家が近所だったということで、僕とかっちゃんは幼馴染だ。
「敵を!ぶっころしにいくぞ〜!」
仲間たちを先導してズイズイ進んでいく彼はガキ大将だった。なんでもできてしまうタイプで、乱暴だけど自信に満ちたその後ろ姿にはかっこいいと、どこか憧れを持っていた。
個性の発現する年齢は四歳。それからは傍若無人なその性格が悪い方向に加速した。弱い個性の子を馬鹿にして、そして最悪なことに無個性だった自分は特に強く当たられた。
人は、生まれながらに平等じゃない。これは誰もが四歳で知る。社会の現実。
劣等感を自覚した緑谷出久と。事実として優越感を確信した爆豪勝己の歩みは当然変わっていく。
-・・・ -・-・ --・-- -・--・
「いずく、お前ほんとになんにもできねえな」
こんなの簡単じゃん。
「いずくってデクって読めるんだってよ。そんでさ何にもできないやつのこと木偶っていうんだぜ!」
「物知りだなぁ。漢字難しいのに」
「や、やめてよ……」
なんで、知らねえの?
「水切りすげえ!うますぎだよかっちゃん!」
「7回!7回も跳ねたぜ!おい、デクは?」
「ぜ、0回……」
なんでできねえの?
あ、そっか。俺がすげえんだ!
みんな、俺より凄くない。
「うわ。かわいそ。無個性だって。何もないんだ。あいつ」
デクがいっちゃんすごくない。
全能感と優越感に背中を押されて、無敵みたいにどこまでも歩いてく。子分みたいな友達もみんなついてくる。何もできないデクもついてきていた。
ある日、川の上にかかった丸太を渡っているとそこから足を滑らせたんだ。そんなに高くなかったし、下の川はある程度の水深があって怪我もない。すぐにそこから立ちあがろうとしただけの、別に事件でも何でもないあの時。
大丈夫だったんだ。なんともなかったんだ。
「大丈夫?立てる? 頭打ってたら大変だよ?」
やめろ。
「い、いいだろ!返してよ!」
将来のためのヒーロー分析No.13。そう書かれたノートを爆破して窓から捨てる。色々理由をつけてはいたが、単純に気に食わなかったんだと思う。
「つーわけで、一応さ。雄英受けるなナードくん。俺の箔付けの邪魔してんなよ」
「いやいや、流石に何か言い返せよ」
「可哀想に、中三になってもまだ彼は現実が見えていないのです」
「そんなにヒーローになりてぇんなら効率良い方法あるぜ。来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!」
その目をやめろ!
泥の奥に沈み込んでいくような苦しみで、息もできない、体も動かせない。ヴィランに取り込まれそうになったあの時、そんな中で走ってくるアイツは同じ目をしていた。していやがった。
「君が、助けを求める顔してた!」
やめろ!!!
-・・・ -・-・ --・-- -・--・
二人は奇しくも同じことを思い出していた。
あの時の公園、中学。そして商店街でのあの事件が一瞬で脳裏を巡り、今の状況に戻ってきた。
「びびってんのに逃げねえ。そういうとこが、ムカつくなぁ!」
かっちゃんは。嫌なやつだけど、目標も、個性も、体力も、自信も、僕より何倍もすごいと思ってた。
だけど、今はもう自信以外はすごいなんて言えない。正直思うけど、言っちゃいけない。
オールマイトが、ジェームズ・ウォルスさんが、淡輝くんが。いろんな言葉をかけてくれたじゃないか。
だから、負けたくない。
何より、弱かった昔の自分に負けるのが一番ダメだ。この10ヶ月を裏切りたくない!
そうだ。麗日さんに言ってもらえたから、ヒーロー名を『デク』にできた。
『でもデクって、がんばれって感じで、なんか好きだ!私』
昔の自分をなかったことにしないけど、そのままでもいない。僕がヒーローになるためにはこれしかないって思えたんだ!
