驚いたのはその強大な爆発が、朝の静寂をまるで壊さなかったことだ。
目を焼くような白い閃光だけが弾けて、それきり何も来ない。来るはずの衝撃波が来ない。肌を炙るはずの熱も来ない。鼓膜を裂くはずの轟音すら、来ない。
光だけが去っていき、世界はしんと静まったままでいる。
かっちゃんの個性は、昔から爆破の衝撃も熱も音もある程度は抑えこめた。それは知っている。
でも、今のこれはもう制御なんてレベルじゃない。爆発という現象から、爆発の暴力だけを器用に抜き取っている。残されるのは、ただの眩しい光だ。
「わっかりやすく敵対表明してくれて助かったわコラ」
晴れていく煙の奥で、かっちゃんが嗤う。
「バカが三つも雁首揃えてんだ。一息に捻ってやる。地雷女もどうせ協力側なんだろうが」
「え〜? 私そんなこと言いましたっけ?」
「顔に書いてあんだろうが。テメーは娑婆にいんのが奇跡だったんだよ。そろそろお縄につけや」
「緑谷さん!」
八百万さんの鋭い声が飛んだ。
「爆豪さんと正面から戦ってはいけません! 閉所……できれば地下のような場所が……」
言い終える前だった。
かっちゃんが動く。いや、動いたという認識すら遅れる。足元で小さな閃光がひとつ瞬いて、それが合図だった。次に目が捉えたとき、彼はもう八百万さんの懐へ潜りこんでいる。数メートルの距離を、瞬きひとつぶんで詰めてきた。
八百万さんの反応も、信じがたく速い。
突き出されたかっちゃんの掌底に合わせて、彼女の前腕の表面がぶわりと盛り上がる。鈍く光る装甲の板が、鱗みたいに何枚も皮膚を覆っていく。掌が触れた。爆発が起きる。同時に八百万さんの装甲も内側から爆ぜて、二つの爆風が真正面からかち合った。
押し合った力が、たがいに相殺されて消える。
火花だけが二人のあいだで散って、八百万さんの体が後ろへ滑った。靴底が地面を削る。それでも倒れない。倒れないまま、もう次の装甲を練りはじめている。
やっぱり、音がしない。
自分の爆破だけじゃなかった。ぶつかってきた八百万さんの爆発まで、かっちゃんは丸ごと握り潰すみたいにして黙らせている。聞こえてくるのは、布の擦れる音と、靴が土を蹴る音。それだけだ。
「婦女子にいきなり手を出すなんて。教師失格ではないですか?」
「寝ぼけた出久なんかより、よっぽどテメエらのほうが危ねえから、なァ!」
跳びすさりざま、かっちゃんが空中で身をひねった。掲げた手のなかから、何かがトガさんめがけて撃ち出される。
両端におもりのついた、長い紐。それが高速で回転しながら、見るまに大きく広がって、捕縛用の網に変わっていく。
「飯田くん。借りますね」
そこに立っていたのは、ニタァと笑う拳藤さんだ。白目を剥きかけたまま、巨大化させた拳を頭上へ振りかぶっている。
巨大な拳が加速する。防ごうという動きではなく、攻撃をするつもりだ。飛んできた網を掴んで、かっちゃんを叩き潰すみたいに投げ返す。
かっちゃんは避けない。受ける気だ。
体表のあちこちで、無数の小さな爆破が連鎖した。その反動を全部たった一点へ束ねて、彼は返されたものを弾き返す。
「おい。地雷ならそれらしく、そこで勝手に爆ぜとけや。物を投げるにしたって、角度がなってねえんだよ」
僕もようやく、体を起こす。そこで、やっと一息つけた。
「かっちゃん。それ……」
見れば見るほど、おかしい。
体じゅう、どこからでも爆破できる。そしてそれを、一発残らず推進力へ変換している。前に出るのも、退くのも、空中で向きを変えるのも、ぜんぶその爆破ひとつでこなしている。昔あいつがACに乗って披露していたあの機動を、今は生身で、しかも完璧にやってのけている。
八百万さんのほうもすごい。
体の表面に張ったのは、たぶん爆発反応装甲。当てられた爆発を、こちらの爆発でわざと打ち消す装甲だ。かっちゃんとは違う種類の爆薬を、あの一瞬で正確に練り上げている。前もってあいつの個性を想定して用意していなきゃ、こんな芸当はできるはずがない。
