裂が走ったような、実際にはなかった音がその場に冷たい何かを生み出す。
「お前はさ。俺の何を知ってんだ?」
雰囲気が変わる。これまではまるで遊びのような、暇つぶしとでもいうような態度だったそれが丸っきり変わった。
言葉に詰まる。どこまで言ってしまっていいのか。彼に何を言えばいいのかわからない。
オールフォーワンに騙されていると知らなかったなら、乗っ取られてしまうと自覚がないのならそこを突破口に助けたいと思っていたのに。彼はまるで、恨みではなく自分のやりたいこととして明るく人を壊そうとしているようにすら見えた。
そして今見えた怒りはきっと本物だ。
両手を広げ、手をどこかへと飛ばす。そしてその両手が弾かれた。
「気色悪いな。未来を見ているかのような準備の良さ。知らないはずのことを知ってる気持ち悪さ。全知全能のチートはさぞ気持ちいいんだろ?」
UAIの機関部に待機していたCCセレブリティと、核融合発電所で待っていたスカイクロウラーが。その手の破壊から守ったのだった。
両手は骨折しているように見えており、派手に出血までしている。カウンターが刺さった形だ。
予定では彼の両腕をここで奪うつもりだったから、それを防いでいるのは違和感がある。
彼の攻撃は反則だ。未来の情報がないと決して防げるものじゃない。ナイトアイの力で今、UAIは守られ続けている。
「オールマイト。ナイトアイ。やっぱそこから壊さなきゃダメだろ。もうすぐ死ぬなんて適当なこと言いやがって……。AIになっても適当なことしか言わないなお前は」
まるでその言葉を待っていたかのうように、死柄木弔の端末が鳴った。
主任と呼ばれた裏切り者の声が空へと響く。
『いやいや、生前の俺はやるときゃやる男だって!見ろよ死柄木。お前の言葉が現実になった。盛り上がってきたねえ〜〜〜!!』
そこから飛び出してくる立体映像。まるで雄英高校に合格した時のように、映像が投影されている。
見た。
見てしまった。
かつてヒーローになれると言ってくれた彼が。
オールマイトが、引き裂かれている姿を。
あの体が。あの背中が。細く小さく。映像は短かった。短くても十分すぎた。
「『あっっっはははははは!!』」
機械音声となった主任の笑い声が、死柄木弔の歓喜と重なる。
手が止まった。
緑谷出久だけじゃない。世界中のヒーローが。市民たちが。その姿を見て世界が止まる。
危機感知が世界中から感じ取れてしまう。世界のどこにも安全な場所ないのだと第六感で理解した。
死柄木の笑い声が続く、心の底から嬉しそうに笑いかけている。
「ああ、そうか。わかった」
霧の向こうで何かが変わった。また温度が変わるのがわかる。無邪気な子供のような声がする。
「お前らは俺と同じだ」
「……」
「ほんとは何にも考えてないんだろ。やりたいことをやってるだけでさ。ヒーローだから助けるとか、平和のためとか、そういう話じゃなくて。お前は緑谷出久だから動いてる。それだけだ」
「……ほら前提が崩れたら。お前はどうなる?」
初めて黒霧による移動ではなく、弾かれるように自身の体で迫ってくる。
手が目の前に飛んできて。危機感知は体を動かしてくれない。頭はまだ映像の中にある。
ヒーローが最も脆い瞬間。それを死柄木弔は知っていた。彼もヒーローが好きで憧れていたから。
幾度となく経験してきた、殺意が通る瞬間。それを確信して邪悪に笑う無垢な悪に、緑谷出久は回答した。
最小限の動きのアッパーカット。
右のその技はそれこそ幾度も練習してきた動きであって、個性でもなく読みでもなく。その体に刻まれていた防御反応だ。
自分でも驚くほど正確に顎をゆらすその拳は、最小の動きで敵を止めた。
息を吸った。
吸って、吐いた。
自分でも信じられない。オールマイトを失って、自分が戦い続けることなんてできるはずないと思っていたいから。
「なん……だ。お前、それ……」
死柄木弔と同じ意見になるとは思わなかったけど、ようやく自分の状態を理解する。
自分がオールマイトを殺されて冷静でいられるはずがない。その予測はその通りだ。
だからきっと僕は、オールマイトを失ってない。
「僕は友達を信じてる!」
「頭、おかしいのか?信じてるからなんだよ。あの映像は本物だぞ……」
疑心というか、もはや同情すら入っているかもしれないほどの声色が敵からかけられるほど、自分はおかしなことを言っているらしい。
「狩峰くんとナイトアイなら、これくらいは普通にやるよ。あの二人が何もしていないはずがない。似ている人形かも、クローンとかも全然作っていそうだし。未知の技術で作られた、よくできたフェイク映像かもしれない」
それは間違いなく道理だ。でも何より。
もうオールマイトが託してくれたんだ。それに、先代の『回復』を託してくれたあの人のことを思い出す。
彼の死の意味を今理解した。尊敬するヒーローが死ぬ姿にはすでに自分は向き合っていたんだと。
途中で止まるようなヒーローではありたくない。
胸の奥で何かが燃える。受け継いだその熱いものが燃えながら体の隅々まで広がった。ワンフォーオールが全身を走って、これまで託してくれた人の分だけ何度も光が強まりながら、指先まで光が満ちていく。
それを使って飛んだ。
背中から衝撃波が生まれて翼のように広がって、世界を切り裂くように前に出る。
黒い霧も白い雲も関係ない。全てを割って直進した。
呆然と困惑する死柄木の顔が見え、拳を振り切った。