夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

188 / 188
正しさの数だけ

これで言うべきことは、本当にぜんぶ言えたはずだ。

 

そのうえで、正直に思う。たぶん、僕の言っていることのほうが、間違っているんだろう。

 

まるごと間違い、というわけじゃなくて。なんていうか、間違いの色のほうがほんの少しだけ多くまじっている。

 

物事はきっと白か黒かじゃない。何もかも不確かで混ざりあったグラデーションになっているんじゃないかと思う。

 

ふと、空を見上げた。

 

東のほうから朝日が滲んで、空をゆっくり染めはじめている。そのいちばん遠い端のほうには、まだ昨日の夜が、少しだけ残っているように見えた。

 

淡い輝きが、どこまでも現実的で美しい。

 

正しいか、間違っているか、じゃない。それぞれの場所に、それぞれの正しさがあって。

そのどれを選ぶか、っていうだけのことなんだ。たくさんある正しさのなかから、自分がいちばん信じられるものを、ひとつ見つけられたなら。それでいいんだと思う。

 

というより、人にできることなんてたぶんそれくらいしかない。

 

最後まで、ちゃんと考えることができてよかった。仮にこのあと、誰もついてきてくれなくて、僕ひとりで向かうことになったとしても。この時間は、きっと無駄じゃなかった。

 

そうして僕は、もう一度、みんなとまっすぐに向き合った。

 

もはや話し合いじゃない。意見の表明がはじまる。

 

 

 

 

まずは、飯田くんだった。

ビシッと手を挙げる。僕の話をひととおり聞いたあとでも、その勢いはちっとも失われていない。

 

「調査の必要性については、正直、僕の盲点だった。そこは確かに、緑谷くんの言うとおりだ」

 

いったん認めてから、彼はまっすぐ続ける。

 

「だが、それは、何もすぐに僕たちだけで突っ込んでいかなければならない、という話とは限らないだろう。たしかに、今まさにピンチの可能性もある。けれど、もしそうでなかったら? もっと時間をかけて丁寧に調べていけば、うまくいくことだってあるはずだ。今回がどちらなのかは、僕にもわからない。だが歴史を振り返れば、トラブルの多くは、雑に急いでしまったからこそ起きた事故だろう」

 

手刀が、空気を区切るように動く。

 

「歴史を学べば人間の直感や衝動は、残念ながら平和を生み出してこなかった。だからこそ僕らは、もっと謙虚に生きるべきなんだと思う。……世界に正式に認められた、調査チームを立ち上げよう。あの世界樹のことを知りたいと思っている人間は、本当はたくさんいる。だったら、これ以上あの樹への神聖視が進んでしまう前に、きちんと調べはじめればいい」

 

声が、少しずつ熱を帯びていく。

 

「今のあの魔境に、たった少人数で突っ込んでいくなんて。どう考えたって、おかしいんだ!」

 

 

 

「……飯田くん。ありがとう」

 

僕は、心からそう言った。

 

「本気で言ってくれてるの、わかるよ。昨日からずっと、僕は飯田くんに助けられてばかりだ。……確かに、こんなに急ぐ理由を、僕はうまく説明できない。これは結局、僕の直感でしかないから。でも、急がなきゃいけないって思ってるのに、思ってないふりをするのは、できないんだ」

 

ひとつ、はっきりと告げる。

 

「僕は、一週間後を目処に、淡輝くんのところへ行こうと思ってる」

 

「……では、残念だ」

 

飯田くんは、目を伏せた。

 

「僕は、それに協力は、できない」

 

そこまで、みんなは静かに聞いていた。その沈黙へ、横から噛みついたのが、かっちゃんだ。

 

「もったいぶった言い方してんじゃねえぞ、角メガネ」

 

低く吐き捨てる。

 

「速さが売りじゃねえのか。クソメガネ呼びに、戻してやろうか」

 

「爆豪、なんだってんだよ。流石に脈絡のない暴言すぎるぞ」

 

切島くんが、おろおろと割って入ろうとする。

 

「黙ってろや。このバカの提案への返事は、三つしかねえんだよ」

 

