俺の名前は
ちょっと嫌みな肩書きだが、事実だから仕方ない。
だが安心して欲しい。金持ちの優雅な生活など我が家にはない。あるのは多忙すぎる毎日だ。
父が事務仕事に強くなくて睡眠不足に弱かったら容易に家庭崩壊してたと思う。ほんとごめんな父さん。
父が世界一になった経緯も普通ではなく、そしてこれからも普通の富豪としては生きられないだろう。元々裕福ではあったが富豪の生まれではなく、エリート銀行員として堅実に貯蓄を重ねていた父にはまさに寝耳に水の成り上がりである。
大富豪となったのは、このたった五年間の出来事であって、世界史でも類を見ない規模と速度の成金として一躍注目を浴びた。超がつくほどの有名人になったのだ。
投資は常にプラスを出し続け、あらゆる暴落を避ける。奇跡の人として個人ではありえない規模の資産を築いていったのだが、そんな目立ち方をすれば当然ながら政府と世界の金融機関から厳しい個性監査を受けることとなった。
個性判別の個性。嘘発見の個性。相手に悪意がないかを感じる個性。様々な能力によって検査される。
複数の機関による数週間にわたる調査はあまりに厳格だ。
一族郎党、遠い親戚、ご近所さんまで怪しい個性がないか徹底して調べられるも、それでも全く投資に不正利用できる個性が全く見つからなかったためにその調査は無事に終わった。母の妹、叔母にあたる人がプロヒーローをやっていたこともあり、調査はある程度で切り上げられた側面もありそうだった。ミッドナイトに感謝するのはそれが初めてだったかもしれない。
最も怪しいとされていたナイトアイとの繋がりも調べられたが、何も出てこない。だって実際何もないもんな。
実際のところ調査結果は正しい。
父方も母方も睡眠関連の個性であって、投資に役立つようなものはない。まぁ父は眠らずにいくらでも仕事をすることができるのだが。だからと言ってこうはならんやろというのはその通りだった。
父が『不眠』
母が『眠り声』
双子の姉が『快眠』
そして俺は『目覚め』である。
スッキリ眠りから覚めることが出来るという個性であり、地味この上ない個性に悩んでいた時期もあった。
もったいぶらずに伝えると、俺は未来を知ることができる。なぜ、『目覚め』なんて個性でそんな事が出来るのかは知らない。マジでわからない。
とはいえ流石に無制限ではなく、ささやかながら代償は存在する。
それは俺が死ぬ事だった。
死ぬと、直前の眠りから起きたタイミングで目が覚める。正確には深いノンレム睡眠からレム睡眠までを行なった場合なのだが、詳しくは割愛。
俺の視点では世界のやり直しであって、タイムスリップかタイムリープともいう現象だ。タイムスリープなんて名前をつけようとした事もあったがそれは黒歴史としてしまっておく。
冗談みたいな話だが、仮説はある。日本語には死を『永眠』と表現する事もあると後に知った。
この個性は死ぬという状況。つまり、永眠にも適用されるのではないかと思う。なんたるインチキ。いやもはやトンチだそれは。
ポクポクポク、チーン。そして目覚めるのが俺だった。死ぬことで一休みは許されない。
つまるところ、できるだけ寝ないで死ぬとその分の時間を戻れるという能力だった。48時間程度先の未来を見れるが、それ以上寝ないようにすると深刻な弊害が発生するため不可能だった。
まぁ端的に言えば、発狂する。というか既にしている。
『目覚め』によって毎回正気に戻っているだけで起きている間、ずっと狂気へと向かっていくのが自分だった。二日目の限界まで起きてると結構やばい。
とはいえ実際問題、多くのことは1日もあれば十分だった。
だから投資に勝ち続けられるし、地震などの災害も予知できる。それを勘という名目で父に伝えればそれで世界一の大富豪になれてしまう。
五兆円欲しい!!もらえた!!金持ちになってハッピー!というのは残念ながらあり得ない。
別に元から金銭に困っていたわけでもなく、むしろ心労が増える分幸せ度合いは大いに削られてすらいる。宝くじに当たった人が結構な確率で不幸になるというのはマジらしい。ほんと気をつけてね。
それでも金が必要だった。金があればなんでもできるとは言わないが、たいていの事ができるようになるのだから。
金とはリソースだ。人が持つ手札の一つと言ってもいい。
想像してほしい。勝つまでポーカーをやり直せるとして、もしあなたの手札が一枚しかなくて相手が八枚も持っているとしたら?
