夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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熱き決闘者たち

 

トガさんは、こちらの心をひと突きするような言葉と行動を、にこにこ笑いながら次々と置いていく。

 

ただ見えてしまったものを、見えたまま口にしただけだ。味方として隣を歩きながら、彼女はずっと友好的に僕へ敵対している。その矛盾した関係性と距離の取り方がどうにも掴めなかった。

 

「お次は、爆豪くんですか?」

 

僕の考えを読んだのか、トガさんが先に切り出した。

 

「たぶん、近所の中学校にいるはずですよ。なんでも、新任の先生をやってるんだとか」

 

くすくす笑って教えてくれた。

 

「先生?中学校の!?」

 

思わず聞き返した。あのかっちゃんが、教壇に立って子供たちに何かを教えている。その絵があまりにも想像とかけ離れていて、僕の頭はしばらく処理を諦めた。

 

「面白いでしょう? トガもときどき覗きに行くんですけど、見つかると本気で怒るので。だから、たまにしか行かないんです」

 

トガさんの口ぶりからして、その本気の怒りも、彼女はもう見慣れているんだろう。彼女の嫌がらせというかチクチクは、相手を選ばないらしい。

 

しばらく歩いたところで、トガさんがふと立ち止まる。

 

「このまま歩いてたら、時間かかっちゃいますね。個性で飛んでいきましょうよ」

 

「飛んで? でも、こんな街中で勝手に個性なんて……」

 

口にしてから、自分がどれだけ古い感覚で物を言ったかに気づいた。

 

「いまは、個性の使用、ぜんぶ自由になってますよ」

 

トガさんはあっさりと言ってのける。

「人ももう、そうそう怪我もしなくなってますし。だから、昔より死亡事故もずっと少ないんですよ。いい世の中になったよねえ」

 

 

それでも、急いだほうがいいのは確かだ。僕は腹に力を込めて、体じゅうに力を巡らせる。フルカウルの稲妻を巡らせた。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-

 

浮遊を使って、黒鞭でトガさんを抱えて飛んでいく。

 

たどり着いた校庭に、かっちゃんの姿はなかった。

代わりに目へ飛び込んできたのが、真っ赤な髪を逆立てた、見間違えようのない後ろ姿だ。急ぎどこかへと走っている。

 

「切島くんだ!何してるんだろう、あれ」

 

呼びかけが声にならなかったのは、その向こうの光景に気を取られたからだった。

 

校庭の隅、鉄棒の脇のあたりで、男子が三人、もつれ合っている。ひとりが二人がかりで詰められているのか、それとも全員が全員に取っ組み合っているのか、外からだとよくわからない。

 

確かなのは、誰ひとり手加減なしで互いを攻撃しあっているということだ。

 

一番背の高い坊主頭が、拳を大きく振りかぶって相手の頬へ叩き込む。受けた細身の生徒がたたらを踏んで、それでも倒れずに胸ぐらを掴み返し、周囲にあった石のようなものが飛んでいく。

 

拳を受け、石を受け。二人がもつれて地面に転がると、土埃がぶわりと舞い上がった。馬乗りになった坊主頭の制服はボタンが飛んで前がはだけ、組み敷かれたほうは唇の端を切ったのか、口のまわりが赤く滲んでいる。

 

「止めないと!」

 

横から三人目が割り込んで、坊主頭を引き剥がそうと羽交い締めにする。剥がされかけたほうは肘で振りほどき、振り向きざまにその顔へ拳を返した。鈍い音がして、止めに入ったはずの三人目の鼻から、つうと血が垂れる。

 

「え〜。それこそ先生の仕事だと思いますケド」

 

そこからはもう、誰が味方で誰が敵なのかもわからない。怒鳴り声と、荒い息の音。革靴が土を擦る音。遠巻きにした生徒たちは、止めるでもなく囃すでもなく、ただ固唾を呑んで眺めている。

 

そのまんなかへ、切島くんが踏み込んでいった。

 

「やめろやめろ! 拳で語んのは悪かねえ。けどな、もう倒れてる相手を殴るのは、漢気でもなんでもねえぞ!」

 

両腕を左右いっぱいに広げて、三人のあいだへ体ごと割り込む。逃げ場をなくした坊主頭が、振り上げた勢いのまま、その顔面へ拳を叩き込んだ。

 

「うるっせえ!引っ込んでろ!!」

 

その威力は相当なもので、中学生とはいえど個性で明らかに強化されている。体格が非常に良く、体も硬くできていそうだった。

 

まともに食らえば、かっちゃんでもダメージを受けるようなそんな一撃だ。

 

骨を打つというより、岩に何かが衝突したような重い音。人が殴られたとは思えない衝撃がその場に響く。

 

それでも切島くんの首は、ほとんど動かなかった。殴ったほうの拳のほうが、痛みに跳ねて引っ込む。

 

殴られた瞬間に皮膚が岩みたいに硬く変わって、衝撃をまるごとはね返しているがどうやら手加減をしているらしい。切島くんは3年前の時点ですでに、銃撃くらいなら平気な硬度のはずだった。

 

