夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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最後の選択編
残された澱み


青春の終わりは、現実の始まりでもある。

 

それを切り出したのは、一足早く大人になっていたかっちゃんだった。

 

日を改めて退院したあと、改めて話がしたいからと、協力者たちがふたたび顔をそろえる。病室のときとは違って、今度はみんな、それぞれの足で椅子に腰を下ろしていた。

 

「おい。わかってんだろうが」

 

腕を組んだまま、かっちゃんが顎をしゃくる。開口一番、低い声が落ちた。

 

「俺たちゃ所詮、多少背伸びができるようになったガキだ。できることも知ってることもたかが知れてる」

 

そこで一度言葉を切って、かっちゃんがこちらを睨む。組んだ腕に、ぐっと力がこもったのがわかった。

 

「俺も協力するってんなら、中途半端は許さねえ。俺は生きて帰るし、てめえらもだ。完勝以外は認めねえ」

 

言いながら、かっちゃんが八百万さんのほうへ親指を突き出した。そうだよな、と前提でも置くみたいに投げかける。

 

そんな風に挑発しなくたっていいのに。胸の奥で、小さく息を呑む。

 

「それって、どういうこと?」

 

膝の上で手を握り直してから、僕は口を開いた。自分は子供なんだと認めてしまえば、こういう問いも、ずいぶん口にしやすくなるらしい。

 

舌打ちが返ってきた。それでも、かっちゃんは投げ出すように足を組み直して、口を開いてくれる。

 

「世界樹についての発表も、基本的には大人の発表を鵜呑みにしてんだろうが。衛星なり交渉なりで、もっと内情を知ってる奴は絶対にいる。そういう話をしてんだよ」

 

「ええ、それはそうですわね」

 

八百万さんが、長い髪を肩の後ろへ払いながら頷く。

 

「ですからこれは、緑谷さん」

 

そう言って、彼女はそっと身を乗り出した。組んだ指を膝の上に置いて、まっすぐにこちらを見る。

 

「我々は協力しますが、あなたの思い描く形にはならないと思いますわ。きっと、少人数での強行突破を想定していらしたのでしょう。おそらく、そうはなりません。異なる形になるとおもいますが、それは覚悟をしてください……」

 

 

言い淀む彼女のその続きを言ってくれたのは、全く別の大人になった。

 

「ありえないわよ。そんな青臭い決死行!」

 

声のしたほうへ顔を向ける。

 

通された部屋は、思っていたよりずっと広かった。磨き上げられた長机がまっすぐ伸びて、天井からは曇りのない明かりが落ちている。壁の一面はぜんぶ窓で、その向こうに世界樹がゆっくりと枝を揺らしていた。窓の前にある大きな机、立派な椅子に腰掛けるその人は、ここの空気にすっかり馴染んでいる。

 

「でも、相談してくれて嬉しいわ。まずはそこを褒めないとね。これは八百万さんの提案かしら」

 

似合わぬ落ち着いたスーツに身を包んだ女性が、こつ、と靴を鳴らして机の上座へ歩いてくる。まるで政治家のようないでたちだ。元18禁ヒーロー、ミッドナイト。その印象通り、彼女は今ずいぶんと政治的な立場にあるらしい。

 

何せ、ここの部屋の名前は『雄英高校校長室』だ。

 

「わたくしよりも、爆豪さんが先に言ってくれました。少し熱くなっていたことは、認めないといけませんね」

 

八百万さんが、隣で背筋を伸ばす。

 

「ノーベル。あなたやっぱり成長したわね」

 

椅子を引いて腰を下ろしながら、ミッドナイトが目尻を緩めた。

 

「あ〜やだやだ。教え子たちの成長を見ると、すぐ泣きそうになるのよ最近。でも、緑谷くんはまだ高校を卒業もしてないものね。私が今の雄英高校校長なのよ。まだあなたは教え子といえるわね」

 

柔らかに笑うミッドナイトは、以前に感じたドキドキとはまるで別の、頼れる大人としての安心感を放っていた。

 