そして、トガさん。
さっきまで拳藤さんだったあの人は。吹き飛ばされて地面を転がったその先で、もう、僕の知らない別の誰かに変わっていた。
ニタニタと、よく知った表情で笑う男がいる。さっきまで拳藤さんだったはずの、知らない男性。そいつが、ぱん、と軽く手を叩いた。
「うおっ! まぶし!」
誰かが声をあげる。叩いた手のあいだから、強烈な閃光と、耳をつんざく音と、もうもうとした煙幕が、いちどきに溢れ出した。
「クソ地雷女! 音抑えてんのがわかんねえのか! 近所迷惑だろうが!」
「私は気にしませんよ。みんな早起きすればいいんです」
煙のなかから、けろりとした声が返ってくる。
「というか、私はデクくんとももちゃんの、大変そうなお顔が見たいので。協力はしますけど、ここでは加勢しません」
「ハッ。笑えるわ。隙がありゃ刺してくる気しかねえくせに、よく適当言いやがる。そんなお前の言葉を、誰が信じんだ?」
「緑谷くんとか? 今すごく裏切られたような、悲しいお顔をしてて、グッドでした。カアイイね」
気づけばトガさんが、目の前で着ていた服を無造作に脱ぎ散らしていた。とっさに目を逸らす。逸らした、そのほんの一瞬で、もう気配ごと消えて透明になっている。
「じゃあ、また。無事だったら、一緒に行きましょうね」
声だけが、どこからともなく降ってくる。
「もしダメなら緑谷くんの姿になった私が、ひとりで淡輝くんに会いに行って、ドッキリしちゃいますから」
この上なく恐ろしい犯行予告だけを残して、協力者のひとりは、あっさり戦場から逃げ出した。
世界が終わるとすれば、彼女によってかもしれない。
「まぁ、あれはいい」
かっちゃんが、煙のなかで舌打ちする。
「ゲリラでチョロチョロされちゃ厄介だが。正面突破の戦力としちゃ、どうせイマイチだ。……お前ら二人を畳めば、それで済む話だろうが」
「かっちゃん!」
僕は、まっすぐ声を張った。
「戦う前に、ひとつだけ約束してほしいんだ。もし僕らが勝ったら、もう邪魔はしないって。……約束してくれる!?」
その瞬間だった。
ブチリ、と。嫌な感覚が、というより、嫌な音が聞こえた気がした。
もちろん、本物の音じゃない。切れやすいあいつの堪忍袋の緒が、ぶつりといく音。全身に生えそろった逆鱗を、まとめて逆撫でしてしまったときの、あのやらかした感覚だ。
どうやら今、僕は地雷をまっすぐ踏み抜いたらしい。
ところが。
かっちゃんは、これまで見てきたなかでいちばん、冷静だった。怒鳴りもせず、ただ静かに、こちらを睨んでいる。
経験上、本当ならとっくに怒鳴り散らされて、胸ぐらを掴み上げられていてもおかしくない。なのに今朝の彼は、どこまでも静かなままだ。
「中途半端な、デクの棒らしいな。今のテメエは」
低い声が、ゆっくりと落ちてくる。
「とことんヴィランの才能がねえって言ってんだ。勝ったら協力しろ、ってのも思いつかねえんだろ。……なめられたもんだなァ、おい。んなハンパ野郎に、この俺が負けるって?」
「爆豪さん。先ほどの奇襲が防がれて、少しは驚いてくださったでしょう?」
八百万さんが、装甲を生成しながら、涼しい顔で口を開く。
「もう準備をすべて終えている私に、あなたは絶対に勝てません。殺す気でかかってくるならまだしも、ただ確保するという条件のもとでは、なおさら無理です。……友人として、忠告いたしますわ。こんな無茶な約束はなさらず、ここは引いて、またの機会を狙うのが賢明かと」
見えすいた挑発だ。誰の目にも、そうとわかる。
それでも、かっちゃんには、この手の言葉が無視できない。なぜなら彼は、ほかの誰でもない、爆豪勝己なのだから。
「やってやるよ」
低く、唸るように言う。
