夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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告白

制御塔のバルコニーであるこの床は、もう床と呼べるかは怪しいほどに荒れている。

 

白い大樹の根が石とケーブルを割って這い回り、配線の束を呑み、計器の柱を抱き込んで締め上げている。緑谷と飯を食った窓際の長机が、根に持ち上げられて斜めに浮いていた。天井の継ぎ目から木が突き抜けて、塔を内側から開こうとしている。

 

不思議なことにそれは破壊ではなく、侵食やハッキングといった表現が合うのかもしれない。全てを取り込んでいくその姿はまるで植物が山を覆っていく際にゆっくりと岩を割るような光景だったかもしれない。

 

俺はその中心にいる。

右半身の感覚はとっくにない。膝が、腿が、樹皮との境を失っていく。右手から伸びていた魔王の腕も、何本かまとめて幹に編み込まれて、もう独立した形を保っていない。痛みはなかった。融けるというのは、こんなに静かなものらしい。

 

根の先は床を伝って、塔の芯へ向かっている。あと少しで、マリアの本体に届く。

 

そこへ、ヒーローがやってきた。

倒れた柱を乗り越え、根の隙間に足を差し込みながら、こちらへ上ってくる。途中で根が脚に巻きついても、構わず引き千切る。植物に靴が取り込まれそうになるとそれを脱いで、裸足になったと思えば、その柔肌が地面に着くまでに靴が『創造』されている。

 

全身に傷を負っていて、膝も手のひらも擦れて赤い。それでも止まらない。

 

八百万百は絶対に止まらないだろうと容易にわかる目線でこちらを射抜いている。

 

やはりヒーローという存在は難しい。彼らはきてほしくない時にでも来てしまう。

こちらの都合などお構いなしに人を救ってしまうのだ。

 

この時ばかりは、うちなる全一君に少し寄り添えるような気持ちになれた。放って欲しい時にこそヒーローから距離を置くことはできないのだ。

 

というか、百ちゃんから見てこの状況はおかしいはずだ。それでも異様と言っていいほどに、彼女は落ち着いていて自分のことを理解しているように見えている。言ってしまえば、肝が据わった顔をしている。

 

「そんな漢らしい顔してどうしたんだよ。似合わないってわけじゃないけどさ」

 

「そんなヒロインのような顔をして、何をしているんですの?またいつものように、説明もしないで遠くにいくつもりでしょう」

 

なれない冗談を打ち返しながら、幹の根元まで来て、ようやく足を止めた。息が上がっている。俺を見上げるその顔に、迷いがない。

 

「何が何だかわかりませんが、一度連れて帰りますわ。話はそれからです。早くそこから抜け出してくださいな」

 

「それはできないよ。これは別に俺が巻き込まれているわけじゃあない。俺が勝手に全部を巻き込んでるんだ。ヴィランの親玉を騙して悪用して、人外の怪物すら捕まえてエネルギー源にできるかなって」

 

返事の代わりに、百ちゃんの手が動いた。

 

露出した二の腕から光が走って、その先に重いものが組み上がる。エンジン付きのチェンソーだ。何もない空間から、刃も、握りも、燃料の匂いまで揃って出てくる。創造という個性を、こういう土壇場で一番迷わず使う。

 

生身の片腕を軸にチェーンソーが回転しているのは、どうなっているのだろう。皮膚との堺が曖昧で、彼女の『創造』も進化しているらしい。

 

「おすすめした漫画、読んでくれたみたいだね」

 

まさしくチェンソーウーマンとなった幼馴染を見て、自分の影響を考えてしまう。

 

『あれは嫌いだ。支配の悪魔が暴れている頃が良かった』

 

「俺は3部以降も好きなんだけどなぁ」

 

紐を引く。低い唸りが、根の軋む音に重なった。

 

百ちゃんは刃を、俺と幹を繋ぐ根の束へ当てた。木を伐り出すのと同じ要領だ。俺を木から切り出して、人の形のところだけ持って帰るつもりらしい。考え方は正しい。正しいが、前提が間違っている。

 

刃が食い込む。木屑じゃなく、白い繊維と透明な汁が飛んだ。血じゃない。肉を斬ったときの手応えとも違う。動物と植物と鉱物の、ちょうど間のような感触が返っているはずだ。

