夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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忘れものを語る

話すべき相手とひととおり話して、僕は帰り道をたどっていた。

 

かっちゃんには、結局、最後まで会えずじまいだ。それでも切島くんが、明日の集合場所には必ず連れてくると請け合ってくれている。連絡も取れたらしい。

 

夜はもうすっかり遅い。それなのに、世界樹だけは街のどこから見上げてもそこにあった。

やわらかい光をまとった大樹が、月の光を吸い込むみたいにして、淡くほのかに輝いている。夜中でも光合成ができるように最低限の光量は常に供給されているらしい。

 

きれいだ。ただ、きれいすぎて、嘘っぽくも見える。

 

歩きながら、今日一日のことを順に思い返して、それでようやく、自分がずいぶん混乱していたんだと気づく。

 

最初はこの平和が嘘くさく見えてしかたなかった。

そして、その裏に本当に黒幕めいた何かがいるらしいと知ったとき、僕はどこかで、ほっとしてしまったのだ。倒すべきものがある。守るべき真実がある。そう思えたほうが、僕にとっては落ち着く。平和そのものより、平和の裏側のほうに安心してしまう。

 

ヒーローとして、それはどこか歪んでいる。いや、こういうものなのだろうか。

 

八百万さんには、まっすぐ向き合えていなかった。答えのわかった問いを、退けないように差し出す。そんな自分のやり方に、僕は切島くんを見るまで気づけずにいた。

 

だったらもう、小細工なんてやめて、思ったままに動いてしまおう。そう腹を決めかけた、まさにその矢先のことだ。はるかに大人になっていた飯田くんに、今度はそっちを気づかされてしまった。思いのままに動くということが、いったいどれだけのものを巻き込むのかを。

 

なぜオールマイトは、一緒に行こうと言ってくれたんだろう。

 

ふいに、そんな問いが浮かんだ。あの言葉は、本気だったのか。それとも、もう止めようのない子供の暴走を、せめて見守るための方便だったのか。考えはじめると、足元がまた少し、傾いていく。

 

その晩は、結局ほとんど眠れなかった。

 

世界樹に触れさえすれば、すぐにでも穏やかに眠れることは知っている。それをどうしてもしたくなかったのは、たぶん、ただの意地だ。世界の手のひらの上で、安心して眠らされてしまうのが嫌だった。こういうのを子供っぽいと言うんだろうな、と自分でも思う。

 

それでも。

 

孤独なまま世界の犠牲になった友人を、世界から忘れられたままにしておきたくない。その気持ちだけは、何度裏返してみても、偽りようのない本物だ。混乱も歪みも、子供っぽさも全部抱えたまま、それでもこれだけは手放せない。

 

眠れたのか、眠れなかったのか、自分でもよくわからない。それでも、早朝の約束の時間には、ちょうどいい。

 

目覚めてからの二日目。

母さんが起きてくる前に、朝ごはんよりも先に、僕は出かける支度をはじめる。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

雄英高校の、校庭。

 

大きなHを描いた運動場の真ん中に、僕たちは集まっていた。みんな口々に、世間話を言い合いながら、なんとなく開始の合図を待っている。

 

朝が苦手な顔ぶれではないらしく、その点はとくに問題なさそうだ。ただひとり、トガさんだけが低血圧なのか、地面にしゃがみこんで小さくうめいている。またすぐに寝てしまいそうだった。

 

飯田くん。切島くん。八百万さん。それから、昨日は最後まで一言も発さずに話を聞くだけだった轟くんも、ちゃんと来てくれていた。

 

爽やかに笑う切島くん。きりりと表情を引きしめた八百万さん。昨日よりさらに深刻な顔をした飯田くん。そして、何を考えているのか読ませない、いつもどおりの轟くん。

 

戦いの場の張りつめ方とはまた別の、妙な緊張感が、この校庭には満ちている。

 

「みんな。忙しいのに、昨日から本当にありがとう。今日もこうして会えて、嬉しいよ」

 

僕がそう切り出すと、まず口を開いたのは飯田くんだった。

 

「緑谷くん。時間からして、昨日いちばん最後に君と話したのは、僕のはずだ。もし、あれから心変わりがあったのなら……先に話しておくべきではないだろうか。検討の時間は、いくらか必要だと思う」

 

「……うん。昨日の僕は、いろいろと考えが足りてなかったと思う」

 

