夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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幸せの黒い鳥

我が家はどこにでもある普通の家庭で、特に問題もなければお金持ちというわけでもなかった。

 

今朝までは普通だったのに。この世界はやっぱりどこかおかしいのかもしれない。

町内へと危険を知らせるアナウンスが鳴りやまない。手元のデバイスだけでなく、そこら中がけたたましく鳴っていた。

 

朝食の用意は途中だったけれど、必死に避難指示を頭に入れた。落ち着いた声なのに繰り返しの間隔が早すぎて聴くたびに不安になってくる。

 

「隕石。海に落ちるって」

 

読み上げる自分の声が遠く聞こえた。夫の温人が窓の外を見ている。見えるはずのない石を空に探している。

 

私たちは四人家族だ。

堅太は12歳。触れたものをしばらく硬くする。鉛筆でもパンでも。地味だといつも拗ねているが別に良いと思う危険すぎる個性は取り上げになるのだし、身の丈に合っていると思う。妹の浮世(うきよ)は8歳。30cmほど何秒かだけ宙に浮く。まだ鬼ごっこでしか役に立ったことがないと言っているが、私はちょっとした用水路をあの子がショートカットして使っていると知っている。ちょっと怖いが、それくらいなら可愛いものだと言い聞かせて怒ったりはしていない。

 

夫は温人は体温を上げる個性。私は声を遠くへ届けるというもの。

つまりは、隕石の前には無力で無個性と同じだった。

 

駅の一次集合場所は子供達で埋まっていた。

ここで別れなくてはいけない。早くここをどいて、後続の人に場所を空けないといけない。みんな家族に生きてもらうために必死だから。

 

これが輸送能力の限界なんです!係員が繰り返すが中には納得しない人もいる。彼らはヒーローがどこかへ連れて行くのだった。今なら二人はきっと助かる。それでいいじゃないかと思うのに、二人と手を離すことがどうしてもできなかった。

 

頭は真っ白なのに答えだけが先に出ている。おかしい。温人を見た。同じ顔をしていた。それで決まってしまった。

 

「行きなさい。できるだけ早く、行かないと……」

 

声を届ける個性のせいで、その一言が駅中に響いてしまった。取り消したいのに取り消せない。

 

堅太が袖を掴む。浮世が温人の脚にしがみつく。浮世の体が浮いて、落ちて、また浮く。この子は気持ちが乱れると個性が勝手に暴れる。

 

「やだ。やだやだやだ!!」

 

「一緒に行くの。おとうさんも、おかあさんも!」

 

昔から数えられないほど朝にわがままを封殺してきたが、今日だけはだめ。一緒はだめなの。

 

温人が浮世を抱き上げて車両へ下ろした。私は堅太の指を袖から外していく。一本ずつ。硬化が出て袖口が一瞬だけ鉄になる。指が挟まって痛い。すごく痛い。でも笑った。

 

痛がったらこの子が自分のせいだと思うから。

 

「堅ちゃんなら浮世を硬くして守れるでしょう。あなたにしかできないの。お兄ちゃんが浮世を守るの、任せるね?」

 

いつも子供達には嘘だけはつかないようにしていた。でも今日は特別。数秒の硬化で隕石の破壊から守れる訳がない。

 

普段からお兄ちゃんだからといった言葉は禁句にしていたけれど、この子を泣くだけの子供のまま乗せるわけにはいかない。兄としてでもなんでもいい。強く生きれるなら何にでもなって欲しいから、嘘にありったけを込めて押し出した。

 

大人は改札から先へは進めない。

 

幼児が座席の上の網棚に押し込められ、子供達だけの満員電車になっている光景は異様だった。

 

堅太が浮世を抱いて窓に張りつく。浮世は口を開けているのに声が出ていない。小さくなっていく。私の子が少しずつ小さくなっていく。

 

