我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う。
この言葉はどこで聞いたのかもう思い出せない。
無数に読んだ本や夢中になったゲーム。鑑賞した作品からの受け売りかもしれないし、誰かの記憶にあった言葉なのかもしれない。
この言葉が詩でもなく警句であったことしか覚えていない。
人というものは争うもので、きっと平和を得るためには人をやめないといけないのだ。人を超えると言えば響きはちょっとかっこよくなるが、それはいくつかの人間らしさを捨てることと同じだと思う。
人の身を超えた理想を追求する時にもまた、何を捨てるべきかを選ばなくてはいけないのだろう。
必死に向かっているが、自身の安全は確保されてしまっている。
自分は趨勢を見守ることしか今はできない。ただ見届けて、考えるだけしか許されていないのだ。
破壊を求める手が破局を引き起こしたのだ。執拗に計画されたその好奇心によって触れられて、破滅は始まった。
そしてそれを止めるのもまた別の手だ。祈り行動するものの両手に見える翼。その指が合わせられ救いは起きた。
阿蘇山付近、阿蘇カルデラ一体の沈み込みとその後の噴火はあれど、その被害は極小と言って良かった。そしてこれが地球と全人類にとって危機だったのだが、それは人を超えた存在がその身を挺してその手で守ってくれた。
しかし、全てを解決してくれたわけではない。
問題は、九州の南端から迸る火砕流でありかつて九州全土の縄文人を一掃したというその威力は、現代科学を以てしても克服できるものじゃない。科学者はこれをどうにかするのは不可能だと断言した。
あらゆる計算体がそれを肯定し、そして現実はその予測をなぞろうとして……。
非情な計算を、ぶち壊そうとする手が現れる。
ヒーローたちはそれで諦めることができない。それこそ絶対に不可能なのだ。
九州の南端。軍用の艦艇に乗ったそこには、選りすぐりのヒーローがいる。
「もう大丈夫。私が、私たちがきた!!」
「マスター!初手は任せろ!決め手を頼んだ!!」
筋骨隆々、シルエットだけでわかる彼らは、世界を背負うNO.1ヒーローだ。
その力によって、どんな無茶でも通してきた平和の象徴と。
物理を修め、その力で宇宙すら動かす秩序を生み出す力の象徴が並んでいる。
海底噴火のそれが起こした、火砕流が目前まで迫っていた。
『海は、壁となり積み上がる!!』
新たな秩序を宣言し、500mの海が壁のように立ち上がる。波が寄せるたびにその高さは徐々に高まり、人々を守るための防壁となって積まれていく。厚さは10mを超えていた。壁というより大地のように見えるかもしれない。
それも二つだ。
双璧が起立し高層ビルのように伸びていく。
ここまでの現象を引き起こせる個人など彼女だけだろう。スターアンドストライプは合計1000mを超える長さで、高さ100mの壁を立ち上げて、笑った。
「約100万トンのウェイトリフティング!私の人生最高の最大出力だ!!!だが、それでも!!」
そう。それでもそれは自然の猛威に対してあまりに小さく、ささやかな壁である。
過去の噴火による火砕流は数百mの山すら超えた記録もありこのたった一人で生み出した壁は灼熱の火山灰を止めるにはあまりに心許ない。
そもそも、火山灰は飛んでくる弾丸のようなものではない。
周囲の空気より密度の高い高温の粉体流が、重力に引かれて斜面を下り、慣性で広がる現象だ。
それをしっかりと理解しているからこそ、爆弾などで爆破の壁を作る方法も無駄なのだと知っている。
それでも、もし何かしらの方法である一点で火砕流を止めることができるなら?
その一点を、盾として九州の多くの地域を守ることができたなら?
