夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

202 / 202
オリジン編
オリジン


 

人は、生まれながらに平等じゃない。

 

4歳の子どもでも思い知らされる社会の現実。

けれど、それは過去の話になっている。

 

完全な平等なんかではない。でも生まれた後に個性を得ることはできるし、人は自分で性別を選べる。見た目は変えられるし、生きるのに必要なものは太陽と水だ。相当に平等に近いだろう。誰が反論できるだろうか。僕には、できなかった。

 

事の始まりは、8年前の南極沖。

人工島から発光する巨木が立ち上がったというニュースだった。

 

以降世界は木で覆われ、世界樹と呼ばれるその万能の手はあらゆる人へと差し伸べられた。

 

いつしか超常は日常に。『架空(へいわ)』は『現実』に!!

 

世界の総人口の約八割が何らかの恩恵を世界樹から得ている、社会から超人が消えた現在!

 

平穏が揺蕩う世の中で!

遠い昔、誰もが目撃し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。

 

 

 

 

その職業とはズバリ『()()()()()』である。

 

 

 

発射台より上には月しかない。世界樹の幹に沿って伸びた昇降枝を上りきった、成層圏の向こう側。そこに新設されたリニアレールガンが、白い船体を宇宙へ送り出す。

 

かつて宇宙開発が盛んだった時とは比べ物にならない人数の宇宙飛行士が、毎日空へと上がっている。

 

麗日さんの無重力の個性が付与されていて、船の重さはそこで消える。重さのないものを、電磁の力で押し出すだけ。従来のロケットが背負っていた燃料の塔と、人々を釘付けにした豪炎はもうどこにも見当たらない。

 

一回の打ち上げを見守る人はすでにおらず、それもそのはず。1日に2000以上の宇宙船が発射するのだから仕方ないだろう。かつてのロケットの数十倍の重さを空に上げ続けているのだが、タイムスリップでもしないとその凄さには気づけない。

 

人々は宇宙へと渡ることが日常になりつつある。

 

しかしそれでも、象徴的な船はいくつかあるもので、今日はその日だったりする。

これまでで最大の巨大な船は、火星の衛星軌道に乗るはずの宇宙ステーションだ。

 

浜に並んだ家族連れが、光る飴を子供に持たせて空を指していた。カウントダウンは誰が始めたわけでもなく、砂浜の端から自然に湧いて、波音ごと大合唱になる。轟音の代わりに、空の高いところで一本の光がすっと伸びて、それで終わりだった。月まで3日、火星まで40日。

 

歓声は、静かな発射に少し遅れて上がる。

 

移住者の抽選には毎回、定員の何百倍もの応募が集まるらしい。当選した八百屋の夫婦が近所総出の餅つきで送り出されるのを、僕も中継で見た。人類は地球でやたらと増えることをやめたけれど、広がることはやめなかった。増えるのをやめたぶんの熱が、遠くへ行くことに注がれているように見える。

 

世界樹へ反対をしていた人たちも今はもう絶滅危惧と言っていい数になっている。最も過激な強硬派は五年前の世界樹調査の戦いでいなくなっているし、それでも残った反対派にも世界樹は優しく回答を出してくれていた。

 

月と火星の新たな都市建設である。

 

世界樹が嫌なら離れればいいと、その世界樹自身が持ち上げてくれるのだ。地球の重力を振り切るのに、ここまで安心できる軌道エレベーターは存在しない。

 

月の都市は世界樹反対派が集まっている。彼らは従来の冒険心や競争心を隠さず、幾つものトラブルを抱えながらも街を作っている。

 

火星に至っては流石に肉体改造が必要で、世界樹に触れてなお野心や挑戦を失わなかった人々の向かう先になっていた。きっと将来には性質の違うこの三つの出身者たちの間で喧嘩もあるのだろうけれど、どこか楽しみにしている自分もいた。

 

きっと今の人類は、殺し合い以外で語り合うことができるから。

 

青い惑星、僕らの起源(オリジン)である地球を旅立つ彼らのことを信じている。

 

今地球にいる人も出た人も、悪意を克服したのだと信じている。その記念日とも言えるヴィラン収束宣言の日のことは、よく覚えている。

 

この世界から暴力が1日だけ消えた。地球上のどこでも、誰も、何ひとつ暴力事件を犯さなかった一日。その観測結果が発表された後、世界は勝手に祭りになった。

 

それが事実かはどうでも良いみたいで、もちろん反証や否定する人もいたけれど世界の多くはその宣言を歓迎した。

 

商店街に横断幕が出て、銭湯が無料開放を始めて、交番の前に花が積まれて、当直の警官が照れくさそうに記念撮影に応じていた。夜には誰が手配したのかわからない花火が、示し合わせたように世界中で咲いた。

 

以後、その日は祝日になっている。毎年、引退したヒーローたちが昔のコスチュームで街頭に立って、子供と写真を撮るという。平和の象徴ともいうべき日だ。

 

