ここは一体、どこだろう。
状況がわからない。南極に乗り込んで、どうにかUAIに戻って。それから。
そうだ。オールマイトが。両親が殺されて。麗日さんも。
何よりも、手に残る感触を思い出す。骨と肉を潰したあの拳の感触。かっちゃんを、殺してしまった。
そこでようやく目が覚めた。
ぼんやりとした視界に入るのは砕けた白い建材と、見覚えのあるようで様相の違いすぎる施設の残骸だった。UAIだ。UAIのはずなのに、記憶にある景色とどこも噛み合わない。
「で、デクくん!?起きたんやね!」
麗日さんが、そこにいた。
まず驚いて声が出なかった。そしてその絶対に見逃せない違和感もあり、余計に言葉が出てこない。
大人になった麗日さんが、その顔を泥と煤、そして血で汚しながらどうにか僕を抱えて飛んでいる。息が上がって額に汗が張りつき、それでも僕を落とさないように両腕へしっかり力が入っていた。
「ううううう、麗日さん!?こ、これは!?」
柔らかな感覚と、釣り合わない血の匂いが脳を直撃するようで。これが都合の良い夢じゃないんだと確信してしまう。
「木に入ってから、すぐに出てきたから。もしかして会えなかったのかなって。それで、どやった!?」
訳がわからない。僕は今どこにいて、それでこの女性はなんでこんな風になっているのか。
抱えられたまま視線を巡らせる。周辺は明らかにUAIではあるのだが、建物という建物が半ば崩れ、地面には白い根のようなものが幾筋も走っている。空には巨大な木の影。地上には無数の黒いヴィランがそこらじゅうにひしめいていて、誰かがそれと戦っているようだった。
爆音。土煙の向こうに、見間違いようもない爆発の光がある。
「かっちゃん!?でも、様子が……」
死んだはずの幼馴染が大人びた体格でそこにいた。爆破で黒い影を薙ぎ払っている。ただ、最後に見た時よりも爆破のキレを落としているように見える。動きの端々に疲労の澱が溜まっているのもらしくない。
こちらを見た彼は、ウインクをよこしてきた。ニタアと笑い、頬を赤く染めて好意たっぷりにだ。
「ひぃっ!」
ありえないものを見た。これまで見た中で最も理解できないもので、即座に目をそらす。ここはやっぱり悪夢な気がしてきた。
「デクくん、動けそう?さっきよりは全然なんとかなるんだけど、やっぱり限界もあって」
麗日さんの声にも疲れが滲んでいる。体を動かそうとして、問題なく動けることを確かめた。地面に降り、足の裏で瓦礫の感触を確かめる。
構えを取ろうとして、気づく。
「黒鞭が、出ない!?ていうか、ワンフォーオールが……」
体をめぐる何かは存在している。けれどこれはワンフォーオールじゃない。あの背骨を駆け上がる雷がどこにもない。代わりの何かが静かに細く、体の底を流れている。
直感的になんとなくで発動してみたら、それは超常を巻き起こした。
近くにある小石がゆっくりとこちらに漂ってくる。そして10cmもしないうちに力尽きて転がった。
「え?」
その言葉と一緒に、ほんのちょっとだけ口から火花が散った。
父さんと母さんの個性? それも、信じられないほど弱い。これはもう無個性と同じくらいだろう。
引き寄せと火吹き。一度も手にしたことのないものがどうして自分の中にあるのだろう。
混乱の中で、それでも観察だけは止まらない。個性がある。ワンフォーオールはない。この体は動く。傷もない。周りは戦場で、死んだはずの人たちが戦っている。
ここまできっと寝ぼけてしまっていたのだろう。ようやく発するべき言葉を見つけて、それを言う。
「ごめん!僕には記憶がない!最後の記憶は南極のメンシスを倒しに向かったあの日のことで……。みんなのことはわかるけど、全然状況がわからない!!かっちゃんは生きてるの!?」
一撃離脱で、こちらへと飛んできたかっちゃんが笑う
僕の唐突な告白にかっちゃんを除いて、その場の仲間たちが絶句した。
「あは!また。お久しぶりって感じです?」
