戦闘訓練に出ていたものたちをCクラスの食事会に呼んでおもてなしすることにした。上手い飯を食い、語り合うというケアを目的にした懇親会だ。
明るい表情の者はほとんどいない。戦闘訓練に出ていなかったCクラスの人間は通常営業ではあるが、それにしたって空気が澱んでいやがる。お通夜かな?
いや、お通夜だったわ……。
彼らにとっては人質を、または犯人と子供の両方を死なせてしまった深夜から半日経過しての放課後だ。
それぞれが限界まで落ち込んでいるが、それでも授業を一人たりとも休まなかったのはさすが雄英高校生といったところか。むしろ授業への意欲は増しており、皆が血眼になって喰らいついていた。
ここで折れるようなら最初から入学などさせていないのだが、一人も脱落しないというのは少し予想外でもある。そろそろ自主退学者が複数人出ていてもおかしくないと思っていたが、予測を修正しなくては。
大体にして自分は長期的な影響などは観測できないわけで、たった二日の変化しか確実に知ることはできないのだから、そこは慎重にやろうとはしている。安全策は取らないけれども。
追い込むだけ追い込みはするが、それでも別に脱落をしてほしいわけじゃない。だからこそたまにはケアをしてあげるべきだろう。大人にもやらせるが、子供たちだけの空間でこそ語れるものもあるだろう。
こんな考えを持っている自分は子供らしくないけれど、まぁ隅っこで小さくなっておく。
ゲイル先生も呼ぼうよ!なんて女子が言っていたが勘弁してくれ。あれと一緒に飯を食うと味がしなくなる。
大人は抜きでと思ったが母に抵抗された。拒否しきったかと思ったが、こんな機会をうちの母が逃すはずもない。混ぜてくれないなら、こっちは保護者たちを集めたるわいと大人版の懇親会が別の階でやられているらしい。
だからさっさと挨拶を済ませて出ていってくれ。
「淡輝がいつもお世話になっています〜。皆さんなんでも食べていってね。おばさんは退散するけれど、遅くまで盛り上がったら泊まっても良いからね〜」
母さんがテンション上がって出しゃばっている。完璧な化粧にオシャレまでして若作り。家族には見せない満点の笑顔でお出迎えをしてくれるが、もはやこれ威嚇だろ。
「あああ、あの!いつも家族で動画聞いてます!」
「うちもうちも!妹の寝かしつけも本当に助かりました〜」
「本物のdoromiさんだ〜!やば〜」
キャイキャイと騒ぐ女子をまるで芸能人の如くあららうふふと静かに応対しているが、最高にハイってやつだこれは。有頂天である。
ちなみに、見た目はともかく声についてはプロヒーローである妹を超える知名度を誇っているのがうちの母だ。
チャンネル登録者数が1000万人を超えたものだけが手にできるダイヤモンドのように輝く盾もしっかり飾っていやがる。ほんとやめてほしい。実母がアイドル扱いってマジでキツい。
母の個性は『眠り声』つまりは人を寝かせるのが得意なのだ。そうするとどうなるか。
初めは普通の歌をネットにあげてみたらしいのだが、自分の予想に反して安眠動画として大バズりし、そして気づけば世界中の人を寝かしつけるdoromiちゃんとして100万人を突破していた。
その後さらに10倍になったのは、夫が金持ちになったからだ。世界一の大富豪の妻としてインタビューを受けた時になんの気なしに趣味として動画と配信について触れたのがきっかけだった。
金持ちになる前から行っていた活動ということで再評価され、その見た目とミッドナイトの効果もあり、そして嫉妬もあっただろう。賞賛と炎上を繰り返して現在登録者数は3200万人を超えている。
収益は世界中の睡眠外来や睡眠障害に関する研究に全額寄付をしており、それを病院側や研究機関が発表するとボヤ騒ぎは驚くほど少なくなった。嫉妬はあるだろうが言いがかりをつける場所がないとどうにも燃えにくいらしい。
ちなみにだが母の個性は録画ではかなり効果が弱まるものの多少なり効力を発揮するのだ。生配信ではもう少し強く作用するため、眠りたい全人類にとって有用な寝かしつけ子守唄チャンネルになっている。運転中などに聞かないようにと最初に強く注意する時間が人気らしいが、息子としては若干どころではなくキモさを感じる。その時のコメント欄は見れたものじゃない。
「ていうか、似てる……」
「いや、似てるのはむしろミッナイ先生だろ」
「おっとり大人のミッドナイト先生だ……。結婚するとこうなる、と。なるほどね?」