かっちゃんは、切島くんを無視して指を立てた。

 

「協力か。傍観か。妨害か。どんだけ立派な御託を並べようが、結局はそのどれかだ。それ以外はありえねえ。……で、お前はどれだってんだ。ハッキリしろや」

 

飯田くんは、口を真一文字に結んで、下唇を噛みしめていた。

 

彼の理屈をそのまま延ばせば、答えは妨害になるはずだ。無理矢理にでも、僕を止めるべきだという結論に。けれど、彼のなかの友情が、それだけはしたくないと暴れているのがわかる。いや、むしろ、本当の友情というのは、こういうときこそ力ずくで止めることなんじゃないか。たぶん飯田くんは、そのあいだで、ぎりぎりまで揺れている。

 

「僕は……僕らは……!!!」

 

絞り出しかけて、彼はいったん言葉を呑み込んだ。

 

「……静観、させてもらう」

 

長い息とともに、飯田くんはそう言った。

 

「悪いが、僕が動けない理由は、さっき話したとおりだ。それは、何ひとつ変わらない。調査というかたちでなら、と思う気持ちはある。だが、君のそのスピードは……どう考えても、危険すぎる」

 

誰よりも速く動ける男が、待て、とブレーキを踏む。

 

その事実には、たぶん、僕が思うよりずっと大きな意味があった。

 

僕は、深くうなずいた。

 

これを、説得しようなんて思っちゃいけない。そもそも僕にはできないし、したいとも思わない。なんなら僕は今でも、飯田くんの言うことのほうが正しいんだと、どこかで思っているくらいなのだから。

 

次に口を開いたのは、切島くんだった。

 

「緑谷。俺はさ、みんなみたいに難しいことは、正直よくわかんねえんだ。けど、これでも俺なりに、いろいろ考えたんだぜ」

 

頭をがしがしと掻きながら、彼は言葉を探していく。

 

「何をしたら、どうなるのか。その責任がどうとか言われたら、マジで、まるでわかんねえ。……でも、わかんねえからって、投げ出すこともできねえ。そいつは、俺にとっても友達だったんだろ。だったら、本気で考えなきゃ、漢じゃねえ」

 

それから、切島くんは少しだけ目を伏せた。

 

「それで、いちばん考えたのはさ。もし俺が、そいつの立場だったら、どうしてほしいか、ってことだった」

 

「そいつ本人のことは、俺にはわかんねえから、結局は俺の考えになっちまうんだけどよ。……やっぱり俺なら、自分ひとりが何かを受け止めて、それでみんなが幸せになれるってんなら、迷わずそれをやると思う」

 

拳を、ゆっくり握りしめる。

 

「もちろん、誰かが身体を張って、別の誰かを庇おうとするなら。俺はその上から、さらに覆いかぶさって、まとめて守りてえ。そういう個性だし、そういうヒーローでありてえからな。……でもさ。気づいちまったんだ。自分の上に覆いかぶさって守ってくれてるやつに、やめろ、なんて、俺は言えねえんじゃねえかって」

 

声が、だんだん静かになっていく。

 

「だから、俺は。お前に、やれとも、やるなとも、言えねえ」

 

切島くんは、まっすぐ僕を見た。

 

「昔の、漢気ってもんを勘違いしてた俺だったらさ。たぶん、俺も行くって、迷わず言ってたと思う。けど……淡輝、だっけ。そいつの漢気を、黙って立ててやるってのも。それもまた、ひとつの漢の道なんじゃねえかって、今は思うんだ」

 

そこで一度、息をついて。

 

「そんかわり、ひとつだけハッキリわかったことがある。やっぱり、この世界樹のなんでも解決しちまう状態は、どう考えてもおかしい」

 

顔を上げた切島くんの目に、いつもの熱が戻っていた。

 

「あれは、いつか前触れもなく、唐突に消えちまうかもしれねえ。だったら俺は、いつそうなったって平気なように、誰よりも強く生きる。その姿を見せて憧れてもらう!……それが、俺の答えだ!」

 