根は切られた端からもう次を伸ばして、切った先から塞がっていく。

 

百ちゃんの眉が、初めて寄った。

 

チェンソーが消える。代わりに、細く青い炎を噴く溶断機が手のひらに生まれた。金属を焼き切る道具だ。幹に編み込まれた魔王の腕、その付け根の、まだ金属質に光る部分へ炎を当てる。火花が散って、融けた何かが床の水に落ちて鳴った。

 

『痛みを感じれば反撃したいが、おやおや。そんなに強く抑えなくてもいいじゃないか。そうか、こんなところに。ごく普通に通用する人質がいたとはね』

 

まさに内部ではオールフォーワンとの戦いが激化している。今となっては、もう負けることはないだろうがこいつは油断できない。

 

そんな内紛も知らず、百ちゃんは溶断機を放り投げて、別の道具を生み出そうとする。今の百ちゃんは、首から安全ピンごと危険な爆弾でも取り出しかねない。

 

9歳の時点で彼女にデーモンコアを作らせた俺が言うんだから危険性については誰よりわかっているつもりだ。

 

その前に、俺が先に釈明というか説明をしよう。

切り出されるのも引き剝がされるのもそもそも無理であるし、そんなことはさせたくない。

まだ繋がっている右腕を、根の編み目から半ば無理やり引き抜いた。湿った音がして、樹皮と肉の境が剝がれる。痛みはやっぱりない。痛むための神経が、もうそこに残っていないからだ。

 

巨木の歪んだ幹に、引きずり出したものが落ちる。

 

それは人の腕ではない。

肩から先が、黒く濡れた一塊になっている。表面はぬめって、光を鈍く返す。指のあったあたりから細い根が何本も伸びて、横へ横へと這おうとするように伸びている。掴むためでも殴るためでもない。どんな環境で生きることができるのか、想像もできない造形である。あえて言うならナメクジが体を伸ばすとき頭部から冠のように触覚が伸びているような様とでも言おうか。

 

我ながらキモすぎではある。人の腕だった頃の名残は、もうどこにもない。

肌の色で差別する、動物の要素があるから差別するなど愚かしい。同じ地球の生き物なのだから仲良くするべきだ。未確認生命体の俺がいうんだから説得力があるだろう。

 

「見てよこれ」

 

それだけ言って、ぬめる半身を百ちゃんのほうへ向けた。

助けを求める人を助けに来たのは立派だ。でも、だが助ける人間がもういない。ここにあるのは、人をやめた何かだけ。引き抜いて見せれば、さすがに足が止まると思った。これは、別に彼女がショックを受けるとかそういう話じゃない。

 

これは見てるだけで、正気を削られる冒涜的なナニカである。人であるなら、自分の心を守るために目をそらすのが当たり前という話である。

 

けれど百ちゃんは、微動だにしなかった。

 

動揺をしないフリを強行できている。

むしろ一歩近づいてくる。擦りむいた手のひらで、その黒い塊を迷わず掴んだ。ぬめりが指の間から溢れても、どれだけ鳥肌が立っていようと離れようとしない。

 

『ああ、あと数分だ。脳波がおかしなことになっているぞ。はっは!』

 

わざわざこう言ってくれるということは、おそらくあと数秒で深刻なダメージを負うのだろう。

 

しかし湧き上がってくる狂気はどうにもできない。

目が泳ぐ。一度だけ、唇が何か言いかけて、声にならずに閉じた。肝の据わった顔が、内側から崩れかけている。当たり前だ。なりそこないとはいえ上位者のような異形を見て、触れて。無事であるはずが……。

 

今すぐ離せと。そう言いかけて、やめた。

 

百ちゃんが、空いた手をもう一度光らせたからだ。

 

掌の上に、小さな硝子の瓶が一つ生まれる。中の液体は濁った赤色で、とてもではないが飲み物ではない。創造で組み上げた薬品、かと思ったが。どう見ても人の血であるように見える。

 

即座に栓を歯で抜いて、ためらいなく呷る。

 

そして、盛大に吐き出した。溢れる胃液と混ざった赤い液体が、匂い立ち。それが濃厚な人血であるということがわかった。

 

