夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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還るところ

 

いつの間にか戻ってきたこの体は、どうにも私のものという気がしない。

 

拳を握る。指の一本ごとに、あるはずのない力が満ちていくのがわかる。

 

肉体強化系の個性が幾重にも重なって、体の芯を内側から支えている。ワンフォーオールとは、まるで違う。あれはまるで背骨を駆け上がる雷のような光だった。これは素直で、従順で、振れば振っただけ応えてくれる健気な存在に感じる。

 

異形の群れへ拳を振るう。触れた端から吹き飛んでいった。

実に軽い。かつての痩せこけた体では、こうはいかなかった。血を吐きながら笑っていた、あの晩年の体では。

 

そして今の私は、周囲へ気を配る必要すらない。庇うべき背中が、ここにはひとつもないのだからな。

 

そう気づいて、私は思わず笑ってしまった。

救うために拳を握ってきた私が、いちばん自由に力を振るえるのが、救う相手のいない場所とはな!

 

なかなか、皮肉が効いている。かつて、無辜の市民を、少年少女たちを背へ庇いながら殴り合っていた頃は、一発ごとに手加減を計算していた。今はそれがない。だから軽い。

 

軽くて、そしてなぜだか、あの時の方が強かった。

 

論理的な人からはよく文句を言われたものだ。きっと狩峰少年にも言われていたのだろう。

人質がいる方が、強くなるわけではない。救いたい人がいないからと、手を抜いているわけじゃない。

 

それでも、なぜかそんな場面では負けなかっただけだ。体が動き続けてくれるのだ。

 

戦いはまだ終わらない。黒い影が起き上がる。

そうだ。オールフォーワンを含むあの世界樹から生まれた影のような何か。よし、シャドウとでも呼ばせてもらおうか。どうにもこれをオールフォーワンと呼ぶ気は起きなかった。

 

「ア"ア"ア"ア"ーーッ」

 

意味をなさない咆哮が、大気を叩いた。

言葉になりきらない音の羅列。喉のかたちを失った叫び。その濁流の中に、いくつかだけが、はっきりと像を結ぶ。

 

一つ目は私だ。

 

「オールマイトぉ!」

 

恨み。恐れ。そして、純粋な闘志。

それらを綯い交ぜにして、シャドウは私の名を叫んでいる。何をそれほど恨んでいるのかは、知らん。恐れる理由も、私にはわからんよ。ただ、その叫びの芯にあるものだけが、まっすぐこちらへ届いてくる。

 

拳を打ち込む。手応えは、確かにあった。だが倒れない。

自由に振るえるからといって、強い力があるからといって、それだけで勝てるわけではない。当たり前の話だ。強ければ勝てるというのであれば、オールフォーワンはそもそも負けていないだろう。

 

そして、その当たり前を噛みしめる瞬間にこそ、私は思い出すのだ。

ああ、そうとも。私は今も、誰かのために戦っている。救う相手のいないこの場所で、守るべきもののない自由の中で、かえって私は、自分が何者であったかを思い出していた。

 

二つ目はおそらく家族であろう誰か。

 

「与一ぃ!」

 

シャドウが、別の名を吠えた。

その響きには、先ほどとは違うものが宿っている。執着。妄執。暗く粘つく、支配欲。あの男の誰かへ向けた感情の澱が、影にまで滲み出しているのだ。

 

目の前のこれは、間違いなく、これまで相対したどの敵よりも強い。断言してもいい。

 

「グ"ォ"オ"ア"ア"ッ」

 

打ち合うたびに、向こうの力が増していく。

おかしいぞ。膂力では、こちらが勝っていたはずだ。最初の一撃は、確かに効いていた。それが、今の一撃ではまるで効いていない。さっき通った拳が、次の瞬間にはもう通らなくなっている。

 

私の優位が、殴り合いの最中に、じわじわとずれて溶けていく。

 

理由は、見ていればわかる。シャドウは、周囲の異形を喰らうたび、世界樹の根に触れるたびに、強くなっていた。倒すべき相手が、倒す過程で肥え太っていく。

 

神話の中でヘラクレスが挑んだという、首を刈るほど増える蛇と同じだ。削るという行為そのものが、こいつの糧になっている。

 

そして三つ目だが。よくわからない。

 

「気色の悪いクソ女が! 二度と現れるな、社会の敵め!頭がおかしいんじゃないのか!?」

 

意味をなさなかった咆哮が嘘のように、猛烈な早口で、それははっきりと毒を吐いた。

純粋な怒り。ただただ、何かにキレている。

 

そのクソ女が誰なのかは、私にも見当がつかない。だが、これだけの憎悪を注ぐ相手が、あの魔王の記憶のどこかにいるらしい。

 

ならば、少々揺さぶらせてもらおうか。

 

「なんだ、大変な経験でもしてきたようだな。意外だね! もしや、元カノか何かかな?」

 