僕は、ひとつずつ言葉を確かめながら答える。

 

「みんなに気づかせてもらったことが、本当にたくさんあって。正直、何から感謝していいかもわからないくらいなんだ。飯田くんの言ったとおりだよ。やっぱり僕は、今のこの世界のことを、ぜんぜん知らない。だから、ちゃんと考えられてもいなかった。言われて、知って、自分なりに調べて、考えた。この世界に対して僕が抱いていた違和感は、たぶん、僕の勝手な思い込みだ。そんなものでこの平和を揺らしちゃいけない。それは、僕もそう思う」

 

「緑谷くん……! すまない。だが、わかってくれたか!」

 

飯田くんが、ほっとしたように手刀を握りしめる。

 

「うん。……でも、おかげで、もうひとつ気づいたことがあるんだ」

 

僕は、みんなの顔をゆっくり見渡した。

 

「僕が世界を知らないから、的外れなことを言っていた。それと同じように……みんなも、淡輝くんのことを知らないから、言えることがあるんじゃないかって」

 

その名前を出した瞬間、場の空気がわずかに張りつめる。

 

「この世界の平和を、たったひとりで、ずっと孤独に戦い続けて、どうにか作りあげた。狩峰淡輝っていうヒーローがいるんだ。彼のことを忘れていない僕には、やらなきゃいけないことがあるんだと思う」

 

それぞれが、それぞれに表情を変えた。怪訝そうな顔。困ったような顔。

 

「……そうかもしれない」

 

口を開いたのは、やはり飯田くんだった。

 

「しかし、緑谷くん。僕たちは、その人物のことを、本当に覚えていないんだ。いま熱心に語られても、それを君と同じようには感じられないかもしれない。そこは、わかってほしい」

 

飯田くんは、やっぱり正直で、まっすぐで、いい人だ。きっと、いいお父さんになると思う。

そしてその懸念はおそらく問題ない。

 

「大丈夫。淡輝くんはさ、ずっと自分のことを、ヒーローじゃないって言い張ってた人なんだ」

 

僕は、できるだけ落ち着いて続けた。

 

「淡輝くんはいつもどこか黒幕っぽくてさ。自分の功績を全部ほかの誰かに擦りつけたり、別の名義で記録に残してもらったりしてた。だから、淡輝くん本人のことは覚えていなくても、彼がやったことのほうは、みんなほとんど覚えてるはずなんだ。僕だって、全部を知ってるわけじゃない。でも、これだけは間違いない」

 

ひとつ、息を吸う。

 

「淡輝くんは、ふたつの偽名を使ってた。ひとつが、あの『狩人』。そしてもうひとつが……たぶん、『ナイトアイ』。その人が今も、オールフォーワンと、あの世界樹のなかで戦い続けてる。それが、僕の友達なんだ」

 

その場の全員が、言葉をなくして絶句した。

 

そこから、僕の長い話になった。

 

「僕はオールマイトのことが大好きだったから、当然、そのサイドキックだったナイトアイのことも、よく知ってる」

 

懐かしい名前を、ひとつずつ確かめるように口にする。

 

「ナイトアイは、5年前……じゃないや。8年前のオールフォーワンとの戦いをきっかけに、動き方が変わったって言われてる。でも、僕にはどうしても、その前とあとが、別人にしか思えないんだ」

 

「まず、個性がおかしい。たしかにナイトアイは、未来を見通すみたいな読みで、いくつも事件を解決してた。でも、あとから警察の調査記録を読めば、本来は事前にちゃんと想定できた範囲のものが多いんだ。堅実で、緻密で、隙がない。それが、オールマイトと協働したサー・ナイトアイっていうヒーローだった」

 

ひと呼吸おいて、続ける。

 

「でも、姿を隠してからのナイトアイは違う。世界そのものを大きく変えて、不可能を平気で可能にして、それを何度も連発する。あれはもう、未来を見るどころじゃない。未来を捻じ曲げてる、って言ったほうが近いっていうか。……あれは、絶対にナイトアイ本人じゃないと思う」

 

八百万さんが、思案げに口を開いた。

 

「あの事件のあと、彼が一定期間まったく姿を見せなかったのは事実です。とはいえ、その間の彼を見た者がいない、というだけで。狩人がナイトアイと同一人物だ、という説でしたら、わたくしも目にしたことはありますけれど……あれは、都市伝説の類かと……」

