夢のヒーローアカデミア   作:ZAT23

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戦闘訓練②この身が尽きようと

空気そのものが不満をこの街にぶちまけるように唸っている。

 

頭上を執拗に旋回するヘリのローター音。体に響く重低音が、内臓の奥まで振動を叩きつける鼓動と同調するかのように、押し寄せては圧し潰すような感じすらする。

 

らしい。自分にとってはただの音だ。

 

「ああああああああ!あの音!!おかしくなりそうだ!!あれをどこかへやってくれ!」

 

アンドロイドの方が人間らしいというのは皮肉じゃないか。少し笑える。

 

低く重く叩きつけるヘリの轟音と、鋭く細いドローンの電子音が混ざり合っているのは確かに不快だろう。そのプレッシャーがどんな結果をもたらすのか、それを判断できるのは自分だけだ。

 

周囲を飛んでいたヘリとドローンに指示を出して、撤退の指示を出す。一部はそうせず、また分岐をそれぞれに進んでいく。

 

「車、そうだ。用意しろ!街を出たら開放してやる!」

 

その頃には、少し踏み込めば手が届くほどの距離にまで近づくことができている。

そこまで対話で到達したのは、緑谷と淡輝だけだった。

 

「約束しよう!人質さえ無事に渡せば、君を無事に返すよ。僕を見てほしい。絶対嘘なんてつかないから!」

 

緑谷出久は必死で相手の無事を祈っている。人質も彼もを助けたい。ヒーローはその一心のみで動いている。しかしその激情は相手を刺激することもある。今回は上手い目が出たようだが、こちらが押せば引く人間だっている。

 

「死ぬのは嫌だ。死にたくないんだ」

 

「話をするだけだ。心配いらない。銃を置いてくれるか?」

 

淡輝は相手を気にしない。助けるべきは人質だ。銃を突きつけ人を撃ったこいつの優先度は著しく低い。それでも優しい表情と声色を作る事はできる。しかもこれは嘘じゃない。その瞬間はそれを信じているだけだ。自分の中で嘘でないと言い訳できれば、機械のセンサーには引っかかり辛いことは知っている。

 

「約束を守るから、君も約束してくれ。きっと幸せになるために生きて頑張るって。そう約束して欲しいんだ」

 

相手の幸せを心から願う、緑谷出久のような言葉は逆立ちでもしないと出てこない。

 

 

「わかった。君を……信じる……」

 

そう言って初めて力を抜いたダニエルは、何かを諦め何かを信じた様子だった。

 

細かな点は異なるがここまでは二人とも似た変遷を辿っていた。ここから起きたことが彼ら二人を明確に区切るものであり。そしてまさに明暗が別れるという表現が相応しい。

 

ダニエルの囁く声はアンドロイドだというのにかすれていた。少女を解放するその手は、わずかに躊躇いを含んでいる。けれども次の瞬間、彼は腕をほどき、少女をこちらへ突き出すように解放した。

 

 

そしてそうなった時に、当然ながら起きることがある。

 

安堵の吐息が周囲に広がるその瞬間。鋭い破裂音が夜を裂いた。

 

ダニエルの脇腹に衝撃が叩き込まれた。部品や液体が跳ねるが、それが地面に落ちるまでにもう一発。銃を持った腕が爆ぜて、最後には頭が撃ち抜かれる。

 

バランスを失った彼の身体は後方へ揺らぎ、ビルの端に倒れ込む。

 

即座に対象を破壊して無力化する。そう判断するのが当時の警察としては当然の判断であり合理的な行動というものだ。淡輝はその射撃を見ても、表情一つ崩さずに無意識のうちにつぶやいていた。

 

ビューティホー(beautiful)

 

狙撃の精度だけが心配だったが、史実通りにしっかりと無力化をしてくれた。

 

「嘘をついたな。俺に、嘘を……」

 

そんな恨み言を聞きもせず、狩峰淡輝はその場をすでに後にしていた。

 

かつてアメリカの都市で起きたこの事件は、アンドロイドおよびAIの規制に関する大事件の発端と言える小さな事件だった。ここから巻き起こる盛大なアンドロイドの反乱と人権獲得の問題はこの世界からAIとロボットをその後50年以上も禁忌とするところまで発展する。それは未曾有の事故であり災害。人災であるといえば議論が巻き起こる内容である。

 

UAIにおいてはそれらの慣習を無視してこれほどのアンドロイドやヒューマノイドを運用しているが、これは歴史に刃向かう行いでもある。

 

自分は単純に当時の捜査官側のアンドロイドと同じ対応をとっただけ。実際の行動を参考に説得し騙したのだからこうなるのは当たり前だ。

 