というかこの口ぶりからして、今のはトガさんだろうか。そうなんだろうきっと。これが本人だったら怖すぎる。
答えを待つ暇はなかった。黒い影の群れがこちらへ雪崩れ込んでくる。
戦いが再開する。
八百万さんの掌から次々と武装が生み落とされていく。盾、砲、ワイヤー。目にも留まらぬ速さで生成されたそれらが、仲間の手へ的確に渡っていく。
麗日さんが長い棒の一突きで影の一体を浮かせ、その浮いた体へ生成されたばかりの砲弾が突き刺さる。無重力で足場を失った群れの真下へ爆破が滑り込んで、まとめて空中で弾けさせた。
浮かせて、撃つ。浮かせて、爆ぜる。三年前には見たことのない連携が、声もなく回っていく。
僕の記憶喪失も、この状況も相当な衝撃だったように見える。逆だったらもっと動揺していたかもしれない。それでも彼女たちは戦い続けている。手が止まらない。判断が澱まない。すごく強くなっている。
すると、遠くで凄まじい爆発が起きた。
キノコ型の爆煙すら見えるそれは、かっちゃんの爆破の煌めきにも見える。でも、ちょっとデカすぎやしないだろうか。
その爆発は連続した。止まらない。全然、止む気配がない。
キノコ型になったのは最初だけで、ちょっとずつ威力が落ちている。そしてこちらへ向かってきている。爆煙の柱と光が一本、また一本と等間隔に近づいてきて、それはあっという間にここまでやってきた。
土煙を割って、大きな影が着地する。
「お、オールマイト……それに、かっちゃん!」
その姿を見て、感極まってしまう。
かっちゃんを抱えたオールマイトは記憶のどれより迫力があり、なんなら昔の映像よりも強そうだった。
だって、今まで見た中で一番だったから。みなぎるエネルギーはその背景がゆらめいて見えるほど。その笑顔からは光でも出ているんじゃないかと錯覚するようだった。
元気でいてくれた。
何かが起きてこうなったんだ。何が起きたかはわからないが、一つだけはっきりしていることがある。きっと淡輝くんがまた悪巧みをしたに違いない。
爆発の余波をモロに受けたのだろうが、髪の毛がアフロになるだけで済んでいる彼は無敵に見える。
「無事だったか緑谷少年!用事が済んだならすぐにここはお暇しよう。爆豪少年はもう限界だ!どうにか協力して最強の敵は倒したが、復活しないとも限らない!」
「あのあの!すみません。僕、記憶がなくって。その用事ってなんのことかさっぱり……」
「目覚めてからの記憶を失っているようですわ!これでは、判断が……」
「じゃあ、ちょっと周りを静かにさせなきゃな!」
そうしてオールマイトがかっちゃんをその場に置いて走り出した。
地面が揺れる。周辺から破壊音が続き、黒い異形たちが端から蹴散らされていく。土煙の壁が遠ざかりながら次々と立ち上がって、この一角だけがぽっかりと静かになった。
その静けさの中で、血反吐を吐きながらかっちゃんが最後の力を振り絞るようにどうにか言う。
「複製くらい……作れんだろ。あいつは、もう、戻ってこない……。そういう目だった。……用事は終わってる。この出久は、こっち用の代わり、いや本物だ……」
その言葉を受けて、八百万さんはすでに知っていたように話し始める。
「クローン。記憶の複製。それをオールフォーワンはすでに三年前の時点で行なっていたと聞きます。それを世界樹が行えるならやはり、わたくしはきっと。二人目なのですね」
「トガはよくわかんないです。本物がいっちゃって、コピーが返されたんですか?」
「偽物と言わないところが、あなたの優しさなのでしょうね。ええ、きっとそうです。私がもう一人、世界樹の中にいるというのも。きっと以前にコピーされていたとしか思えません」
「じゃあ、ウチも?」
「確かめる方法はありますわ。緑谷さん、あの夜に死んだ、または消えた人物はここにいますか?」
見回す。麗日さん。八百万さん。トガさん。かっちゃん。あの夜、僕の前から消えたはずの顔ぶれがそこに並んでいる。