 

「うん。その噂を、そのまま直接つなげるのは難しいと思う。でも、ふたつとも……狩峰淡輝っていう別の人間が、中に入ることで成立するんだ」

 

「その、狩峰っていう奴の個性は、なんだったんだ?」

 

ずっと黙っていた轟くんが、低い声で短く尋ねた。

 

「本人は、『目覚め』だって言ってた。でも、それだけじゃないと思う」

 

これまで淡輝くんを見てきて、話してきて、僕なりに考えたことだ。

 

「淡輝くんの個性は、たぶん『予知夢』なんじゃないかと思う。夢のなかで、起こりうる未来を、まるごと全部体験してしまう。何もかもを先に味わわされる、相当に辛い個性なんだって感じることが多かったよ」

 

「未来予知っ……? そんなのありえんのか!?」

 

切島くんが、思わずというふうに声をあげた。

 

「多分なんだけど、予知夢を何度も見れるのかもしれない。または、夢の中でさらに夢を見れるのかも。とにかく、無数のやり直しでもしていないと説明がつかない活躍が多過ぎた。UAIの発明やイノベーションの数は異常すぎたんだよ。結果が分かってないとああはならない。つまりは未来予知なんてものじゃなくて、未来を手繰り寄せるみたいな個性なんだと思う」

 

「予知よりよっぽどやべえじゃねえか!流石にありえないだろ!?」

 

それを、トガさんがくすりと笑って否定する。

 

「でも、わたしたち、都合の良すぎるナイトアイの未来予知のほうは、当たり前みたいに信じてたじゃないですか。オリンピックのテロ0件なんて特におかしかったです」

 

カラカラと、軽く笑いながら言葉を継ぐ。

僕たちはナイトアイとオールマイト。この二つの言葉だけでどれほどの不可能と不条理を片付けてきたのだろう。

 

「予知ができるから、ナイトアイにだって変装できるんです。ナイトアイが予知できたんじゃなくて。順番が、逆なんですよ」

 

それから、ふっと声の調子を落として。

 

「あのとき、わたしを家から連れ出してくれたナイトアイが狩人様だなんて絶対嘘。……動きの匂いが、違いすぎます」

 

そう言ったトガさんは、どこか懐かしそうな目をしていた。

 

「ごめん。いい加減、ちゃんと本題に入らなきゃね」

 

僕は、ひとつ深呼吸をしてから、みんなを見た。

 

「僕は、この世界を作ってくれた恩人を、これからもずっと犠牲にし続けるっていうのは、やっぱり良くないと思うんだ。たとえ本人がそう願っていたとしても。それじゃあ、どこかで……バランスが崩れる気がして。いや」

 

言いかけて、自分でいったん打ち消す。

 

「ごめん。これは、僕の勝手な思い込みかもしれない」

 

それでも、口にしてしまう。

 

「僕はどうも、頑張った人ほど、報われてほしいって思っちゃうみたいなんだ。人の何倍も苦しんできた淡輝くんの幸せだけが、この世界のどこを探しても見当たらない。それが、どうしても我慢ならない。こんな気持ちを抱えたままじゃ、僕の心には、たぶん一生、平和なんて来ないんだと思う」

 

みんなが、黙って僕を見ている。

 

「何度も、いろんな人に言われてきたことなんだけど。今になって、やっとわかった。僕はたぶん、正しいことがしたいわけじゃないんだ。ただ、目の前の困ってる人を助け続けて、そうやって生きてるヒーローに、ずっと憧れてきただけなんだと思う」

 

「それは、確かにと思う部分あるが。……だが!それでは!昨日の話がまるごと抜け落ちているぞ、緑谷くん!」

 

飯田くんが、たまらずというように声を張った。

 

「今この平和を享受している、全世界の人々のことは……君は、どうでもいいとは、思わないだろう!?」

 

「うん。その人たちを巻き添えにすることだけは、絶対にやっちゃいけないと思ってる」

 

僕は、まっすぐ飯田くんに頷き返す。

 

「でも、聞いてほしいんだ。これでも、僕なりにちゃんと考えたんだよ」

 

ひとつずつ、組み立てた順に置いていく。

 

「世界樹に下手に干渉したら、何かが狂って、最悪、世界樹そのものが壊れるかもしれない。そんなことが本当にできるのかは、僕にもわからない。でも、そのリスクが無視できないっていうのは、まったくそのとおりだ。飯田くんの言うことは、正しい」