「ミッドナイト先生は、UAIと雄英高校の両方に非常に顔が効くからと、根津校長の後を継いで、それはもうご尽力なさいましたわ」

 

「ふふふ。まるで歴史の教科書のような紹介をありがとう、八百万さん」

 

ミッドナイトが軽く片手を振る。

 

「まだ根津校長のような偉人になるには頑張りが足りないから、もうあと50年か100年くらい待ってね。それで、今回私に相談したのは、どちらに向けて協力して欲しいと考えてのことかしら」

 

「決まってる。両方だ」

 

腕を組んだまま、かっちゃんが即答した。

 

「ええ、ですが私は。どちらかといえば、ご親族への要請をお願いしたく考えていました」

 

八百万さんが机に手をつき、ひとつ呼吸を置く。

 

「世界樹調査の国際的な問題提起と、それから『狩峰家』への呼びかけを、お願いいたしますわ」

 

「八百万さん。あなただって身近でしょう。私からの要請となると……」

 

「それが大事なのです。個人の話ではありませんわ」

 

八百万さんの声が、わずかに低くなった。

 

「そしてこれは、狩峰家のおじさま、おばさまにとっても、まさに他人事ではありません」

 

八百万百は、意を決したように顔を上げる。失ったものの話を、始める。

 

「しーちゃん……。狩峰雫月に双子の弟がいたと言ったら。あなたに甥っ子もいたのだと私が言ったら、先生は信じてくれますか」

 

その告白に、百戦錬磨のミッドナイトも開いた口がふさがらない。

 

立ち直る時間など待たずに、八百万さんは今ある事実を並べていく。それは、強くなった彼女を打ちのめすのに、十分すぎる威力を持っていた。

 

全部を話し終えるまで、誰も何も口を挟まなかった。

 

「つまり、狩峰家から失われたのは一人の子供です。おばさまが体調を崩されたのも無理はありませんわ。それだけの記憶が抜け落ちて、無事でいられるはずがないのですから」

 

机の上で、八百万さんの指がきつく組まれる。

 

「私だって、幼馴染という距離感でも喪失感がありました。皆さんへの影響は、それこそ想像ができません」

 

すべてを語り終えたとき、ミッドナイトは静かに一筋の涙を流した。

少しだけ、一人にさせてもらっていい。そう言って、彼女は席を立つと、部屋を出ていった。

 

10分も経たずに戻ってきたミッドナイトは、泣き腫らした目を隠しもせず、正面からこう宣言した。

 

「私は雄英高校の校長として、UAIの外交を担っていた人間として。狩峰淡輝の叔母として。何よりもヒーローとして。この件について、責任を持って動きます」

 

机に両手をついて、彼女が身を乗り出す。

 

「だから、あなたたち。勝手に抜け駆けは許さないわ。子供にとっての二者択一なんてものはね。その時はそれが世界の全てに見えるだろうけれど、大人から見れば別の道が容易に示せることもあるの」

 

窓の外の光が、彼女の横顔を縁取っていた。

 

「時にはそれが困難だけれど、あなたたちの青く美しい奮闘に犯罪者の烙印をつけるようなことは、したくない。大人を信頼して任せなさい。いいわね」

 

ひと呼吸。

 

「コミックとは違うの。世界は大人が動かしている。そしてあなたたちも、その一員ね」

 

くらりと眠気を誘われるほど、ミッドナイトは戦うヒーローの顔をしていた。

 

「まぁとりあえずは、少人数での決死行がどうなるかも含めて、分析をするからレポートを待ちなさいな。たぶん、ひどい結果になると思うけど」

 

そして、抜き打ちテストをして赤点を宣告するような、昔ながらのSっ気のある表情で笑ったのだった。

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

戦力分析の結果が出たのは、それから数日後のことだった。

 

机に広げられた紙には、ただ数字が並んでいる。けれど、その数字が何を意味するのかを理解した瞬間、背筋を冷たいものが滑り落ちていった。

 