「もし勝てたんなら、協力でもなんでもしてやる。テメエらの想定も、準備も、全部まとめてひっくり返して、そのへんに転がしてやるよ」
「では。これはあなたと緑谷さんの間だけでなく。私のような協力者に負けた場合でも、きちんと守っていただけるんですわよね?」
こめかみに、はっきりと青筋が浮いた。
野蛮な咆哮で肯定しつつ、かっちゃんが八百万さんへ襲いかかる。間近で見るその形相は、本気で恐ろしい。けれど八百万さんは、一歩も引かなかった。
爆発と爆発がぶつかって殺し合う。飛んできた礫は、せり上がった鎧が皮膚を覆って弾く。二人とも、自分は絶対に負けないと信じきっている。譲る気のないその熱量に当てられて、僕の体にも、ようやく熱が灯りはじめた。
そこで、ようやく認める。
無意識のうちに、ずっと目を逸らしていた。僕は、かっちゃんと戦うことを、心の底から嫌がっていたんだ。あの人をまた傷つけることになるのが嫌で、体が勝手に強張っている。まずはそれを、ちゃんと認めるところからだ。
深く、息を吸う。吐く。そして、体じゅうにワンフォーオールを漲らせていく。
抑えこむそばから耐えきれずに漏れ出すみたいに、緑の稲妻が全身を走った。
「試してやるよ」
かっちゃんが、こっちへ向き直る。
「俺はもう、オールマイトにはならねえと決めた。だがな。テメエがあいつを超えてんのかどうかだけは、ずっと気になってたんだよ」
「オールマイトじゃない。僕だ!!」
僕は、まっすぐ前を見据えて言った。
「僕から、目を逸らすなよ、かっちゃん!」
「ハッ。久々に、生意気だなァ!!!?」
理屈のまるで違う衝撃を生む、二つの拳が、真っ向からぶつかった。かつての学び舎で何度もそうしたみたいに。たぶん、世界がどれだけ違っていても、結局はそうするみたいに。僕とかっちゃんの魂が、正面から激突する。
「男同士の決闘に夢中のところ、すみません」
その横合いから、涼やかな声が割りこんできた。
「お水を、差してあげますわ」
殺到してきたのは、弾丸。いや、違う。これは、水だ。水鉄砲? 一瞬、状況に頭が追いつかない。
見れば、八百万さんの肩と腰に、それぞれ小さな砲塔のようなものがせり出している。そこから、透明な液体が雨みたいに連射されている。
かっちゃんは、とっさに爆破の壁を張ってそれを払おうとした。けれど、きらきらと光るその粒は、ぶつかっても爆発しない。仕方なく、彼は持ち前の運動神経だけを使って、宙でそれを避けていく。
そりゃそうだ、と思う。
八百万さんが、わざわざ撒いた液体だ。それに、何の仕掛けもないはずがない。
そのあいだに、僕は発勁で、体の奥へ力を溜めていく。
持久戦でかっちゃんに付き合おうなんて、どだい馬鹿げている。あいつのスタミナと手数を相手に、長くもつわけがない。だったら、一瞬でいい。ほんの一瞬だけ、あいつの速さを上回れれば、それで足りる。
たぶん、まともに撃てば、かっちゃんは避ける。でも、ここまで馬鹿正直に正面から突っ込めば。あいつはきっと、いなすことを良しとしない。受けて立って、真っ向から打ち破ろうとしてくるはずだ。
そこが勝負。そこだけが、僕の勝機だ。
黒鞭を広げる。何本もの腕に分かれた鞭で、疑似的に手足を増やしていく。そうやって、溜めて、溜めて、ありったけの力を体の中に閉じこめていく。
爆発する寸前の爆弾みたいな状態になって。そして、かっちゃんと、目が合った。
「勝負だ! かっちゃん!!」
「なめ、やがって」
周りには、たぶん、加熱しちゃいけない液体が撒かれている。そして正面には、避けるのを許さない、僕の突撃。この二つが噛み合った、今この瞬間にしか生まれないチャンスへ。僕は、頭から突っ込んだ。
かっちゃんは、やっぱり、正面から大振りの右を振りかぶってくる。
かつて見たあの速度とは、まるで比べものにならない。それでも、今の僕になら見える。見えていて、しかも軌道まで予想できているなら。上回れる!
