夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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個性という抗体

音が、消えた。

 

鐘も爆音も、砲声も麗日さんの棒が鳴らす風切りも。さっきまで肌を叩いていた戦場のすべてが、境の内側へ入った途端に途切れている。

 

鮮やかな光に灼けていた視界が、ゆっくり熱を失っていく。

 

なぜ空があるように見える。月夜の中に佇む墓地と家。そんな光景だった。

目を細めて確かめればそこは小さな家屋がある。墓地に囲まれて小さな建物は歴史を感じる佇まいだ。

 

崩れかけた工房のようだ。天井は半ば燃え落ちて、隙間から色のない光が差し込んでいる。

傾いた墓標がまばらに立ち、その足元に白い花が咲いている。

 

奥に、庭へ続くらしい門がひとつ。その付近、地面の低いところで何かが動く。

 

小さな白い影が、土の中から現れ手を伸ばしている。骸のような小さなものたちが地面から生えて、こちらへ向かって弱く揺れている。何をしているのかはわからない。

 

気味が悪いのに、なぜか振り払う気になれなかった。

 

「お待ちしておりました」

 

声は、門の手前からした。

墓地の奥、庭へ続く門のすぐ手前に、人形が立っている。

 

人の背丈ほどの、精巧な機械人形だ。わざと人に見えないよう作られたUAIランド製のアンドロイドである。関節に継ぎ目があって、肌は陶器のように白い。裾の長い衣を着て、両手を前で組んでいる。

 

体感ではついこの前、実際には三年前の学生生活の間、ずっとお世話になっていた人形は僕へ語りかけてきた。

 

「先ほどの狩人は、私が淡輝様から依頼されて再現したものです」

 

相変わらず平坦な声だ。事実だけを順に並べていく。

 

「本来の記憶はありません。淡輝様に似たパターンを出力する、よく訓練されたAIを用いた再現です。本来ならご家族であっても気づかないはずでしたが、あなたには通用しないようですね」

 

淡輝くんを再現したもの。あの懐かしい足運びの正体がそれか。込み上げかけたものが、行き場を失って胸の底に沈む。押さえ込んだあの顔が確かに彼の面影を宿していたのは、そういうことだったのか。

 

聞きたいことは山ほどある。その中からひとつだけ選んだ。

 

「なぜ、あんなことを?あなたに呼ばれたと思っていたのに」

 

なぜあれをぶつけてきたのか。僕に来てほしかったにも関わらず、邪魔をするのには理由がいる。

 

「以前に渡された淡輝様のご命令が最優先です。その上で、私は最善を尽くしています」

 

「感謝してほしいところだねぇ」

 

別の声が割り込んできた。

 

聞き覚えなどないはずなのに、背筋のほうが先に知っていた。低くて機嫌のいい、よく通る声だ。家屋の陰から染み出すように、その気配は現れた。

 

「あの狩人の強化を止めてやってたのは僕さ。放っておいたら、個性を満載した狩人に君らはとっくに叩き出されていた。感謝してほしいね」

 

いるとは思っていたが、オールフォーワンと直接話すはこれが初めてだ。

どこからか聞こえる声は、墓地の奥にある木から響いているようだった。

 

「弟の器よ。君なら歓迎さ。ワンフォーオールがあれば、何かが変わるかもしれない。君も友人と話すことができる。お互いにwin-winってやつさ。悪くないだろう」

 

オールフォーワンの弟。それは聞かされていた、初代ワンフォーオール継承者の人のことだ。彼から始まった個性のリレーは今日まで僕へと繋がっていて。そのバトンは次へ次へと、今もまだ走り続けている。

 

「その前に淡輝くんと会いたい。会えない、ですか?」

 

人形へと問いかける。魔王は腹の底から笑った。

こちらが取引の土俵に乗らないことすら、面白がっている笑いだった。

 

嘘をつく必要もなく人を苛立たせられる状況を、心から愉快がっている。

 

「いいとも。案内してあげよう」

 

人形が静かに身を翻す。

 

「こちらへ」

 

