「ところでこれはいったい何かね?」
再度姿が消えたと思えば、先生の背後に迫っていた者の更に後ろにいつの間にか立っている。
先ほどまでいたところにはちょうどコンパスが突き出されており、それは間違いなく攻撃である。
「トガちゃん!?そういうのはやめようって約束したはずじゃ……」
「だって、学生とかお友達に怪我をさせないって約束はしましたけど、先生については何も言われていないですよ?先生はかかってこいって言ってましたから、私は悪くないのです。それにそれに、淡輝くんほどじゃないですけど先生も匂いがするんです。すごく似てる。お爺ちゃんだったり?」
ああ、トガちゃんがちゃんと約束の穴を突くようになってしまった。そして親族だと思ったから刺しに行ったのかこの狂犬は。
「活きの良い生徒が多くて嬉しいよ。助言のしがいがありそうだ。そして君の言う通りだ。私は君たちを挑発したのだから、君を責めることはしないとも。けれど、人に危害を加えようとしたのなら、ささやかな反撃は覚悟してもらおうか」
ニヤリと笑って臨戦体制をとるトガちゃん。最初からやる気満々だったなこれ。戦闘の才能を開花させすぎたかもわからんね。
しかし、相手はあまりに速かった。誰もが聞き取れない速度に加速して、少し訛った英語を呟いた。
「
即座に動いたゲイルの姿を確認すらせず、背後へと蹴りを放つトガちゃんは非常に戦い慣れていた。得意な武器も持たなくても、高い格闘能力を発揮することができる。
空を裂くキレのある回し蹴りはしかし、完璧なタイミングと角度で受け止められている。
見てから回避余裕でしたと言わんばかりに片手で受け止めたゲイルは、それを捻って足首を外したようだった。
まぁ、流石にね。言ってしまえばフレーム差がありすぎる。『加速』の個性となぜか異常に高い彼の戦闘技能はハンデをものともしない。杖で残った足を払いのけ、教室の床に転がすまで多くの生徒は認識すらできなかった。
しっかりとスカートが捲れないように配慮までしての制圧である。途中のどこでやったのかわからないが、しっかりと肩を外していてトガちゃんが痛みにうめいている。
「何でだよ!空中で一回転してたのに見えないなんて、どこまで邪悪な技術なんだっ!これもう世界の敵だろ!」
ワールドエネミーの峰田は責めるような視線を受けても一切揺らぐことはない。いつか正気に戻るだろうか。ていうか人を刺そうとした相手でもお構いなしか。すごいぜこいつは。
ところで、先ほどから生徒を倒し続けているのは片足の老人である。いい加減に彼を侮るようなものはいないだろうが、別の熱意が湧いてくる。
「戦っていいなら俺もお願いしたいっス!夜嵐イナサ!いけます!」
「そういう授業ってことか!?なら俺も……」
戦いの風に乱入しようとした夜嵐と、それに便乗しようとしたものが切島とあと数名。
それらに対して、ゲイルは何かを向けて人数分のカチカチという音を鳴らした。
加速が終わり、その手に持ったものを見ることができるようになれば当然悲鳴が上がる。
いやむしろ、ひっ!という息を呑む声が限界ではあったが。
「君たちはすでに撃ち殺された。死人からの文句については受け付けない。個性で銃弾すら効かないと思っていたものもいたようだが、発動できなければ意味がないということだ」
銃を構えて、人数分引き金を引いていたのだ。もちろん空砲どころか弾が入っていないのだが、それでも反応が一切できない速度でそれはすでに終えられていた。
それはフルオートのピストルであり、世界でも多くの軍隊が採用している量産品だ。しかしそれにはしっかりと目的を果たす能力がある。
「なぜ銃に驚くのかね?これを使うのは当たり前だ。君たちは無辜の市民を救うため、敵を打ち倒さなければならない。相手を無傷で確保できればそれは最高だが、それができない状況や個性というものはある。そんな時に、無理でしたと遺族に声をかけるなどあってはならない。銃に対しての対策と、銃の扱いを学ぶ授業もある。ヒーローになりたいなら必修だということは言うまでもないと思うがね」
ニヤリと笑うゲイルの口調に、そこまでふざけた様子はない。日本の常識から見ればあり得ない暴挙の連続だが、これは問題ですらないらしい。
「さて、君たちからの親愛と尊敬は十分に得られたように思う。ご覧の通り、私は君たちを即座に打倒できる。けれど普段は個性を使っての移動などしないから、日常においては手助けをしてくれるとありがたい。私は人から受け取ったものは返すと決めているからね」