右をかわす。その勢いのまま投げ落として、黒鞭で全身を拘束する。同時に顎を下から揺らせば、あの精密な爆破は、もう撃てなくなる。
時間が、ゆっくりと流れはじめた。
引き延ばされた時のなかで、溜めこんだ力を、すべて速度へ変えていく。地面に食い込ませた黒鞭が、急ブレーキの利きみたいに、僕の体を一気に加速させる。
そして、その緩慢な時間の底で。
極彩色の煌めきが、内側から爆ぜた。
それは、これまでみたいな、細かい火花なんかじゃない。かっちゃんの右腕が、今日いちばん強く爆発する。その爆風で、自分の右肘から先を失いながら。それでも彼は、回りきる。
刹那のなかでさらに、自分自身を潰すことで加速したその男に。もう、誰も追いつけやしなかった。
渾身の力で振り上げたあの大振りの右は、僕を殴るための武器なんかじゃ、なかったんだ。あれは、ただの推進装置だった。
反応すら許さない速さで、回りきった彼の左拳が。たったひとつの渾身の一撃になって、僕の体を、縦に高く撃ち上げる。
ここがビルの中だったなら。きっと、何階ぶんも上まで、突き抜けていたかもしれない。
腕を失うほどの渾身の一撃。虚をつかれ、それをまともに食らって。
僕の意識は、あっけなく消し飛んだ。
・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-
緑谷さんの体が、高く撃ち上げられて落ちてくる。それを横目に、私は小さく息をついた。
やはり、いくら言葉を尽くしても。男の子というのは、そういうものなのですね。
頭ではすべてわかっていても、最後の最後には、理屈より魂のぶつかり合いのほうを選んでしまう。
……美しい、とは思います。心から。
けれどそれは同時に、その熱に加われなかった者への、ささやかな侮辱でもあるのです。
ですから。
こんなにもおバカな男子たちに、最後の勝ちまで譲るつもりは、私にはありません。
四方には、あらかじめ耐熱性の蜘蛛の糸を巡らせてあった。今、それを一斉に手繰り寄せていく。爆破にも焼き切れない繊維が、爆豪さんを四方から包みこむように殺到する。これはもう、避けられない。
そう。普通であれば、避けられないはずだけど彼ならどうにかすると知っている。
足の裏を爆破させたのでしょう。先に飛ばしておいた礫が、糸の一本へ先回りしてぶつかる。完全だったはずの包囲に、ほんの一瞬、針の穴ほどの隙が生まれた。
彼のセンスをもってすれば。そんな不可能としか思えない間隙へ、自分の身体を捻じ込むことなど、造作もないのでしょう。
爆ぜた彼が、まっすぐに飛ぶ。そして……。
ぐるぐると、蜘蛛の糸に巻き取られて。空中で回転したまま、その回転が、いつまでも止まらない。
「爆豪さん。あなたに、私と緑谷さんだけで勝てないのは、最初からわかっておりました」
巻かれていく彼へ、私は静かに告げる。
「トガさんが加勢してくださればと、淡い期待もしておりましたけれど。結局は、私たち二人だけで、あなたと向き合うことになってしまった。……でも。当然、こうなることも、ちゃんと想定しておりましたの。ですから」
ふわり、と私の体が、地面から浮きあがる。
無重力へ投げ出された自分の身体を抱きしめながら、私は、もうひとりの協力者のほうへ目をやった。
この場の重力を支配したヒーローが、ゆっくりと歩み出る。
「今度はうちらが、助ける番だから」
自分以外のすべてを宙へ浮かせておいて。
たったひとり、しっかりと地面を踏みしめたまま麗日お茶子が、そう言った。
大切な人のために、死地に突っ込んでいけるのが女子の強さなのかもしれない。