「全年齢版先生……いい……」
各々が各方面に失礼な感想をぶちまけるが、別に陰口というわけじゃない。肝心の本人もここにいるのだから。
「あんたたち、好き勝手言ってくれるわね。姉さんの手前、いつものノリができないからってあまり調子に乗るんじゃないわよ」
ギロリと睨みを効かせるのはミッドナイトだが、今はプロヒーローとしても教師としても、それらの威厳は通用しない。この場で最も力を持っているのは間違いなく母さんだからだ。
姉に勝る妹など存在しねえらしい。
「睡ちゃん?ムチは持ち込んでないわよね?」
「も、もちろん。そんな睨まないでよ。ここで無茶するわけないって……」
トレードマークの豊かな髪も、へなへなと元気がない。
「ミッドナイトが嘘みたいに小さく見える」
「おいおいおい。妹属性とか唐突すぎて処理できねーって。さすがに審議だわ」
「仲良しいいっスね!」
このビルは様々な施設が入っているが居住用ではない。狩峰家が使うために最上階は設計されていた。
狩峰家は普段使っていないが、なんと最上階はだいたい使えるのである。泊まり放題だぜ。
「峰田以外は好きに泊まってくれよな。個室だから安心してどうぞ」
「わかってないな〜狩峰くんは!女子は四人くらいで泊まるのが一番なんだよ!一人なんて寂しいじゃんか!」
「オイラは滅びぬ!何度でも蘇るさ!」
「ていうか部屋全部使えるとか嘘だろ。UAIの家賃って調べたことあるか?ここの一般価格ってヤバいぞ。」
「わかる。ウチのお父ちゃん、それ見て気を失いかけたもん」
UAIランドはこの世界で最も安全な場所である。今のところはであるが。数ヶ月この規模の人間が生活をして、個性による重犯罪が起きないというのはあり得ないとされていた。
それをなぜか実現しているUAIは高度なAIサポートの賜物であると宣伝してはいるが、それだけでは無理ではないかと真っ当な指摘もある。そうはならんやろと言われているが、UAIはなっとるやろがいを地で行き続けている。
結果としてUAIでの居住は世界中のセレブにとって今まさに注目の的であり、我先にと申し込みを初めているのが現実だった。世界中から犯罪者を集めるという性質上まだ危険性を懸念している声は大半だが、今のうちに投資として買い始めているものも多い。
それだけこの世界では安全は金で買えないものなのである。
ちなみに日本では六本木の第三ヒルズとその周辺が最高値である。理由は単純。オールマイト事務所がそこにあるからだ。
母さんとミッドナイトを追い出して、ようやく一息ついた。
「あ、そういや。お金の話で思い出した。一部には来てると思うけど、バイトの話はみんなどうすんの?」
それぞれの個性を活かしたお仕事のオファーが来ているはずであり、一部は単位も取れる内容のはずだ。
雄英高校の学費は無料であり、家庭環境は様々だ。決して裕福ではない家庭も当然ながら存在している。
「麗日さん。オファーは確認した?」
第四次大戦後しばらくして復活した英国宇宙庁とJAXA。そしてずっと存続していた唯一の宇宙関連機関であるNASAはこの度、UAIに共同の大規模な研究施設を立ち上げた。
そしてそこからの正式なオファーが麗日お茶子に届いたのだ。
「き、昨日来たけど。まだ見れてないんよね。なんか怖くて」
「へえ。じゃあ見てみなよ。目ん玉飛び出るかもだよ」
ドキドキと胸を抑えて、深呼吸。麗日さんはデバイスを操作してそれを見た。
「どっっへええ!!!」
そして彼女は吹き飛んだ。飛び出した目玉にデバイスが弾かれるように見えたのは気のせいということにしておこう。
「どうした!?大丈夫か!ひ、ヒーロー呼ぶ?」
「おおおおお、おかしいて!なんでこんな金額……だってこれ、一日に1時間とかやで?詐欺ちゃうの!?」
「見せて見せて……ってなにこれ!!!」
そこにあるのは時給というか、一回あたりの報酬金額だ。
その額なんと、$2,000,000。分かりづらいだろうか。なんと200万ドルである。
今は1ドルが80円くらいであるから、約1億6000万円ということになる。
宇宙開発においてはそう驚くべき数字ではないのだが、いかんせんこれが女子高生の給与条件に書かれていれば驚きもするだろうか。
これは現在の打ち上げにおける価格を元にしている計算で、現在の状況では1kgあたり、約2000$がかかっているところから算出されている。一時期は200$を余裕で切っていたのだが、大戦末期の高高度核爆発による影響で人工衛星が軒並みスクラップと化し制御不能に。やがてそれらはぶつかり合い、デブリを増やし続けた。それは指数関数的な増大であり、誰にも止めることはできない。負の連鎖となって星を縛るこのゴミは今なお解決していない。