グッナイ(good night)

 

この状況で過去の名作ゲームのセリフのことを考えている自分は人でなしなのだろう。単純に自分にとってはつまらないシミュレーションであったが、誰かが模範解答をしなくてはみんなの成長に繋がらない。AC抜きでやれる訓練なら見せてやるべきだ。

 

そしてこんなにつまらない結果になるというのはまさに自分がヒーロー足り得ないことの証明に他ならない。

 

狩峰淡輝は許さない。こんな結末で満足するヒーローを許さない。だから緑谷出久にはそんな現実を打ち破ってもらわないといけないのだ。

 

 

 

 

後になって。緑谷出久の記録を見る。さて、彼は一体どうするか。そう何度も訓練でやり直しをするつもりはないが……。

 

「わかった。君を……信じる……」

 

 

そう言って開放された少女。その瞬間に、緑谷出久の中で何かが走った。

 

電撃、悪寒、虫の知らせ。嫌な予感。なんでもいいが、とにかくまずいことが起きる。そんな確信が反射的に個性を使用させていた。

 

そういえばと、加速する思考の中で思い出す。

 

なぜ狩峰くんは昔のあの場面の記録などを自分に今朝見せたのだろう。一年前のヘドロヴィラン事件。あの時のオールマイトの活躍をこのタイミングで見せてくれたのはなぜだったのか。

 

いざって時にはお前の感覚を信じろよ。それが一番大事だぜと。なぜあんなに悲しそうで寂しそうな表情で言ったのだろう。

 

いきなり変なゲームを持ってきて、これで遊ぼうと数時間かけてゲームをしたがあれは一体なんだったんだ。

 

その全てが脳裏に甦り。そして不思議な確信となって体が動いていた。

 

何も考えてなどいない。それでも、その体は限界を超えて加速する。だってなんとなく、このままじゃ間に合わない気がしていたから。

 

 

ワンフォーオール・フルカウル 15%!!

 

 

先日試して体が壊れてしまった限界値のさらに先。確実に失敗するであろうその力はしかし、今はなぜか体に馴染んでいるのだった。その人物は一歩を踏み出した瞬間、地面を爆ぜるように蹴り、身体を細い矢のように空へと射出する。衣服が空気を裂き、音すら置き去りにするかのようだった。

 

ダニエルの脇腹、狙撃手の照準が確実に捉えていた一点に到達するまでのわずかな刹那。

 

彼は空中で身体を捻り、膝を折りたたみ、足を盾のように差し出す。その足には厚い足甲が装着されていた。

 

金属とポリマーが接触し閃いた瞬間、衝撃が炸裂する。

 

すべてが一瞬の出来事。

 

次の瞬間、その足がもげるかと思うほどの威力に回転させられ、緑谷出久は吹き飛んだ。

 

分厚いポリマー製のプロテクターに弾丸が命中したのだ。金属と樹脂が弾け飛び、衝撃波が骨まで突き抜ける。幸運にも弾丸は完全には貫通しなかった。だが、運動エネルギーは容赦なく脚を揺さぶり、脛の骨に亀裂を刻む。

 

まるで金槌で何度も叩き割られたような激痛。熱いものが脈打つたびに走り、呼吸を乱す。

プロテクターの破片は肉を裂き、皮膚の下に食い込み、そこから滲む血が防具の隙間を汚していく。

 

膝から下は思うように動かせず、力を入れようとするたびに足首から痺れるような痛みが駆け上がった。

 

それだけではない。全身裂傷。疲労骨折。全身が悲鳴を上げていた。

 

だけど、まだ。

 

まだだ。再びの悪寒がしてなぜか彼の言葉を思い出す。今朝、淡輝が持ってきたそのゲームは部位破壊という概念があり、キャラクターはどんどん体を犠牲にしてそれでも戦い続けるものだった。

 

「立ち上がる足がなくたって、それでも手を伸ばせばいい」

 

ああ、そうだね。

 

左手で地面を掴んで、加速する。一番嫌な予感がする場所。そこに無理やり突っ込んでいけば良いのだからわかりやすい。そして右手で、ダニエルの頭部を守った。

右手が衝撃に弾かれて、バラバラになったかと思った。

 

「手も足も出なくなったからって。まだその体があるんならできることはある」

 

やっぱりすごいや狩峰くんは。

夜嵐くんのように地面を額で思いっきり打ちつけて、そして回転するように前へと飛んだ。

 

体ごと覆い被さって、三発目の軌道からどうにか彼を押し出した。

 

代わりに自分の脇腹が抉られるが、それでも守り抜いた。

 

「最後だぜ。何にもできなくなっても、まだお前には声がある。使えるものは全部使おう」

 

