夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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世界を覆う翼

状況は、世界中の多くが恐れて、そして一部が熱望した光景がそこにある。

 

世界樹が、根を手放していた。

 

根の末端からそれは始まる。家々の台所へ通っていた細い根が、指先から灰になるように崩れて途切れた。公園の昼寝の名所が、病院の代わりを務めていた白い束が、街の隅々まで血管のように張り巡らされていたものが、末端から順に色を失い、砂のようになって跡形もなく風に散っていく。

 

崩壊は根を遡る。

細根から支根へ、支根から主根へ。伝播の速度は人の走る速さを超え、車を超え、やがて音の速さに迫った。崩れる根の走った跡には何も残らない。土すら抉れない。ただ、そこにあったはずの白い巨大な構造だけが、崩れて消えている。

 

世界樹は、当然ながらその攻撃に応じている。

 

崩壊が1を消せば、樹は2を生やす。断たれた根の切り口から新しい根が倍になって噴き出し、崩壊の波頭を追い越して伸びようとする。増殖が崩壊を上回った場所では白い若根が地表を覆い尽くし、崩壊が増殖を食い破った場所では大陸規模の白が一晩の霜のように消えた。増えては消え、消えては増える。惑星の表面全体を盤面にした、途方もない規模のイタチごっこだった。

 

そして樹は、勝てないと判断したらしかった。

 

幹が、大地から離れはじめた。

深さ数十kmまで達していた主根を、樹は自分から切り捨てた。切断面から膨大な樹液が霧になって噴き上がり、半透明の巨体がゆっくりと浮上していく。空へ。崩壊の届かない高さへ。逃げるために、8年かけて張った根のすべてを、樹は置き去りにしていく。

 

世界中が、それを見上げていた。

夜側の半球では、発光する巨体が月より明るく空を照らしている。昼側の半球では、空を覆っていた半透明の枝が引き絞られていくにつれ、忘れていた直射の陽光が地表へ戻っていた。街頭のスクリーンの前に人だかりができ、供物棚の前で祈る者がいて、ただ空を見上げたまま動けない者がいた。傷を治してくれた根が、目の前で砂になっていく。恐怖はまだ声にならず、世界はほとんど静かだった。

 

その静かな絶望の中で、ごく一部の人間だけが、歓声を噛み殺していた。樹のない世界を望み続けた者たち。自分の手で生きる権利を返せと言い続けた者たち。彼らの熱望した光景が、望んだ誰の手によるのでもなく、いま目の前で進行している。

 

「全部、壊れちまえ!!!」

 

そう言ったのは死柄木弔ではない。そこらにいる裕福そうな学生がそう言った。

世界中で呼応する。破壊を求める声がする。

 

まるで多くの人々がオールマイトを求めるように、彼らは破壊を何かに祈っている。

これもまた、人類の意思の一つなのだというように、その想いの力に押されるように崩壊はとまらない。

 

 

世界が壊れ始めていた。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

生まれてから、もう5年が経った。

 

精神年齢はもはや数えることもできず、体感年齢もバグってわからない。物理的にこの体が生まれてからの年数だけは確かで、今はなんと5歳だ。

個性や科学でで仕立てられたこの大人の体で言うのも我ながら目を疑う年齢だった。

 

「まぁ最初の一年よりはマシだ。なんと言っても月齢だったからな」

 

狩峰淡輝は、世界樹が上がっていくのを眺めている。

 

半透明の巨体が内側から淡く発光して、夜空でいちばん明るいものになっていた。崩壊しては増え、灰のように散っては継ぎ足され、それでも全体としては空へ空へと逃げていく。

 

元々、世界が安定したあとには退場する予定ではあった。だいたい50年くらいの予定だったはずだ。42年も早い。

 

ただの人間として数年を過ごし、人間性やさまざまな体験をして、それから世界樹へと同化する。それが自分の選んだ道だった。そうすることで自分を救うことになるのだから、面白い。たまに世界中へ散った自分と連絡を取ることもあるが、彼らの経験もそのうちできるのだからお得だろう。

 