スペースデブリの問題は深刻どころか対処不可能なレベルになっており、現在人類が運用できる衛星というのは過去に比べてあり得ないほど頑丈なものになっている。技術が進んでも宇宙開発のコストは非常に高くなっており、人類はこの星に自ら蓋をしたに等しいのだった。
その状況を変えるというのがUAIにおける宇宙開発の最初の目標でもある。
そんな中見つかった個性が、麗日さんの『
そんなすごい個性であることを自身は自覚していなかったらしい。はっきり言ってヒーロー向きの個性ではないし、その真価は宇宙開発および物理学研究において発揮されるとは思うのだが本人の要望と精神的な適性が見られたためにヒーロー科に入学させたのだった。
彼女が戦闘訓練で銃で撃たれたと知った時、NASAとJAXAの長官が揃ってぶっ倒れそうになっていた。マジでごめんね。
「重いものを軌道に上げるのってめっちゃコストがかかるんだよ。UAIはカタパルト方式に挑戦しようとしてたんだけど、麗日さんの個性があれば一日に何トンも軌道まで届けられる。言ってる意味わかる?それ、一回あたりの金額だから時給じゃないぜ?」
計画では、20分に一回の射出が想定されている。20分に一回だけ物に触れるだけのマジで簡単なお仕事だ。
つまり、時給4億8000万円のスーパー女子高生が爆誕するかもしれないということ。
すごいや。フルタイムで働かれたら、世界一の富豪の座を譲らないといけないかもしれない。当然ながら予算も必要な回数も限りがあるので無限にとはいかないが、それでもしばらくこの需要は消えることはない。
フルタイムで一日勤務すれば日給で35億。なかなかバブリーな話じゃないか面白い。
ド派手なドレスに身を包み。振り向きざまに「35億……」と呟き男を侍らせる麗日さんを想像してしまった。
魂がどこかお散歩をしているようで、途中から麗日さんはダウンした。悪夢にうなされているようで、時々うめいている。
「父ちゃん。母ちゃん。お金って、なに……?」
なんだろうね。お金って。本当にわからないぜ。
しかしながらこれは彼女にとってかなり重要な決断になる。彼女のヒーロー科受験の動機は主に、経済的な安定である。これは入学して割とすぐに聞けた話だった。
それ自体は別に問題ない。あの爆豪ですら、「必ずや高額納税者ランキングに名を連ねるのだぁ!」なんて恥ずかしげもなく叫んでいたらしい。金が欲しいのは悪いことじゃない。
だけれどここは、真のヒーローを育てる場所だ。
彼女に問うべきは、『では金があるなら、それでもヒーローを目指すのか?』というもの。
『君は、ヒーローになりたいか』そんな問いが麗日お茶子に突きつけられているのだった。
さて、札束で殴られる幻影にダウンした女子は置いておき興奮冷めやらぬものたちに手作りのご飯を振る舞ってやることにした。
テーブルの上には、大ぶりの玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、キャベツ、セロリが並んでいる。
ごつごつとした根菜を手に取ると、表面の土っぽさや重みから「煮込んであたしを甘くして!」という声が聞こえてくる気がする。
肉は太めベーコンと骨付きの鶏肉。脂の層が白く光り、厚みのある肉からはもうすでに旨みがにじみ出ているようだ。
包丁の刃がまな板に「とん、とん」と音を立てる。にんじんは大きめに乱切りにして、じゃがいもは皮をむいてゴロリと半分。
玉ねぎは芯を残してくし切りにすると、煮崩れせずに存在感を保ってくれる。でかいのがいいのだ。でかいのが。キャベツはざっくり四つ割り、セロリは香りを引き出すために筋を取る。切り終わった野菜を鍋に並べると、彩りだけで絵本の一場面のように美しい。もう美味そう。
「なんか、手つき慣れてね?」
「リズミカルな包丁さばきだ!上手い人だ!」
「指切ってください。吸いますよ」
「ちくわ大明神」
「おいおいおいじゃあオイラ指をメッタメタにしてこなきゃかよ」
「なんか今色々変なのいなかったか?」
ちくわ大明神を顕現させたのは俺だ。変人が多すぎて馴染んでくれたと思う。リアルでやれて感動した。