人々から悪意が消えることはない。暴力は起きるしゼロにはできない。

それでも、ある一定以上の数を下回ったときに根絶を宣言したのだった。それはまるで願いであり、そして現実はその願いを受けてより平和へと加速する。

 

残った暴力性と悪意の受け皿、怪獣の討伐戦は今も冷めない人気だ。

 

観測衛星が上陸地点を割り出すと、指定海域の展望クルーズは即日完売する。

今週の担当がかっちゃんだと発表された週は、海岸線のホテルが全部埋まったらしい。戦い自体は真剣なものだ。怪獣は本物の脅威で、ヒーローは本気で挑む。傷を負えば、海岸まで張り出した世界樹の根がそれを引き受ける。深手のヒーローが根に沈んで、数分後に自分の足で立ち上がるところまでが、観客にとっては見慣れた景色になっている。

 

そしてたまに人が死ぬ。この世界における死という悲劇はあまりに身近ではない。

若返りは科学と個性の両方で達成できているため、老衰は一部の世界樹反対者のものになっている。

 

だからこそ、怪獣との戦いで時たま発生する死者とその弔いは、人類にとって必要不可欠な犠牲なのかもしれない。

 

僕は最後まで、それに慣れることはないのだろうけれど。

 

世界と世界樹は、境目を失いつつある。

 

新しく建つ家は、最初から根に沿って設計される。台所の隅に供物棚を作って、いい料理ができた日にはひと皿を捧げる。根に触れて眠ると疲れがよく取れるからと、根の張った公園には日光浴と昼寝ができる名所が建てられた。

 

かつての世界を知っている大人たちは日々の変化に心を砕き続けているが、そんな新しい場所に最も適応するのは決まって子供達だった。

 

生まれてくる子供たちは、樹のない空を知らない。

飯田くんの子供ももう5歳。かつて僕が個性がないと絶望した年齢であるが、そんな陰りは見当たらない。もちろん悩みはあるだろうし、大変そうだけれど。それでもだいぶ違って見える。

 

このあいだ同僚の人が言っていた。小学校の授業でこんな場面があったらしい。「世界樹に反対する人たちもいました。今では月に多くいます」と先生が言うと、子供たちがきょとんとする。なんで、と誰かが聞いた。

 

先生は答えようとして、口を開いて、そして止まった。結局、昔は色々あったのよ、と笑って流してしまったと、後で悔いるように言っていた。。

 

かつて関わりを絶って暮らしていた人々の集落からも、子供の代になると一人また一人と社会に降りてくる。誰も強制していない。ただ、樹のある暮らしのほうが、単純に安全で楽しいのだった。

 

そういった反世界樹の集落や街には、かつてヴィランだったような者たちが集まりやすい。

とはいえ古い脅威の名簿も、静かに片付いていった。8年前の混乱で逃げたダツゴクと呼ばれる脱獄囚たちは、先月最後の1人が確保されて名簿が閉じた。

 

行方不明のままのヴィランたちも多く、ほとんどが死んだものとして処理が済んでいる。

 

死柄木弔も、その中の1人だ。

 

かつては警戒対象の筆頭だった名前も、年次見直しのたびに指定が下がって、資料の棚は年々奥へ移っていった。分析は毎年同じ結論を出すらしい。あの男が8年も壊さずにいられるはずがない。壊していないなら、生きていないのだろう。

 

それでも情報だけはたまに入ってくる。死体が見つかったとか、似た男を見たとか。どれも信憑性は低いけれど、一応確かめには行く。

 

ホークスさんが検分に飛んだ死体は年格好の似た赤の他人だったし、エンデヴァーさんが直々に出向いた目撃情報の対象は、真面目な大学院生だったとか。

 

炎のヒーローは物陰に巨体を押し込んで半日張り込み、研究室から出てきた対象を尾行したそうだ。対象の男性は花屋に寄った。小さな花束を選ぶのに10分も迷った。待ち合わせ場所で恋人にそれを渡して、照れたように笑った。2人は並んで歩いて、映画を観て、夕食の店の前でメニューを覗き込んでまた笑った。

 

一部始終を見届けたエンデヴァーさんは、無線に向かって吐き捨てたという。

 

「これが死柄木のはずがあるか!」

 

潜伏しているヴィランがパートナーを作る可能性はあるだろう。それでも彼女と手を繋ぎデートをしているやつが、死柄木弔であるはずがない。

 

平和は、そういう間の抜けた確認作業ごと、明るく続いている。

今日の予定もそんな平和の一幕だ。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

焼き鳥居酒屋ヨリトミ。

 

貸切の店内には煙と歓声が満ちている。

 

「僕らの轟焦凍が!チャートNo2にランクアップしたことを祝しまして!!」

 

「「「「カンパ〜〜〜〜イ」」」」

 

ジョッキがぶつかって泡が飛ぶ。当の轟くんは烏龍茶を掲げたまま、微笑んでいた。

 