効果が思ったよりも出てちょっとびっくりしたのは内緒だ。

図星だったか。あるいは、触れられたくない何かだったか。

 

シャドウの動きから、精度が抜け落ちる。怒りに我を忘れた分だけ、拳が大振りになった。その隙間へ、私は自分の拳を差し込んでいく。冷静に相手を読む者と、我を失う者。その差だけが、今の私に残された数少ない武器だ。

 

だが、それも長くは保つまい。

喰らい、触れ、また強くなる。その速度ときたら、一瞬でも気を抜けば置いていかれるほどだ。無呼吸のまま、永遠に拳を放ち続けているような戦い。

 

このままでは、まずいな。

 

そう認めながら、それでも私は笑っていた。

 

工夫はできる。体は動く。成長だってきっとしている。

 

しかしひとつだけ。どうしても、戻らないものがある。

 

壁を越えていく、あの感覚だ。

この体になってから、一度として味わっていない。昔は、まず心が燃え上がった。そうすれば個性がそれに呼応して、体を無理やり引き上げてくれた。心が燃えれば燃えるほど、私は強くなれたのだ。限界の壁を、心の熱ひとつで叩き割ってきた。

 

心は、今も変わっていない。燃やそうと思えば、燃やせる。だが同じことをこの体でやれば、個性のほうが先に焼き切れる。それが、わかってしまっている。

 

これはワンフォーオールではない。通常時を100%とするなら、この借り物の体は、常に120%を出し続けてくれている。

 

だが、昔は。あの頃は、時に1000%でも、10000%でも出せそうな気がしていた。守るべきものが、目の前にあったからだ。

 

「良い年して、ないものねだりはやめておこう」

 

気合いを入れろ!声を張り上げて、注目を奪え!

 

「人ってのは今できるやり方でやるしかない! 個性があるだけ、恵まれているというものだ!」

 

無個性だった自分にはあまりに過ぎた力ですらある。

 

空を仰ぐ。

そこから黒い塊が降ってくる。棺のような金属の直方体。私はそれを迎え撃つように跳び上がり、まずはその落下の勢いごと、敵への一撃に変えてやった。シャドウの巨体が、鋼の質量に押し潰されて沈む。

 

そして、その金属が、砕けもせずに開いた。

 

「行こうか、エルクレス!」

 

呼びかけに応え、鋼が生き物のように展開する。

流星の尾のごとく、遅れて無数の金属片が空から降ってきた。それらが次々と私の体へ吸い寄せられ、寄せられた端から噛み合っていく。

 

胸に装甲が這い上がり、肩を覆い、両腕を鋼が包む。一枚、また一枚と、パーツが吸着し、噛み合い、封をしていった。2メートルを超える私の巨体を、その鎧はさらに一回り大きく覆っていく。

最後のパーツが、首の後ろで音を立てて閉じた。

 

Armored All Might Mark II

 

かの神話の英雄は、倒したライオンの皮を鎧に仕立てたという。ならばこれも、そういうものだと思えばいい。

 

降り注ぐ金属の棺から吐き出される鎧を纏い続け、私は強化されていく。そして砕かれてまた新たに使い潰していくのだった。

 

持てる武装のすべてを、シャドウへ叩き込んだ。砲を撃ち、鋼の拳を打ち込み、推進の炎で距離を潰す。あらゆる武装を叩きつける。惜しむものなど、何ひとつない。

 

それでも、削りきれなかった。

私が武装をひとつ使い切るたびに、向こうはひとつ強くなっている。天秤は、ゆっくりと、確実に傾いていった。

 

装甲が一枚、剥がれて宙を舞う。頭部装甲が弾けても、出てくるのは笑顔である。この最後の鎧だけは、死ぬまで纏い続ける。

 

剥がれ落ちていく装甲の数が、空になった棺の数が。だんだんと、残機のように見えてきた。

 

「最後まで立っている方が勝ちさ!世界平和の黒い影と戦えるなんて光栄だ!HAHAHA!」

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・-

 

連続する爆破の力で加速をしても、戦場はまだ遠い。

 

なんでも使ってそこへ向かう。視線も体もオールマイトの方角へ固定して、無理やり前へ押し出している。

 

体の調子は最悪だ。関節が軋む。視界が細かく震える。内側から何かが絶えず押し上げてくる。

 

体を巡る力に、さすがに困惑していた。

髪が逆立って光っている。体の表面から稲妻のようなものが迸り続けていた。これは元はオールマイトの力だそりゃそうなる。ワンフォーオールを受け取ることに思うことはあるが。それでもあの場面では最善だった。今も後悔はない。他のやつでも同じことをしただろう。

 

だがこれは、あまりに大きすぎる。

俺は個性の扱いに長けている。冷静な自覚としてそう言える。同じセンスを持つ奴も、少ないがいるにはいる。それでも俺以外の誰かがあの状況でこれを受け取っていたら、大惨事の未来しか見えなかった。

 