幾人かがコクコクと頷き、刃物と銃を持った危険人物に道を開けて肩を支える。
「皆が私の言うことに真剣に耳を傾けることができるようになったようで何よりだ。同情は侮りの隣人さ。憐憫は本質から遠ざかる行為と知りたまえ。今、殺されかけたものたちはよく覚えておくように。ではようやく今日の本題へと移れるな。学年全体のガイダンスが終われば最初のカリキュラムとして、個性把握検査を実施する。君たちの進むべき道を見つける最初の指針となるものだ。心して取り組んでくれたまえよ。まずは個別に行った遺伝子検査及び個性因子についての分析結果を送ろう。その指示に従い個性を伸ばしていこうじゃあないか」
「ぎゃあ!」
ゴリっという音と共にトガちゃんの肩を戻され、それが最後の合図となったようだった。
Cクラスの担任教師と生徒たち。緊張感のあるホームルームがようやく終わる。
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ガイダンスへと向かう前に狩峰淡輝は考える。個性は不思議なものだ。科学的に解明できるかと思ったら法則を嘲笑うかのように変えていく。それでも人類はそれらをある程度まで体系化することはできたのだった。
個性科学の分野において個性スコアと呼ばれる考え方がある。
人の遺伝子に突如として発生した個性に関するDNAは大きく分けて二種類ある。それが個性因子と個性受容体である。
個性因子は割と一般的であるがこの個性受容体というのは専門的な言葉だ。因子と受容体。両方がなくては個性を発現できず、緑谷出久は因子が欠けていた。しかし受容体の方は十分にあったため曲がりなりにもワンフォーオールという複数の個性因子の塊を体に受け止めることができたのだ。
個性因子も、受容体も訓練や習熟によって成長する。
個性を扱うものは、日々の訓練で伸びた因子のポテンシャルと増えた受容体を把握してより多彩に、より強力に個性を発現させることができるようになっていく。
昔から体験によって語られていたが、UAIはしっかりと研究して結論を出した事柄がある。個性は強い感情によって成長し、限界を超えていく。
それは敵との戦いや死地での生きたいという願い。さらには誰かを助けたいという狂気にも呼応して強くなるのだ。個性は精神と強く結びついている。
その点、あのミャンマーでオールマイトと殴り合うことができていた脳無と呼ばれる怪人は強力ではあったが精神がすでに壊されており、もう成長はしないのだった。あれの弱点とも言えない特徴の一つだろう。
個性因子に比べ受容体はゆっくりとしか増えない。だからこそ緑谷は時間がかかっている。
オールマイトが歴代と比べても凄まじい能力を発揮したのはその精神性が原因と科学者たちは結論づけた。匙を投げるとも言う。
ワンフォーオールにそのポテンシャルはあったが、8代目のオールマイトがそれを爆発させたのだ。彼は精神性が人間離れしているということで見解は一致した。
そう彼は8代目だ。これまで幾人もの継承者たちがオールフォーワンによって殺され、それでも綿々と受け継いできたのがこの力だ。
そうして緑谷出久は
ああ、そうだ。オールマイトは8代目。9代目となるはずだった彼への継承に待ったをかけてどうにか工夫を挟み込むのは俺としては当然の介入だった。
それはワンフォーオールについて研究し尽くした末の結論であり、譲れない要件だ
オールマイトはワンフォーオールを身体能力の結晶などと形容しているがそれは違う。
普通に考えて、どれだけ筋力を発達させようがその拳圧で人を吹き飛ばすような突風は起きない。天気を変えるようなことなどあり得ない。どれだけのエネルギーでぶん殴ればそうなるのか、計算をする気すら起きないというものだ。
けれど現実にオールマイトはそれをできる。
だからこれは、個性によるものだ。これまでの継承者たちの個性を彼は無意識に使って戦っている。
中でも特に研究させられたのは『浮遊』の個性である。浮遊とは何か、7代目の志村奈々は宙に浮いて立体的な機動を実現し、ワンフォーオールによるパワーを得てからは攻撃力も体得したと記録にはある。
普通はそこで思考は止まるが、個性科学の考え方はそうではない。この個性は一体、どんな物理法則を誤魔化しているのか、それを突き止めるのが重要だ。
アメリカの人気ヒーローであり、実力派のキャプテン・セレブリティ。通称CCは良い例だろう。