喉が一度大きく上下した。直後、瞼の裏まで殴られたみたいに、溶けようとしていた目へ力が戻る。震えていた指が止まる。泳いでいた視線が、一点に固定される。人血の一気飲みという別の狂気が狂気を抑え、無理やり押さえ込んだ。

 

いつぞや見せていた、狂気への対抗策を彼女はしっかりと覚えていたらしい。

 

「百ちゃんも結構おかしくなってるね」

 

瓶を投げ捨てて、百ちゃんはもう一度、俺の肩を掴み直した。

今度は、震えていない。

 

「誰のせいだと思ってますの?見ました。全部、見ましたわ。それでも、変わりません」

 

俺の背後では、人形が黙って立っている。連れてきた少女は、止めも促しもせず、ただ二人を見ている。まるで赤子の歩みを見守るかのように、そこにいた。

 

「あーくん」

 

百ちゃんの声は、説得の声じゃなかった。もっと普通の、教室で名前を呼ぶときの声であって、それ以前に家にピンポンとインターホンを押して、遊ぼうと語りかける時の声だった。

 

「覚えていますか。小さい頃、三人で公園に行ったでしょう。あーくんと、私と、しーちゃんと」

 

「あーくんは砂場の縁に座って、私たちが遊ぶのをずっと見ていた。混ざらないくせに、帰ろうとはしない。しーちゃんが手を引っ張って、やっと立ち上がって。あの渋い顔も、覚えているんです」

 

「緑谷さんと組んで訓練した日のことも。あーくん、やる時は不自然なまでの完勝で、、それで結局負けて、ものすごく悔しそうにしていた」

 

『……感傷で人を動かすつもりか。安い手だ』

 

魔王が鼻で笑う。安い、そうかもしれない。でも俺はそれを振り払えない。

 

「トガさんと取っ組み合いになったときは、二人とも泥だらけで、止めに入った私まで巻き込まれて。終わったら、なぜか三人で笑っていました。敵だったはずなのに」

 

それは取っ組み合いじゃない。普通に殺人未遂ではあるが、そこまで考えてちょっと笑えた。

知っている。当然、全部を覚えている。

 

「Cクラスのみんなも待っています。あーくんがいないと、あの教室はちょっと静かになるんですよ。誰も口には出しませんけど、ちゃんと女子たちにも聞きましたわ」

 

百ちゃんは、ぬめる肩を掴んだまま、まっすぐ俺を見上げた。

 

「だから、一人で全部抱えて溶けないでください。みんなを助けて。みんなと一緒に、みんなを助けましょう。あーくんなら、一緒ならそれができる。一人で賢く消えるより、一緒に馬鹿みたいに足掻きましょう」

 

そこで、ほんの一拍、言葉が途切れた。

 

「そちらのほうが、オールマイトが応援してくれると思いませんか?」

 

ヒーローらしいと、そう思いませんかと問いかけてくれている。

 

ぬめった半身の奥で、何かが疼いた。痛むための神経は、もう死んだはずなのに。

でも、それだけだ。赤ちゃんをしめ殺した感覚が、しっかりと俺の手のひらには残っている。

 

「オールマイトについてもわかってる。誰よりわかってる。ああ、全部大切だよ。一つだって失いたくない百ちゃんはよくわかってる。両方選べるならそうするよ。でも、選ばなくちゃいけないなら、俺が失いたくないのは()()であって()()()()()()()んだ。そこに俺はいなくてもいい。それくらいには俺はみんなのことが好きになっちゃったから」

 

友情は認めよう。だからこそ、俺はこの道を進まなきゃいけない。

それは決して譲れないと、断言する。右手を再び巨木へと差し入れることでそれを示した。ああ、もうマリアの脳と接続は果たしたらしい。彼女の遺志を感じる。

 

マリアの残滓もここにある。

 

友情ではこれ以上踏み込めない明確な溝を刻むようにして、目線を落とす。

表情を見れば、意外にも百ちゃんはそこまで動揺しているように見えない。何かを覚悟しているような、そんな表情だった。

 

何を考えているのだろう。

 

「……じゃあ聞いてください。あーくん。私は、わたくしはあなたのことがっ……!」

 

聞き捨てならない方向に、対話が転がりそうになって初めて止めた。

 

「ちょっと待って!それはなし。嘘はダメだ」

 

俺のことを好きだとでも言うつもりだったのだろうが、それは大事な彼女の尊厳を欠けさせる行為だ。そんなことは言わせちゃいけない。

 

「なりふり構わないで助けたいからって、自分に嘘をつくのはダ……ガァ!?」

 

近くにあった枝がしなって、女性の腕になったかと思えば思いっきりビンタされた。

おい!なんだこれ!?