なぜちくわ大明神という古のネットミームを思い出しのかといえば、王道ポトフに今日はちくわを入れてみるからだ。よく作るだけに、一品くらいはアレンジをしたくなる。今日はちくわで遊んでやるぜ!マンネリは恐ろしいからね。飽きないように変化を加えよう。そうしなきゃ頭がおかしくなる。
「普段から料理とかすんのな。金持ちならシェフぐらい呼んでるんじゃ」
「それは好みじゃない?百ちゃん家は一時期お料理の人来てた気がするけど、うちは元はそこまでじゃなかったからなぁ」
鍋を温め、バターをひとかけ。じゅっと溶けると同時に、ベーコンの塊を入れる。脂がにじみ、香ばしい香りが台所に広がる。そこへつぶしたにんにくとローリエ、粒胡椒を加えると、深みのある香りが立ちのぼり、次に入れる野菜たちの舞台を整えていく。
「お前、ただの金持ちじゃなかったんだ。いや、そうか数年前まで普通の金持ちだって言ってたもんな。自分で言ってておかしくなりそうだ。なんだよ普通の金持ちって」
「ていうかすごいよ!ちゃんと片付けまで終わってるのがすごい!ちゃんと料理できる人だ!」
「手作りってなんか美味そうだよね……」
圧力鍋で蓋をして加熱。これをしないと結構時間がかかるのだ。これらなら20~30分だけで完成である。
器によそうと、黄金色のスープに野菜の彩りが浮かび、湯気の向こうに柔らかな香りが立ち上る。
スプーンで一口すくえば、にんじんの甘みと肉の旨み、キャベツのとろける食感が一度に口いっぱいに広がる。
「あったかい汁物って、なんでこんな染みるんだろ」
「温もりによる極上の下拵えは、その料理の格を上げる。料理の深淵もまた奥深いな」
「ケヒヒ。おかわり」
ブラック厨二コンビである常闇&黒色コンビも舌鼓を打ってくれたようだ。嬉しいぜ。普通に買ってきたパーティープレートもあるが、それでも一品は手作りをしておくのが好きだった。
人に料理を振る舞っている時が、なんだかんだで一番楽しいかもしれない。
お腹が満たされて、浮ついた雰囲気が落ち着くとやはり話題は最近の訓練や雄英高校でぶつかっている壁の話になっていく。
各々が自身の無力を痛感し、そして立派なヒーローになりたいと熱く語る。基本的にネガティブなやつがいなかった。ヒーロー科ってすげえや。なんならトップの成績である緑谷が一番後ろ向きですらある。
特に解決するような言葉は求められていない。今日ばかりは正論マンは不要だからと聞き役に徹した。
最後の方には満を持して、クラス委員である砂藤の出番だ。
彼が部屋に入ると、ふんわりと甘い香りが部屋いっぱいに広がっていた。手に持った大きな皿の上には、焼き立ての手作りケーキ。
表面にうっすら粉砂糖がふりかけられ、苺やブルーベリーが鮮やかに飾られている。
「うわ、めっちゃ本格的じゃん!すごいよ砂藤くん!」
「ちょっと待って!写真撮ってから!」
葉隠さんや芦戸さんが女子高生としての責務を果たすべくスマホを取り出し、みんながケーキの周りに集まってピースをする。
笑い声が重なり、シャッター音が鳴る。ちなみにだが俺が撮った。なんか、そこに入るのは違う気がして。そうしていた。
「甘っ!でも軽い!」
「苺がめちゃ合う!」
「おかわり、いいか?」
「轟!嬉しいけど、クリームほっぺについてるぜ」
気性難な轟くんもこれにはほっこりといったご様子である。噛み合いの悪いイナサもいるが、彼らは関わらないことにしているらしい。
口々に感想を言い合いながら、誰もが自然に笑顔になっていく。窓の外では夕日が差し込んで、ケーキの皿を柔らかく照らしている。
そうして油断していると、本当にリラックスできたのか。ポロポロと泣き出すのが一人。また一人。
なぜとは流石に思わない。そりゃそうだ。子供が死んだかもしれない場面に、責任を持つなんて並の人間が耐えられるものじゃない。
男子も女子も関係ない。幸せを噛み締めた時にこそわかるのだ。ミャンマーでのあの家族がいかに辛い境遇にあったのかを。昨日助けられなかった人質の子供の重みを思い出してしまう。
自分たちがいかに恵まれているのかなんて、それが当たり前だったら気づけない。
それでも誰もそこから逃げず、泣きながらでもケーキを食べた。
はてさて。みんな楽しんでくれただろうか。
もう少しで、さらなる苦難がやってくる。しかも今度は抜き打ちで。さらなる実践形式で敵と命に向き合うためにもこれらからも食事会はしようと思う。
緑谷出久はずっと考え込んでいる様子で、黙っていた。
そして爆豪勝己はこの食事会には来なかった。