現状の戦力で、世界樹の根元までたどり着ける者は、一人だけ。

 

オールマイト。

 

楽観も悲観もない。希望を差し込む隙間のない、ただの計算結果がそこにあった。会議室を囲んだ全員が、しばらく口を開けずにいる。かっちゃんと八百万さんは、おそらくこの結果を予想していたのだろう。それほど動揺は見られない。

 

僕は、みんなで生きて帰るつもりだった。

けれどそれはあまりに甘い見積もりで、彼らは死ぬとほとんどわかっていながら協力すると言ってくれていたのだ。

 

つまり、今のままなら。誰も連れて行けない。あの根元にたどり着けるのは、世界でただ一人だけ。オールマイトが一人で行けば邪魔がなく、それが最善になってしまう。

 

それが事実なら、ここに集まった意味は、どこにあるんだろう。

 

「一ヶ月ちょうだい」

 

沈黙を破ったのは、ミッドナイトだった。

スーツの襟を正して、彼女がまっすぐにこちらを見る。

 

「子供の二者択一を、大人の選択肢で塗り替えてあげるって言ったでしょう。たった一ヶ月よ。それくらいは待ちなさいな。多分、これはオールマイトだけじゃどうしようもない事態よきっと」

 

その声には、有無を言わせない響きがあった。僕にできたのは、頷くことだけだった。

 

 

 

それから怒涛のように、世界が動き出した。

淡輝くんの両親が、各国へ書簡を送る。ミッドナイトが、真さんが、かつての伝手をたどって人を集めはじめる。声をかけた相手は、呼応する相手と同じではない。各国首脳や指導者たちは現状維持を望んでいる。

 

だからこそ、ミッドナイトは声の掛け方を間違えなかった。

 

「世界樹の調査をと叫ぶ強硬派を、こちらに提供してほしい」

 

こう言い換えるだけで、多くの政治家が体を前に傾けた。

 

世界には現状に対応できないものたちが多くいる。

社会に違和感を持ち、それでいて悪に堕ちることもなかった者たち。軍人やヒーローを始めたとした、かつての秩序維持を担っていた人々はどこにも居場所を持てず、それでも牙だけは捨てられずにいたものたちだ。

 

世界樹を調査する必要性。これは、誰も正面から否定できない。そしてもう一つ。現体制に異を唱えつづける、厄介な旗頭たち。その彼らを、調査という名目で遠くへ送り出してしまう。

 

体制側にしてみれば、良い取引だったのだろう。煙たい連中をまとめて片づけられて、なおかつ調査の体裁も整う。会議室で説明を聞きながら、僕はうまく笑えなかった。人を駒みたいに動かすこの理屈に、自分が乗っているという感覚が、真っ直ぐにはどうにも飲み込めない。

 

「気色わりい顔してんな」

 

隣で、かっちゃんが鼻を鳴らした。

 

「きれいに勝ちてえなら、最初から戦場なんざ選ぶんじゃねえ。乗っかると決めたんなら、腹くくれバカが」

 

返す言葉がない。

 

そして意外なほど、世界はこの話によって動いていく。

また何よりも、効いたのは他ならない世界樹と世界一の大富豪からの通達だった。

 

『今回の調査に限り、兵器や火器の怪獣への反映を抑え込んで見せる』

 

『火器の使用を含む諸経費を、狩峰家が負担する』

 

マリアがそう提案し、息子の幻影を信じる父は金ならいくらでも差し出すと宣言したのだった。

 

その追い風に煽られて最初に動いたのは、全世界で持て余され始めていた民間軍事会社である。

ニュースの画面に、見覚えのない部隊章が次々と流れていく。港には退役したはずの戦闘機が並びはじめた。ACの巨体が、クレーンで貨物船へ積み込まれていく。維持するだけで金を食いつぶす鉄の塊を、最後に金へ換えられる機会。彼らにとって、これはそういう取引だった。

 

