夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

196 / 196
世界樹の洞

不吉な鐘の音が、どこか高いところで鳴っている気がした。

 

その音に合わせ、狩人が地を蹴る。

 

ノコギリ鉈が下段から跳ね上がってくる軌道を、僕は半歩引いて外す。

 

刃が鼻先を掠め、風圧が前髪を巻き上げた。かわしきったと思った瞬間、返しの短銃が僕の胸元へ向いている。

 

危機感知が焼けつくが、同時に上体を捻っている。銃口が火を噴き、掠めた弾が肩の防具を削って火花を散らした。

当たれば止まる、では済まない。あの銃は、こちらの体勢を崩すために撃たれている。

 

ワン・フォー・オールから限界まで力を引き出して、強引に体幹を維持。繋いで踏み込み、下から掬い上げるように拳を叩き込んだ。

 

狩人は、それを見てから避けた。

 

見てから、だ。僕の全力の踏み込みを、紙一重で横へ流す。淡輝くんがそうしていたように——いや、違う。淡輝くんならもう半歩早く内側へ入って、こちらの拳の根元を潰しにきていた。

 

この狩人は、正確だけれど別の強さだ。単純に読み切って、避けて、また同じ距離に立つ。純粋に戦闘が上手い。それだけを、際限なく繰り返してくる。

 

つまりはあの淡輝くん特有の、未来を知っているかのような不気味さがない。

 

だからと言って、容易な相手ではなく単純に強いのだ。そうそう崩せない。

 

黒鞭を撃ち出す。手首から放った黒い触手が狩人の胴を狙い、狩人はノコギリ鉈の刃でそれを受け流した。鋸歯が鞭に食い込み、ぎちりと擦れる音を立てる。その拮抗の一瞬に、僕は距離を詰めた。

 

零距離。ここなら銃は間に合わない。渾身のデトロイトスマッシュを……。

 

放つ、その寸前。

 

横から、脳無が飛び込んできた。

 

剥き出しの脳を晒した体を割り込ませてくる。喰らい合っていたはずの群れの一体が、なぜ今、ここへ。拳は脳無の胴を吹き飛ばしたが、そのぶん狩人への一撃は逸れた。狩人は逸れた拳の外側へ、涼しい顔で抜けていく。

 

返す鉈の一撃を受けて転がった。黒鞭で斬撃はどうにかしたが、衝撃に内臓が揺さぶられる。

 

割り込んできた脳無だけではなかった。

 

視界の端で、黒衣が1体、こちらへ鎌首をもたげている。蛇を溢れさせるあれが、4人ではなく、僕を狙って角度を変えている。かっちゃんが拓いてみんなが維持してくれているはずの1本道。爆風でこじ開けられたはずの空間。その両脇から、群れが無理矢理に滲み出して、閉じかけている。

 

綺麗に分かれた戦場が、もう混ざり始めていた。

それも、かなり不利な状態でもこちらに手を伸ばしているらしい。

 

おかしい。加速する思考の中で疑問が生まれる。

単純に考えれば、あっちの方が戦力は上で、なんならかっちゃんだけでも僕より強いはず。なのに、なぜこちらに来るんだ?

 

狩人と斬り結ぶそのあいだにも、脳無が、黒衣が、じわじわと横から染み出して、一騎討ちの間合いへ侵入してくる。狩人一人と向き合っているつもりが、気づけば背後にも横にも敵の気配が戻っている。

 

火球が飛んできた。狩人の後ろ、いつのまにか立ち直った黒衣の一体からだ。

 

跳んでかわすが、危機感知がその数だけ鈍る。

着地際を、狩人の鉈が待っていた。跳んだ先を読まれている。かろうじて黒鞭を足場に軌道を変え、鉈の間合いから逃れる。だが今度はその着地点へ、別の脳無が顎を開けて突っ込んでくる。狩人と群れが、示し合わせたわけでもないのに、僕の逃げ場を順番に塞いでいく。

 

被弾が増えていく。回復に回す、余力が増えていくのは悪循環だ。

 

狩人一人でも十分に苛烈なのに。見てから避けられ、二拍を一拍で撃たれ、こちらの全力を正確に外される。はっきり言って削り合えばこちらが先に磨り減る相手だ。

 