門をくぐる。庭だと思っていた先は、庭ではなかった。

 

木の根が地を割って幾重にも走っている。天へ向かって、灰色の幹がどこまでも伸びていた。世界樹の内側の、さらに奥。その根の一つが盛り上がった場所に、それはいた。

 

淡輝くんに会える。話せばわかるなどと思うほど、甘い気持ちではなかった。それでも話せば何か少しでもわかるかもしれない。そのくらいの期待は、確かに持っていた。

 

その期待が、姿を見た瞬間に空を切る。

 

木と繋がった、ぶよぶよとした肉の塊。目がどこにあるのかもわからない。口も手足も、どこからどこまでが体なのかも曖昧だった。それは木から漏れ出した樹液がナメクジの形をとっていると言われた方がよほど納得できるものである。

 

その傍らに、というかその軟体生物を抱えるようにしてもう一人、木に沈み込んでいる。

 

八百万さんだ。

 

高校生の姿の八百万さんだった。

3年前の、あのままの顔で。けれどその体は半分以上が木の根に呑まれている。根元で眠っていた。けれど胸がかすかに上下している。生きてはいる。

 

外で砲を撃っているはずの大人になった八百万さんの顔が浮かぶ。

 

「……外で戦っている八百万さんは、誰ですか」

 

「あちらも八百万百様です」

 

人形が答える。

 

「成長した彼女は作られたクローンです。そこに、元の個性を記憶ごと移植しています。コピーした時点までの記憶しかありませんが、本物と言っていいはずです」

 

「それは、人によるんじゃないかな」

 

その小さな異議に対しても、人形は争わない。

 

「そうかもしれません。けれど、あなたとオールマイトが彼女を本物だと感じるなら、私はそれ以上を望みません」

 

木の根に眠る八百万さんを見る。3年前のまま。もう戻らないもの。

 

「そっか。やっぱりみんなは、あの日に死んだんだよね」

 

問いというより、確かめだった。

 

「3年前、UAIで発生した獣の病と、その被害者は膨大でした」

 

人形の声は、平坦なままだ。

 

「雄英高校の生徒と教師の多くが死に、肉体が無事であっても精神が壊れている方が多くいました。彼らをやり直すために、淡輝様は個性と記憶の保存を、以前から最優先の研究課題にしていました。UAIの総力を上げて。私の計算リソースの、2割もの領域を常に使ってそれは行われ、一定の成果もありました」

 

2割。マリアというAIの2割。それがどれほどの規模なのか、僕には測れない。

ただ、淡輝くんがそこに何を懸けていたのかだけは伝わってくる。最初から多くの人が死ぬことにも備えていたのだということも。

 

ああ、きっと。オールマイトが死んだのも本当なんだ。そうならないために、淡輝くんはずっと準備をし続けていた。

 

そして、彼はやり直すことにした。

 

「保存は、おそらくできていました。あなたの『ワンフォーオール』という事例がありましたから」

 

「複製についてはドクターの記録と施設から情報を吸い上げました。クローンの製造にも問題はありません。成長と加齢の個性を合わせれば、年齢も自在です。けれど個性を与えることだけは、できませんでした」

 

そこで、声が一拍切れた。

 

「あの日、オールフォーワンと協力関係を結び、それらを使えるようになって、すべての障壁が払われました。次々に生まれる問題も、新たに個性を獲得して突破できます」

 

殺し合いながら、共存している。

さっきこの街の異形たちがやっていたことと同じだ。喰らい、奪い、一つになっていく。

それをこの二人と淡輝くんもやっている。

 

「淡輝くんのクローンが、いないのはなぜなのか疑問だったんです」

 

ずっと引っかかっていた。

 

「さっきもAIでの模倣だって言ってた。なんで彼だけ。クローンを作れたなら、そうしたはずでしょう。そうしたら、こんな風に世界がおかしいなんて思わなかったかもしれない。彼らしくない、不完全なこの仕掛けは一体……。また何か見落としているんでしょうか」

 

「淡輝様に、予知に似た能力があったことはご存じですね」

 

