夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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幼年期の終わり

 

UAIランドの中心にから突如として伸び始めた樹はその成長を止めず、この島に根づこうと際限なく根を差し、枝を絡ませ、そして種を飛ばしている。

 

緑谷出久は。大切な人々を失った直後にそれを見ていた。

 

中心の制御塔があった場所から、青白い幹が垂直に立ち上がっている。それだけなら、巨大ではあっても理解の及ぶ光景だっただろう。だが幹の表面では、絶えず新しい節が膨らんでは裂け、裂けた口からまた次の幹が突き出している。一本が二本に、二本が四本に。分岐の一回ごとに、いま立っている塔と同じ高さの構造が、たった数秒で増えていく。

 

それを目で追おうとすると、追いつけない。一拍前まで雲の手前にあった梢が、まばたきの間に雲を抜けている。次に視線を上げたときには、その倍の高さで枝を広げている。増える速さそのものが増えていく感覚。前の一回より今の一回のほうが大きく、今の一回より次の一回がさらに大きい。植物の成長を定点カメラで数百倍に早送りしても、ここまではならない。早送りは一定の速さで進むが、これは加速そのものが加速している。

 

上下左右、全方位へと侵食は進むが。空に向かう枝がいちばん早い。

 

天蓋を組むように枝が横へ展開し、そこから細い枝が無数に垂れて、互いに編み合わさっていく。組まれた網の目はすぐに葉で塞がれて、塞がった面がまた次の面の土台になる。陽の射し込む隙間が、減っていくというより、二乗で消えていく。たった今まで青かった一画が翳り、翳った範囲がそのまま倍の速さで広がって、空の青を端から畳み込んでいくようだ。地球という星の全天が覆われるまでにかかる時間は、もう数えられるほどしか残っていない。

 

想像のスケールが非現実すぎて少しだけ自嘲するように笑いそうになったが、笑えない。

 

『笑顔はヒーローの最初のコスチュームだぜ!緑谷少年!』

『ユーモアのない世界に平和は存在しない。笑い笑わせるのがヒーローだ』

 

世界最高のコンビは二人して笑顔をずっと大切にしていたのに、彼らに託された自分は今。笑えていない。

 

そんな自分から目を逸らすようにして視線を下げた。ああ、そうだ。特筆すべき事態はいくらでもある。奇妙なのは街並みというか、この島の土台だ。

 

これだけの勢いで巨大な構造物が膨れ上がれば、足場の人工島は割れ、建物は粉々になっていなければおかしい。根は確かに地面を割って潜り、舗装を裂き、地下の構造を縫って走っている。けれど割れた縁から先は、まるで石やコンクリートを敵と見なしていないかのように、隙間を選んで滑り込んでいく。柱を倒すのではなく抱き込み、壁を砕くのではなく呑んで、呑んだ先で形だけ残して保持している。

倒壊したビルはなく、見える範囲でこの変容によって人は死んでいない。これがたまたまであるなんてありえない。誰かの意思で、人を殺さず街を壊さないようにこれが引き起こされている。

 

破壊ではなく、置き換えと言っていいかもしれない。

 

建物の輪郭はおおむねそのまま残っているのに、木々に侵食されてもいる。島という入れ物を壊さずに、中身だけを根こそぎ自分のものへ作り替えていく作業。倒壊が起きないのは、倒すより先に支え直しているからだ。

 

そして、種が飛ぶ。

 

幹の高い位置で、いくつもの莢が同時に弾けている。弾けるたびに白い綿毛のようなものが噴き出して、風がないはずの空気の中を、意思を持つように散っていく。落ちた先がどこであっても、着地と同時に細い根を下ろし、次の軸を立て始める。中心の一本から始まった分裂が、いまや島のあちこちで同時多発的に起こりつつある。一点の特異だったものが、面へ、面から島全体へと書き換わっていく。

 

ある程度育てば、中心と接続しまた広がりを見せていく。これはきっと植物のタネのような広がり方ではない。生き物という種の広がり方なのかもしれない。

 

赤い月の光が、まだ閉じきらない梢の隙間から差し込んでいる。

 

その細い光の帯の中で、いま生まれたばかりの巨大なものが、世界の天井と地球の中心の両方へ、一秒ごとに倍の腕を伸ばし続けていた。

 

 

……

…………

………………

……………………

 

 

どれくらい、この幻想的な終わりの光景を眺めてしまっていただろうか。

 

戦況を知らせるマリアさんの声がしないとこうまで体が動かないんだろうか。情けないな。

いや、そうじゃない状況でも動けてはいた。今まではどうやって体を動かしていたんだっけ?

