さていよいよ戦闘訓練の授業である。
この授業を取るか取らないか。そんな選択肢などないと思っていたがゲイル先生がまたしても生徒たちに語りかける。
「戦闘の基本はまずは戦略的な有利、そして戦術的な優位。最後に戦術や戦力がものを言うわけだが、大抵の場合は戦略と戦術で勝負は決まっている。強盗が警備員を制圧したところで法治国家たる日本の警察機構がそのままであるならば、彼らはいずれ捕まるだろう。そしてこの授業は戦術についての講義だ。瞬間的に集中する思考を学んでもらう。戦略や戦術立案に関わるべき個性を持つものは後回しにするべきだ。これは心からの助言だよ。索敵や支援をできるのなら広く長い視点を養いたまえよ」
この説明の上で戦闘科目をとったものたちは、彼らの指示に従うことを受けれるという前提がある。差し手と駒。そんな役割分担だ。
「でもでも!せんせー!有名なヒーローはみんな戦ってるっていうか、それがあたりまえじゃないんですか?」
葉隠さんは元気に質問している。芦田さんや彼女は根が明るいようで、物騒でミステリアスな雰囲気を隠しもしないゲイル先生相手に一切物怖じしないのだった。
彼女の態度に思わず笑う先生は、それでも隙を一切見せない。
「そもそも戦闘とは恥ずべき状況と心得た方が良いだろう。そんなことを起こさずに相手の問題を除いておくのが最良だ。事が起こってしまい、そして制圧する必要があったとしても奇襲で戦闘を起こさずに勝利するだけというのが肝要だ。それら全てに失敗した時、唯一残った選択肢ともいえないものが戦闘というものだ。重々、忘れぬようにしたまえよ」
戦うことはすでに負けの状況であると懇切丁寧に説かれ、またしてもヒーロー像が丁寧に砕かれた。
「んなもん。ヒーローじゃねぇ。どんな困難でも、それごとぶち破ってくのが、ヒーローだろうが!」
爆豪ほどの言い方ではないが、クラスの全員が近い感想を持っている。ヒーローってのはそういう者なのか?と。
「それもまた英雄の要件ではある。不可能を可能に。二者択一に縛られない。だがそれをできるのはごく一握りの例外さ。でなければ憧れのヒーローがこの世に溢れて仕方ないだろうに。君はまだそれ以前の状態だから、もっと別のことを気にした方が良い。人を見て視野を狭めずに、自らを省みることで、あらゆる道が開けるだろう。どうせ戦闘を取るだろうが、それよりも別の単位を取れば君の力になるはずだよ」
爆豪はその助言に対してその場で反抗はしない。けれどそれを積極的に受け入れることもまたできていなかった。彼の苛立ちやフラストレーションは側から見ていてもわかるほどである。
だがゲイルはそれを黙認した。そのうちきっと存分にぶつかることができるだろうから。
今度こそ戦闘訓練である。その内容は極めて実践的だった。
ナイフを持って暴れる人間の制圧。
個性を暴走させている子供の保護。
人質を含む強盗への対応など。
過去に実際あった事件を再現したようなシチュエーションを実施し、そしてとにかく数をこなす。
日に5件や10件と重ねて経験を積むが、それらを実現できるのもUAIのヒューマノイドが人間のように振る舞うからだ。彼らは不眠不休で事件を再現しそして実際に壊れる。
そこは、とあるビルの屋上だった。
周囲はすでに封鎖され、ヘリが周囲を飛んでいる。風に煽られつつ、眩しいライトに目を焼かれ手でそれを防ぐ。
『状況を説明します。犯人はこの家の使用人だったアンドロイド。そして人質は彼が世話係をしていた女の子です。本日未明、新たな機体購入の意思を察知した対象が逆上。一人娘を人質にとって、刃物を押し当てた状態でビルの際に立っています。当時の警察部隊が周囲を包囲しています』
その場面が緊迫した状況で再現されている。しかもこの演習の実施は深夜である。普段なら起きてすらいないこの時間に活動することですでに調子を崩している者もいた。
当然ながら体調不良などで犯人は待ってくれるはずもない。それも含めて訓練だからと甘えた行動。例えば先生に質問や待ったをかけたりなどすれば、状況は容赦なく進行していく。彼らは単独でこの状況を打破しなくてはいけない。
狩峰淡輝はエレベーターに乗り込み、そして最上階まで上がっていく。それぞれの挑戦者は全く同じ光景を見ながら何を思っていただろうか。