どちらかに振れるだろうと思っていた切島くんは『傍観』という選択を選ぶ。

悔しいだろう。体は無意識に硬化して、食いしばって握り拳は固く閉じられていた。

 

 

お互いに、悔いはない。それでも、かつて同じ場所で笑い合った仲間に寄り添えないまま、ここで袂を分かつというのは。やっぱり、決して居心地のいいものじゃなかった。

 

これまで味わったことのない種類の、重たい空気。それを真っ二つに引き裂くみたいにして、凛とした声が響いた。

 

「私は、協力いたします」

 

八百万さんが、まっすぐに言い切った。

 

「理由は、ごく個人的なことですので、控えさせていただきますわ。リスクも、すべて承知のうえです。なんなら、私ひとりででも向かいたいくらい。ただ、緑谷さんの突破力だけは、私にはどうしても真似できないものですから。……ぜひ、ご一緒させてくださいな」

 

「え、本当に……?」

 

正直、いちばん強く止められるだろうと思っていた人が、まるきり逆のほうへ振れている。状況に、理解がうまく追いつかなかった。

 

「ハッ。漢気自慢のバカと、一家の大黒柱が、揃ってグダグダ言ってる横でよ」

 

かっちゃんが、鼻で笑う。

 

「お前がいちばん、男らしいじゃねえか」

 

「ふふ。最近は、ポニーテールもしておりませんものね。爆豪さん、私の呼び方に困っていらしたでしょう。……それなら、こちらではいかがです?」

 

言うが早いか、八百万さんの髪が、ひとりでにするりと結い上がってポニーテールの形になった。手なんて、一切使っていない。創造の個性だ。彼女はそれを、わざとらしくかっちゃんのほうへ見せびらかしている。

 

昔の八百万さんは、こんな挑発、絶対にしない人だった。そもそも、八百万さんがかっちゃんをからかう光景なんて、僕には想像もつかない。

 

「くだらねえことすんなや。ドラえもん女」

 

「版権に引っかかる呼び方を、あなたがメディアでも平気で口にするから、わざわざこう申し上げているんですの! ポニテでも、ポニーテールのなんとかでも、もう何でも構いませんから。猫型ロボットだけは、おやめくださいまし!」

 

そうして笑っている八百万さんは、どこにも気負いがなくて、ただ自然体だった。今くだした決断は、彼女にとって、とんでもなく重たいもののはずなのに。それなのに、まるでいつもどおりなのだ。

 

「八百万さん……」

 

「あら、緑谷さん」

 

僕の言いかけた声を、彼女はやわらかく、けれどきっぱりと押し戻した。

 

「これ以上は、無粋というものですよ。私は私なりにできるかぎりの最善を尽くして、考えて、考えて、それから結論を出しました。この意思は、尊重していただけると信じていますわ」

 

その、とおりだ。

 

不安のあまり口から出かかっていた言葉を、僕はどうにか飲み込んだ。あとは自分のなかで、ちゃんと消化するしかない。

 

 

残るは、かっちゃんだった。

 

たぶん彼は、最初からとっくに答えを決めていて。だからこそ、まごついている全員を、さっきからずっと急かしていたんだろう。

 

その横顔には、迷いなんて、ひとかけらもない。もう全部、考え終わったあとの顔だ。

 

昔と何ひとつ変わらない、迷いのない足どりで前に進もうとするその姿に、僕はまた、泣きそうになってしまった。

 

「俺は、『妨害』だ。当たり前だろうが、ゴミカスども」

 

吐き捨てるように、かっちゃんが言う。

 

「自分優先で、法令無視で、人命軽視。先のことを何ひとつ考えねえバカのことを、この世界じゃ、なんて呼ぶか知ってるか?」

 

ぎろりと、こちらを睨む。

 

「俺みてえなクソ野郎のことを、ヴィランってんだよ」

 

その瞬間、かっちゃんの姿が、ふっと視界から消えた。

 

起きてからこのかた、ただの一度も反応しなかった危機感知が、初めて、けたたましく鳴る。致命的な一撃が来る。考えるより先に、黒鞭が反射で伸びていた。

 