体の表面から細かな爆発を発し続ける。溢れ出ようとする塊を片端から爆破へ変換していく。

 

常に暴発させれば体が保たない。だから細かく、弁を開くように発散させる。皮膚のあちこちで小さな炸裂が連続して、いつもより体が輝いて見えるのはそのせいだ。

 

受け取った相手が、瞬間的に膨れ上がる熱量を制御する達人でもなければ、この塊は絶対に扱えない。断言できる。

 

俺がこれを託されたのは単純に運が良かった。

 

これはもう、人に収まる域を超えている。今にも破裂しそうだ。

体の内側で力が膨れ上がっては外へ溢れようとする。これは比喩でなく本当に爆弾だ。爆破という個性と何年も向き合ってきた。だからこそ、今どうにか体内で処理し続けられている。

 

それでも考えるのは。もっと速く。ただそれだけ。

 

応えて、四肢がもげそうな力が湧いた。両手を後方へ構え、その圧力を無理やり推進力に変える。地を蹴った瞬間、景色が線になった。

 

崩れかけた街が、両脇を後ろへ流れていく。抜け殻になった建物の輪郭が、認識する前に過ぎ去っていく。世界樹の根が地を割って走る亀裂も、瓦礫の山も、色を失って一本の帯に溶けた。

 

踏み込むたびに空気が壁のように前へ立ち、それを爆破でこじ開ける。破った空気が背後で閉じるする音すら、置き去りになって聞こえない。

 

速い。速すぎて、風景が意味をやめていく。

体が焼ける。だが再生の力も混じっているらしく、焼けた端から治っていく。治るたびにまた灼ける気もするが、今は動ければそれでいい。

 

前方の戦闘音が、近づく。いや、まだ小さい。まだ遠い。ドップラー効果で音が歪んで届く。いいや、届くというよりこちらからぶつかりに行っている状態か。

 

もっと速く。速くだ。

 

他には何もいらない。はやく。はやく。はやく。

 

俺は死んでも仕方ない。ワンフォーオールに余計なことを何一つ考えさせない。もし個性が出久に戻る奇跡なんてものがあってもそんなものはいらない。

 

それより、勝つ。

 

念じた瞬間、ギアがもう一段入れ替わった。これが『変速』だろうか。

限界だと思っていた壁の、さらに向こうへ体が抜ける。景色の帯が、今度は光の筋になった。目に映るものが減っていく。

 

速度が上がるほど、世界から余計なものが削れ落ちて、残るのは前だけになる。オールマイトのいる、その一点だけになる。

 

俺はオールマイトにはなれない。ヒーローには、なれなかった。だから、あれでいい。

 

その一点の手前に、墓石のようなものが乱立していた。

金属のコンテナだ。機能的な黒い直方体。そのどれもが蓋を開いて、中身を吐き出したあとだった。空っぽだ。だがこの空になった数だけ、オールマイトはここまで戦い続けられたのだろう。

 

この墓場みたいな空の棺の群れが、オールマイトをここまで生かした。

 

減速し微調整をしながら、その墓標の間を抜ける。

ああ、そうだ。俺は、これでいい。使い潰されて空になる。この棺と同じだ。それで誰かがもう一歩進めるなら、それでいい。

 

視界に、オールマイトの姿が入った。

限界の姿だった。今にも死にそうで、それでもまだ立っている。相対する敵は強大で、いつでも勝てるはずの、絶体絶命。傾ききった天秤の、ぎりぎりのところで踏み止まっている。

 

その敵は何か言葉にならない演説めいたことをしていた。声を張り上げ、大仰に、無駄に時間を使ってくれている。ああ、ヴィランのバカ共がやるアレをやってんのか。正直助かる。

 

おかげで間に合った。

 

 

もらった熱を、新しい相手へ渡す。

その方法は、さっき教わったばかり。

 

オールフォーワンに似た化け物も、オールマイトすら反応できない速度で、俺は二人の間へ割り込んだ。右の拳をオールマイトへ。左の掌をオールフォーワンへ。同じ一つの動きの中で、渡すことと爆破ことを同時に叩き込む。

 

 

どんなピンチでも、勝つんだ。オールマイトはすごいんだ。

 

 

クソガキだった頃の、自分の声が聞こえた気がした。

 

受け継がれたバトンを返してはいけない。なんてルールはどこにもない。

 

「俺が、きたぞ。オールマイト……」

 

体から、ずっと一緒だった個性が抜けた感覚がある。ごっそり消える。

その残響というか、残火だけが残って寒気が足元から上がってくる感じがする。

 

無個性のゴミ。かつて自分が罵った存在になって、それでも俺はまだ戦える。

個性がなくても戦うバカはもう十分に見飽きている。

 

「勝てやぁ!!! オールマイトぉ!!!」

 

史上最高のヒーローの元へ、受け継がれそして高まった最高の魂たちが戻ってきた。

 

その事実だけで、爆豪勝己は笑いながら泣いた。

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