雄英高校サポート科。従来のこのコースは主に科学や工学を学びサポートアイテムの開発などを行う場所だった。
ここに来たのは呼び出しをされていたCクラスの数名。
拳藤さん。葉隠さん。砂藤。そして峰田だった。この性なる獣と世界一薄着な女子高生たる葉隠さんを一人では守り切れないと判断し、拳藤さんに要請されて俺も同行した次第である。
「暇そうだし、あとなんだろ。男子って感じより、大人な感じするからかな。まぁ感覚の話なんだけど、狩峰くんは安心感あるよね。私は先に行かなきゃだから、クラス委員の砂藤くんと一緒に峰田から葉隠さんを守ってね」
そんな要請を昨日受けていたので一緒に向かっている。峰田は獣の眼差しで葉隠さんが歩いているだろうところを凝視するのを決してやめない。凝を怠らなすぎだこいつは。
実際問題、女子の勘というのはバカにならない。
拳藤さんの評価は男子としては褒められた気がしないが、人としては光栄だし実際のところそれは事実だった。
告白するが、自分は男性機能を失っている。端的に言えばEDだった。
朝一番だけは元気だが、起きた瞬間から一瞬で血の気は引いていく。その瞬間は本当に虚しい。毎朝自分は正常でないと体感させられるのは少しだけ思うところはある。
そして何より深刻なのは、それを特に問題ないと思ってしまっていることかもしれない。
そんなことより重要なことがありすぎて、むしろ手間がない分お得とすら思っている節がありそれが一番ダメそうだなという実感を感じる。
昔に流行っていたアニメや漫画の主人公たちは性欲をほとんど表に出すことはないというか、こいつほんとについてんのか?と思うほどのキャラが多いが、実際のところ描写されていないだけで同じ悩みのある人もいたりして。いやまぁ、後日談で子供できているから違うか。やろうと思えばできる奴らだ。裏切りもんが!
話が下の方に逸れたので戻そう。深刻で空虚な下ネタほど笑えないものはない。
実験ラボといった様子のビルは、丸々サポート科のものだった。UAIはそれぞれに専用の施設を用意することができている。
建物だけでなく、新たに作られた制度によってサポート科の中身も大きく変わっているポイントのご紹介だ!
サポート科も大別して三つに分かれて専門的に学びつつ実際に役立つ仕事をし始めている。
サイドキック専攻
ここは雄英ヒーロー科という枠ではないが、各国の通常ヒーロー免許が取れるコースだ。サイドキックを志すものたちを専門で育てるコースであって戦闘向きでない個性が多くを占めている。
それでも個性は掛け合わせることで爆発的な効果を発揮することがある。ヒーローは個別で完結せずチームでこそ最大の力を発揮するというのが雄英高校の掲げる
彼らは半数が雄英からのオファー形式で入学しており、それはヒーロー科の生徒が決まった後に出されるものだ。つまりは、ヒーロー科の個性をより伸ばすための最適な個性の人間を高校側が用意したとも言える。
例えばこんな組み合わせがある。
個性『マニキュア』
込めた想いに比例してその効果は強くなり、例えば燃えるような炎の図柄を描けばその爪の持ち主は炎を出すことができる。使うほどに消えていくため徐々に弱くなっていくのだ。二回ほどで使えなくなってしまう。
彼女のその長く伸ばしたネイルは、赤や青、金色のラメで複雑な模様が施されていてそれは特例として許可されている。
髪は明るいアッシュブラウンで赤や青のメッシュが入っている、大きめの巻き髪をふわりと肩に流す。カラコンで少し大きく見える瞳はいたずらっぽく輝き、唇にはグロスがきらりと光っていた。制服のスカートは短めにアレンジし、靴下はルーズに崩して履きこなしている。
まぁ、ギャルだ。
彼女の全身から漂うのは『美術部とギャルを足して二で割ったら爆発した』ような存在感と言えばいいだろうか。
例えば
真面目で実直そうな彼の雰囲気は信頼できる。誰かさんと違って。
