個性がなくても、ヒーローになれますか?
子供じみた無謀な問いから始まった戦いが、今、終わりを迎えようとしている。
ただただ憧れだけで掴んだあの時、中学の時の自分と比べてどれだけ変わったのだろう。
「僕なんかで、よければ。でも……いいのかな」
木の幹の表面が、ぐぐ、と盛り上がる。
そこに人の顔が浮き彫りになった。木材が人肌ほどには柔らかくないぶん、造作の線は硬い。それでも、整った顔だとわかる。目鼻の配置に一分の隙もなく、その端正さが、かえって寒気を呼ぶ。
木肌の顔が冷徹に微笑んだ。宿敵だと思っていたオールフォーワンは優しそうに微笑んでいる。
「ああ、もちろんだとも」
その目には、共感できる部分がひとつもない。
「100年以上待った再会だ。私のものが、これで手元に揃う。家族が揃えば力が湧いてくるものだ。わかるだろう?」
わかる気がする、と思ってしまう自分がいた。オールフォーワンは嘘をつけない。この真剣さには演出も混じっているだろうけれど、核のところは本物だ。
「じゃあ、約束は守ってくださいね。みんなを無事に返してほしいし、他にも協力してほしいことが、あって」
「もちろんだとも。嘘は言えない。私が賛成すれば過半数さ。問題ないよ」
木の枝の一本が、するりと伸びて腕の形をとる。その先の、木肌でできた手が、こちらへ差し出され、それを握った。
ぐいと引かれて幹に触れた瞬間、体が沈み込んでいく。境目が溶けて、僕と木の区別が曖昧になっていく感じがする。
涙が自然と流れた。きっと、いまさらになって実感が湧いたから。
「はは。あっははは!」
腹の底からの笑いが、幹を震わせる。木々がざわめき、枝という枝が歓喜に揺れた。
「ついに、ついにだ! ワンフォーオールに後から生まれた予想外の力。個性を純粋なエネルギーへと変換する機能。あれさえ得られれば、こんな均衡は吹き飛ばせる。その後に自我が残っているなら、いくらでも協力してやろうじゃないか!」
浮き彫りの顔が、歓喜に歪んでいく。整っていた表情が、喜悦で崩れかけている。
「与一ぃ! こんな形で私の元に帰ってくるとは、やはりお前は、私の……」
「僕、足の小指に関節が二つあるんです。オールマイトと、同じで」
僕は静かに、涙を流しながら被せた。
「……なんだ? これは」
喜びに歪んでいた顔が、途中で止まる。
「それにワンフォーオールは、力が濃密になりすぎて。無個性じゃないと、体に負担がかかりすぎるらしくて。長く生きられない、らしくて」
「お前……っ、お前は!ワンフォーオールは、一体、どこに……」
この涙を流すのはこれで二度目になる。
僕は、かっちゃんを二度も殺したことになるんだから。
先ほどの戦いで、僕の血まみれの拳が彼の顔面を捉えた時に、体内へとねじ込む形で『譲渡』は済んでいる。
僕は力の塊をかっちゃんへ押し付けてしまった。継いでしまった親友の寿命は、もう、僅かしか残っていない。無個性じゃない体は、この力に長くは耐えられない。
でも、それを言ってしまうのも、表情に出してしまうことすらも、かっちゃんを裏切ることになる。だから、言わない。顔にも出さない。
あの瞬間、僕たちは目線をひとつ重ねただけだった。それだけで、互いに死んでもいいと、それでもやり切るんだと決めた。決めたのは、かっちゃんも同じだ。
喉の奥だけが、熱い。
ああ、やっぱり僕は変わったんだと思う。これを嘘とは言いたくないが、人を騙すことも覚えてしまった。
いつまでも衝動のままに走り出す若者ではいられない。
「ワンフォーオールを渡すとは、約束してませんよ。無個性の僕なんかでよければ。いくらでも」
「無個性の、木偶の坊じゃないか! こんなもので、取引になどなるか!」
とても人間らしい動作で驚愕と怒りを表現する彼は、かなりの年上でそして悪の親玉で。色々な人の仇で、世界の恩人で。
そんな人物から出てきた僕のヒーロー名にぶふっ、と。僕は思わず吹き出してしまった。
「騙したみたいになってすみません。でも僕は、がんばれって感じのデクですから」
もうその言葉が、ちっとも悪口に聞こえないようになって時間がずいぶん経っている。それに木と同化しようとするタイミングが妙に合い過ぎていて面白かった。淡輝くんにしつこいくらいに植え付けられたユーモアセンスが反応してしまう。
「じゃあ、淡輝くんと会ってきますから。その後に、協力してください」
「無駄だ!」
木肌の顔が、怒りに軋む。
「ワンフォーオールがあるならまだしも、ただの抜け殻のお前に、耐えられるわけがない! あの化け物と邂逅して、発狂したなら、怪獣に詰めて送り返してやる!。僕が!ワンフォーオール以外に、負けるなど……」
いや、その理屈はおかしい。
オールフォーワン。あなたを何度も倒してきたのは、それこそ、ワンフォーオールを失って抜け殻になった後のオールマイトなんだから。
言わなかったのに、伝わったらしい。
僕が小さく笑ったその声だけで、魔王も同じ結論に辿り着いたのだろう。何も口にしていないのに、木肌の顔が、憤怒の形相で否定にかかる。
「……ああ、それは認めよう」
軋むような声だった。
「オールマイト。あれが、異常なんだ。オールマイトさえ、いなければ……」
ぶつぶつと、呟き始める。まるで、僕みたいに。
その姿に妙な親近感を覚えていた。
淡輝くんも、かっちゃんも。ヒーローたちもヴィランたちも。みんな、オールマイトのことを考えている。
追いかけて、恨んで、憧れて、恐れて、超えようとして、彼のことを見ずにはいられない。
僕だって、その一人だ。僕は、彼みたいな英雄になりたくて、ずっと頑張ってきたけれど。それはもう終わりにしよう。
淡輝くんはオールマイトを助けるためにここまで頑張っていたんだ。
救ってくれた恩師を、僕だって助けたい。
だから、この挑戦は望むところだ。自分を殺してお金をもらうなんて絶対にしないけれど、死ぬかもしれなくて誰かを助けられるならそうしてしまう。
意識が、とろけていく。
眠気に似た何かが、体の輪郭を溶かしていく。
ぶつぶつと呟き続けるオールフォーワンの声にどこか安心感すら抱きながら。
僕は木の中へ、眠るみたいに落ちていった。