夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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最後のヒーローと彼女

 

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緑谷出久が友人との戦いを終わらせて、そして倒れた後。彼の体を回収するドローンがやってきた。それには当然のように世界を覆う樹の種がついていて、その付近にも急速に広がり始めている。

 

UAIが保有するドローン群は今だに動き続けており、南極の勢力と戦い続けてはいたがその勝負ももはやついている。

南極上空まで伸びた枝から種が落ち、根が広がれば物理的に南極のマリアは取り込まれてしまうだけだ。

 

世界から急速に熱が奪われていく。個人が個人と戦い続ける戦争の熱が吸い上げられていくようだった。

 

 

まず捕らえられていくのは、獣になったものたちだ。理性を手放し、形すら人の枠から外れてしまったもの。そのうちの一匹が咆哮を上げかけた、その口が閉じきる前に、白い根が顎へ、首へ、四肢へと巻きついていく。引きずるのでも、締め殺すのでもない。ただ静かに地面へ縫い止めて、それから幹のほうへゆっくりと手繰り寄せる。

 

毛皮も、牙も、膨れ上がった肉も、抵抗できず木の中へ沈んでいく。血も飛ばず、断末魔もない。あとには滑らかな木肌が残るだけで、そこに何がいたのかさえ、もうわからなくなっている。一匹が消え、また一匹が呑まれ、獣の咆哮が島の方々から、ひとつずつ数を減らしていった。

 

戦い続けるヴィランたちも、例外ではなかった。

個性を撃ち、刃を振るい、まだ誰かと殺し合っていた者の足元から、根が音もなく噴き上がる。振りかぶった腕ごと、叫びかけた口ごと、繭のように包み込んで。ほんの一拍、もがくような抵抗があって、それから姿は木の中へ消えていく。次々に。一人、また一人。

 

抗えば抗うほど、根は的確にそこを目がけて伸びていく。まるで、彼らのことを知っているかのように効率的に機械的に回収されていくのだ。

 

一部のヴィランは空に逃げているが、彼らは絶望しているだろう。最も近い陸地にはすでに根が張り始めており、飛行速度よりよほど速く空が覆われていくのだから。

 

殺し合いの音が、端から順に消えていく。荒れ狂っていた盤面が、ひとつずつ静かに片付けられていく。破壊ではなく、回収。倒すのではなく、呑んでなかったことにしていく。広がりきった根は、

いまや島のどこへでも手を伸ばせて、暴れるものだけを残らず内側へ取り込もうとしていた。暴徒となった市民たちは蔦に絡まれ飲み込まれていった。

 

動けるヒーローたちはもう十分に戦って、そして倒れていて、彼らも沈み込むように取り込まれている。

もはやヒーローもヴィランもどこにも見当たらない。隠れ潜む人々が息を殺して何が起こるかをただ祈るようにしているだけだった。

 

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

雄英高校1年のヒーロー科に在籍していたヒーローたちは、緑谷出久を除いて全員が消えている。

 

 

ドローンによって回収された緑谷出久は、なぜか樹には回収されずに重傷のまま放置されていた。

雄英高校の校庭に一人置かれた彼を見つけたのは偶然ではない。

 

あんまりにも、えづくくらいに匂い立っていたから。居ても立ってもいられなかっただけだ。

 

1年のヒーロー科に在籍していただけの私。決してヒーローではない自分。トガヒミコが、最後のヒーローを背負って運んでいた。

 

「緑谷くん。今日はいつもより血だらけで、ボロボロでかあいいね。とっても辛いことがあったんだよね」

 

傷を押さえてあげて、そしてその手を定期的に舐めながら。彼を病院に連れていく。

本当に楽しい。ニコニコと笑いが止まらない。やっぱり淡輝くんはすごいですと、思わず口をついていた。

 

南極のことも興味はなかったし、街中がどうなろうがどうでも良かった。

校庭で戦って、そして死んでいくみんなを見るのは胸が張り裂けそうだったけど。でも恋ってそういうものだと思う。

 

ここまで酷い状況にしてくれるなんて、思ってもみなかった。結局誰も死なないで、傷つかないで。オールマイトも含めてそれで全部を背負ってどうにか上手いことやるんだろうと思ったから、展開が予想できない面白い映画を見ているようだった。

 

「でも、こんなに私好みでいいんです?」

 

みんなみんな、素敵だった。最高だった。みんなになりたい。私じゃなれない、あんな輝きを放つなんてやっぱりヒーローってすごいなぁ。

 

根っこの上を歩くのは、思っていたよりずっと歩きやすかった。

地面はもうほとんど根で埋まっている。白い太い束が何重にもうねって、島中を這い回っている。さっきまではあれが、暴れる人を片っ端からぱくぱく呑み込んでいたのに。

 