 

「淡輝様。それはないです。八百万様のお話をまずは聞いてください。そうしなくては、私もひいおばあさまも、お母様も雫月様も全員が悲しみ、怒り狂う確率が高いです」

 

マリアが、最後までずっと味方だと思ってたAIが反乱した!?SFは正しかったってことなのかよ!

 

「マリア!何してる!?っぶべえ!!」

 

次は、馬の足を模した枝が生まれて思いっきりみぞおちを蹴られた。なんだよこれ……。

 

「黙ってお聞きください。淡輝様。これは、譲れない一線です」

 

そう言って厳しい目つきをしたマリアの人形を見て、初めて怖いと感じた。恐怖というより、怒らせちゃいけない人を怒らせたような。そんな感じだ。

 

「八百万様。大変失礼いたしました。よければお続けください」

 

雰囲気はぶち壊しではあるが、それでも百ちゃんは半ばやけになったようにして顔を真っ赤にして俺を見た。

 

「あなたの、ことが、好きです!!笑顔にしたい。私がしたいとずっと思っていましたの!!これは嘘でもなんでもなく、心からの事実ですわ!!」

 

叫ぶような声色は、先ほどよりも熱がある。

 

「百ちゃん……」

 

自分は鈍感系ではない。こう言われることを想像しなかったわけがない。俺が目の前で死ぬ時にはかなりの割合でこう言った話をしてくれることもあったから、知っている。

 

でも、いつも彼女は自分を引き止めるために言ってくれると知っていた。

 

人は自分で嘘を信じ込んでしまうことがある。彼女が俺を助けたいのは本当だろう。でもそれがまっすぐな恋心であるかは非常に怪しい。無数の世界で無数の言葉を交わした結果。自分はそういう結論を得ていた。

 

これは俺の妄想ではなく事実ではある。

そして、彼女はとても頭がいいし、俺のことを理解してくれている。だから俺の返事もわかるはずだ。

 

「俺はもう、百ちゃんの知ってる俺じゃない。だから、その言葉は受け取れない。俺のやることは変わらない」

 

その言葉を言った時、彼女は悲しむでもなく納得している顔をした。そうだ。こうなることを予想できないほど浅い仲じゃない。

 

百ちゃんは、先ほどよりも壮絶な覚悟を持って彼女にしては低い言葉で俺を刺した。

 

「わたくしも、連れて行ってください。そうしないと、暴れますわ」

 

青天の霹靂、背後からの一撃。まさか百ちゃんが脅迫を?

 

「や、八百万さん?何を、言って……?」

 

できラァ!とでも言いそうな勢いで百ちゃんの目は血走っている。

 

「友情も愛情も受け取らないというのなら、それ以外で行くしかないでしょう!だから、私を一緒に取り込んでください!」

 

「いや、いやいや。絶対ダメだ。そんなことは本末転倒だから、あり得ない。交渉になってないよ……。大体、無傷で百ちゃんを制圧するくらい、いくらでも……」

 

すっと取り出したのは、何かの機器だった。発信機のように見える。

 

「これは爆弾に繋がっています。交渉に応じなければ爆弾は起爆しますわ」

 

流石にそれは看過できない。それを止めさせるのはマリアにやらせることにする。

 

「無駄ですわ。すでに35分前に爆弾は起動しています。それを止めるための発信機ですから。そしてこれは常に『創造』し続けている世界で唯一の機器です。ハッキングは物理的に不可能ですわ」

 

 

俺が見せた映画が、幼馴染をダークサイドに落としたらしい。

頭を抱えながら、この交渉に乗らざるを得ないことを俺は渋々認めるのだった。

 

「脅すっていうのも、経験ですわね!」

 

俺の幼馴染はいつだって強かな女の子だった。

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