温人は最後まで手を振っていた。私は声を惜しんだ。最後の一回を無駄にできない。だから列車が動き出すその瞬間を待って、ありったけを込めて放った。

 

「ちゃんと、ご飯食べてね。」

 

騒音の中でもその言葉だけは届いたはずだ。この個性はきっとこのためにあった。

 

列車が走り出す。

行ってしまった。よかった。よかったのに膝から力が抜けた。温人が支えてくれる。二人だけが駅に残された。

 

「どうする」

 

「公共交通機関は全部子供向けに動いてる。車も当然、普通の移動手段はもう無理だ」

 

じゃあどうすれば。まだ終わっていない。まだ考えられる。温人が冷えていく指先を自分の個性で温めている。私は声で避難誘導のアプリでから最適なルートを聞き出していく。

 

私たちは、自転車で港へ向かった。

 

30kmもの距離を自転車で走ったのは初めてで、最初は電動で快適だったけれど途中で充電が切れて交代してもらった。どうにかして港まで辿り着く。

 

すでにあたりは暗くなっていた。

 

船はもう全部出たあとで、残っていたのは避難用のゴムボートが何隻か。持ち主の老人が乗れるだけ乗れと手招きしている。定員も何もない。手漕ぎのそれはあまりに遅く、間に合わないと思ったがそれでも乗った。

 

ボートはよたよたと外洋を目指す。沖合まで行けば、いくつかの漁船が往復して人を運んでくれているらしい。交代で、全力を出して漕ぎ続ける。使える個性は総動員で、みんな必死だった。

 

夕方、西の空に光の点が見えた。昨日までなかった星。あの隕石だとみんなが言う。私は見上げて、あの子たちはもう本州に着いたかしらと口にした。

 

「うん。大丈夫。きっと着いたよ」

 

温人が即答する。この人でよかった。こんな日にそんなことを思うと、昨日小言から喧嘩をしたのがバカらしく思えて、無性に謝りたくなった。

 

船のラジオが淡々と数字を読み上げていた。避難対象およそ700万、輸送可能なのは1割強、関門以西の南部地域は物理的に移動が間に合わない見込み。アナウンサーの声は最後まで冷静で、放送をしているということは彼は死ぬことになるんだろう。

 

その声は最後まで人を安心させようというプロの響きを保っている。

 

夜が来て、水平線が白く瞬いた。

閃光のあとに火柱が立つ。遠いはずの光が船の全員の顔を昼のように照らした。音は遅れて届いた。届いたときそれは音ではなく、空気の壁になって一度だけ胸を叩いた。

 

ようやく辿り着いた漁船、船長の老人が無言で舵を握り直す。

 

東の空も裂けた。そちらのほうが近い。もっと太い柱が立ち、上空で笠のように開く。笠の縁が空へ逃げていく半透明の木に届いて、灰色に塗り潰していく。

 

それがとてもゆっくり空から落ちてきて、黒い津波のように海を渡ってくるのが見える。

 

あ、世界樹が消えてく。何度も治してくれたあの木が空へと逃げていくと、本当に終わりなんだと気づいた。

そこまで見てから温人が抱きしめてくれて、もう外を見なくて済むようになった。

 

手を握る。

冷えていく手を最後まで温かく保ってくれる。最初の頃、冬のデートで使っていたその個性で、私の手だけを温めてくれるのは何年ぶりだっただろう。

 

「怖いか」

 

「ううん。あったかい」

 

私だって。もっと。あの子たちが大きくなるのを見たかった。堅太の反抗期も、浮世の初恋も、温人と歳をとっていくのも。まだ何もしていない。まだ生きて、まだ。

 

死にたくない。きっとそれは幸せだったからだ。

もう声は誰にも届かなかった。

 

・・- ・-・・-- ・・- ・・・・- 

 

また失敗をした狩峰淡輝は眼を覚ます。翌々日まで起きて事態を見極めてから戻ってきた。

 