 

「けどさ。……この三年間、UAIには、誰ひとり調査にすら行ってないんだよね」

 

そこで、声の角度を少しだけ変える。

 

「だったら、どうして、この均衡がこのまま続くって言い切れるんだろう。もしかしたら、淡輝くんは今まさに絶体絶命で、オールフォーワンが勝つ寸前まで来てるかもしれない。たったひとりの孤独に耐えきれなくなって、もう、おかしくなりかけてるかもしれない。僕ならとっくに限界だよ。絶対に……」

 

誰も、口を挟まなかった。

 

「それに、僕らは決して最強なんかじゃない。いつか、とんでもなく強い個性を持った子供が、ほんの興味本位で世界樹のところまで辿り着いてしまう。少し触れるだけで枯らすこともできるかもしれない。そういう日だって、ありえないとは言えないと思うんだ」

 

彼らの顔に一瞬映ったのは、その懸念が空論ではないいくつもの経験なのだろう。次世代の個性は強くなり続けている。

 

「だから僕らは、もっと、あの樹のことを知らなきゃいけない。……それに、淡輝くんだって、ミスはするんだ。本当に、けっこう脇の甘いところが多い人だったから!」

 

最後のところだけ、つい力がこもってしまった。

 

「だから、一度でいいんだ。ちゃんと顔を見て話して。そのうえで、これからどうするかを話し合って決めたい」

 

そこまで話して、そして笑った。僕にしてはきっとイタズラっぽい笑顔で、みんな珍しいと驚いている。

 

「それに、これは僕だけしか知らないと思うんだけど。淡輝くんは友達を脅すことまではするけど、実際に傷つけるようなことはできない人だって知ってるから」

 

なんでもできる。目的のためには手段選ばずという覚悟は確かに感じていたが、実際に触れ合う彼はずっと優しく丁寧な人だった。ルール違反を咎めると言っていても、その親族まで被害に遭わせるというのは彼らしくない。

 

おそらくだが、ルール違反をしてその家族も不法行為をしていた場合に連座で罰したとかそういう話じゃないだろうか。

 

彼は最終的に友達に甘い。僕の記憶を消すか、殺すかしておけば平和は安泰だったかもしれないのに、僕をこうやって残したことが彼の人間らしさだと叫びたい。

 

 

すると、音もなく、頭上から人影が降ってきた。

 

「とっとと終わらせんぞ。いつまでダラダラやってやがる」

 

着地と同時に放たれた、苛立ちまじりの低い声。聞き間違えるはずもない。

 

「……かっちゃん」

 

その姿を見た瞬間、勝手に思い出してしまったのは、最後に会ったあの夜のことだった。いちばん最後にこの目で見た、彼の終わりの、あの姿。

 

「んだ。おい。なんだそのツラ」

 

かっちゃんが、あからさまに眉根を寄せる。

 

「死人でも見たみてえな顔しやがって。気に食わねえな」

 

「爆豪ぉ! お前、若干遅刻のくせに、流石に偉そうだぞおい!」

 

「っ黙れやぁ! こちとら徹夜で、バカを朝まで追っかけてたんだよ。間に合っただけ、死ぬほど褒めろや!」

 

切島くんに食ってかかるかっちゃんの体には、傷こそないものの、爆破の余波らしい煤と焦げが、あちこちに散っていた。ずっと、働き詰めだったらしい。

 

「話は、だいたい聞いてた」

 

かっちゃんが、僕たちをぐるりと見回す。

 

「このバカの提案に乗るやつは、とっとと名乗りやがれ」

 

「遅れそうだからって、通話を繋ぎっぱなしにしてたんですよね。爆豪くんって、変なところでスマートです」

 

トガさんが、けらけらと笑って茶々を入れる。

 

「感謝はしてやる。助かったわ。カメレオン地雷女」

 

かっちゃんとトガさんの間で殺意が交換されていた。

 

徹夜明けの体で、それでも颯爽と、朝の校庭に降り立ったかっちゃん。場の空気をまるごと自分のほうへ持っていくところが、昔とこれっぽっちも変わっていない。

 

変わっていなさすぎて。

 

あの夜、僕の手で終わってしまったはずの彼が、こうして当たり前みたいにそこに立っていることが、どうしても信じられなくて。

 

気がついたら、涙が流れていた。

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