伸ばした鞭で地面を引っ掴んで、自分の体を無理やり地面のほうへ叩きつけるみたいにして、僕はそれを避ける。

 

頭のあった場所を、大ぶりの右が薙いでいった。

 

かっちゃんの腕が振り抜かれたあとには、七色の細かな煌めきが、ちかちかと宙に瞬いている。星雲のような光に目が奪われかけるが、即座に閉じた。

そして、それを追いかけるみたいに、爆破が遅れて襲いかかってきた。

 

「よりにもよって、テメエ(出久)俺みてえ(デクの棒)になんのだけは、絶対に許さねえぞ」

 

爆煙の向こうから、低い声が突き刺さる。

そこにいるのは、怒れるヒーローにしか見えなかった。

 

彼の目にはヴィランとして宣言した二人しか映っていない。

そうだ。今更何言ってるんだ。こうなって当たり前じゃないか!

 

八百万さんと僕は、ヒーローと対峙する選択をしたのだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

もこたんのヒーローアカデミア(作者:ウォールナッツ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 個性『不死鳥』を持つ少女、藤原妹紅がヒーローとなるべく奮闘する物語。▼ 第二部、始めました。▼https://www.pixiv.net/artworks/134475954▼不知火桃様からファンアートをいただきました。不知火桃様、ありがとうございます!▼【挿絵表示】▼はんたー様からファンアートをいただきました。はんたー様、ありがとうございます!▼AIのべ…


総合評価:24967/評価:8.78/連載:105話/更新日時:2025年11月30日(日) 22:49 小説情報

【完結】無個性ヒーロー(作者:南畑うり)(原作:僕のヒーローアカデミア)

超人社会における最下層。▼無個性である少年は、社会的に守られる立場を捨てて、守る側に成りたいと願った。▼叶うわけがないと知っていても。▼※ヒロアカの救済・曇らせ増の二次創作となります。▼20240317……本編完結しました。▼ユアネクスト投稿に伴い、話の順番を入れ替えました。▼↓以下挿絵▼素知らぬ猫さんから人生初支援絵頂きました!▼プロローグ前の生意気すぎる…


総合評価:9857/評価:8.47/連載:138話/更新日時:2025年08月09日(土) 12:00 小説情報

亜人:ゼロから始める異世界生活(作者:ZAT23)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

【リゼロ8章まで追いつき休載中】▼リゼロと亜人のクロスオーバー二次創作です。▼合理的な人物がファンタジー異世界に来たらどうなるのか?を描いていきます。▼リゼロ世界に亜人の永井圭が拉致され。ここでも頑張るお話。スバルもいます。▼リゼロはなろう版、小説版、アニメ版、ゲームのいいとこどり、亜人は漫画を中心に一部映画とアニメを参考にしていきます。▼両作のネタバレを豊…


総合評価:20514/評価:9.16/連載:236話/更新日時:2025年09月01日(月) 19:02 小説情報

回原のドリルは天を貫く(作者:のりしー)(原作:僕のヒーローアカデミア)

回原旋。▼本来の正史であれば優秀ではあるが、歴史の教科書にのるような逸話を残すことは無かった埋もれたヒーロー。▼だがそんな彼が、古い昔のアニメやゲーム好きな祖父の影響で見たとあるアニメの影響で、本来の正史から大きく逸脱し物語の主役へと躍り出る。▼『天元突破グレンラガン』▼これは、回原旋のドリルが天を貫き、最高のヒーローになるまでの物語だ。▼そんな、少し変わっ…


総合評価:5980/評価:8.12/連載:142話/更新日時:2026年06月15日(月) 20:01 小説情報

僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~(作者:四季の夢)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った超人社会。▼ 皆がヒーローに憧れる中、同じくヒーローを目指す少年――雷狼寺 竜牙。▼ そして、彼に宿りし個性――“雷狼竜”▼ この超人社会で今、雷を操る牙竜種が解禁される。▼ 


総合評価:15603/評価:8.01/連載:63話/更新日時:2026年06月16日(火) 20:38 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>