頷き、肯定する。

 

「あれはおそらく、個性に紐づいた現象でした。世界をやり直せるほどの、絶大な力です。けれどそれは原理もなぜできるのかもわからない。それを自分以外にもう一度発生させることを、淡輝様は決して望みませんでした」

 

人形が、少し間を置く。

 

「5億年ボタンという思考実験を、ご存じですか」

 

聞いたことがなかった。首を振ってそれを示すと、以前のように知らないことを教えてくれた。

 

「押せば、報酬が手に入ります。ただし押した瞬間、あなたは意識だけになって、何もない場所で気の遠くなるほどの時間を過ごします。逃げ場も、終わらせる手段もない。その時間が果てると記憶を消され、ボタンを押した直後へ戻される。あなたにとっては、一瞬で報酬を得ただけに感じられます。それをあなたは押しますか、という問いです」

 

想像しようとして、うまく像を結ばなかった。ただ、何かがはっきりと駄目だと言っている。

 

「それは、やらない方がいいと思います」

 

考えるより先に口が動いていた。

 

「どうしてかって言われると、ちょっと説明しにくいんですけど」

 

理屈はまだ言葉になっていないが確信はある。それはやってはいけないと。

 

「はい。その直感は論理的に正しい。問題は、最後に記憶を消されることにあります」

 

人形が、僕の感覚に言葉を与えていく。

 

「そこで記憶の連続性が切れる。その時間を過ごした本人は、そこで死ぬのです。戻ってくるのは押した瞬間のその人であって、果てまで生きた本人ではない。つまりこれは、拷問の果てに自殺をするかどうかを問う装置です。自分を果てのない苦しみへ落として良いのか。自分を殺し、他人に代わりに生きてもらって良いのか」

 

「淡輝様は、すでにその地獄を味わっていました」

 

平坦な声だからこそ、その一文が重かった。

 

「ご自身のクローンだからと言って、記憶が同じだからといって同じ境遇に陥れる可能性を決して発生させない。リスクも大きすぎるということで、その決意は固いものでした」

 

予知に似た力。世界をやり直せるほどの力。それが彼に何を見せていたのか、僕は知らない。

 

「僕もね、アレが複数に増えるのはごめんなんだよ」

 

オールフォーワンが口を挟む。

 

同じ結論を、まるで逆の場所から言っていた。淡輝くんは、他人のために増やすことを拒んだ。魔王は、自分が関わりたくないから増やさない。行き着く先だけが、たまたま同じだった。

 

「覚醒なんてくだらない内容のくせに、どこからか呪いが付与される。これには個性を超えたリスクがあると僕は判断した。いくらやり直しができたところで、最後にナメクジになりたいとは思わないぜ。あの神秘とやらにはできれば関わりたくないんだ。頭がおかしくなるからね」

 

「淡輝様と混ざることで、私は神秘の一端に触れました」

 

人形が続ける。

 

「見えないものが、見えるような。異なる次元の重なりを、観測できているような。そんな気がするのです」

 

声に、初めてわずかな揺らぎがあった。断定を避ける揺らぎだ。

 

「別次元の生物。ある者たちが精霊の卵と呼ぶ不可視のものが、私たち人類には植え付けられています。世界を異にする上位者であっても、殺し、殺され、干渉し合い、生殖を求めるようです。その精霊に拮抗する、別の生き物がいる。それが獣の病の根源であり、一部の異常者が虫と呼ぶ何かです」

 

言葉が、追いつかなくなってくる。精霊の卵。上位者。虫。ひとつずつが、僕の知っている世界の外側からいきなり来たような。脳の奥がざわつく感覚が止まない。

 

「その虫と精霊を、人の中でうまく混ぜることで初めて生殖ができる、という示唆もあります。ただ異常者たちの証言はどれも曖昧で、淡輝様も、ひいおばあさまも、誰も確信は持てていません」

 

確信は持てていない、と人形は正直に言った。わからないことを、わからないと。

 