クローンとして生まれた全員がどうしたのかは知らないけれど、多分同じ道を選んだんだと思う。だって俺なんだから。狩峰淡輝23号としてはそう願う。

 

こうなって思うが、自分と同じクローンが1万人もいたら結構バグるだろうな。まさしく桁違いだ。フィクションへの唐突な共感は非常識な事態に遭遇するたびに体感している。

 

日本には今、5人の自分がいるはずだ。そのうち誰も雄英高校の同窓会には行っていないはず。百ちゃんと一緒にいる自分を羨む気持ちもあるが、同時にどこか安心している自分もいる。彼女と数年過ごして距離が縮まって、それで自分を同化するなんてことが、できるのだろうか。

 

もちろん後から同化しないという選択肢も取れるが、自分ならきっとそれはしない。すると百ちゃんは、これから5年ごとに出てくる俺たちの世話をし続けるのだろうか。それは、よくない気もする。

 

まあ、それは彼女と向き合っている自分が決めることだろう。案外普通にフラれてたりするかもしれないしな。

 

そうだ。今、俺は普通に生きているんだ。

 

自ら選んだ道は普通じゃないかもしれないが、それも別に嫌じゃない。福岡という街の美食を堪能した5年間に悔いはない。中洲の屋台で常連と呼ばれるまでになったし、誘われて女の子とデートだってした。世界樹にこの記憶を持ち込んだ時の百ちゃんの反応と修羅場が楽しみだぜ。

 

空の攻防に目を向ける。

 

きっとヒーローたちが世界樹へ殺到して、付近にいるはずの死柄木弔を見つけているはずだ。だがワープがある以上、捕まえることはできないだろう。やれるとすれば、未来を知っているかのような情報が必要になる。

 

けれどもう、自ら死ぬことは試さないと約束した。それは絶対だ。

 

百ちゃんも、自分自身も裏切ることになる。だいたい、もう死んで目覚めるかどうかもわからないのだ。感覚的には、クローンにその能力はないと思う。死んでやり直すものが複数いるなんて、壊れすぎたこの世界の常識からしても、なんだか無理がある気がする。

 

だから、無力な自分に歯噛みする。それが一般人の感覚なのだと噛み締める。

それでも。きっとヒーローが守ってくれる。彼らを信じている。

 

あんな力に頼ることが、そもそも歪だったんだ。科学も以前より洗練されて、世界樹を失った時のことだって想定して準備はさせていた。予定より42年早くなってしまったが、以前の世界のインフラと技能を持つ人々はまだ生きている。

 

世界樹だってあらゆる個性を総動員して結局は生き残るだろうし、仮に失おうが、人類はきっと大丈夫だ。それなりの用意はしているから。

 

壊れても、また直して治していけばいい。

そうしてきたのが生き物というものだ。人の行いというものなのだ。

 

そうだ。人類は強くなった。賢く、そして優しくなることができつつある。

この状況を見ても、自分の中には絶望は広がらない。きっとヒーローたちが、俺が憧れた存在がハッピーエンドを強引に作ってくれると信じられている。

 

 

 

そこで地面が、縦に跳ねた。

 

膝が抜けて、山道に倒れ込む。突き上げの次に来た横揺れが、長い。長すぎる。立つのを諦めて四つん這いのまま顔を上げると、眼下の福岡の夜景が波打っていた。街の明かりがブロックごとに順番に落ちていく。停電が伝播していくのが、夜だと目に見える。遅れて、街全体の唸りが山を這い上がってきた。

 

日本人としてある程度慣れているが、これはおかしい。こんな地震は知らない。

 

考えはそこで断ち切られた。

 

遠くの水平線が、白く瞬いた。

 

闇の中に火柱が立つ。海の方角。柱の内側が赤く脈打ち、無数の稲妻がそれに絡みついて、夜の底から天へ向かって伸びていく。距離があるのに、視界の端がちかちかするほど明るい。音はまだ来ない。来ないことが、規模を教えてくる。

 

立ち上がりかけたところへ、東の空が裂けた。

 

こちらは近い。阿蘇の方角から、南のものより太い火柱が突き上がって、上空で笠のように開いていく。開いた笠の縁が、発光する世界樹へ届いた。

 