鈍い振動と、金属が擦れるような微かな音だけが、堅く閉ざされたビルの夜を満たしていた。コインが指のはらで跳ね、コツンと戻ってくる。狩峰淡輝はそれをただ繰り返す。特に理由はない。単純にこの移動時間が暇だから、手慰みにコインを持って遊んでいるだけだった。その動作は時計のように正確で、冷たい光を放つ瞳が瞬きもせずに周囲を測っていた。
室内を調べる者もいるだろう。事前のブリーフィングだけでは相手の情報は不足する。
だからこそ、室内でさまざまな調査を行い家族構成やその動機。なぜ凶行に至ったのかを数分の猶予で確認するのがセオリーだった。
部屋は生活の痕跡と混乱の残滓で満ちていた。家族写真は額縁ごと斜めにずれ、食卓にはまだ半分残った夕食の皿。水槽の中では一匹の小さな魚が、底でもがいている。壁には破壊の痕が走り、床には赤いしずくがぽつりと落ちていた。部屋そのものが、さっきまでの平穏と今の暴力を同時に語っている。
口田はそこにいた熱帯魚や虫などに語りかけ、情報を効率よく集めている。障子は複眼を生やして感覚器を数倍にして手掛かりとなるものを見つけ相手への理解を深めていた。他にも誰もが自らの個性と能力を活かして状況を把握しようと努めている。
狩峰淡輝はそのどれをもしなかった。だってもう知っているから。
たった一人でバルコニーへと進むと、その腕に銃弾が着弾しそうになる。
あまりに精密な威嚇射撃。犯人は相手のことなど確認もせずにまず攻撃をしたのだった。わかっていたので避けることはできた。
「っつう……」
「いったい!」
ここで負傷するものは多かった命中した銃創は重傷であれば即座に失格だ。実際に実弾での射撃をしているし、銃による傷であれば死ななければ問題なく治療が可能なためこんな無茶を通していた。Aクラスを含む優秀なものたちも突然の銃撃に対応できず、傷を負って退場していく。
しかしCクラスの生徒たちはここでの被弾率が低かった。普段から担任に射撃されている成果が出てきていた。
「いっきなりかよ!でも、ゲイル先生よりは早くも唐突でもねえや!」
「正面からなら当たるかよ!クソが!」
「モギモギのプロテクト!がなければ即死だっただろこれ。オイラの頭の位置じゃねーか!殺意ないの!?ほんとに!?週に二回は死にかけてる気が済んだけどさ!」
「「「「「「来るな!」」」」」」
タイミングは前後すれど、全ての犯人がこう叫ぶ。
生徒たちは誰一人チームで挑んでいない。けれど全く同じその声を聞いたのだった。
深夜の3時、UAIの特設区画にあるビル。その三つのビルがこの訓練のためだけに使われていた。
ビルの四つの辺それぞれに人質の少女をナイフで脅し、今にも飛び降りそうな形相の男がいる。
それぞれのビルは仕切られており、別の場所は見えない。
UAIの技術力と資本。それはまさに暴力的であると言っていい。同時に12人が同じ条件の人質救出事件に
同じようなビルという環境と、犯人と人質さえ準備できればこれは実現できる。その役者をアンドロイドに任せてしまえば簡単だ。
彼らは同じ状況に異なる選択肢を選んで結果を得る。それでこそ優劣というものははっきりとわかるものだろう。
「近づいたら飛び降りるぞ!」
「いや!やめて!お願い!」
泣きながら助けを叫ぶ少女は、人間にしか見えない。
屋上の風は冷たく、街のネオンが下界で震えている。ダニエルは時折、少女を盾のように抱き締めながら、遠くを見つめる。そこには“置き去りにされる恐怖”と、“守りたいという歪んだ忠誠”が混ざっていた。
学生たちは瞬きを忘れ、賭けのような問いを投げかける。
相手の言葉を受け入れるのか、否定して押し切るのか。どの選択も確かじゃない。救いを生むか、さらなる死を招くか。その結果はあまりに呆気なく訪れてしまう。
「何やってんだお前!!その子を今すぐ離せ!!」
「すぐに離せば安全は約束するっスよ!今すぐに!」
「無駄なことやめてとっとと投降しろや!詰んでんだよお前は!」
そこで動揺し、何人かが不用意に動いてその少女は呆気なく殺された。
轟焦凍は小さな女の子を理不尽に押さえつけるという状況に我慢がならなかった。父親であるエンデヴァーが逮捕されてから、彼は人への横暴や暴力にあまりに敏感になっていた。それを見ると頭に血が昇って、まるで発火するかのようだ。
夜嵐イナサはあまり考えることが得意じゃない。だからこそ、大きな声でいつも通りに警告した。
いざとなれば風でどうにでもできるとそんな自信は確かにあった。
爆豪勝己はいつも通りの自身の言動を放った後に、嫌な予感がした。これで別に問題ないはず。こうやって話をしつつどこかで隙を見つければ……。