その部分に人々が集中させることができたのなら、どうなるだろうか。
「マスター!」
「ああ、キャシー。背中に感じるだろう。多くの人が、助けを求めて呼んでいる」
二枚の壁は、一線に伸びているわけではない。
関節の部分に抜け穴があるようにして、『く』の字のようにして立っている。火砕流を受け止める皿のようにして開いていた。
「ここでやれなきゃ、ヒーローじゃあ。ないよなぁ!!!」
先端に火砕流がぶつかり、少しの進路を変更しながら殺到している。三角の頂点に向かって、意思もなく詰め寄せて、その小さな出口を求めていた。
オールマイトは、その出口へと飛び込んで拳を振るった。
火砕流を殴っても意味はない。前方の1kmは吹き飛ばせるかもしれないが、後続には影響が届かない。
だから、いつものようにその拳を空へと突き出した。
「Milky Way Galaxy of ……SMAAAAAASH!!!!!!」
爆発的な力が下から上へと舞い上がる。くの字の中心で、あらゆるものの向きが上へと変更されていく。大気が衝撃と共に打ち上がり、遅れて周りもついていく。
それはまるで竜巻となり、上へ上へと押し上げる。
オールマイトの拳は、満身創痍でも竜巻を作ることができる。
今の彼は、他者から受けられるあらゆる強化を受けていて、以前よりも魂の籠ったワンフォーオールを宿している。
九州に残った全ての人を背負った彼の拳に、不可能などない。
そう言いたいが、この一帯の火砕流の向きを一時的に上に向けることしかできなかった。
それだけといえばそれだけだ。たった一回の全力で、自然という大きすぎるものに人が抗えるのはその程度である。これだけでも歴史に残るが、人は救えない。
オールマイトは火砕流に炙られながら、海面へと落ちて沈んでいく。
全力を放った彼は、いつも通りに水面を走ることはできない。
その巨体が沈んでいく。
そして……海中に沈んだオールマイトを、掴む手があった。
カエルのような彼女が伸ばした舌が英雄を捕まえて引き込む。そこは熱さと冷たさを完全にコントロールできる日本で一番のヒーローが守る領域だった。
轟焦凍が、水中呼吸器をつけながら周囲を正常な範囲で温度を制御していた。
治癒の個性が、活性の個性が。限界を超えるための力が、オールマイトに再びそそがれていく。
目を覚ました英雄は、水中でもニカっと笑いそしてもう一度上へと飛んでいった。
再びの全力はさらに世界を押し上げた。
そこでついに始まった。
人の力を超える現象が、人の工夫と愛と勇気によって始まっている。
『波動』を扱う彼女が海面下からそのねじれを強化する。
致死の熱から同級生に守られた『烈風』はその勢いを増していく。
ねじれた暗雲から生み出される雷は、避雷針の役割を担ったヒーローが受け止める。
壁の前の海面は『赫灼熱拳』によって温められ、蒸気が上へと進んでいる。
『ぐいぐい』というコミックのような擬音すら周囲に溶け込んで、その言葉通りに動き出す。
気流や流れを扱う個性が思い思いにその力を発揮していく。
上へ。上へ!
仲間たちに支えられたオールマイトは、海面を蹴って、空へ向かって連打をし始めた。
「私の力はちっぽけさ。でもね、科学が、仲間が、みんながいるならば。私一人でないならば、どんなことだってできるんだ!!」
熱を持った空気は、本来上へと向かう。
高層ビルに挟まれたとある空間で起きてしまう災害がある。それは近代になってからの発見であり、警句でもある。
ビル風が生み出す火の竜巻には注意せよ。
二つの面が、くの字に交差する場所に上昇気流が生まれるとそこには回転し舞い上がる奔流が生まれるのだ。
ビルの合間で起きる火災旋風という災害を、今海上で人間の力で引き起こす。
それぞれの力はか弱くて、一時凌ぎやちょっとしたきっかけにしかならないかもしれない。
それでもそれを合わせることで、不可能だったものに風穴が開く。
「爆豪少年のおかげで、熱にも強くなったからなぁ!!」
人為的に起こした風が、無理やり立てた壁によって誘導され黒い竜巻を生み出している。
その回転は、周囲の力を巻き込んで進み広がる以外の道を示していた。
これで全部を止められるわけもない。明らかに漏れはある。
けれど衛星から見れば、ある一点が盾のようになって、それより後ろへの火砕流が明確に衰えているように見えている。
これで一つでも避難所が範囲に入らなくなるのなら、誰か一人でも北上する時間が稼げるのなら。
プルスウルトラという掛け声に合わせて、ヒーローたちは自身の命すら顧みず、みんなのために戦った。
九州の南端は火砕流に焼かれたが、熊本の半ばでその勢いは失われた。
これほどの規模の噴火に見舞われて100万人以下の犠牲者で抑えるという歴史に残る偉業を達成したヒーローたち。その夜に彼らの顔には笑顔はなく、けれど翌日からは笑顔を纏って人々を救うために動き出すのだった。
たった一つの手が生み出した破滅に、多くの手が抗った。
あまりに多くが死に、それよりも多くが生き残る。
人を失い、血を流し、それでも人であろうとする彼らは、決して光を失わないのだろう。
狩峰淡輝は、それを見ていた。
これからできることをやるために、彼らという本物のヒーローを救うために。
狩人でもなく、ヒーローでもない自分。俺にしかできないことなんてないんだろう。
でも俺にもできることはきっとある。
あまりに傷付いてしまった世界を癒す方法はなんだろうか。