上鳴くんが枝豆を投げる構えをして、飯田くんの手刀に制止される。怪獣対策チャートは毎月更新の人気投票で、討伐実績と、正直なところ画面映えで決まる。不動のNo1を除けば、実質的には1位とも言える。

 

「……おかしいだろ」

 

ジョッキの陰から、恨めしげな声がした。峰田くんだ。

 

「俺、8年間で一回もチャート入りしてねえんだけど。ゼロ票だぞ。集計ミスを疑うレベルだろ」

 

「人間ならともかく、怪獣にモギモギつけて何すんだよ」

 

「粘着は対怪獣戦で理論上最強なんだって!窒息だって!拘束だってできんのにヨォ!」

 

「それ見てテンション上がるか?人気どころか子どもの目を隠さなきゃだわ」

 

切島くんが笑ってそれから真顔で付け足すが、夜嵐くんは以外にも援護に回っているようだった。

 

「正々堂々って200種類あるって学んだッス!モギモギ嵐、またやろう!!」

 

峰田くんは一瞬黙って、うるせえ、と呟いてジョッキに戻った。褒められ慣れていないのだ。

 

「ていうかさ、チャートってもうほとんど対怪獣の成績表みたいになってるもんね」

 

耳郎さんが串からつくねを外しながら言う。

 

「ヴィラン案件、先月うちの事務所ゼロだったもん。パトロールっていうか、ただの散歩」

 

「うちも」「うちもだ」と声が重なる。

 

「じゃあみんな普段なにやってんの」

 

「災害待機と怪獣当番。あとは小学校まわって個性の授業したり、たまに月都市の設営手伝ったり」

 

「俺こないだ、迷子の犬さがした」

 

ヒーローの仕事かそれAIの方がはえーだろと笑いが起きる。ヒーローの数自体、もう絞られ始めている。志望者も減った。それを嘆く声は、この席にはひとつもない。

 

僕らはずっと、自分たちを用済みにするために働いてきた。ヒーローが暇を持て余す世界。それがこの仕事の完成形だと、昔えらい人が言っていた。果てしなく遠い目標だと思っていたのに、犬さがしを笑い合えるくらいには、その日が近づいている。

 

「ところで緑谷くん!聞いてくれたまえ、うちの娘がまた身長が伸びたのだ!」

 

「ちょっと、いい加減にしなよね。変な写真見せたらグーだから」

 

飯田くんがスマホを突き出してくる。画面いっぱいの5歳児。拳藤さんは止めているが、障子くんと蛙吹さんが吸い寄せられて、あっという間に写真の見せ合いが始まった。夜泣きが、離乳食が、七五三が。声のトーンが2段階はやわらかい。

 

「ひやあ、パパママコーナーできてら」

 

瀬呂くんが串を咥えたまま言った。

 

「俺たちはちょっと入れねえなおい」

 

「いやいや、その辺君らはどうなの?」

 

矛先が返り、瀬呂くんは隣の2人を親指で指した。

 

「てか上鳴と耳郎、事務所隣で開業したんだろ?もうそれってさあ」

 

恋の波動を感じ取ったのか、芦戸さんが身を乗り出す。

 

「ハハハ!そういうンじゃないよ」

 

声が揃った。揃ったせいで店内が沸いた。

 

「音系の個性同士、防音工事が一回で済むしな!」

 

「言い訳が生活感あるんだよねえ!」

 

葉隠さんの袖が跳ねて追撃が飛び、それに応えて笑いが返る。昔と同じ距離のまま、中身だけ大人になった応酬だった。

 

その騒ぎの少し外側で、麗日さんが笑っていた。

ジョッキを両手で持って、口をつけずに、みんなのやりとりを眺めて笑っている。ふと目が合いそうになって、僕は視線の置き場を一拍だけ探した。

 

もっと、話したいことがある気がする。この8年のこと。あの木の中へ歩いていった背中のこと。いま隣で笑っているこの人のこと。どれから話せばいいのか、まだ決められないままでいる。

 

そんなときに限って警報は鳴る。

 

全員の端末が同時に震えて、笑い声がスッと消えた。怪獣の定期警報じゃない。この音は、想定外を報せる音だ。

 

顔が変わる。パパの顔も、赤面も、僻みも一斉に畳まれて、そこにはヒーローだけが残った。会計は自動のところにしてある。誰かが出口を開け、飯田くんの声が飛ぶ。

 

「現場情報を共有!アルコールを摂ったものは世界樹に触れてからだ!」

 

乾杯から2時間も経っていない。それでも誰ひとり、惜しむ顔をしていなかった。

 

僕らは夜の街へ飛び出した。

いつも通りの緊急対応。そのはずだったのに、マリアから届いた簡潔な文章が日常になど戻れないと伝えてくる。

 

『世界樹の2割が根元から崩壊。現在分離作業中。世界樹が崩壊しています』

 

ようやく実った平和という果実が、落ちていく音がした。

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