私が足を乗せても、何も起きない。

背中の緑谷くんごと踏んでいっても、根は私たちを掴もうとしない。それどころか、私のつま先が触れるより先に、するすると左右へ引いていく。一歩進むたびに、目の前へ平らな道がひとりでに開けていくのだ。歩きやすいように、わざわざ避けてくれている。

 

避けられているのではなく、道を作ってくれているのだと思い上機嫌が加速した。

見たかった顔に一番近い顔を見つけて、その血の匂いによだれが出てくる。ここにいるって、知ってました。

 

「雫月ちゃんだぁ。これ、緑谷くん、お願いできます?」

 

付近のベンチに緑谷くんを置いて、医療者へと引き渡す。そもそも放置でも回復はしていたかそもそも死ななかっただろうが、これで安心だと思う。

 

「と、トガさん!?それに緑谷くんも!!」

 

雫月は急いで駆け寄り、緑谷の傷を確認してホッと息をつく。

 

「緑谷くんは大変だけどでも、大丈夫。無事だったんだね。良かった。誰も連絡がつかなくて、マリアも応答しないし。あーくんも全然。でも医療機関への指示は生きてるみたいで……えっとごめんね。ちょっと混乱してて」

 

「すごい忙しそうですケド、なんかその割に人が死んでないように見えます。トリアージも要らないなんて、なんでです?」

 

「あの光る根っこよ。あれに怪我した人が触られると、怪我が嘘みたいに治っちゃうの。先生たちはそれこそ、一時的に『超再生』でも与えられたようだって。今は患者さんをどれだけスムーズにあの根っこに触れさせて、栄養を補給できるかって勝負になってる……。他の医療はもう、精神科以外はいらないかもだよ」

 

驚くほど血の匂いがしない病院の理由は、またしてもこの変な根っこらしい。

不器用で器用で、何にもできなくてなんでもできる。自分が血を流せばいいと思ってる。合理的で非合理な影がそこにあった。

 

「淡輝くんみたいな根っこですねぇ〜ほんと」

 

「それは……どういう、こと?」

 

「この世界で変なことが起こるなら、それはだいたい淡輝くんのせいなのです。あとは、オールフォーワンって人のせい。トガは過去から学ぶのです」

 

あ、そうだ。と気がかりだったことを聞いてみる。

 

「そういえば、お茶子ちゃんは知りません?どこにも匂いも味もしなくて、見当たらないんです」

 

私の使ってる言葉の意味がわからなくて困ってる、でも緊急時だから頑張って無視してくれる雫月ちゃんはとってもかあいい。

 

「あの根っこ。食べたり吸ったり舐めたりすると、なんか雰囲気で誰がいそうかわかるんですけど、あの中にお茶子ちゃんだけいないのです」

 

混乱する雫月ちゃんといっぱいお話しして、そして最後にはちょっと怒られちゃったけど。お茶子ちゃんはどこにもいないってことがわかった。

 

雫月ちゃんは納得してなさそうだったけど、病院に駆け込んできた一団に紛れながら姿を変えて。病院からは離れていく。

 

「雫月ちゃんの、飲みたかったなぁ」

 

でもやめといた。この根っこがそれは許さないと思うから。トガはトガとして生きるのです。みんなのことは好きだしなってみたいけど。一緒になるのは嫌。混ざってしまったら、それはトガではないのです。

 

看護師の一人に変身して、緑谷くんが起きるのを待っておこう。

 

みんないなくなってるって知ったら、どんな顔するのかな。まだ諦めないのかな。どんな風に噛み締めて、無意識に爪が手のひらに食い込んで。それで流れてきた血を舐めたい。

 

緑谷くんの近くにいれば、きっと淡輝くんとは関われる。

そんな漠然とした確信で、トガヒミコはなんの心配もなくそこにいた。

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

 

みんな死んでしまった。

誰一人として残っていないんじゃないか。じゃあ、僕はなんのために。戦えるのだろう。

 

僕が殺したようなものだ。

僕が殺せなくて、殺したようなものだ。

 

だから次は殺そうと。そう考えるたびに麗日さんの顔を思い出す。

きっと僕はまたできない。何かを捨ててちゃんと選ぶっていうことができないんだと思う。

 

それでいいと。肯定してくれる人たちは僕のその弱さのせいでいなくなってしまった。

 

 

そんなことを、曖昧な意識の中で何度考え続けただろう。

それでも浮かび上がれる気がしなくて、ずうっと揺蕩っているだけで。それがずっと続くような感じがしていたけれど。

 

それは唐突に終わるらしい。

 

体がグイグイと引っ張られる。心がクリアになっていく。ああ、目覚めるまでもうすぐだ。

 

怖い。怖いなぁ。

 

夢が終わるその時は、現実が始まるその時である。

幼い子供のような微睡は終わり。何かを始めなくちゃいけない。

 