切島くんは殴られて赤くなった頬をひとつ撫でて、にっと笑っている。

つまりは、そこまで硬くしてはいない。そりゃそうだ。本気でやったなら相手の腕は完全に壊れてしまってる。

 

「いってェ……へへ、いいパンチだ。見かけによらず相当な根性してんじゃねえか」

 

坊主頭が、唖然として固まる。その視線は相手ではなく、自分の腕を見ている。

硬いものを殴った拳は、みるみる変色していき、顔は青ざめていく。

 

「殴りてえなら、俺を殴れ。気の済むまでやれ。そんでスッキリしたら、ちゃんと向き合え。逃げも隠れもしねえで、正面からだ。それが漢ってなもんだろ!」

 

「い、いっっでえ!!!!お、折れた。折れてる!!殴れねえよ!クソが!」

 

「なんだよ!先生のくせに暴力振るうってのかよ!大体、俺らの勝負だ!邪魔すんな!俺はまだ、負けてねえ!!」

 

喧嘩していたはずの二人が。乱入してきた切島くんへと綺麗にヘイトを移した。

周辺の石が飛んでいく。一発、二発、三発と続いて飛んでいく。

 

坊主頭も蹴りを入れて応戦し、なんだか不思議な共闘になっている。

彼はそのことごとくを身で受け止める。よろけて、踏ん張って、ときどき殴り返しもした。

 

「マジかよ!殴り返しやがった!かっちゃん先生ですら殴ってこねえのに!」

 

「マジかよ!あいつえらいな!今のなし!好きなだけ殴ってこい!」

 

殴り返された生徒が尻もちをついて、けれどなぜか、もう悔しそうな顔はしていない。

 

そのうち、どの拳からもさっきまでの険が抜けていく。坊主頭が肩で息をしながらへたり込むと、つられたように残りの二人も地面へ腰を落とした。組み敷かれていた生徒が、切れた唇のまま、ぶはっと吹き出す。それが移って、三人とも、汗と土にまみれた顔で笑いはじめていた。

 

切島くんも一緒になって、地面にあぐらをかいて笑っている。

 

切島くんは、何ひとつ隠していない。ずっと変わらない輝きがそこにあった。自分の体をぜんぶさらして、まっすぐ正面からぶつかっている。

 

さっき僕が八百万さんにしたことと、まるで逆に見える。答えのわかった問いをそっと差し出して、相手が退けないように仕向けた、あのやり方とは。

 

「うわぁ。コテコテの青春してますね。ああいう時の血も、美味しいのかなぁ」

 

隣でトガさんが、よくわからない感想を漏らす。

 

その声で気づいたのか、汗だくの切島くんがこちらを振り向いた。

 

 

「……?」

 

切島くんの口が、間抜けに開いたまま止まった。それから、信じられないという顔で僕を指さす。

 

「緑谷……? お前、緑谷だよな!? そうだ!目ェ、覚ましたって言ってたな!!」

 

駆け寄ってきた勢いのまま、硬い腕でばしばしと肩を叩かれる。痛い。でも、その痛さのほうが、やけに嬉しかった。

 

「うわ、マジか……ほんとに起きたんだな。よかった……いや、よかったぁ!」

 

ひとしきり喜んだあと、切島くんは思い出したみたいに後ろを振り返った。さっきまで殴り合っていた三人は、いつのまにか地面に座り込んだまま、ぼんやりと僕たちを眺めている。

 

その足元には光る根があった。その上に座る三人の顔から、傷が消えはじめていた。

 

切れていた唇の血が引いて、裂けたところがゆっくり塞がっていく。坊主頭の腫れた頬も、見ているそばから元の輪郭に戻る。折れたと騒いでいた拳すら、指がひとりでにまっすぐ伸びて、何ごともなかったみたいに開いたり閉じたりしはじめた。樹が、彼らの体を癒してくれているらしい。

 

「爆豪のやつは、今日は別の施設に行っててな」

 

僕の視線に気づいて、切島くんが頭をかく。

 

「今日は俺が、あいつの代打でここに来てんだ。けど、まいったぜ。どうも南極一帯の手のつけられねえのが、この辺に集まってきてるらしくてさ。こんな騒ぎが、一日に何回も起きるんだ。昔のヤンキー漫画のほうが、よっぽど平和だっつうの」

 

言いながら、切島くん自身の頬の赤みも、すっと薄れて消えていく。

僕たちの足元に世界樹の根は伸びていた。

 

「まぁ、雄英高校よりはマシだけどな!」

 

「それは、そうだね。狙撃銃で撃たれる演習とかはなさそう。流石にね」

 

「あの頃のUAIの雄英高校生ってだけで、ヒーロー仲間でもビビるくらいの箔にはなってるぜマジで。あれは狂ってたなほんと」

 

あらためて見れば、座り込んだ三人は、見事にばらばらの顔立ちをしていた。坊主頭はたぶん日本の子で、さっき石を飛ばしていたのはアフリカ系、止めに入って鼻血を出していた子は、欧米のほうの血が濃そうだ。同じ制服を着た、出自のまるで違う少年たちが、肩を並べて座っている。

 

「そうだ。かっちゃんと話したくてさ、どこにいるんだろう」

 

「あ〜そっか。今あいつは、少年院だよ」

 

切島くんは、少しだけ声の調子を落とした。

 

「え゛?」

 

かっちゃん!?ついにやったのか?