爆音が、遠くなっていく。八百万さんの砲声も、麗日さんの棒の風切りも、殿の側で鳴っている。きっとトガさんも頑張ってくれているだろう。4人は、こちらへ流れかけた敵を必死に断ち切っているはずだ。断ち切っても、断ち切っても、群れの向きはまた僕へ戻る。

 

分けても、混ざる。

 

 

その円の中心で、狩人だけが静かだった。

 

群れが僕へ殺到するその混乱の中で、化身は焦りも見せず、ただ間合いを保っている。こちらが群れに気を取られた隙を、正確に突く用意をして待っている。淡輝くんに似た、けれど淡輝くんではない足運びで、じり、と半歩を詰めてくる。

 

汗が顎を伝って落ちた。避けた斬撃が、落ちた雫を両断しつつさらに振るわれて首を狙う。狩人の踏み込みが再び断ち切った。ノコギリ鉈が、今度は僕の首の高さで真横に薙がれてくる。

 

閃きは、たぶん同時に降りてきた。

顔を上げた先で、かっちゃんと目が合う。それだけで足りた。淡輝くんから以前に伝えられたことを、この作戦の前にかっちゃんには伝えてある。

 

「かっちゃん!」「デク!」

 

呼び合った声が重なって、言葉はもう要らない。考えていることが同じだと、声の重なりかたでわかる。

 

かっちゃんが七色の煌めきを背に飛ぶ。

群れを爆破で引き裂きながら、まっすぐこちらへ突っ込んでくる。

 

「うてや!!」

 

友達のその覚悟を決めた顔に向けて、僕は渾身の一撃を入れる。流石にこれは予想外だったのだろう。反射するように跳ねたかっちゃんの体は、不意を突かれた狩人へと肉薄し、自分へのダメージを無視してゼロ距離の爆破を喰らわせた。

 

潮目が、ここで変わる。

 

「耐えるだけならお前らでやれる。」

 

口元の血を拭いながらの押し殺した声だった。それが何を意味するのか、僕にはもうわかっている。

 

「いえ、爆豪さんほど動ける前衛がいなければ……っ!この圧力に耐えられませんわ!」

 

八百万さんの声が、砲を撃ちながら裏返る。要である盾であり矛を失えば、湧き続けるこの数を抑えきれない。彼女の計算は正しい。

 

「んなことはわかってる!」

 

案の定だった。

 

「おい。地雷女! 代われ!」

 

呼ばれたトガさんの動きは、笑ってしまうほど速い。投擲された注射器をかっちゃんの腕に薄差し込んで、つながっている血を迷わず口へ運ぶ。飲み下した喉が上下した瞬間、彼女の輪郭が内側から膨らむように歪んでいく。骨の太さも、重心の置きかたも、別の誰かのそれへ組み替わっていった。髪の毛がトゲトゲと天を刺す。

 

「やったー!それでも、押されちゃうと思いますケド」

 

間延びした歓声が、途中から低く割れる。

トガさんだったものが、かっちゃんの顔で掌を掲げていた。手のひらに火花が爆ぜ、慣らすように小刻みに炸裂させる。本人ほどの精度は流石になさそうだけれど個性ごと、そっくり再現しきっている。

 

本物のかっちゃんは、もう背を向けている。

 

「問題ねえ。俺はあっちを傾ける!」

 

叫ぶなり跳んだ。爆破で一気に高度を取り、オールマイトが本命と殴り合う中枢のほうへ、弧を描いて飛んでいく。彼が向かう先を、目で追わなくてもわかった。この戦場でいちばん強い餌のところへ、もっと派手な餌を重ねに行くのだ。

 

その軌跡を、群れが追い始めた。

僕へ寄せていた顔が、いくつも爆音のほうへ振り向く。より強く暴れる一点へ、攻撃性が引きずられていく。割り込んできた脳無が向きを変え、鎌首をもたげていた黒衣が胴をよじる。僕を囲んでいた円が、外側からほどけていくのを、肌が引く感覚で確かめる。

 

戦場の喧騒が、遠ざかっていった。

まだ残ってはいるが、大勢は向こうへと気を逸らされている。

 