九州で助かったのはおよそ95万人。残りは行方不明、または死亡と処理された。数字は名前と顔を持たない。

 

一体そこにはどんな人々が生きて死に、そしてどんな会話があったのだろう。

今の自分には意味のないどころか害にすらなる情報だ。そんなものを拾っていたら、今以上に悪化してしまうだろうから。

 

 

考える。

死柄木弔は、噴火と世界樹への攻撃を同時にやった。

黒霧のワープ範囲は数百キロ程度、なら夜には世界樹周辺の数百キロ以内にいるはずだ。

 

そして噴火を引き起こすのが彼自身なら、それまでは九州付近にいるのだろうと当たりをつけた。

 

今回はアプローチを変えてみる。破局噴火を引き起こすためには崩す場所を選ぶ必要があるはずだ。それが可能な個性を探す。二つのカルデラを連動させるには、地中を透かし岩盤の応力を読むことが必要であり、何かしらの調査方法で崩壊点を割り出したはずだ。

 

人形に探査系・地質感知系の登録者を洗わせて、ヒーローを張らせる。できるかもわからないが該当は37人。全員に監視をつけて、崩壊の瞬間に居場所を記録させる。ここまで整えるのにも何度か時間が必要だった。

 

結論から言えば空振りだ。37人全員が、噴火の瞬間、まったく無関係な場所にいた。場所の選定は、個性を経ていない。少なくともリアルタイムではなく、過去に協力した形跡もない。

 

今回は逃げなかった。丘の上で結果を見届けて、記録を人形へ送りながら、火柱の光に呑まれる前に自害する。みんなと同じように、火砕流に飲まれるのが正しいようにも感じたけれど無駄な行動だと割り切って銃を撃つ。

 

目が覚める。

今回は犯罪組織を洗う。この規模の仕掛けには大変なリソースが必要なはずだ。反世界樹勢力、元ヴィラン、獣の夜の生き残り。

 

反社名簿は想定の何倍もあった。死柄木のような破壊主義者の新派は思っていたよりずっと多い。当然、数日やそこらでは終わらない。ヒーローを総動員しても、何度も試行が必要だ。

更生したとされる人々も含め、手間を無視して死柄木弔への関与を確認していく。

 

 

目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。

ようやく反社会勢力を洗い終えたときには、一ヶ月以上はかかっていたと思う。

 

そして結果は該当者なし。

 

学者筋も一応当たったが、犯罪との接点で探しているから、誰も引っかからない。無数の命を使って、犯人はまともな悪人の中にいないとだけ確定した。十分な進歩だろう。

 

目が覚める。

ある程度並行していたが、リソースを全てしらみ潰しに切り替える。ひとまずは関西以西を丸ごと潰していく。死柄木弔のアジトのようなものがないかを探すのだ。

ヒーローと警察を動員し、数万以上の人間が夜まで走り回って、必要な面の1%も塗れなかったが当たり前である。範囲が広すぎる。

 

目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。

 

年単位の時が経ち、確信を得ることができた。

アジトはない。1000キロ圏内にヴィラン連盟の隠れ家はそもそも存在しない。存在しないものは、面をいくら探しても見つからない。

 

死に慣れていく感覚を、懐かしいと感じる自分がいた。忘れたはずの、擦り切れていく馴染みの感じ。

 

目が覚める。

今回は俺は非接触者を洗おうとした。正体を隠すなら世界樹に触れられないはずだ。だが彼らは非登録の不可触民と呼ばれる、記録に存在しない層だった。15時間の中で、ヒーローや警察に一人ずつ物理的に確認させるしかない。

 

目覚める。手を打つ。走る。空振る。夜、炎。目を閉じる。目覚める。

 

そのループのどこかで、俺は問いを裏返した。

犯罪者を探す全部の道で、失敗した。個性を潰し、悪人を潰し、面を潰し、不可触民を当たり尽くして、何も残らなかった。だったら、残ったものに目を向けるしかない。

 

「どこかで勘違いをしていたのかもしれない」

 

そうだ。死柄木弔にはできないと思っていたことをあいつは今やっている。彼についての固定観念は捨てなくてはいけない。

 

どうやって、この自然現象を引き起こすなんてことができる?