灰色が、光を塗り潰していく。

 

夜空でいちばん明るかったものが、数十秒で見えなくなった。空から光源が消えて、夜がもう一段、濃くなる。

 

考えるのは後だ。

東の火柱の根元が、崩れた。

 

崩れた噴煙が横倒しになって、地を這う壁になる。壁そのものは闇に溶けて見えない。見えるのは、その進路の街明かりが端から順に消えていくことだけだった。消灯の波が、こちらへ向かって走ってくる。

 

これからは逃げ切れない。なら、どうにかしなくては。

 

ただ一念にだけを想いながら走った。

 

死にたくない。

 

道ではなく斜面を選ぶ。この山なら沢がある。5年住んだ土地だ、何度か山登りだってしているから水の音のする方角は体が覚えている。夜の斜面を、半分転げ落ちるように下る。枝が頬を裂いた。構わない。足首が石で捻れかけて、体重を投げて受け流す。火砕流の本体を浴びれば何をしても死ぬ。だが縁なら。サージの縁で、水と遮蔽があれば、生き延びた人間の記録があったはずだ。あったと思う。

 

死にたくない。

 

やり直しの反則は使えるかもわからない。ない方が幸せかもしれない。

 

だからこそ、終わりたくないし、始めたくもないから。だから、死にたくない。

 

水音。近い。

 

沢へ出た。上着を脱ぎながら淵を探す。いちばん深い、岩が庇のように張り出したところ。上着を水へ叩き込んで濡らし、口と鼻に巻きつける。熱と灰を、一呼吸ぶんでも防げ。浮けば死ぬ。手頃な石を胸に抱えた。

 

轟音と黒い何かが、山の稜線を越えた。

 

いやだ。……嫌だ!

 

死にたくない!!せっかくここまで!みんなが繋いでくれたのに!!

 

オールマイト!!緑谷!!助けてくれよ!

 

 

 

……

…………

………………

 

 

そういえば、茹で上がって死ぬのは初めてだったかもしれない。

 

そう考えて、俺は死んだ。

 

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

目が、覚めた。

 

 

起きてしまった。

また死んで、そして目覚めた。

 

俺はまたループへと戻ることができた。できてしまった。

その重さも絶望も。その全てを後にして寝起きのクリアな思考は一つの結論へと辿り着く。

 

狩人としての血液に刻まれた熱が沸騰しかけている。そんな血が脳へと回っているのに、思考は凍りつくかのように研ぎ澄まされている。

 

世界樹の崩壊と、あの光景。あの火砕流が発生するほどの噴火は絶対に偶然じゃない。

それを行ったのは同じ意志を持つものだろう。

 

全てを破壊するという衝動を持っただけの、ただの子供だったはずの死柄木弔。

一時期はオールフォーワンから見限られ、いつでも殺せると判断した都合の良い愚かなヴィラン。

 

その後の主任との関わりで警戒度は跳ね上がったが、それでももういないものだと思っていた。

次にテロを起こせば、全力で潰されるだろうと慢心でもなくそう計算できていた。

 

世界樹だけならなんとかなっただろう。崩壊で攻撃される想定はしていたから。

これまで通りとはいかないが、二倍があれば消しきれないはずだ。

 

同時に、破局噴火?どうやって?

 

あれがそんなことをできるものなのか。でも、どこかでそうなのだと確信している。

ようやく狩人は、死柄木弔を脅威と改めて見定めた。

 

世界は一度、詰まされた。それを認めよう。

世界樹を崩しながらの破局噴火は、あの人類にとって致命的だ。地球を覆う火山灰は日光を防ぎ、大規模な寒冷化を引き起こす。光合成も農業も同時にダメになるだろう。

 

「お前はちゃんと敵だったんだな」

 

5年間、もう忘れたつもりだた殺意が自然に湧いてくる。その流れはとめどなく、錆も埃も浮いていない。

 

狩峰淡輝にとっての最後の戦いが始まった。

 

人類種の天敵であり、世界を覆う黒い翼をもつレイヴンを殺すための狩りである。

 

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