「いつまでも、雑魚で出来損ないのデクじゃないぞ。かっちゃん!僕は、頑張れって感じのデクだ!!」
「この……クソがぁ!!」
再びの大ぶりの右。そしてそれはただの打撃ではなく爆発する。だからそれを受け止めずに避けて、距離を取るために相手を蹴って離脱する。
その蹴りは腹に決まらずガードされるけど、それでいい。跳ねるようにして距離は稼いだ。
「あの時はもっと速かっただろうが!使ってこいや!俺の方が上だからよぉ!」
彼らの戦いを別室で見ているのは教師陣だ。そしてそこになぜか生徒も一人だけいる。
「自尊心の塊とは聞いていたが、ここまでとはな。正直危険ではないのか?」
Bクラスの担任。血を操るヒーローであるブラドキングは真っ当な懸念を表明する。
応答するのはAクラスの担任である相澤だ。
「だが能力はある。精神性が伸びるなら見込みありだ。にしてもとは思うがね。イジメ加害者をヒーロー科に入れるなんて、何を考えてのことかは正直わからない。そのまま腐ったままなら、早々に除籍してやった方が良い。変な成功体験を重ねると碌な大人にならない」
「概ね賛成ですけど、彼は失敗しまくってますよ。緑谷の成績がいいから余計にね。それで凹むならそれまでだけど、俺はそうはならないと見てます」
「合理性に欠くね。結果論で人を振り回すのもまたヒーローってやつか。個人的には趣味じゃないが、オールマイトさんが前例を作りすぎたのかもな」
「今の我々にできるのは見届けることだけだろう。子供達の成長をしっかりと見守ろうじゃないか。何、どうなっても結局人は落ち着くべきところに辿り着くものだよ」
「とはいえ限度はあります!止めるべきだろうこれは!過剰な戦闘だ!」
「確かに、私情交えたガキの喧嘩見せられてるのは時間の無駄だ。さっきから変なところで冷静さはある。ギリギリだけどな」
「いやはや、長期的に考えたまえよ。君たちも私から見れば若者さ。彼ら二人が平凡であるなら無難な選択をとっても良かったかもしれないが、潜在能力は無視できまい。彼らが殺し合うことで、その因縁が少しでも変化するのならそれは歓迎すべきだろう。彼らはどのみちこのままでは、どこか道半ばで死ぬだろうからね」
やはりこの人はこういうことを言う。ヒーローとは相容れない考え方に少しばかり緊張感が増していく。
「そしてそのせせこましい冷静さだが。闘争の最中、胸中で暴れる獣というのは御し難いものだよ。ほら、見たまえ。爆ぜるぞ」
攻撃はより苛烈になる。これまでの個性測定の基準を何度か超えるほどの数値が出ており、爆豪が限界を超えていることは明らかだった。
そして緑谷出久もまた、それにつられて自身の限界を超えていく。
「なんでそっちから攻撃してこねぇ?舐めてんのか?舐めてんだよなぁ!上等だよ。やってやる!!当たんなきゃ死なねぇ。大層な回避能力があんなら余裕だろうが!なぁ!?」
自身のヒーローコスチュームに備わっている機能は使えない。今は着ていないから、そこに汗を溜めて一気に解き放つ技はやれはしない。
けれど、状況が変わればできることも変わる。何より彼はCクラスで、非常に実践的な教育を受けていたのだから。
ポケットからいつの間にか出していた。それは透明のパックだった。液体の入っている分厚い輸血パックのような何か。担任に言われて気づいたが、汗は普段からもっと保存しておくようにと助言をされていた。汗をかき始めるまで無防備でいるなど愚かであるとため息まじりに説教をくれやがったのはムカつくが、正しかった。
普段の100倍はあるその爆薬を使って、相手の余裕をぶっ壊す。ここまでやって相手が無傷なんてのは決して認められるわけがない。
「 し ねええええええ!!!」
それを握りつぶすと、破裂し爆豪は大きく笑おうとする。だけれど、相手の様子を見て全く別の上に支配された。
デクがこっちを見ていない。空中で跳びながら、無線で誰かと話している。
「この期に及んで、よそ見しやがって」
あ、ヤバい。
無意識に、真正面で捉えて撃っていた。これじゃあ、マジで……。
今日で一番の爆轟が空間を圧迫し、熱と光が踊り狂う。
人が食らえば確実に死ぬ。そんな威力のそれを逸らさずに思いっきりぶち込んでしまった。
空中で身動きが取れないのなら、どれだけ早くても避けられるわけがないというのに。
「おい!デクっ……!」