二人ともこの個性でヒーローは無理でしょと周りからも自分でも思ったのだろうが、雄英高校からのオファーなどあれば飛びつくに決まっている。
彼らが出会ったヒーローは彼女だった。
Cクラスのクラス委員。拳藤一佳。彼女の個性は『大拳』だ。その手を巨大化させるという個性はACとの相性も悪く、戦闘用だが強力でもない。だからこそ悩んでいた。
彼女はそのままではヒーロー科の中で頭角を表すことはできないだろう。しかし、サポート科がいれば話は全く変わってくる。
彼女の大きくなった拳は爪も当然巨大化している。まるでお盆のような大きさの爪に、かつてないほどの情報量を描き込める。
「これもう絵画っしょ。ウケる。マニキュアっていうか油絵なんですけど。サポート科なのに美術科って感じ」
「絵乃ちゃんすごいよ。この前の大きさでも結構な威力だったし、これだとどうなっちゃうんだろう」
この前人差し指に描いてもらった光の模様は、指から光線を撃てるようになるものであってかなりの威力であったのだ。巨大化した状態で出来上がった作品は、20回以上は使用できるものであって威力も桁違いになっている。
「まだまだっしょ。ウチもどんどん上手くなってる自覚あるし、もっとでっかくしてよね」
「で、でっかくしてっておいおい。セクハラっしょそれは流石に」
「それでヒーロー科?マジでいってる?」
「オイラのヒーローっぷりを見たいって!?見せてやんよ……ブッハァ!!」
拳藤さんのデコピンによって敵は吹き飛んだ。
必殺!爪弾き!
指を膨張させると共に、折り曲げて力をため爪先で敵を弾き飛ばす彼女の戦技である。
手加減したのだろう。軽トラに跳ねられるくらいの衝撃はあるのではないだろうか。ズサーと廊下の方まで滑っていく峰田。あ、頭部のモギモギが床に引っかかって回転した。首が変な方向に曲がっていないか?
峰田のサポートアイテムの引き渡しは後日でもまぁいいか。急ぎではないし。
ていうかあいつのセクハラのせいでやり直しするのは勘弁してほしいんだけど。
「じゃあ最後に、強化してみようか?」
最大化した彼女の手は元の15倍近くある。生命線は指でなぞるどころか、腕全体でぐいっと移動しながらじゃないとなぞれない。
すると、拳藤の体が発光し始める。
「え、なにこれ!うそ、ほんとやばいって。ちょっと変になりそうなくらい力が漲ってくるよ!」
「え、こんなことなったことないんだけど!?大丈夫?光なんて初めて見たし」
「いつかちゃん!すごいことになってるよ!パワーなオーラがすごい!!」
葉隠さんも大興奮であるがさもありなん。
力が欲しいか?と囁く怪物もびっくりのお手軽強化に笑顔が止まらない。今峰田をデコピンすれば首がモギモギされるだろう。それくらいの圧力がある。
そのまま個性測定を行えば、彼女のスペックは戦場の第一線でも十分以上に戦える性能であることが判明した。胴体などでも車に跳ねられる程度の衝撃では怪我をせず、そして拳に至っては銃弾を通さなかった。
その手は光線を撃ち出して、突風を巻き起こし、炎を放つ。最後に薬指で白目を剥いた峰田を突けば、ある程度のダメージが回復したようでむくりと起き上がる。
その薬指の爪に描かれているのは慈母の如き笑顔でこちらに微笑む美女である。
「ていうかこれ誰?なんでこの人が回復になってるの?」
「え、ヒーロー科なのにリカバリーガール知らんのやばくね?」
「ええ!?これがマジであのおばあちゃん?どういうことだよ本気で言ってる!?」
「つーか今の見たっしょ。それ以外なくね?」
リカバリーガールは昔からその口付けで人を救う美女として日本だけでなく世界からにもファンがいるほどのレスキューヒーローだったらしい。
彼女のイメージをこの大きさと精度で描けばこうなるということ。もっと時間をかければもっと色々なものを描ける分、応用は無限大だ。