個性『飛行』は全く言葉足らずである。
原理としてはエアロダイナミックフィールドと呼称される推進力を持つ特殊な力場を体表面に発生させ、肉体を覆うことで飛行している。それを応用することで怪力や高耐久を実現しているのだ。
そんな例を踏まえつつ様々な検証と類似の個性の調査によって判明した事実によれば、この『浮遊』というのはあくまで一つの側面でしかない。実際の効果としては『ベクトル操作』ではないかという仮説がもっとも有力となった。オールマイトの無茶苦茶を見ていれば納得だ。あの力にはそれくらいのポンテンシャルがある。
物事の力の向きを制御するその力があって初めて、オールマイトの無茶苦茶な活躍にも一定の説明がつくというものだ。ビルすら砕く衝撃にすら人体が耐えるという異常な耐久性もそうだ。遠距離から風圧を放ち、人質に取り憑いたヘドロのヴィランだけを吹き飛ばすなど、『発勁』の応用や『ベクトル操作』でもなければ説明の土台にすら立てない。
ちなみにもっと詳しく解明しようとしたが無理だった。『ベクトル操作』を使っているとしても理解不能ですと分析官は笑い始め、オールマイトはやっぱすげえやと分析を諦めたらしい。
ワンフォーオールはこれまで継承してきたものたちの個性が宿っていてそれらの特性を活用できるとなれば、それは試してみるしかない。
そこからというものOFAの継承はとことん研究し尽くした。
継承のルールと例外。同時にできないのかなど、あらゆるパターンを試してみた。
自分の力を使えば、科学者の夢である。量子的な規模を無視すれば完全なる同一条件による対照実験が可能である。あらゆる条件を変えず、何度も試していくうちに知見が溜まっていく。
それによって様々な人物で継承を試した結果わかったことはいくつかある。
まず一つ目。すでに個性因子が7人分も凝縮されているこの個性はよほど個性受容体に優れた人物であるか、無個性の人間にしか譲渡ができない。
これは大きな誤算だったらしく、元々最有力の候補はサーナイトアイ事務所でインターンをしている雄英で最高の学生。通形ミリオであったのだが、彼は受け止めることができないと判明した。
無理に受容体を超える個性因子が体内に入ると、因子は攻撃し合い体は傷つき細胞は死に向かっていく。
即座に死ぬことはないが、個性を使用しなかった場合でもミリオ先輩の場合は恐らく5年と生きることはできないと分析されていた。
故に継承者を選ぶのは非常に困難であったのだ。
ヒーローを志し、平和の象徴を受け継ぐに足る精神性を持ちつつも、受容体を余らせているほど弱い個性の持ち主であるか、無個性者でないといけない。俺たちの年齢では1000人に一人ほどしかいない無個性者の中からヒーロー志望を選ばなくてはいけないという倍率だ。次代の継承者選定は難航していた。
緑谷出久はあらゆる候補に上がっていなかったダークホースであり、まさに渡りに船というか。それ以上の奇跡であった。あの日の出会いには何か運命的なものを感じないでもない。
ああ、あとそれとワンフォーオールを渡した後の『残り火』という現象についても興味深い。渡した相手に十分な受容体があればすぐに力を発揮でき、そして渡した方も出力は下がるがしばらくは力を使える。
渡した直後、6分以内に譲渡先が死ねば個性は譲渡前の人物に戻ることも確認した。
話が逸れた。つまりは、ワンフォーオールをこれ以上強い個性の人物に渡すとそいつは死ぬということだ。
だから無個性に渡すしかないだろうか。
いやいや、そんなことはない。世の中には死んでも何かをしたいという人物はいくらでもいる。
それが老いているなら尚更だ。
病室の窓から射す午後の光が、ジェームズ・ウォルスの姿をやわらかく浮かび上がらせていた。
ベッドに腰掛ける彼は、年齢よりはるかに老いた容貌をしている。深く刻まれた皺が顔じゅうに広がり、皮膚は薄く乾いて紙のようだ。白髪はすでにほとんど抜け落ち、残るわずかな髪もまばらに頭皮へ張りついている。
手は節くれ立ち、農作業で培った力強さが骨にまで残っている。厚い掌をベッドの端に置くと、皺だらけの皮膚が光を反射し、彼の生きてきた長い年月を物語っていた。
ジェームズは静かに息を吐き、窓の外の青空を眺める。
ヒーローではない。ただの一般人。だがその姿は、老いたというより戦い抜いた人間に見えた。