 

あ、そうか。人が助けを求めていない。きっとこれだ。

人々が争い合う声も、戦闘の音もその全てが止まっている。獣のように暴れていたものたちが、理性を取り戻したわけじゃない。大きなことが起きすぎて、誰も目先の危険に注意を向けられていない

 

だって目の前にある光景は、ヴィランがどうとか。戦争がどうとか。そういう次元のものじゃないということくらい誰でも一目でわかるから。それこそ、人であっても獣であっても変わらないくらいに大きな脅威がそこにあるから。みんな止まっているだけだ。

 

ずっとうるさい場所にいた後に、騒音のない世界にポツンと出た時のような違和感に殴られる。

最近なかった、平和すぎるという異常事態に精神がようやく反応して考えが再開し始める。

 

今は、一体どうなっているんだ?

そうだ。状況を把握しないといけない。父さんと母さんは?放置したままでいいのか。まずは仲間の無事を確かめなきゃ。麗日さんはどこにいった?僕のせいでみんないなくなってしまったのに、何をするって?いや。今はそんな考えはいらない。今まさに人が死んでいるかもしれないんだぞ。

 

それでも、体に力は戻らない。

 

膝が笑っている。立っていられるのが不思議なくらいで、走り出すなんて、今の僕には遠い話だ。仕方ない。なら、動かなくてもできることだけをやろう。

 

ずっと使い物にならなくなっていた『危機感知』を、絞っていた感度ごと、最大まで開いてみる。

 

この感覚は、危険が多すぎるとかえって潰れる。あらゆる方向から同時に警告が来れば、一つひとつの輪郭は溶けて、ただ真っ白な唸りになる。さっきまでがそうだった。島中が悲鳴と殺意で満ちていて、危機感知は局を見失ったラジオみたいに、意味のない砂嵐を流しっぱなしにしていた。だから僕は、自分の体に来ている危険すら聞き取れなくなっていたんだと思う。

 

けれど今は、その砂嵐が引いている。

 

世界が静まり返ったぶんだけ、ノイズの底に沈んでいた信号が、ぽつぽつと浮かび上がってくる。フラットになった唸りの上で、いくつかの点だけが、まだ尖っている。

 

――まだ、戦っている人たちがいる。

 

全部の戦いが止まったわけじゃなかった。小競り合いは、探せばそこかしこに残っている。獣になりきれなかった者と、それでもヒーローでいようとする者の、ちいさな火花。そして、止まらなかった大きな戦いが、遠くでまだ続いている。砂嵐の向こうから、低く長く尾を引く危機が、確かに届いている。

 

その中で、二つだけ。

 

ほかとは桁が違う、刺すような明確さで来ているものがある。一つは雄英高校のある方角から。もう一つは脱獄囚たちが集まっているはずのエリアの方角から。どちらも、放っておけば人が死ぬ。

 

どちらへ行くべきかはわからない。

いつもナイトアイだったりマリアさんだったり、淡輝くんがこういう判断はしてくれていた気がする。

 

天秤にかけられるような情報なんて、何ひとつ持っていない。距離も、規模も、誰がそこにいるのかも。頭はまだ砂嵐の名残でぼんやりしていて、まともな比較なんてできやしない。

 

それでも、踏み出した一歩は、雄英のほうへ向いていた。

 

理屈じゃなかった。考えるより先に、足が選んでいた。

 

それが友人へと向かう前進なのか、それとも恩師の死から逃げる逃避なのかはわからない。

 

不思議なもので、一歩を踏み出すたびに、体が軽くなっていく。さっきまで鉛みたいだった膝が、関節を思い出して、二歩目はもう迷わない。三歩目で前のめりになり、四歩目で、つま先が地面を蹴る感触に芯が戻る。

 

走り出していた。

 

感覚を乱すノイズは完全に消えたわけじゃない。でも、走るほどに、行くべき方向の信号だけが太く、はっきりと体の中心を貫いていく。危機感知が、いまは道標になっている。

 

一番危ないところに行こう。そこにはやることがあるはずだから。

 