 

「いやいや違う違う。仮にやらかしても、あいつはもう少年院に入れる年齢じゃないっての。緑谷の扱いって、どうなるんだろうな?世界樹が起きるまで成長を遅くしてくれてたはずだから、お前は普通に未成年の体のはずだけど」

 

よかった。でもこの邪推をしたと知られたら殺されそうだ。

かっちゃんを刑務所に送らないためにも、トガさんと同じで被害を受けないように強くあろう。

 

「ここのやつらより、もう一歩先までいっちまった奴らがいるとこさ。あいつは今、そういう連中と正面から向き合ってる。……すげえやつだよ、ほんとに。普段からよく組んでやってんだけど、こうして俺も手伝わせてもらってるってわけ」

 

話し終わるころには、三人の生徒にも、切島くん自身にも、もう傷ひとつ残っていなかった。さっきまでの殴り合いが、まるごとなかったことにされたみたいに。

 

「お前ら!今すぐ戻れば授業間に合うだろ!ほら走れ!!」

 

「覚えてろ!」

「負けたわけじゃねえんだからな!」

「俺は喧嘩してないですからね〜」

 

スタコラさっさと走っていく三人組の顔には笑顔がある。切島くんの体でぶつかる熱いスタイルは彼らと相性が良さそうだ。

 

「俺らの学生の時以上にバカだけどさ。可愛いもんだぜ。まぁ明日には痛かったことも忘れて思いっきり殴ってくるかもしれねえけどな」

 

「ていうか、トガも一緒なのか! 珍しいな。本人の姿で普通に歩いてるの、久々に見た気がするわ」

 

「オマケです。お気になさらず。でも、今日じゅうに巡るつもりなら、わりと時間ないかもですよ」

 

「ああ、そうだった! 切島くん、少し話をさせてもらっていいかな?」

 

「おいおい。トガに進行任せてんのか。緑谷、お前やっぱ大丈夫か?」

 

失礼な物言いかもしれない。でも、確かにそうだ。本題をとっとと話せと、この短いあいだに二度も急かされるのは、なけなしのプライドにちょっとくるものがある。

 

「そんなこと言っていーんですか? 次に切島くんが誰かとリラックスしてるとき、いきなり私が出てくるかもしれませんよ?」

 

「ああ、ごめんごめん、勘弁してくれ。本当にありまくった怖い話だそれ。トガちゃんドッキリは、トラウマになってるやつも多いんだからよ」

 

「じゃあ、今度ステーキ奢ってくださいね。あと、血もください。鉄哲くんと、一回殴り合ってみたいんです」

 

旧友どうしの軽いやりとり、と見えなくもない。けれど平和をちらつかされ、脅しに屈したヒーローが、自分の血を差し出している場面でもある。それでいいのか、ヒーロー!

 

「あの、切島くん。話したいことっていうのは、その……」

 

落ち着いてから切り出してみる。

 

「おいおい緑谷。やめてくれよ、水臭せえ!」

 

切島くんが、僕の言い淀みをまっすぐ遮った。

 

「何、言葉えらんでんだ? 俺らで拳で語るってのもいいけどよ、もういい加減、大人になってんだ。……あ、いや。お前はまだ未成年疑惑があんのか。いや、そういう問題じゃねえな! とにかく、腹割って話そうぜ」

 

そうだ。八百万さんのときとは、確かに違う点がある。この世界に同じ人間がもうひとりいるかもしれない、なんて前提を、切島くんは抱えていない。だから、ある程度なら素直に話したって。

 

そこまで考えたとき、視界の端でトガさんが、ニタァとこちらを見て笑っていた。背筋に、すっと悪寒が走る。

 

『トガちゃんはさ、苦悩して、血塗れで、ボロボロになってるやつが好きなんだよ。間違ってる道進んでてもめっちゃご機嫌だから。気をつけろよ、緑谷』

 

いつか聞いた淡輝くんの忠告が、ここで頭をよぎった。

 

違う。

 

これは、僕がやりたい道じゃない。相手が誰かによって、どこまで話すかをこっそり調整する。

こんなにまっすぐ向き合ってくれている相手に、そんな計算を働かせる。

それはもう、僕の思うヒーローとはぜんぜん違う。

 

オールマイトならどうするんだ。

 

バシン、と両の頬を張った。痛みで、迷いがいくらか吹き飛ぶ。それから顔を上げて、まっすぐに彼を見据えた。

 

誰よりも熱くて、誰よりも硬派なヒーローが、こうして待ってくれている。

 

「聞いてほしい。僕はこれから、世界を壊すかもしれない。それくらいのバカを、やらかすかもしれないんだ」

 

ありったけの勇気を、まっすぐに乗せる。

忘れかけていたヒーローの姿を思い出させてくれた、この友達に。

ひとりのヒーローに、感謝を込めて。

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