個性に頼らず、二つのカルデラを誘発できる岩盤と地点を割り出すとしたら、人はどうする。

 

答えは一つしかない。科学だ。学術によって深部地質のデータを普通に集めて分析してシミュレートする。

 

ヴィランではない人々を調べ始める。

当然ながら最初にも調べてはいたし、人形にも確認させてはいたけれど。改めて視点を変えた今は見えるものが違うかもしれない。

 

地質や噴火など、その分野に関係する学者と、その研究室の学生まで。全員の資料を洗う。

 

何周も費やして一人ずつ。そして何かが引っかかった感触があった。違和感の正体を掴むために、8年前からの死柄木弔の調査資料を、もう一度、全部照合する。

 

本当か?これ。

 

もちろん違うかもしれないが、まずは彼らに会いに行ってみよう。

いくらでも試せるのだから問題ない。

 

 

 

非難警報も何もない、穏やかな朝が久々にやってきた。

 

学生向けの、古い二階建てのアパートだった。外壁に薄く苔が伸びて、自転車置き場に錆びたママチャリが数台。表札は手書きで名字だけ。世界樹の末端が共用スペースにだけ小さくあるような場所である。

 

インターホンを押す。

チャイムが、間の抜けた音で鳴った。奥で人の動く気配。罠の匂いはしない。スリッパの音が聞こえるのに笑いそうになる。ごく普通の、来客に応じる足取りだから間違っている確率の方が大きくなり続ける。

 

ドアが開く。

 

女性が出てきた。20代の半ばくらい。部屋着に、洗い物の途中だったのか濡れた手をタオルで拭いている。俺の顔を見て、少しだけ目を見開いて、それから、困ったように笑った。

 

「わ。ほんとに来たんですね」

 

逃げる素振りも、警戒すらもない。そこにはかつてエンデヴァーが半日尾行した結果、白と判じた顔のうちの一人。花束を渡された側の顔がいる。

 

彼女はごく普通の家庭で育ち、ごく普通に生きていた。身元の確かな人物だ。

 

「どうぞ、とは言えない狭さですけど」

 

どこまで見ても、普通である。玄関に脱ぎ揃えられた靴。壁に貼られた学会ポスター。台所から漂う、作りかけの昼飯の匂い。演技で作れる密度ではない。ここで本当に暮らしている。

 

女性が、体を半分ずらして奥を示す。

 

部屋の奥に、ずっと焦がれた相手がいた。

 

ローテーブルの前に座って、こちらを見ている。両の肩から先が、ない。二の腕の半ばから、袖が空のまま垂れている。

 

そして、笑っていた。

 

「やっと会えたな」

 

「ああ、本当に会いたかったよ。俺ほど会いたかったやつは他にいないって断言できるね」

 

これまでにずっと世界を壊し、これから壊す犯人がそこにいる。

 

このアパートを、前兆なく空爆でもすれば、こいつは殺せるだろう。

けれど、それでは色々なことがわからずじまいだ。やり直せるのなら情報が必要だった。殺すのはいつでもいい。

 

どうやって噴火を起こしているのか。腕のないこの男が、どんな方法で崩壊を撃っているのか。黒霧はどこにいるのか。この女性は何者で、なぜ匿っているのか。

 

そして、一番大きな懸念がある。

殺したところで、噴火と世界樹の崩壊が起きる可能性を捨て切れない。

 

敵が口を開く。穏やかなどこにでもいる青年の声だった。

 

「立ち話もなんだろ。せっかくだ、座ってけよ」

 

両翼をもがれた人類種の天敵が、幸せそうに笑い続けている。

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