個性とは掛け合わせるものである。個人で完結せよというこれまでの個性教育は偏ったものであって、それをしたのは当然ながらアイツだ。一人だけ掛け合わせを独占したい全一君の戦略である。そのイメージを助長というか利用されたのはオールマイトのヒーロー像でもある。
オールマイトは最高だが、彼を参考にしてはいけない。彼をベースに考えると社会は歪になって、そしてそれを支えることができてしまうのだ。
ヒーローは無敵で必ず助けてくれるもの。なんて幻想を人々に抱かせるのは危険すぎるのだ。
個性科学専攻と個性工学専攻
ここはデヴィット・シールド博士に学べる世界最高の個性科学の学校だ。
シールド博士はオールマイトがアメリカで活動している時の相棒であり、世界的な科学者で、多くのヒーローのサポートアイテムを開発している。オールマイトのコスチュームは全て彼が担当していた。
UAIの個性科学を飛躍的に進歩させた実績は世界的にまだ評価が追いつかないレベルであった。
『個性増幅装置』の研究は各国からの圧力を受けたが、UAIの政治的影響力でゴリ押しをして研究開発を続けている。
個性再現や増幅など、一部の科学者からは禁忌とされている分野にも果敢に挑戦しているがその禁忌を指定したのもまた全一君であったりする。自分は研究してたくせにひどい奴である。しかしどこにでも現れるな本当にこいつは。1匹見たら30匹はいるかもしれない。正直言って、個性黎明期からの影響力は全世界に及んでいる。
パワーローダー先生が率いるのは個性工学科だ。個性科学を基礎としてそれをいかにサポートアイテムや新たな装置に反映できるのかを日々実物を制作して試している。
「実践ができればベスト……。最低でも実験はしないと、役に立つのかなんて分からないからね。試せるなら試した方が良い」
世界中から個性豊かな本物のナードやオタクが集まっているこの教室は、みんなあまりお風呂に入らないため少しばかり香ばしい。いや、普通に髪の毛が焦げた状態でくる奴もいるのでいろんな意味で香ばしいのだった。
入学して日が浅く、いまだ個性の伸びが激しいこの時期にはサポートアイテムの制作まではされないが2、3年生はその恩恵を大いに受けているはずだ。
ルミリオンが普通の衣服で透過すると服を置き去りにしてしまうが、毛髪や彼の個性因子を含んだ培養植物を栽培すればそこから透過に対応する繊維を得ることができる。
「私も私も!作ってくれてた服がもうすぐできるかもなんだよ!今日は細かい採寸してもらうんだ!」
当然ながら、入学前から葉隠さんのコスチューム開発は進めていた。ミリオ先輩のコスチュームができるのにこれを作らないというのは、セクハラ目的以外に説明はつかない。
八百万のコスチュームの際どさや、葉隠さんの服を作ること自体に難色を示した雄英のヒーローコスチューム担当の一人は悪いが解雇させていただいた。女子高生に着せる服ではなさすぎるものが多すぎた。ふざけてんのかおい。
こっちの方が絶対人気出るし。なんて言っていたが黙らせた。幼馴染がネットの晒し者になるのは避けなければいけない。だいたい露出で人気になってどうするってんだ。
……。いや、別にミッドナイトの悪口ではないからね?とはいえ親族としては普通に苦労をかけられたし文句は言わせてもらう。えっちなのはいけないと思います!
ちなみに、その担当者は女性でした。先入観ってよくないよね。
「私の個性を使うとなったら服着れないし、そしたらサポートアイテムとかも無理だしって思ってて、ほんとに悩んでたんだよね……」
彼女の姿は見えない。しかし、その足元に落ちる小さな水滴の跡ははっきりと見えた。
「よかった。ほんとに、よかったよぉ……」
泣きながら喜ぶ葉隠さんを見て(見えない)さすがの峰田も黙って血涙を流すことにしたようだった。最低限の空気は読めるが、肯定もできないという凄まじい葛藤の末の漢の流血。
そういや血涙ってあれどこが損傷して血が流れればああなるんだ?