ジェームズ・ウォルス。59歳。彼はヒーローでもなんでもない。カルフォルニアに住む普通の農家だった。子供を三人育て上げ、そして四人目の娘は彼の最大の懸念であって生きる意味でもあった。
アメリカにおいて難病を抱えるということはつまり、経済的な困窮を意味する。それでも彼は『再生』の個性をフルに使って働き続けた。怪我は治り、病気もしない。
その代わりに、人より早く老いていく。60歳を目前に、彼の見た目はすでに80歳を超えていると思えるほどだった。老人であるが個性によって健康を保っているのが彼だ。
個性『再生』。それはケガを常人の10倍ほどで癒し、病原菌や癌なども押し返す。
彼は深く感謝していた。それでも、本当に欲しい個性ではなかったと恨んだことがないと言えば嘘になる。
彼は娘を救う個性が欲しかったのだ。自分の健康なんていらない。娘に人並みの幸せをと願っていた。
そこに米政府から唐突に連絡が来た。とある個性実験に協力をするならば娘の治療を最新最高の施設であるUAIランドで請け負うという破格のオファーがやってきたのだ。
当然、裏があると農家であっても気づいていた。どんな代償を支払わされるのかと恐怖に震えもしたのだが、話を聞いて笑ってしまった。
「数年も生きられなくなり、個性も消える。……それだけですか。ええと、ならぜひお願いします。願ってもないですよ。ここまでしてもらった上に、あのオールマイトの役に立てるなんて」
説明を聞いていなかったのかと幾度もリスクについて過大に脅されるが笑顔は変わりない。経済的にも家族を支えてくれるのだし、最高の条件である。自分の入っていた生命保険が満額降りても、この100分の1も貰えない。
「30年前、家族ごと彼に救われたんですよ。彼がいなきゃ、娘だって生まれてない。こんな恩返しは他にないんです。やらせてください」
彼は久々に再会したオールマイトと語り合い、笑顔でワンフォーオールを受け取った。
そして五ヶ月後、個性因子が最低限馴染んだと判断し、緑谷出久に受け継ぐ日がやってきた。
ワンフォーオールの継承はその意味を理解して心の底から渡すという意思が必要だ。彼には事情を全て話している。
「事情を聞いたよ。人の血が入った水なんて気色悪いだろうが我慢してくれ。私も飲んだけど、そこまでひどくはない。口の中を切った時の唾の味よりずっと薄い。ヒーローになるんなら頑張れるだろう?」
「あ、あの。ありがとう……ございます……。きっと、この力はしっかりと受け継いでみせますので!で、でも僕にそんなのできるかどうかってのは断言はできないんですけど、でも僕なりに……」
ブツブツと言い訳をする彼を見て、老人にしか見えない彼は微笑んで緑谷を呼び寄せ抱きしめた。
「娘と同い年なんてな。これはきっと運命だな。サボらずにもっと神に祈っていれば良かったよ。そんなに緊張しないで、嫌になったらやめて田舎にでも行けばいい。日本は平和だって聞いているよ」
自分がそうできないことを緑谷出久は知っている。そして彼の寿命がもう長くないことも知っている。
「でも、でも。あなたは、その、怖くないんですか?」
「はっは。怖いけどね。それでもこれは最高の機会なんだよ。もう走ることも難しかったが、この『残り火』のおかげで死ぬまでは健康に動けるかもしれない。その上家族も助けてもらって、大学まで行かせてもらえるなんてね。君たちは私のヒーローさ」
言葉を失い、緑谷は用意されていたグラスを見る。水がただ入ったグラスの横には、小さな注射器に入った血が置いてある。
医師がグラスに血を数滴垂らして馴染ませる。
ジェームズはそれを受け取り、そして緑谷出久へと手渡した。
「さぁ。君の戦いはこれからだろう?私のことは心配しなくていい。きっとそのうちわかるよ。ただ生きるよりももっと大切なことがあるんだ。長い人生では何度かね。ヒーローならもっとあるかもしれない」
涙を堪えながら、その少し赤みが入ったグラスを受け取る。
個性が宿る感覚も、不思議な感じもない。ただ少し血の味のする水を飲み干した。
それはあまりに重い、人の命の味がした。
無個性だった自分に個性が宿るという、夢に見た体験のはずだが有頂天で喜ぶ気分にはなれなかった。
これは雄英入試から5ヶ月も前の出来事だった。
入試の5ヶ月前にすでに継承はしてました。
それだけの速度で体を作れたのは相当の無茶ですし、その状態で個性を使えば原作より酷く壊れてしまいますが『再生』のおかげでかなり治りが速くなってます。