地面を強く踏み込む。膝が沈み、踏み込んだ力が背骨を駆け上がって、爪先から大地へ抜けていく。次の瞬間、体が宙に投げ出される。落ちてこない。蹴った勢いのまま、僕は浮いていた。

 

そのまま、空を覆いはじめた巨木の影の下を、低く、まっすぐに飛んでいく。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

選択というものが僕はきっと苦手なんだと思う。

いつも選んだ理由は後からつけている感じがして、一番迷わないのは体が勝手に動いてくれている時だから。

 

雄英高校へと到着して、最初に目に入ったのはまたしても選択すべき光景だった。

 

『緑谷出久。お前はまた、間違えた』

 

あの呪いのような言葉が、雷鳴のように脳裏に響いて。その残響が何度も何度も自分を抉り、焦がしていく。

 

校庭に、校舎の残骸に、そこら中に倒れている仲間たち。先生たち。そして雄英高校の普通科の生徒たち。その全員が今まさに根にからめ取られようとしている。

 

二択のトロッコ問題というのはいかに、易しい想定であるかを叩きつけてくるように、現実は進行し続ける。20以上のかけがえの無い存在を天秤にかけて、優先順位などつけられない。

 

何より、目を引いているのは。激戦の校庭の一区画。

 

()()()()()()()()雄英生が何人も倒れていて。ネズミの怪物が校長のバッジをつけて死にかけている。

 

その獣の上に立ち、今まさに溜め込んだ指向性の爆発を叩き込もうとしているのはかっちゃんだ。

 

だめだ。全部だめだ。何一つ認められない。想いだけが迸り、結局時間は過ぎていく。

かっちゃんの目を見ることだけが、今の自分にできることだった。

 

最初から双眸には助けてほしいという色はない。彼は自分で戦っていた。でも、もうトドメをさせるというところで、何かを悩んでいるようでもあった。

 

なんだか、デジャヴかもしれない。南米の地下で、限界だったかっちゃんに駆けつけたのは自分じゃないのに。聞いた話をまるで自分のことのように感じている。

 

かっちゃんは口が上手くない。昔は性格も良くなかったと思う。それでもすごかったし、嫌いなところがいっぱいだったけど、それでも強くてすごかったんだ。

 

そんな身近な憧れが、僕の方を見て。なぜか少し、安心したような顔をした。一瞬だけ、助けてと言われた気がして。駆け出した。

 

それでも、心底安心したように。何かが切れるようにして、制圧しているネズミの巨獣に向けてずっと抑えられていた力が瞬間的に放たれた。

 

熱と光の後から、肉の焼ける臭いがそこら中へと漂っている。

 

「おい。デク。テメエは、まともなんだろ?」

 

このところ、かっちゃんは出久と呼んでくれている。ヒーロー名としてデクと呼ぶことはあるが、そう多くない。今は確実にヒーローとしての自分が求められているとそれだけでわかった。

 

「俺は、もうダメだ。校長を殺した後にはもう止まらねえ。だからずっと待ってた。俺を殺してくれる誰かを、やっぱテメエだったな。最初から最後まで、ずっとだ。」

 

「かっちゃん!!君だけは、月にも抗ったんだって。そうなんだろ!?淡輝くんも、君だけが帰って来れたって、そう言ってた。そんな風に負けるのなんて、似合わない。ずっと勝つんじゃないのかよ!」

 

かっちゃんが、地を蹴った。

掌で炸裂させた爆発を推進力に変えて、間合いという概念ごと焼き消すみたいに、瞬きの間に距離が詰まる。反応する暇なんてない。次の瞬間には、空中で組み合っていた。互いの手首を掴み、肩をぶつけ合い、吐く息が触れるほどの近さで僕たちは絡まっている。

 

その目を、間近で見てしまった。

爆豪勝己という、さっきまで人だったはずの両目は、すでに溶けていた。焦点が、どこにも結ばれていない。虹彩の輪郭はぼやけて、奥のほうで何かがどろりと崩れかけている。さっき撃ち抜かれた獣の瞳と、同じ色だ。

 

「もうダメだ。体もいうこと聞きやしねえ。どっかにまだテメエには鬱憤もあるんだろうな。本当に嫌になる。ああ、それと。その調子じゃ南米の時の話は聞きやがったんだよな?」

 