最後に砂藤の用事である。
用意されているサンドバッグは、何やら不穏な雰囲気がある。
ロッキーという古い映画で見たことがあるかもしれない。ボクサーが生肉工場で牛の肉塊を相手に打撃を放つシーン。あれを思い出す。
しかし、目の前の肉塊には様々な電極が刺されており、周囲には観測のための機械が囲んでいる。
「なんか、生きてね?」
「痛覚はありません。培養された肉の塊ですので気になさらずに殴ってみてください」
科学者たちの淡々とした説明に納得できないのか、少しの逡巡といくつかの質問ののち砂藤は渋々それを殴った。本気ではないその一撃に、肉塊はほとんど揺るぎなかった。
「おっもいなこれ。芯には何が入ってんだ?」
「全力での殴打でなければ意味がありません。本気で殴るまで終わりませんよ」
研究者たちが多少の苛立ちを隠さずに指示を出すと、流石に砂藤も意識を入れ替える。
実際これは、ラットを対象にした動物実験より遥かに道徳的である。これ専用に作られた肉塊に意思はなく、痛覚もないためこれはタンパク質でできた機械と変わらない。
そこから様々な説明を受けながら殴打を繰り返す。
中途経過を兼ねて研究者から報告がなされていく。
「良いですか、あなたの打撃には普通でない効果があります。微量ですが、対象物のカロリーの増減が確認されました」
「ええ……?本当ですか、俺のはただの打撃なんじゃ……」
「シュガードープの個性は単純なように見えて、実のところ物理的にはかなりおかしな機序を経ています。何よりその吸収性があまりに早い。消化吸収の領域を超えて、口に含んで飲み込んだ時点で角砂糖がエネルギーに変わっている。これは異常なんです」
難しい図式や数式が表示され、理解できないが説得力が増していく。
「あなたは触れたものの糖分に干渉できる体質ということです。そしてあなた自身の糖分が十分足りている時にはさらにおかしなことが起きている。実際に上がっている筋肉量とそこから生まれる衝撃の数値に差が出てきていました。無機物のサンドバックも殴ってもらいましたが、その時と肉を殴るときでは衝撃が違うのですよ」
「では、その分のエネルギーがどこへ行ったのか?それは相手の体内にありました。あの肉の血糖値や各部の糖分が非常にわずかながら増加していたのです」
「嘘、だろ。殴る力が、敵に塩を送ってたことになってたってのか?」
「まぁこの場合砂糖だけどね」
「淡輝くん黙っててね」
ウス。拳藤さんが怖いので黙ります。
「そしてさらに実験の後半、あなたから糖分が減っていった時には、相手の血中糖分量が減っていました。つまりあなたは殴った相手に糖分を与えたり、奪ったりすることが今後の成長によっては可能ということです」
「それってつまり、どう役に立つんだ?」
砂藤が不安そうにしているので、話して良いかと目礼で許可をいただき発言する。
「上手くいけば殴った相手を怪我させるんじゃなくて、いきなり極度の低血糖にしたり飢餓状態にしたり。逆に飢えている人に栄養を与えられるってことじゃないのか」
「そんなことが、俺にできるのか?」
「極度の栄養失調に陥っている人々は、消化吸収をできなくなっていることも多い。あなたの個性は人を助けることができますよきっと」
砂藤は、滂沱の涙を流す。自分でも気付かぬうちに涙が溢れていたらしい。
「ありがとう。ありがとう、ございます。こんな俺でも、ちゃんとヒーローになって。人を救えるってことですよね」
「そのためには、そっちの方向に個性を伸ばさなきゃいけないけどな。めっちゃキツいらしいぞ」
「そんくらい。なんでもねえよ。それでできるんなら、やるだけだ。それに、俺はクラス委員だしな!」
泣きながら笑う砂藤は割とかっこよかった。彼の個性もヒーローになり得るポテンシャルがある。けれど、それは本人を含めて誰も気づけない可能性だった。
だって、あのデータは嘘なのだから。
あれは別の世界の砂藤が死ぬ寸前まで追い込まれて出した数値である。今の砂藤の殴打に、さっきの説明のような効果はない。この程度の追い込みで簡単に観測などされていないのだ。
けれど自分にそれができると強く信じていて、そして潜在能力があるのなら個性はその想いに呼応する。
彼はこれから極度の飢餓状態でサンドバッグを殴り続けたり、過剰に糖分を接種した状態で殴り続けることになる。
そうすることで個性の新たな可能性が開くのだ。
個性は死の間際に一際伸びる。この性質を、やり直しができる俺が無視できるはずもない。
友人たちの無数の死を踏み越えて、彼らに笑顔で手を差し伸べつつ冗談を言う俺は一体なんなのだろう。
まぁそれはいい。化け物だろうがなんだろうが、救いたい人を救えるのならそれでいいじゃないか。
オリギャルを食らえ!