「……トガさん以外。全員、だと思う」
「つまりは、先ほど入った緑谷さんはまだ中にいるということ。おそらく、私もそこにいる」
「問答は後だ。とっとと……帰んぞ。あのオールマイトがいれば、帰りはどうにでもなる……」
そうして帰ろうとするかっちゃん。そうした方が良さそうだ。彼にも治療が必要だ。次は絶対に死なせたくない。
肩を支えて立ち上がってもらう。だが、帰り支度をしたのは僕たち二人だけだった。
疑問を感じて振り返ると、決意の表情がそこには並んでいた。
「ウチも、中に入ろうと思う。デクくんを一人にさせるなんて、できない」
決して曲がらない、ヒーローがそこいる。でも言われているのは僕の名前なのに、それでも違う人のことなのだとわかってしまった。
「そのために来たんだから。帰る場所は私が作るんだ」
そんな、そんなのは死ぬのと同じじゃないのか。少なくとも残された側にとっては……。
「わたくしもここまで来て、幼馴染の淡輝さんに会わずに帰るなんてできませんわ。どのタイミングで私たちのバックアップをとっているかは分かりませんが。恐らく私たちのコピーは、きっと三年前ではないでしょうから」
「私は全然、ていうかコピーいらないです。トガはトガなので。淡輝くんの血をようやく啜れる気がしてきました」
「でも、それって……」
限界を超えたかっちゃんが僕のことを弱々しく殴った。
「もうそのくだりは散々やった。黙って、あいつらのやること見とけや」
そこで気づく。僕を送り出したと彼女たちは言っていた。つまりは同じことを僕も言って、それを応援してくれたんだとようやく理解が追いついた。
彼女たちは、大きな木へと歩き出す。
夕暮れとも朝ともつかない光の中、白い根の絨毯を踏んで三人の背中が遠ざかっていく。その歩みには何一つ陰りなどなく、迷いもない。木は自然と受け入れて、幹に触れた端から三人が沈み込み始めている。
目を閉じて集中している八百万さん。祈りにも見える横顔だった。
麗日さんは最後までこちらを見てくれていた。体が半ば木肌へ溶けても、目だけはこちらへ向いたまま。最後にその手を振って、さよならと。そう言ってくれたと思う。
トガさんは、自分をつつむ樹皮をガシガシと噛んでいた。
それでもみんな、何かしらをそれぞれ自分で決めたのだ。もし結果が間違っていても、その行いは正しいとそう感じた。
彼女たちが完全に飲まれた後、少し離れた幹の別のところから三人が吐き出される。
数分も経っていなかったと思う。まるで用意されかのような手際の良さは、淡輝くんの存在を感じる。
濡れた根の上へ順に転がり落ちてくる。今の状況に困惑しつつも、麗日さんは真っ先に僕へ駆け寄ってきてくれた。
「で、デクくん!?起きたんやね!」
二度目に聞くその言葉を噛み締めながら、自分が失ったものすらわからない状況に向き合わなければいけない。
「きっと、お互い様なんだと思う。今起きたばっかりだよ」
そしてオールマイトが周囲を平和にして戻ってきた。土煙を背負ったまま汗ひとつ拭わず、いつもの笑顔で。
「いい顔になっている。もういいね?家に帰ろう!」
憧れの背に乗せられて、みんなで顔を合わせた。
誰もが混乱している。自分が何人目なのかも、どこからが自分なのかもまだわからない。
けれどまずは「おはよう」と挨拶を交わして、また朝を始めていくしかないらしい。
忘れたくないものがある。けれど、忘れたからこそ進めることもある。
納得など置き去りに、それでも世界は進んでいくのだ。
そうして世界は太陽に照らされ白く輝き、新しく希望に満ちた朝が来る。
祝福されるべき純白の中に一点だけ、影が映り込む。
遠く遠くを飛ぶカラス。その黒い翼がまるで染み込む雫のように落ちてくる。
死柄木弔というちっぽけなヴィランは世界から忘れられ、まだ見つかっていない。
次回は一週間後に!
最後までご一緒できれば嬉しいです!