「好き勝手やってるのは、かっちゃんだろ!話聞けよ!バカヤロー!!」
爆炎で生まれた煙幕の先から、緑色の閃光が光った。
それは、空を足場にそれを蹴った緑谷が宙で加速したあり得ない光景。
「スマッシュ!!」
硬直したその隙に接近されて、憧れのヒーローみたいな掛け声と共に拳が放たれる。
案外ゆっくりとしたその拳をどうにか首を傾げてかわすと、それが変化した。襟を掴まれそして体勢を崩しにかかってくる。
体育で少しやった柔道。その授業では見たこともない技で思いっきり地面に打ち付けられる。
マウントをとられて絶体絶命のピンチだ。追撃があるかと思いガードを上げるが妙な音がするだけで何もなかった。
「ふざけやがって!まだ、舐めてんだなお前はぁ!」
「君が、君がすごい人だから勝ちたいんじゃないか!勝って、超えたいんじゃないか……」
そして緑谷出久は、勝つために幼馴染から目を逸す。
気づけば足に何かがついていた。足首に巻かれたそれは妙な機械で発光している。
緑だったそれが赤に光ると、凄まじい磁力で二つの足首が引き寄せあって足枷のようになっていた。
右手にもそれはいつの間にか巻かれており、それも足首の機械にくっついた。
くの字に曲がった体勢で固定され、自由なのは左手のみ。立っていることは当然できずに地面に転がる。
地面に顔をこすりながら、凄まじい速さで離れていくその後ろ姿を見ているだけしかできない。
負けた?
そう理解するまで、どれだけ時間が経ったかわからない。
それは、つまり。救助でも、人質救出でも、ガチでやり合っても。殺しかけても。
何しても、デクに……。
『爆豪勝己。君はいつまでそこで丸まっているつもりかね?説教や慰めを待っているのだろうか。そうであれば可愛らしいが、護衛が失敗したとてそれで状況が終わるわけではないだろうに』
その言葉で、どうにか心のどこかが動いて体を動かし始めた。思考ができないままに、ナビゲートに従って現場を離脱しようと、左手だけで体を動かして逃げようとする。
追ってくる現実からどうにか逃げようと、それでも動こうとしていると。これまた聞きたくない声がした。
「カアイイねえ。爆豪くん。捕まえた〜」
遅れてきた渡我被身子にヴィランとして確保され、戦闘訓練を見届けることもできずに退場させられる。
「まだ追いかけっこは終わってないので、トガは急いで歩くのです。負けた方がヴィランになるって面白いですよね。こういうの淡輝くん好きそう。実際そうだし」
確保して引渡しまで、こいつはやる気がないのかあるのか、決して爆豪から目を離さなかった。
「てめえらがヴィランだろうが。何言ってやがんだ」
「こっちの説明では、そっちがUAIの機密を盗もうとしてるヴィランでしたよ。ちょっと怪しかったけど、結局勝った方が正義ってことにすれば簡単です。だから今日はトガが正義なのです」
最初から最後まで、最悪と言っていい。そんな戦闘訓練がどうなったかもわからずに別室へと送られ、そこでようやく拘束を解かれたのだった。
最後に聞かされた戦闘訓練の結果も最悪で、ムカっ腹は吐きそうなほどに渦巻いていた。
帰りの車中。なぜか2台の迎えが来て指定された方に乗り込むと。そこには担任の老人がいた。その時点で別の方法で帰りたかったが、動けない。
戦闘直後の直感が告げている。こいつは危険だと。いつでも自分を殺せるのだと。
それでも怖いのかと目で問われれば、そこで逃げることもまたできなかった。
「緑谷出久と接触するまでの判断は見事だと思ったがね。君はやはり実力はあれど心に問題がある。見下していたものに名実ともに敗北した今、君は現実を受け入れるのだろうか。それとも夢の世界へと逃げ込むかな。なぜ負けたのか。どうすれば勝機があったのか。自分でわかっているのだろう」
わかっている。
護衛は指定のポイントまで届ければ終わり。つまりあそこで足止めは必要だったが、倒しにいく必要もない。妨害を繰り返していればよかったのに、負けるわけがないと全力で仕掛けて負けた。それが全てだ。
「街中を想定していれば、君の個性はあまり使うべきでもなかったね。非番のヒーローが駆けつけてくるかもしれない。その点、最初の合図はよくできていた。花火のような音はギリギリ通報を免れる可能性が高い。よくやったよ」
「あいつの、あの個性はなんなんだ」