どこまでも厳しい現実に起きて、そして何かをするなんて。自分には荷が重すぎるんじゃないかってどこかでずっと思ってた。

 

 

……

…………

………………

 

 

それでも、自然に目を覚ます。

 

白い天井が、視界いっぱいに広がっている。

 

ついさっきまで、ずいぶん長い夢を見ていた気がする。何かとても大事な、長くて、重たい夢を。でも思い出そうとするほど、それは指の間から抜けていって、輪郭すら掴めない。残っているのは、たしかに見ていたという感触だけ。中身は、もうどこにもない。

 

体を起こそうとして、思うように力が入らないことに気づく。

 

痛みはない。だるさもない。体の調子そのものは、むしろ良いくらいだ。それなのに、芯のところがふわふわして、自分の腕が普段より一回り遠くにある感じがする。手のひらを握ったり開いたりしてみると、ちゃんと動く。動くのに、力の入れ方を少しだけ忘れている感じ。

 

ぼんやりした頭で、まず周りを確かめる。

 

ベッドがあって、消毒の匂いがうっすら漂っている。病室のような部屋。知らない場所だ。それでも、ここが危なくないことだけは、なぜかはっきりわかった。あれだけ四六時中鳴り続けていた危機感知が、今は一つの警告も寄こさない。

 

というか、感知できる範囲内で危険が一つも感じられない。

 

ただただ、静かだった。

 

その静けさが意味するところがわからなくて、窓があった。

 

カーテンが半分開いていて、朝の光が差し込んでいる。体を傾けて外を覗き込むとそこには……。

 

 

ただの街並みが広がっていた。

 

人が歩いている。買い物袋を提げた人、自転車を押していく人、誰かと立ち話で笑っている人。何事もなかったみたいに、ごく普通の朝が回っている。見える範囲のどの顔にも、笑顔があった。

 

そして、その街の上に。

大きな、どこまでも大きな木が見えた。

 

半透明の枝が空のすべてを覆っていて、朝日を受けて、淡く光っている。固いはずの幹も枝も、薄いガラスを透かしたみたいに向こう側がうっすら見える。光を遮るどころか、空ぜんたいがその木を通して、やわらかく明るんでいた。枝の隙間ではなく、枝そのものの向こうに、ちゃんと太陽がある。

 

きれいだ、と思う。恐ろしい、とも。

 

どうしてこんなものが空にあるのか、その理由すらわからないのに。ただ眺めているだけで、忘れてしまった夢のどこかが、かすかに疼いた。

 

バサっと。何かが落ちる音で振り返る。入り口のところに、人がいた。

 

「で、デクくん!?起きたんやね!」

 

麗日さんが、そこにいた。

まず驚いて声が出なかった。そしてその絶対に見逃せない違和感もあり、余計に言葉が出てこない。

 

少し印象が違う麗日さんが、嬉しそうに目を潤ませながら駆け寄って。そして抱きしめられてしまった。

 

「ううううう、麗日さん!?こ、ここれはちょっと、あああのあのあの!」

 

柔らかな感覚と、甘い匂いが脳を直撃するようで。これが夢なんじゃないかと思ってしまう。

 

嬉しくて、安心して、許された気がして。これまでの全部が悪い夢だったのだと、そう思ってしまって。

 

 

これがきっと嘘なんだと気づいた。

 

また、何かを間違えようとしているのではないだろうか。危機感知では感じ取れない悪寒が背筋をつうっと下がって。腑に落ちた。

 

彼女の肩を掴んで、距離をとる。だって、麗日さんはあの時消えてしまったんだから。たまたま何がか起こって無事だったなんて、そんなことがあるわけない。

 

「ちょっと、待って。君は、君は誰なんだ?」

 

「え……デクくん?どうしたん?あ、そっか。そうだよね。ごめんね。あれから()()()()()()()から、ウチも変わったと思うけどっ……」

 

三年という言葉は無視できないが、それでも今一番重要なところじゃない。

 

「違う。僕はそんなことを言ってるんじゃない。君は麗日さんじゃないと、僕はそう思う。うまく説明できないけど、違うって。そう思うんだ」

 

もし本人だとしたら、こんなに酷いことはないが、それでもなぜか確信できていて迷いはなかった。

 

気まずい沈黙が、流れてそして……。

 

「……すごい。なんでわかるんです?」

 

どろりと顔が溶けて、髪が金髪に変わる。目つき剣呑な狂気を帯び、歯がギザギザと尖り怪しく光る。

 

そこにいたのは恍惚とした表情のトガさんだった。彼女もまた大人びて見える。

 

「緑谷くん。おはようございます。3年寝坊のねぼすけさんですね」

 

ニタアと笑う彼女に起こされ、その不穏さを目の前にした時。なぜかどこかで安心したのは、自分がおかしくなっているからだろうか。

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