かっちゃんの顔をしたトガさんが火花を散らし、八百万さんの砲が面を薙ぎ、麗日さんの棒が影を宙へ浮かせている。あちらはあちらで、湧き続けるものを抱え続けてくれる。こちらへは、もう一体も流れてこない。

 

だから、僕は前だけ見ればいい。

目の前に、狩人だけが残っていた。群れが去っても、化身は微動だにしない。焦りも、安堵もない。ただ間合いを保ったまま、こちらの覚悟が定まるのを待っているようですらあった。

 

込み上げかけた懐かしさは、もう胸の底へ沈めてある。

ここからが、勝負だ。

 

狩人が来る。

 

ノコギリ鉈が跳ね上がる。今度は見てからでは間に合わない速さで、僕は踏み込みに合わせて拳を叩き込んだ。淡輝ではない。それはもう見抜いている。似ているのは足運びだけだ。淡輝なら、僕の全力を受けてなお笑う余裕があった。こいつにはそれがない。だったら、遠慮はしない。殺す気で殴る。

 

拳が空を灼く。掠めた狩人の頬から黒い覆いが削れ、その下の何かが覗いた。

避けられた。さっきよりも、際どく。

 

もう一撃。黒鞭を絡めて動きを縛り、零距離で撃ち込む。狩人は縛られた腕ごと身を捻り、鉈の腹で受け流す。受け流しながら、短銃がもう僕の脇腹を狙っている。撃たれる前に肘で銃身を跳ね上げ、弾は虚空へ抜けた。

 

速くなっている。

僕が殺しにかかるほど、狩人の動きのキレが増していく。こちらの本気に、正確に噛み合ってくる。斬撃の初速が上がり、避けの無駄が削れ、二拍が一拍に、一拍が半拍に潰れていく。血に酔うほど鋭くなる。

 

拮抗が、頂点に達した。

 

鉈と拳が、同時に相手の首へ向かう。次の一撃で、どちらかが死ぬ。踏み込んだ足の裏が、それを確信として伝えてきた。僕の蹴りは狩人の喉を潰し、狩人の鉈は僕の頸動脈を裂く。相打ち。あるいはコンマ数秒、どちらかが速い。

 

 

……

…………

………………

 

 

これでいいのか?

 

 

寸前で、僕は蹴りを地面へと放ち、そしてその間合いから抜け出した

 

「……これじゃあダメだ」

 

考えるより先に、体が拒否していた。ここで殺し合えば、きっと淡輝くんの想定通りになる気がする。この化身もきっと彼からの問いの一つに見える。

 

殺すことにしたのか、救うことを続けるのか。

 

僕は殺すために、ここへ来たんじゃない。

 

殺すためではなく、救うために。

そう思い定めた瞬間、体にあるありったけのワン・フォー・オールが応えた。

 

全身を覆う力が、質を変える。壊すための出力ではなく、届かせるための力へ。緑の輝きが、殺気を抜いた分だけ澄んでいく。個性が、僕の意志の切り替わりに、正確に呼応していた。

 

今までで、一番速く僕は狩人へ踏み込んだ。

 

それでもきっと対応はできたと思う。

けれどこの唐突に殺意のない一撃。狩人の反応が、途端に鈍る。研がれていたキレが、噛み合う相手を失って空転する。殺しにこない拳を、どう受けていいかわからないでいる。

 

斬撃が逸れ、避けが遅れ、僕の掌が狩人の手首を捉えた。

 

黒鞭が、四肢を巻き取っていく。

鉈を封じ、銃を封じ、膝を折らせて、地に組み伏せる。捕縛。殺さずに、動きだけを完全に奪った。狩人は、抗いきれずに沈んだ。

 

血に酔って鋭くなる性質が、殺意という燃料を断たれて、行き場をなくしている。

 

「――なんで、そうなるかな」

 

覆いの割れた奥から、声がした。

聞き覚えのある響きだった。押さえ込んだ狩人の顔から、黒い鎧のようなものが剥がれ、その下の輪郭が覗く。友人の面影を確かに宿している。懐かしさが、また喉元まで込み上げてくる。だけど……。

 

「君も、違う気がする」

 