「ああああ!やめろ!!撃、つなぁ!!!!」

 

これが訓練だなんてもう頭の片隅にも存在していない。心底の叫びが夜へと打ち上がる。

 

「彼を撃つなら僕は死んでもそれを止める!これ以上撃つ必要なんてない!」

 

射撃が止んだ。その必死の訴えと姿には、人であれば誰でも行動を止めてしまう。そんな判断をAIが下すほどには、彼の叫びには力があった。

 

ダニエルは呆然として、そしてその惨状を見て状況を悟る。

 

彼にとってこの状況は裏切りか、それとも……

 

 

 

 

 

「あ、あああ……。どうして!ごめん。ごめんよ!君は、君は死んじゃだめだ!助ける。きっと、助けるから」

 

必死で止血をし始めるダニエルは、まるで自分のことを考えていないようだった。目の前の人のために、彼はもう自分に向けられている銃口を忘れている。

 

「……大丈夫、だと、思う。死ぬほど痛いけど、僕は死なない。それより、頼むね……」

 

ハッとして。ダニエルは先ほどの約束を思い出した。

 

「君の、名前はなんというんだ?教えてくれ……」

 

「ああ。『デク』って名乗ろうかと思うんだ。頑張れって感じがすると思ってさ、どう思う?」

 

ギリギリのところで、笑顔を作る事ができた。手足は無惨なもので激痛に吐きそうになるのだが自分の目指すヒーローはそうじゃない。だから、そうしない。

 

ビルの屋上を包んでいた緊張の糸が、ふっとほどけた。

 

「よくはないけど、でも、好きだよ。デクっていうのもきっと意味が変わるかもしれない」

 

先ほどまで憎悪と怒りを振り撒いていた彼が、力無く笑う。その顔を見て、ようやく確信した。

 

事件は解決したのだと。

 

そう思った瞬間に意識は飛んでいく。いや、落ちていく。達成感と痛みの中に混濁していく意識はそれでも満足感を感じていた。

 

 

 

 

人質の少女は解放され、警官の腕に抱き取られる。泣きじゃくる声は次第に安堵のすすり泣きへと変わり、夜風に混ざって小さく震えるだけになった。

 

屋上にはまだ散らばった破片や硝煙の匂いが残っている。

 

それでも夜空は澄み、遠くの街灯りが宝石のようにきらめいていた。旋回していたヘリは音を遠ざけ、代わりに虫の声が耳に戻ってくる。さっきまでの騒音が嘘のように、屋上には穏やかな沈黙が降りていた。

 

まるで、嵐の後に訪れる静かな湖面のように。屋上は、ひとときの和解と安らぎに包まれていた。

 

先ほどまで銃を構えてこちらを殺そうとしてきたものと打ち解ける。これこそヒーローと言えるだろう。命が救われた少女もその対話へと加わるが、彼らの友情をこれ以上覗くのは野暮というものだ。

 

さて、入学主席は相変わらずぶっちぎり。そして『再生』の出力も上がっており、さらに『危機感知』も少しずつ使えるようになっている。

 

多くのトラウマと課題を生み出した戦闘訓練は幕を閉じた。

 

緑谷出久の記録は公開されない。これは他の生徒に見せるには刺激が強すぎるとして教師陣から抗議があったためそれを採用した形だ。

 

ミッドナイトをはじめ、良識ある教師陣にとってこの授業は文句だらけであった。実弾を使用すること。怪我を容認していること。子供の死を目撃すること。それらの悪影響について並べられるだけ、反対意見が並んでいる。

 

それらを承知の上で授業は滞りなく進み、そして結果まで出ている。

 

反対した教師陣には詳細な結果の予想をさせており、それらの懸念が一定以上現実となった場合に次回の意見の影響度が高くなる評価システムが導入されているのだった。生徒たちが試されているのだ。大人が試されないわけもない。

 

自分のヒーロー活動において、人生で一度あるかないかの修羅場を毎週のようにこなすなど狂気の沙汰であると抗議していた者たちは正しいが、それでも彼らの成績は予想を遥かに上回っている。

 

推進派の教師たちの見立ての方が正しく、ほぼ正解を出しているのはゲイルのみという状況である。

 

「自らにできないからといって、若人たちができないとは限るまい。君らの意見は真っ当で、良識あるものだがしかし、できてしまっては困るという考えが少しでも浮かびはしなかったかね?私は彼らの頑張りに一定以上の敬意を払っている。しかし君たちプロを名乗るヒーローの在り方にはより強く疑問を呈したいと思っていた。君らも同じプログラムに参加した方が良いのではないかな」

 