平和な世界では、攻撃のために磨かれた科学に居場所がない。

引退した兵器も、引退させられた人間も、同じだ。使われないまま錆びていくくらいなら、いっそどこかで砕けてしまいたい。世界は、残った鉄血をこの一度で使い切ってしまいたかったのだと思う。

 

もう攻撃兵器を使える場所は他にない。戦える人々をどうにか根本まで届けるための移動と輸送の兵器が、その血路を開く火力が世界から集結している。

 

帰還を望まれない人々が、樹の根元を目指して集まってくる。

世界という大きな木から、ぽろりとこぼれ落ちた者たち。その一粒一粒が、自分の意思でいちばん深い場所へ転がり落ちていく。

 

埃をかぶった装備を引っ張り出してくる元軍人がいた。所属を捨て、肩書きを捨てて、ただの一人の戦力として加わる者がいた。そして各国の政府は、申し合わせたように不干渉を宣言する。

 

送り出すのでもなく、止めるのでもない。ただ、見て見ぬふりをする。それが、世界の選んだ答えだった。

 

各国から、時代の流れに乗れなかった武闘派のヒーローも名乗りを上げた。

 

軍勢は、日に日に膨れ上がっていった。

夜、消灯後の部屋で、僕は端末の画面をずっと眺めていた。世界が変わっていく様を、こんなに手軽に眺められるなんて思わなかった。集結地に増えていく増援の数。新しく到着した部隊の旗。見知らぬ顔が、一つ、また一つと増えていく。

 

胸の奥が、うまく言葉にならない形でつまった。

今の世界に違和感を抱えていた人が、こんなにもいたなんて。誰にも打ち明けられないまま、それぞれが小さな棘を飲み込んで生きていた。その棘が、この一点に向かって、いっせいに集まってきている。

 

僕が、たった一人の幼馴染を取り戻したいと願っただけのことが。気づけば、世界のあちこちに溜まっていた澱を、まるごと引きずり出していた。

 

集結地に立ったとき、僕は初めてその規模を肌で知った。

地平線まで、人と鉄が埋め尽くしている。誰もが、戻れないことを承知の顔をしていた。死にに行くのではない。けれど、死んでも構わないと、その全員が腹を決めている。

 

それをかっちゃんと一緒に見た時、反射的に口を開きかけた。

こんなに大勢を巻き込むつもりはなかったとか。そういう、いかにも緑谷出久らしい言葉が、喉の手前まで上がってくる。

 

それをどうにか飲み込んでいると、それに気づいてくれた。

 

「絶対言うなよ。ぶっ殺すぞ」

 

振り向くと、かっちゃんが拳を引いたところだった。ポカリと殴られたのに、不思議と痛みは遠い。

 

「全員、てめえの都合で集まったわけじゃねえ。それを止める権利も力もねえだろうが。こいつら全員の覚悟を、俺らみたいなガキが踏みつけんな」

 

謝ろうとした言葉を、僕は飲み込む。代わりに、目の前の光景をまっすぐ見据えた。冷たく見れば、これはただの計算違いだ。一人の願いが、制御を失って膨らんだ結果にすぎない。それでも、ここに立つ一人ひとりの顔から、僕は目をそらさないと決めた。観察するだけでは、足りない。手放さないと決めたものが、たしかにここにある。

 

集まった彼らを、もう誰にも止められない。

 

ミッドナイトが言った一ヶ月は、とうに過ぎていた。

数えてみれば、あの会議室から結局のところ三ヶ月の時が経っている。

 

最初、一週間か二週間で向かおうとしていた自分がいかに子供だったか笑えてしまう。

 

この準備はあと一年でもできただろう。けれど、そこまでは引き延ばしたりしない。

世界は一ヶ所に戦力がここまで集まることを容認したりできないのだった。

 

 

まだ淡輝くんの想定を超えられていない気がする。

世界に残された暴力。人の澱みにすらも消化の機会を与えてくれているかのようで。静かな焦りを感じていた。

 

それでも戦いの日はやってくる。

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