その顔が目を見開いてこちらを見ていた。淡輝くんそのもので、笑ってしまいそうになる。

 

「なんか、オールマイトっぽくなったな」

 

呆れたような、感心したような声だった。

 

「全部、勘で処理されちゃゲームにならないよ。俺で納得して連れ帰ってもらおうと思ったのにさ」

 

僕は、押さえ込んだ手を緩めない。

 

「君も一緒に行こう。でも淡輝くんと話せるまでは動かないよ」

 

僕は、そう言った。この筋書きへの、たった一つの返答だった。彼も少しだけ困ったように笑う。

 

「じゃあ、仕方ないな」

 

その声が、ふっと軽くなる。諦めではなく、手放すような軽さで。それも想定の一つだったのかもしれない。

 

「任せるよ。でも、後悔するなよ?」

 

奥に見える世界樹の(うろ)が開き。どこまでも暗い穴が見える。

 

あそこに彼がいるんだろうか。




いつも感想や誤字報告、評価をありがとうございます!

木の洞と書いて『ほら』と読ませるのが今の教育の主流だそうです。
調べるまで知りませんでした。ウロの方がカッコよくないか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

もこたんのヒーローアカデミア(作者:ウォールナッツ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 個性『不死鳥』を持つ少女、藤原妹紅がヒーローとなるべく奮闘する物語。▼ 第二部、始めました。▼https://www.pixiv.net/artworks/134475954▼不知火桃様からファンアートをいただきました。不知火桃様、ありがとうございます!▼【挿絵表示】▼はんたー様からファンアートをいただきました。はんたー様、ありがとうございます!▼AIのべ…


総合評価:24981/評価:8.78/連載:105話/更新日時:2025年11月30日(日) 22:49 小説情報

【完結】無個性ヒーロー(作者:南畑うり)(原作:僕のヒーローアカデミア)

超人社会における最下層。▼無個性である少年は、社会的に守られる立場を捨てて、守る側に成りたいと願った。▼叶うわけがないと知っていても。▼※ヒロアカの救済・曇らせ増の二次創作となります。▼20240317……本編完結しました。▼ユアネクスト投稿に伴い、話の順番を入れ替えました。▼↓以下挿絵▼素知らぬ猫さんから人生初支援絵頂きました!▼プロローグ前の生意気すぎる…


総合評価:9865/評価:8.47/連載:138話/更新日時:2025年08月09日(土) 12:00 小説情報

亜人:ゼロから始める異世界生活(作者:ZAT23)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

【リゼロ8章まで追いつき休載中】▼リゼロと亜人のクロスオーバー二次創作です。▼合理的な人物がファンタジー異世界に来たらどうなるのか?を描いていきます。▼リゼロ世界に亜人の永井圭が拉致され。ここでも頑張るお話。スバルもいます。▼リゼロはなろう版、小説版、アニメ版、ゲームのいいとこどり、亜人は漫画を中心に一部映画とアニメを参考にしていきます。▼両作のネタバレを豊…


総合評価:20527/評価:9.16/連載:236話/更新日時:2025年09月01日(月) 19:02 小説情報

回原のドリルは天を貫く(作者:のりしー)(原作:僕のヒーローアカデミア)

回原旋。▼本来の正史であれば優秀ではあるが、歴史の教科書にのるような逸話を残すことは無かった埋もれたヒーロー。▼だがそんな彼が、古い昔のアニメやゲーム好きな祖父の影響で見たとあるアニメの影響で、本来の正史から大きく逸脱し物語の主役へと躍り出る。▼『天元突破グレンラガン』▼これは、回原旋のドリルが天を貫き、最高のヒーローになるまでの物語だ。▼そんな、少し変わっ…


総合評価:5990/評価:8.12/連載:144話/更新日時:2026年06月28日(日) 19:35 小説情報

僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~(作者:四季の夢)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った超人社会。▼ 皆がヒーローに憧れる中、同じくヒーローを目指す少年――雷狼寺 竜牙。▼ そして、彼に宿りし個性――“雷狼竜”▼ この超人社会で今、雷を操る牙竜種が解禁される。▼ 


総合評価:15596/評価:7.98/連載:65話/更新日時:2026年06月27日(土) 12:33 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>