「自分が負けたのは彼の個性のせいだったと思っているのだね。それでは君に良いものを見せてあげよう。これは非公開のデータだよ。先日のアンドロイドによる事件の人質救出訓練、その中で最もヒーローをしていたものの記録だ」
「……んで。こんなもん……」
「なかなかに見ものだよこれは。君には良い刺激になるだろうと思ってね」
そこからの車中は、地獄みたいだった。デクの活躍を見せられて、そして何も語られることはない。
そこには、自分を顧みず命すら投げ打って、人を助ける奴がいただけだった。そいつの姿に感動した自分を殺したくなる。
「同じかそれ以上に強い個性があればこんな風に動けるか。自問すると良いだろう。彼の強さの本質はそこではない。オールマイトもまた同じ。彼らになれとは言わないが、それでも自分のことばかりを叫んでいてはヒーローから離れるばかりだよ。自分のわがままを社会にぶつける者たちのことを人々はヴィランと呼ぶのだから」
そうして車が止まる。あまりに長い時間に思えたが、30分も経っていない。
「君はここから一体どうする?次の機会があったときに、どんな決断をするのか考えておくべきだよ。何が悪かったのかを自覚しないと繰り返すことになる。これは心からの助言さ」
問いかけたくせに、答えも聞かずに窓は閉められ。そして車は置き去りにしていく。
自分で考えろってか。ふざけやがって……。
あまりに処理できない感情が涙腺をチクチクと刺してくる。
クソ!クソ!最悪だ。
雄英の、UAIのやり方が悪辣であると思っていたがそれがまるで甘い認識だと気づいたのは直後だった。
もう一台の車が目の前に到着して、緑谷出久が降りてくる。
「って!え!?かっちゃん!?」
最悪は更新される。
世界で一番見たくない顔が、本当に最悪のタイミングで降りてきた。
考える暇も与えられず、涙を拭う間もなく決断の時が来る。
「あ、そうだ。言わなきゃいけないことがあって!それで、ここまでならいいって言われたから。話をしたいんだけど!」
「僕の個性は、元々は人から与えられたものなんだ。人に個性を与える個性ってのがいたらしくて、それが色々あって……!その人が個性を与えた人ってのも実は結構いるらしくて。それはヴィランなんだけど、それ関連で色々危なくて……」
何も伝わってこないその与太話はもう耳に入ってこない。
「入試の時!あの時できることが見当たんなかった!あの街を見て怯んじまった!!あの地雷女も七光りも動けてんのがすげえって思っちまった!!」
拭ったそばから涙が出てくる。
「お前が子供を笑わせてんのを見て、俺にはできねえって思っちまった!あのビルの人質もそうだ!こっちは子供を死なせたってのに、テメエは犯人まで救ってる!手足がズタズタになってんのに笑ってる姿に、オールマイトが重なった!」
デクが信じられないという表情でこっちを見ている。テメエも俺のこと、大概知らねえだろうが!
「担任のクソ説教も、否定できねえ。そんな自分が嫌になる。子供扱いしてくる大人は全部ぶっ殺す覚悟だったのに、あいつには負けるって思っちまう。何が悪いのかなんてまだわからねえのに!全部が悪く見えてくる!」
クソが!クソクソ!
「でもな!こっからだ!俺はこっから、ここで一番になってやる!」
「俺に勝つなんて、二度とねえからな!Aクラスにすぐ上がって、一瞬で追い抜いてやる」
それきり爆豪は一切話さず、踵を返して夕焼けの街へと歩き出した。時折、顔を拭いながらフラつきながらもその足を止める様子はない。
担任が見ればまだまだと酷評するだろうが。それでもようやく彼は始めた。
彼は考えることを、今始めたのだった。
緑谷出久はごくりと唾を飲み込んだ。
これまでとは違う。あの憧れが僕の背中を追ってくる。
それは今までにない。本当に誰かより上に立ったのだと自覚させられる瞬間であまりに落ち着かない。
僕なんかがって言い訳している場合じゃないと。これまで散々言われ続けていきたことを初めて自分もそうだと思えた。
超えるべき背中がすぐ前になくても、それでも走るんだと言われているようだった。
遥か遠い憧れの背中はまだ見えない。
幼馴染の背中に甘えずに、彼らに背を預けてでも進むのだ。
今までに感じたことのない怖さを自覚し、無性に何か。温かいものを食べたくなったのだった。
この戦闘訓練の残りはまたの機会にお待ちください