三人のその激情と自信と浅慮は、あまりに呆気ない一発の銃弾に台無しにされる。
それが人間であるかどうかなどという知識を脳は基本的に無視してしまう。人型の人間に見えるものであれば人として感じてしまうのだ。
その後、動揺の中で犯人に撃たれるもの、肉薄して屋上から飛び降りをされてしまうもの。
ダニエルと呼ばれるアンドロイドを確保できたのは轟焦凍や塩崎茨、蛙吹梅雨などの特異な個性持ちに限られた。
それでも人質を失っている結果は、彼らにとって痛恨以上の何かだろう。
そして最初の奇襲を潜り抜け、不用意な行動を避けて慎重に行動したものは次の選択を迫られる。
「やぁダニエル。俺は淡輝だ。色々どころかなんでも知ってるよ。君を助けにきた。君をだ。ダニエル」
そう言った時に、周囲のヘリが巻き起こした風が屋上を薙いだ。
パラソルや洗濯物が吹き飛んで、夜の闇へと舞い上がる。照らされるライトは、周囲に倒れた警官の姿を鮮明に映した。深刻な銃創。このままでは死ぬだろう傷がついている。それはダミー人形であるが、息をする機能はついている。適切に処置せねばそれは止まるのだ。
「助けなんかいらない!お前に、お前にわかるもんか!!もう俺は、終わらせたいだけだ!」
徐々に近づき対話を進める。人質と警官の流れ出ていく命のリミット。当たり前に焦ってしまいここで迂闊に責めたものたちは、先ほどとほとんど同じ展開へと進んだ。
銃を向けられ、そして問われる。
「お前の武器は!?」
「ああ、銃を持ってる。でも、捨てるよ」
UAIに銃刀法は存在しない。当然ながら銃くらいは持っている。訓練なら尚更だ。
それを見て、相手は動揺しているようだった。なぜ言うことを聞くのか、理解し難いといった表情だ。
「家族だと、そう思ってた!!大事な存在だって!でも俺はただのおもちゃだった!!」
「そこの警官、このままじゃ失血死する。そうなったらもう絶対に誰も助からない。一度止血をさせてくれ」
「やめろ!余計なことをしたら殺すぞ!」
正確無比の威嚇射撃が地面を削った。交渉の余地などないように思える。
「君を助けるためには、人を死なせることはできない。これは君自身だよダニエル」
黒色支配は、ここで闇に溶けることで相手から姿をくらませた。そして背後から急襲し、人質を
確保。彼自身も確保しようとした瞬間に、自らを撃ち抜くのを止めることはできなかった。
八百万百は、人質の救助のために個性を発動。それを咎められて銃撃された。
「エマちゃんとは仲が良かったんだよね?君は裏切られたと感じたと思う。でもそうじゃないよ!」
緑谷出久は心から叫び、その迫力に銃を持つ手が震え始める。
ここまで対話で食い下がるのは緑谷と淡輝をはじめ一部のものたちのみ。
「愛されてると思ってた!でもそれは違う。こいつも他の奴らと同じなんだ!」
「やめて!ダニー!」
片手で少女を掴み、そしてビルの際から投げ出す寸前のような体勢になった。今何か攻撃を加えでもすれば彼女は落下する。
冷静に、このタイミングで攻撃をしたものたちがいる。角取ポニーと取陰 切奈。彼女たちの個性はすでに彼の背後に配置されていた。
衝撃と共に少女は落下。浮遊する個性によって少女は受け止められるが、次の瞬間。
自らへ向けられていた銃が火を吹き、そして彼女達の胴体にヒットした。
銃撃のショックでコントロールを失った個性は少女を取り落とす。最後には失意の男が自身を撃ち抜いて事件は終わった。
最善を尽くした。ベストはやれた。そんな感慨は何一つ言い訳になどなりはしない。どれだけ惜しくても、頑張っていても。結果が出なければ同じなのだ。
ヒーローは人を救ったものに与えられる称号であり、決して名乗るものじゃない。そこには結果論が確実に付きまとう。それを切り離すことなどできはしない。
さらに向こうへ!プルスウルトラ。
このスローガンは実は残酷で過酷なものだと生徒たちは気づいた頃合いだろう。ヒーローに求められる水準というのは
どちらを選んでも理不尽に人が死ぬトロッコのスイッチを握らされて、そして選ばされるのだ。そこから逃げることはつまりヒーローを降りるということ。そんな逃避をしないものだけを選んで入学させている。
ヘリの風がまだ試練が続いているビルの屋上に吹き付けている。
命の綱渡りは、まだ終わらない。
デトロ!!開けろイト市警だ!
Detroit Become Humanというゲームの冒頭のシーケンスを見ていただければイメージそのまんまです。