勝ちの目はある。自分がカードを持っていて、相手の八枚にペアが一つもなく、自分より弱い
この勝率は……わからないのでAIに計算させようとしても99.9%以上の確率で負ける。つまりお前の負けだと結論して細かな数字を出してくれさえしなかった。
手札の不利はあまりにも不毛な挑戦になってしまう。だから手札を増やすのだ。
そして十分に勝機を見込める手札があれば、普通に戦えば勝てない相手とも戦えるし、圧倒的な戦力を持つ敵であっても打倒する事が可能になる力である。
5年前、俺はこの力を使ってオールマイトと元相棒であるサーナイトアイの二人と協力し敵を倒した。それは日本の影の支配者であった人物。通称オールフォーワンという存在だ。
未来を見てやり直し続けてなお、あの自称魔王は強かった。とんでもなく。本当にバカみたいに強かった。人の個性を奪って使うという反則によって、たった一人で人類の多様性を体現できそうな個性のパレードを浴びせられる。
そんな能力にあぐらをかいて、舐めプでもしてくれればまだ目はあったのだが、それもなかったから本当に酷かったよ。知性を強化する個性だってあるしそりゃそうかとも思うが敵対した感想は「2度とやらんわこんなクソゲー」の一言に尽きる。
悪夢みたいな性能の敵に対して、こちらはオールマイトという鬼札の『物理で殴る』のみ。
それでも勝った。ナイトアイと自分が殴るタイミングと状況を整えて、やり直し続けて。理不尽を逆に押し付けて勝ってやった。幾多の犠牲とオールマイトすら重傷と後遺症を抱えつつ辛くも勝利したが、それは幾度もの失敗を超えた先の奇跡的な勝利だ。
その奇跡を引くまで戦い続ける事ができるならいつかは勝てると思っていたが、それはあまりに認識が甘すぎた。
途中心折れて挑むのをやめた期間を含めれば自分はおよそ15年分、その2日を繰り返し続けたのだった。
図書館の本を読み尽くし、あらゆる娯楽に逃げて100年前の作品を見漁るほど徹底的に逃げた先に再び戦い、奇跡を起こすまでやり続けた。
普通の11歳だった自分の感性は消え失せて人格は分裂。自分で眠る事は出来なくなり、15年家族を殺され続けて自分も死に、精神は発狂に至った。
けれどたった
これは皮肉ではない。あのオールフォーワンを倒すことの対価としてこれは安すぎる。逆の立場なら泣いてキレ散らかすお値段だ。
とはいえお互いに文句はいまさらだ。昔のことよりも今と未来のことを語るとしよう。あの魔王はまだ生きているがそのうち確実に殺す。死人に文句をつけるほど追い込まれてはいない。
兎にも角にも、そこで俺は真のヒーローの必要性を痛感した。オールマイトのような、サーナイトアイのような。本物のヒーローが世界には要る。俺には特に必要だ。
名声や収入のための職業ヒーローなんかではない。その拳で、その瞳で世界を変えるのがヒーローだ。
そんな英雄が生まれるのを祈りながらただ待つなんて、非合理の極みのようなことはしない。
俺がヒーローを作り出す。
この世界を夢のようにやり直す能力を全て使って、艱難辛苦を限界まで注ぎ込み、奇跡的な偉業を成すまで繰り返し挑戦させ続ける。血に塗れた狂気のような蛮行、その思考と試行の果てにこそ英雄は生まれるのだと思う。
だから、まずは日本を支配していたオールフォーワンの後釜に謎の
通称『狩人』。
残虐非道な殺し方で意に反する権力者や実力者を殺していく殺人鬼。殺しではなくあえて傷をズタズタにするような刃物で痛めつけるそのやり方は全く正義ではないが、それでも有効だった。そして彼はなぜか相手の秘密を知っている事が多く、誰も狩人には秘密を守れなかった。
逃げ隠れることも事前の予防策も全てを嘲笑うかのように突破して狩りを成功させていく姿に、権力者たちは震え上がったろう。
オールマイトは当然、狩人の残虐行為を止めようとしている。けれど、現行犯でしか取り押さえることはしないと約束をしているから彼であっても狩人は捉えきれていない。
裏からは『狩人』が暴力によって政治家を脅しつけ、表ではオールマイトが正義を掲げ、そして日本を光の方へと改革していく。世界一の大富豪もそれに協力し財力を無制限に注ぎ込んでいけば、やれないことはほとんどなかった。
腐敗していた公安の解体と再編。警察の汚職一掃。政治家の掌握。廃止されていた自衛隊と特殊部隊の復活。それらに比べれば雄英高校を私立化し買収することなどかなり簡単な部類であった。校長は非常に話のわかるネズミさんであり、オールフォーワンによって飼い慣らされた世間一般の人間よりもよほど信頼できる。