大ぶりな刃物を当てられているかのような緊迫感に、百戦錬磨のヒーローたちも戦慄する。

 

ゲイルと名乗るこの謎の老人は、ヒーローたちへやけに当たりがきついのだった。

 

 

 

教師の中でも議論が起きてはいるが、訓練はこれだけではあり得ない。まだまだ別の状況をこなしていき。人命救助と犯人確保、犯人排除の確率をそれぞれ出していく。

 

たった一度の成功だけでヒーローを名乗るなんて危険すぎるだろう。

 

これらの結果を受けて燻り続けている爆豪の成績は悪くない。というか学年でも最上位ですらある。ただ緑谷に勝てないという一点だけで凄まじくフラストレーションを溜め込んでいるようだった。

 

え、俺?俺の確率はとんでもないぞ。

 

やろうと思えば100%を出せるが、全ての試行を含めれば余裕で1%を下回る。ぶっちぎりの最下位だ。

 

自分で自分の成績に笑いながら、狩峰淡輝はエレベーターを出てコインを投げて裏表を確かめる。

 

やっと。表が出た。これでようやく、次に行ける。

 

 

エレベーターを降りると、意外な人物がそこにいた。

 

「狩峰淡輝。夢に囚われた狩人よ。もう助言にすら耳を貸さない君は、どこまでそれを続けるつもりかね?」

 

同じクラスだというのに、これまで自分には大して関わってこなかったこいつが何の用だ?

このタイミングで話しかけてくるとは。そもそもなんで俺のところに来ているんだ?他の生徒を伸ばせばいいだろうに。

 

「ゲールマン。それを俺に聞くのかよ。だいたい、そんなのは決まっているし。お前は誰より知ってるだろ。彼を救うまでだよ。無駄なことを聞くなっての」

 

「ああ、まさにその夢物語の狂気こそが君なのだろう。私はすでに忘れてしまったよ。その熱狂と絶望をね。まぁ、今の小言はもののついでだ。担任の教師として要望があったからここに来た。君の目的に沿うために、一つ注文をつけさせてもらおう。爆豪と緑谷。彼らを近いうちに争わせるべきだ。このままでは不用意な場所で暴発しないとも限らない。その状況を整えるべきと助言させてもらおうじゃないか」

 

仕事をしてるなら文句はない。それを了承して彼の横を通り過ぎた。あまりプライベートで見たい顔でもないのだから。

 

しかし、ようやくスタートラインかな。いや、出走ゲートに入ったところという感じだろうか。いい加減に緑谷も向き合うべきだろう。自分のコンプレックスであり身近な憧れの存在。爆豪勝己という幼馴染と向き合うことは避けられない運命なのだから。

 

 

ちなみにだが、この訓練の最高得点は緑谷出久ではない。そして最も驚くべき結果を残したのも彼じゃない。彼は3位だった。

 

2位は黒色支配。実力行使によって唯一人質と犯人まで無事に確保をしたのは彼だけだ。黒色のものに潜ることのできる彼は夜だからこそ活躍できた。昼だったらどうするかというのは強く残る課題だろう。

 

そしてそれらを抑えてトップの成績を叩き出したのは、なんと()()()使()である。

 

納得だろうか?でも待ってほしい。彼の個性は機械には効かない。

 

ではなぜ、ダニエルは彼の個性に引っかかったのだろうか。

 

彼には事前にサポート科からアドバイスが届けられており、『自己催眠』という工夫をするにはしたが、それは気休め程度のはずだった。実際問題、個性の出力はあまり変わっていない。

 

それなら、この状況はどう説明する?一体なにが変わってこんな結果になったのだろう。

 

それを想像すると、思わず笑いが込み上げた。

この結果を分析するのは科学者の仕事だろうが、一体どんな結果になるのか楽しみだ。

 

ゲールマンがどこかで聞いたような言葉をつぶやいた。

 

「我ら血によって人となり、血によって人を超え、また血によって人を失う」

 

淡輝に向かって言った言葉では無い。記憶の彼方へと投げかけるような、そんな消え入りそうな声色だった。

 

「知らぬ者よ。かねて血を恐れたまえ……」

 

ここには二人以外に誰もいない。しかし仮に見ていたとしても、その老人の目に何が見えているのか誰にもわからない。しかし、目の前の光景を見ていないことだけはわかっただろう。

 

「恐れたまえよ。ローレンス……」

 

夢で見たような、いやそれよりも曖昧で、夢の中の夢で聞いたような言葉は、すぐに忘れてしまった。

 

狩峰淡輝はコインを握りしめて、朝に向かうことにした。




ダニエルは救える。そう、ヒーロならね。
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