でもどこか、その口調には安心感が滲んでいてずっと欲しかったものを最悪の状態で向けれらて、頭がどうにかなりそうだった。

 

「そうだよ!かっちゃんのことを先生って!あんなに慕われているんだから、最後まで諦めるなんて、出来るわけないだろバカヤロぉぉ!!!!」

 

ゼロ距離。言葉の尻に被せるみたいに、思いっきり頭から突っ込んだ。

頭突き。視界の真ん中が白く弾けて、脳が一拍遅れて揺れる。それでも手は離さない。もつれ合ったまま、僕たちは崩れた校舎の壁面を駆け上がっていく。爆発の反動と、僕の踏み込みが噛み合って、上へ、上へ。

 

「ああ、そうだよな。あのクソガキ共に見られてるうちは、クソださくても手本にならなきゃいけねえんだよ」

 

最も高い場所である、ひしゃげた時計塔の天辺へ、二人まとめて突っ込んだ。瓦礫が砕けて宙に散る。

 

一拍も、置かない。

落ちきる前に、かっちゃんはもう次の爆発を叩き込んでくる。組み付かれ、振りほどかれ、間を置かずにまた激突する。手加減なんてどこにもない。全力で、本気で、殺してくれと願う者だけが放てる、純度の高い殺意のこもった攻撃。それを、一つずつ凌ぎ続ける。受け、逸らし、握り潰される前に抜けて。腕が軋み、骨が鳴る。

 

 

「校長は大したもんだったよ。あれだけの殺意があったのに、猫かぶっていやがった。月さえなきゃ死ぬまで被り続けて本当になったかもしれねえ。俺とは次元の違う嘘つきだったな。あいつは獣になっても、頭のどっかは冷静で。こっちの嫌がることを全部できる敵だった。本当に頭のいい奴が、人に恨みを抱いて戦ったら何すると思う?テメエにゃわかんねえか」

 

かっちゃんはここまで饒舌じゃない。まるで、彼の力が全部抜けてもう固執するものがなくなったかのような。悟ったような語り口に嫌な予感が止まらない。

 

狂ってしまった校長が一体どんな戦い方をしたのか、想像すらできないのはかっちゃんの言う通りだった。

そうして彼は致命的なことを、もうどうでもいいという口調で語る。

 

「クソガキ共は全員殺された。一匹のネズミが入り込んだだけで、その避難所は全滅だ。そりゃそうだ。雄英のセキュリティなんだからな!!」

 

ぶつかり合うたび、足場のない空気を蹴り合うたびに、高度が上がっていく。爆発が下から押し上げ、僕の踏み込みがそれに重なって、二人はもつれたまま、絡まったまま、空へ昇っていく。眼下で校舎がみるみる小さくなり、倒れた仲間たちも、這い回る根も、一枚の俯瞰図のように遠ざかる。

 

頭上では、世界を覆おうとする巨木の天蓋が、赤い月の光を透かして、すぐそこまで近づいていた。

 

「校長もその後俺が戦い続けられるとは思ってなかったらしい。勝ったのは俺だ。でも人でいたいならあそこで泣き喚いて殺されるべきだった。俺は人を捨てて、あの化け物を殺すことにしたんだよ」

 

もう彼はボロボロだった。

すでに個性は使い切る寸前。今だになぜここまで機動ができるのかわからないほど。

 

それでも自分に何発も銃弾を当てて、こちらも死にかけている。

 

結局のところ、彼を止める楔はもうない。それだけは事実として変わらない。彼は死を望んでいる。

 

それでも足掻いた。ずっと語りかけた。UAIが遠くなっていくほどに、ずっとずっと戦い続けて。

そして、糸が切れたようにかっちゃんが落ちていく。

 

急いで空中で拾うが、すでにかっちゃんは限界だった。

 

「なぁ。デク。最初で最後だ。頼まれろや。俺の、俺の意識があるうちに殺してくれ。父さん母さんのこと。忘れたくねえんだ。ガキ共のこと、これ以上失いたくねえんだよ」

 

 

 

 

そのまま、一緒に海へと落ちて、そして。

 

 

そして最後に言葉を交わして、やるべきことを最後までやった。

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

岩礁を足場に、UAIを見てみればまるで嘘みたいな光景だ。

赤い月へと向かって、手を伸ばすように木が伸び続けている。

 

緑谷出久は、ゆっくりと意識を失った。

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