Iアイランド計画に使われる予定だった人工島を運営組織委員会ごと乗っ取り、そしてUnified Artificial Island(統合人工島)、つまり『UAIランド』へと生まれ変わらせてそこに雄英高校を設置した。
俺はここで本物のヒーローを育てる。
差し当たっては、オールマイトの後継者。ワンフォーオールという
他にも英雄候補を全国から広く募り、真の英雄を複数育成することでオールマイトの二の舞にならないようにしなくてはいけない。
真のヒーローはあまりに孤独だ。なんの一節だったか印象的な文章を思い出す。
Non est salvatori salvator / 救い手を救うものなどなく
neque defensori dominus / 王者を庇護するものなどなく
nec pater nec mater / 高みには父も母もなく
nihil supernum / ただ無あるのみ
ヒーローとは、まさしく人間ではないのだ。人を超えるからこそできる事がある。
でも、もうオールマイトは力を緑谷出久に継承し、ヒーローを降りることになった。
彼には人としての幸せを掴み取ってもらいたい。これまで後回しにし続けていた、自分を助けることをしてもいいじゃないか。
でも彼は止まらない。誰かが傷つき泣いていれば走り出してしまう。それは個性が無くても怪我をしていても片手がなくても同じことだ。
緑谷出久も彼と同じ、黄金精神と呼べるものを持っている。
だから俺は、仕方なく世界を平和にすることにした。
彼がもう人を救わなくても良い世界。つまり人が人を傷つけなくて済む世界を作るために、俺は夜な夜な狩人となって人を大いに傷つける。
これは緑谷出久を最高のヒーローにする物語でもある。
それを達成することで最高のヒーロー。オールマイトを救ってみせる。
これが俺の決意であって、決して揺らぐことのないものだ。現実に起きる諸問題やリスクに対する真っ当な懸念を死ぬことで踏み倒し続けても、自分の正気を失ってでもやり遂げる。
全身を覆う強化装甲服で正体を隠し、そして情報の封殺までをセットでやり直し続けることで今の今まで隠し通し全ての無茶を通し続けた。
ちなみに最も支持されている狩人の正体についての仮説は、サーナイトアイがやっているというものだった。彼がこんな事するわけも出来るわけもないのに笑えるぜ。
さらに面白いのは、この噂の出所はナイトアイ事務所である。彼が言ったのだ。未来を知っているという態度を示すなら私がやったことにすれば良いと。個性は進化するというのは一般常識だ。5年前の激闘で私の『予知』が進化したことにしてしまえと。彼から提案してくれたのだった。
彼は表舞台から姿を消して影から世界を救うということになっている。それが自分なりのヒーローとしての仕事なのだと頭を撫でられたのはもう遠い昔のような気がしてならない。
オールマイトもナイトアイも。最高のヒーローたちはいつも自分を犠牲にしてしまう。
自分はそれがどうにも我慢ならないのだ。全部を拾い尽くしてやる。
いくらやり直すことになろうと構わない。
溶けるような眼差しで世界を睨みつけ、血を流し続ける当たり前の現実を否定してやる。
繰り返すがこれは。俺が最高のヒーローを救うまでの物語だ。
何度死んだっていい。そんなのは当たり前だ。この入試で最高のヒーローの卵を見つけてやる。
およそ受験生としての覚悟ではないが強い覚悟を抱き、明日の試験に向けて眠る事にする。
母の個性で昏倒するように眠りにつき、双子の姉の個性でどうにか朝まで眠り続ける。そして自分の個性で絶対に最高の気分とコンディションで起こされる。
これが俺の日常だった。
じゃあ、おやすみ。また明日もがんばろう。
明けない夜はないらしいから、やるしかないよな。
名前:狩峰淡輝
君の過去は過酷な試練が続いた
それには意味があったはずだ
個性:『目覚め』
その目覚めはきっと有意なものになる
交わした覚えもない約束は、それでも必ず守られ続ける
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イラストを描いていただいたのは夏梅アンズ先生です。
この場を借りてご紹介させていただく!感謝感謝!
https://x.com/kuloneko0721/status/1788886755653165216