「人類は寄生生物を押し付けられ、それを増やすための苗床にされようとしています。メンシスは、その感染を全世界に広げることで、より上位者を増やす計画を持っていたようです」

 

聞いたそばから、脳が理解を拒むようにしてなかなか意味に届かない。

 

「世界樹という構想に、協力するつもりもなかったけれどね」

 

オールフォーワンの笑いながら話す声は、その木のどこからかやってくる。

 

「僕の箱庭が害虫と寄生虫に侵略されているとあれば、話は別だ。全世界の人類を治療して、上位者なんて化け物の子が生まれないよう徹底してやる。それに文句はないよ。ドクターがそこらじゅうに増やした、ミコラーシュとかいう狂人も、あらかた駆逐できた。まだ残ってるだろうが、全人類にアクセスできるのは時間の問題さ」

 

魔王は、上機嫌に世界の裏側を並べていく。

 

「人類の血には昔から虫がいるらしい。それらが攻撃性を高め、人は争い霊長として他を圧倒した。けれどその虫どもはやり過ぎた。僕らはその虫や危険な個性を集めて怪獣という器に入れて捨てることにした。よくできたシステムだろう。何度も検討されていたようだ、この理想的なディストピアを機械と個性だけで達成しようと足掻いていたんだな」

 

「個性の始まり、それを主張するものはいくらでもいた。けれどようやくわかったよ。ドクターが正しかった。300年以上前、ヤーナムという街で一度何かが起きた。血を渡って感染が起き、世界に神秘が溢れて、だんだんと強くなった。それが一定を超えたときに生まれたのが、僕らの個性さ」

 

個性が、そこから来ている。

 

「精霊や虫に寄生された人類に発現した、いわば抗体なのさ。想いや夢を現実にするこの異能。この源泉はどこにある?どう見たって、僕らの次元のものじゃない。それこそ別次元からでも供給されてなきゃおかしい。たまに、その異次元へのアクセス適性がやたら高いやつがいる。そういう連中は、良し悪しに関わらず何かを起こす」

 

魔王の声が、少し低くなる。

 

「個性特異点。強まり続ける個性が飽和したとき、人はどのような獣になるのか、はたまたどんな卵が破裂するのか。僕は想像したくもないね。アレルギーは抗体の過剰防衛で本来の体すら破壊する。だから人類から個性を取り上げなくちゃいけない。世界を、別次元の化け物と狂人の好きにはさせない」

 

そこまで一息に言って、魔王は淡輝くんのほうへ視線を向けた気がした。

 

「狩峰淡輝がいてくれて助かったよ。同族に成ったくせに上位者を裏切った化け物だ。人間でもなく、あちら側でもない。これがいれば、上位者にも対抗できる。本当に、悪くない取引だぜ」

 

上位者を裏切った化け物。人間でもあちらでもないもの。

でも僕にとってはずっと友人のままだった。

 

「君が我々に加われば、彼も何か反応を示すかもしれない。どうだい。友達のために、手を取り合わないか」

 

「これは事実です。彼は嘘を言えません。私も彼と混ざっていますから」

 

人形が静かに付け加えた。

オールフォーワンの笑みには、それだけではない何かが混じっていた。それでも大部分は本物だ。嘘をつかずに嫌がらせができる、この状況そのものを、魔王は本気で楽しんでいる。

 

「さぁいい加減にもう十分語っただろう。つまりは、君が友人と話すには……」

 

とどめのように、魔王は言った。

 

「融合して、溶け合うしかないんだよ。僕みたいに自我が残るかは君次第だ。そこの幼馴染とやらは、全面的な融合を拒否された上で僕以外から守られて、かろうじて形を保ってるに過ぎない」

 

「話したいと望むなら、お前は自分を諦めることだ。ここに来ている奴らは無事に返そうじゃないか。お前が同化するなら、協力を惜しまないさ。悪くない取引だろう?ははは!悪役らしすぎるかな?」

 

木の枝の一つが腕の形をとって、伸ばされた。

魔王の手が、こちらへ差し出されている。

 

友人と話すために、何を捨てるか。

また選択のときだった。

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